エピローグ 星空の下
アシュリーは北塔の屋上にいた。
北塔は塔の中でも一番高く、広い空が見渡せる。
夜になると一面の星空に変わるのだ。
それを時間を気にせず眺めているのが、アシュリーの趣味のようなものだった。
彼の者は南へ旅立った。
もう会う事もないだろう。会ってはいけない存在だ。
この降るような星空は、十年前に見たシャンデリアと同じ。
どこまでも綺麗で、手が届きそうで届かない。
◇◇◇
「アシュリー」
リオの声が聞こえる。北塔の座標に転移して来たのだ。
僕がここにいると、時間を見計らって迎えに来てくれる。
彼はぞんざいに見えても、意外に気を回せるタイプだ。
「ここにいたのか?」
アシュリーの隣に来て、星空を見上げる。
夜空色の髪の毛が腰を越える長さまで伸びている。
サラサラと零れるような長い髪。
男のリオも大好きだった。
格好良くて、不可能なんてないという体で、自信が溢れていた。
僕が彼を彼女に変えてしまった。
「男のリオにさよならを言っていたんだ。もう会えないからね」
リオは星空からアシュリーに視線を移し目を細めた。
「もう会えないのか?」
リオがそう聞くから僕は頷く。
もう会えない。魔術を解いたら僕は死ぬし、そうすればリオも死ぬ。
物理的に、もう会えない。会えるのは僕の記憶の中だけ。
僕を助けてくれた、あの少年はもういない。
「お前、俺に女になって欲しかったの?」
リオの質問に僕は黙って頷く。
男のリオも大好きだったけど、女になって欲しかった。
僕は君と結婚して、君と僕の子供に囲まれて、生きていきたい。僕は他の誰とも結婚したくないし、君に結婚して欲しくない。
僕は片膝を付く。
「リオ・ソルジャー・ルビウス。アシュリー・エヴァ・オルコットの生涯の伴侶になって欲しい」
手が震えそうになる。
「……この手を取ったら、俺は男に戻れない。戻らないという事だな」
リオの声は淡々としていた。
リオの足先が僕の視界に入り込む。と同時に顎を掴まれた。
紅いルビウスの瞳が僕を鋭く覗き込む。
リオの細い指先が僕の顎に食い込む。
「まさかとは思うがその身の一部を依代にしてないだろうな」
勘づかれた?
彼は僕の体を頭の天辺から足先まで注意深く確認していた。
「……してないよ。そんな事したら、リオが悲しむと思ったから絶対しないよ」
彼は僕の体に魔力を通して確認している。
「何を代償にした」
「……土地と爵位」
リオは僕の瞳を真っ直ぐ見ていた。
長い時間そうしていたように思う。
やがて彼の指先が僕の顎から離れた。
「お前、俺のこと好きなの」
僕は黙って頷く。好きだよ。僕は君しかいない。もうずっと長い間。君のことしか見ていない。君が僕の全て。
僕の瞳の先には降るような星空があって。
そして僕の隣には、紅い瞳の君がいる。
それが僕の望み。僕の願い。
どうか、こんな真っ黒な僕の側にいて。
昼も夜もずっとーー
僕の震える指先に、彼の手が重なった。
さようなら。男のリオ。
あの十年前に降らせてくれた硝子の破片と目映い光。
僕の醜さを受け入れてくれた、優しいリオ。
君がこの先、望むものは全て。
僕があげられるものは全て。
女の君に。