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190話

アークランドの使者に、屋敷に戻る様に促され、

ベアテルは、「では、また。」と、言って帰って行った。

確かめずには、いられない。

「アルベルト王が、ベアテルをお呼びなのですか?

何か、深刻な問題が起きたのでしょうか?」

「いえ。協力要請です。ですが、私が彼の立場なら、今日にでもアークランドへ入国します。ご家族を手にかけたであろう、殺人犯についての情報も有りますので。」

アークランドからの、使者の言葉が信じられなかった。

「何年も…それこそ、本当に何年も前の事件を今になって、いったい何が分かると言うのですか?勘違いでは、済まされませんよ。」勿論、怒鳴ってはいないが、感情を抑えたせいか、震える声で彼を非難する様な言い方をしてしまった。

彼は、全く不快そうな表情はしなかったが、ハッとして、()ぐに謝罪した。

「すみません。貴方を()める様な言い方をしてしまいました。私は、ただ…これ以上、ベアテルに傷ついてほしく無いのです。」

「お気持ちは、分かります。

マンフリード先生は、ベアテル様から、指紋の話しは聞かれていますか?」

「はい。リチャード前長官が来られた時に、説明を受けたので、いくつかの証拠品を託したと、話していました。」

「その中の、凶器に残された血痕指紋と、アークランドで現在 拘束中の人物の指紋が一致したのです。

アルベルト王が、この機を逃す事は、ございません。

かなり凄惨な事件でしたからね。

この件に関しては、レイ長官を通じて、全ての情報を貴国と共有しています。

ですので、今は子供達の事だけに、集中していただけませんか。」

「そうですね。すみませんでした。」

彼の言う通りだ。最優先事項を間違えてはならない。

痛み止め、痒み止め、熱冷まし、消毒薬と軟膏も、小瓶は割れない様に、一瓶ずつ端切(はぎ)れに包み、往診鞄の区切られた枠の中へ入れた。そして、アークランドから来た彼と、騎士団本部の建物へと向かった。

この国にも城は存在する。

アークランドほど立派な城では無いが、統治者となった者は、その城に住み、政務を行う。

だがアークランドと違って、その城や周辺に各部署の本部は置かれていない。

誰が統治しようと、それぞれの部署から割り振られた担当者が、日々 城に出向き職務に就いている。

理由は単純で、統治者の揉め事や暗殺の巻き添えで、部下が殺害されないようにする為だ。

実際、苦情が殺到すると、身の危険を感じたジュールは、体調不良を理由に入院と(かこつ)け逃げ出した。

仮病だったが。


表向き、この国の中枢は城になっているが、真の重要拠点は、法を司る部署の建物、騎士団本部、高官や役人達の本館、それら三棟の建物が建っている所が、最も大切な場所となっている。

建物は、それぞれが渡り廊下で繋がっていて、本来なら俺の様な一般人が、おいそれとは出入りできない場所だ。

そこへ前回と同様、当たり前の様に、アークランドからの使者と共に入る事が出来た。



女児が二名。男児が三名。痩せ細って生気(せいき)が無い。

子供達の首に着けられている、番号札の付いた首輪を騎士達が、外してあげていた。

他の騎士達は、何とも例えようの無い表情をしていた。

怒り、憤り。


犬用の首輪


なんて、(むご)いことを


「フィン総長。マンフリード先生が、同行を引き受けてくださいました。」

「急で申し訳ない。助かりました。」と、フィン総長に礼を言われた。

早速、子供達の状態を確認させてもらった。

何処(どこ)か、具合の悪い所は無いかい?」と、一人一人に聞いても、わずかに首を横に振るだけだった。

アークランドから来た使者が「馬車の手配は?」と、

他の騎士に確認している。

「安全のため、目立たぬ様に出発したいので、裏に用意しています。」

五人を見終わると同時に「では、行きましょう。」と声をかけられた。

「こちらです。ライリー先生は、第二陣で出発します。」

「第二陣?」

「盗みをやらされていた子達も保護しました。

そちらは、ライリー先生に、お願いしています。」


子供達は、この混乱が落ち着くまでの数日間、アークランドで療養させてもらえるのだろう。

この時は、そう思っていた。



アークランドの入出国管理の建物に到着すると

今まで一度も通ったことの無い扉から中へと入った。

案内されながら、女性職員が話しかけて来た。

「マンフリード先生。お世話になります。」

「こちらこそ。」

「伺っても宜しいでしょうか?」

「はい。」

「子供なので、ミルクだと、お腹を壊す子がいるでしょうか?」

「そうですね。控えた方が良いでしょう。

この先も、しばらく馬車で移動すると聞いていますので、ミルクと利尿作用のある紅茶とコーヒーなども、提供するのは、控えていただいた方が良いですね。」

「分かりました。有難うございます。」

今になって気づいた。

首輪を外し、具合が悪くないかなどの確認以外に、何か食べ物、せめて「喉は乾いていないかい?」と、聞いてあげるべきだった。

情けない。本当に俺は、配慮が足りていないのだと思い知った。

子供達は、部屋の入口で小さな手を石鹸で洗い、湯気が立つほどホカホカの布で顔を丁寧に拭いてもらうと、案内された椅子に座った。

皆、ほんの少し表情が穏やかになっていった。

厨房の人達が、テーブルに次々と軽食を置いてくれた。

「ハムとレタスのサンドイッチと、卵のサンドイッチだよ。チキンのスープもどうぞ。熱いから気をつけてね。」

「心配しないで。ここでの食事は、誰でもお金は必要ないからね。だから安心して食べて良いんだよ。ほら、あのお兄さん達も、皆んな食べているだろ?ね?」

休憩中の騎士が「美味いぞ。」と、言いながらバクッと食べるのを見て、子供達は互いに顔を見合わせ、俺の顔を見つめて来たので「食べて大丈夫だよ。」と、言いながら、安心できる様に、サンドイッチを一切れ食べて見せた。

「うん。美味しい。さっ、君達も食べて。」と、食事をする様に促した。

子供達は、小さく頷くと、やっと食べ始めてくれた。

先程、この部屋に案内してくれた女性職員が、数人の調理師と一緒に、カラフルな飲み物が入ったデカンターを手に入って来た。

「リンゴジュースとオレンジジュースとブドウジュース。温かいハーブティーもあるわよ。どれが良いかしら?いくらでもお()わりして良いからね。」

少し戸惑っている子供達に、別の調理師が声をかけてくれている。

「トイレの心配は、しなくて良いよ。移動中に、行きたくなったら、いつでも馬車は、止まってくれるからね。それよりも、脱水症状になる方が身体に良くないから、どれでも好きなので良いから飲んでおこうね。どれにする?」と、優しく聞きながら、それぞれの子供に淹れてあげていた。



俺は、一人ずつ声をかけて、顔色と具合が悪くなっていないかを確認した。

「お医者さんなの?」

「そうだよ。」

一人の女の子が「足の爪、ドアに挟まっちゃってから、黒くなっちゃったの。」と、靴を脱いで見せてくれた。

小指だ。剥がれてしまうだろう。爪の周りも切り傷が残っている。

「今も痛いかい?」小さな頭を横に振った。

「数日すれば、爪は剥がれてしまうけれど、その後に、また新しい爪が、ちゃんと生えてくるから心配無いからね。」お話しをしている僅かな間に、横から看護師らしき女性が、スッと消毒液の入った瓶と綿、包帯とピンセットの乗ったトレーを出してくれた。

彼女が、この部屋に待機してくれていた事すら、気がつかなかった。

「有難う。」

そちらを使わせてもらった。

小さな足を手に取って消毒をしたが、随分と足が冷たい。

「足の指が冷たいね。寒いかい?」

「少し」

そのやり取りを聞いていた役人が、すぐに何足かのサンダルと靴下を持って来てくれた。

「どうぞ使ってください。旅行客のトラブルで、子供さんの靴擦れが一番多いので、サンダルと靴下だけは、揃ってます。何足か合わせてあげてください。」

「助かります。」

消毒の済んだ小指に、真っ白の清潔な生地をあて、ずれない様に包帯を巻いた。

俺が靴下の箱に手を伸ばすと、

「いいの。このままで平気。」と、言って少女が靴下を(ことわ)ってきた。

そばに居た役人は、少女の傍らに腰を落とすと、とても穏やかに話しかけた。

「大丈夫だよ。この靴下とサンダルは、アークランドの国が、旅行客の子供達用に、無料で提供、うーとね。タダで、あげている物だから、お金はいらないからね。」

少女の目線は、俺へと移動した。

ここに居る子供達は、全てにおいて『金』を要求されてきたのだろう。食事も、服も、何もかも。

そうやって、理由をつけて客をとらせていたのだと確信した。

「このお兄さんの言う通り、お金の心配はしなくて良い。大丈夫だよ。どの靴下が良いかな?」

少女に、靴下の入った箱を見せると、夏用の薄手の靴下ではなく、冬用のトナカイの絵柄が入った毛糸の靴下を選んだ。やはり、かなり足先の冷えを感じていたのか。

靴下をそっと履かせて、少女の足に合う、サンダルに履き替えが終わると、嬉しそうに「ありがとう。」と言ってくれた。


寒いと思うほどの天気では無い。

体力が落ちているから、寒く感じるのだろう。


他の女性職員は、部屋を出て行くと、()ぐに数枚のブランケットを手にして戻って来た。

「寒かったら、使ってね。持って行って良いの。返さなくて大丈夫だから、心配しないでね。」と、一人一人に渡してくれた。

役人から靴下の箱を受け取った他の女性職員も

「寒かったら、履いてね。どれにする?」と、同じように靴下を渡していた。

子供用の、斜めがけにできる布の鞄も支給してくれた。

鞄の中には、水筒と真っ白な紙に包まれた焼き菓子が入っていた。靴下を履いた女児は、ブランケットも使っていたが、他の子達は、靴下とブランケットを丁寧に鞄へ入れると、とても大切そうに肩から斜めにかけ、しっかりと肩紐を握ったり、鞄を胸に抱いたりした。

この子達は、何も持たない。持つ事すら許されない環境で、生きてきたのだろう。

足の小指を怪我している女児は、履いていた靴を紙に包んでから巾着に入れてもらっていた。

「お荷物、増えちゃったけど、大丈夫?」

コクンと頷き「ありがとぅ。」と言いながら、小さな両手で受け取った。

「お食事、有難うございました。それじゃ、行こうか。」

子供達も、「ありがとう。」と口々に言って、共に部屋を後にした。




職員用の出入口は初めてだ。

外には、アークランドの馬車が用意されていた。

海老茶色の落ち着いた外観はとても上品で、内装はクリーム色の上質な生地で内張りが施されている。座席と言うよりも、ソファーと表現するのが正しいくらいに中も立派だ。

甘すぎない、ほのかな花の香りがした。

「休憩は、道の憩いの広場で一度 止まりますが、途中で気分が悪くなったり、トイレに行きたくなったら、いつでもこちらの小窓から声をかけてください。すぐに止まりますから。」と、言われた。

「とても優しい香りですね。」と、馭者(ぎょしゃ)に声をかけると、「ピオニーの花です。花言葉は、何だったかな?はじらい、はにかみ、思いやり、まぁ…確か、そう言ってたと思います。この季節の、夏の花ですからね。季節ごとに馬車の香りを変えているんです。」

子供達は、乗るのを躊躇(ためら)っていた。


「どうした?馬車は苦手かい?」

「汚しちゃうから。」


馭者(ぎょしゃ)の男性は、ニカッと笑顔になり

「見ててごらん。」と、地面の土を手にして、馬車の内装の生地に泥を付けた。え?と思ったが、その後なんでもない風に、運転席に置いてある布を手に取ると、サッと(はら)った。

驚いた事に(はら)っただけで、綺麗に落ちた。染みにもなっていない。

「雨の日に、濡れたまま座っても大丈夫なんだよ。だから、なーんにも心配しなくて良い。さぁ、乗った、乗った。」陽気な馭者(ぎょしゃ)に釣られて、子供達の顔が、また少し明るくなった。最後に俺が乗り込むと、

「マンフリード先生。エチケット袋は、この扉のポケットに入っていますので、馬車酔いで急に吐きそうな子に使ってください。それでは、出発しますね。」

そう言って、カチャリと扉を閉め、馬車は動き出した。

何個もあるクッションはふかふかで、座り心地も良い。

アークランドの馬車には、いつも驚かされるが、今回の馬車は特に揺れが少なく感じた。



爽やかな風が、開けた窓から通り抜ける。

広がる景色は、子供達の目にどう映っているのだろうか。


途中、道の憩いの広場で休憩をとらせてくれた。

緑の芝、目が醒めるほどの白いテーブルと椅子。

この様な状況で、アークランドに入国したと言うのに、何度 来ても、この景色には目を奪われる。

焼き菓子も飲み物も無料だと、周りの旅行客と同じ説明を受けても、俺に確認するかの様に見つめてくるので、

「大丈夫だよ。ここも無料だから、安心して食べて良いんだよ。水分をとっておいた方が良いから、何か飲んでおこうね。」と、声をかけると、皆 素直に飲み物を頼み飲んでくれた。

先程と同じ様に、馬車酔いや具合が悪くなっていないか、一人一人に声をかけて確認した後、俺もトイレを済ませて席に戻ろうと歩いていると、給仕の女性が声をかけて来た。

「マンフリード先生。」

「はい。」

「すみません。軽い休憩とは聞いていたのですが、それにしては、どの子もジュースは飲んでくれたのですが、食欲がない様で。どうしましょう、串焼きか何か、別のを屋台からお持ちしましょうか?」

「大丈夫です。入出国管理局で、サンドイッチとチキンのスープをよばれたので、あまりお腹が空いていないのだと思います。」

「そうなのですね。では、クッキーとフィナンシェは小分けにして子供達に持たせますね。今朝、焼いた物なので、三日ほど日持ちします。」

「有難うございます。」

子供達は、焼き菓子の入った紙袋を「ありがとう。」と受け取ると、とても大切そうに鞄に入れていた。




「次で目的地に到着しますが、もし途中で休憩が必要になりましたら、いつでも声をかけてください。すぐに止まります。」

「有難うございます。」

そうして、再び馬車に乗り込み出発した。


子供達は静かに、窓の外に流れる景色を見つめていた。


随分と堅固(けんご)な門を(くぐ)った気がした。

「到着しました。」と、言われて降り立つと、驚いた事に、そこはアークランド城だった。

デ、デカい。

外側なら、景色の一部として、何度も目にしていたのだが、城壁の中は、まるで小さな街の様だ。


案内された部屋には、夕食が用意されていた。

広いバスルームで手を洗った子供達は、驚きながらも

席に着いた。

侍女達が、「お腹、空いたでしょ?どうぞ召し上がって。」と、声をかけたが、子供達は目の前の食事をただじっと見つめているだけで、誰も手を出さない。

「食べていいのよ。さあ、どうぞ。」分かりやすい言葉で言い直してくれたが、侍女達の方は見ずに、俺の方を見てきた。

きっと、大人の男…。それも同じ国の男に「食べて良い。」と言われなければ、手をつけないだろう。

クソったれの闇組織の連中は、子供を犬の様に躾けたのだ。

侍女が、戸惑いながら

「マンフリード先生?」と言ったので、彼女に頷きながら「大丈夫ですよ。」と答えた。

子供達にも、「ここも、お金の心配は必要ないよ。君達に用意してくださった料理だから、ありがたく頂こう。さあ、食べて良いんだよ。」と、声をかけて、先に一口(ひとくち)食べて見せると、入出国管理局の時と同じ様に、子供達同士で顔を見合わせて小さく頷くと、皆 嬉しそうに食事を始めた。

食事が終わると、侍女や従者が、一人ずつ浴室へと案内し、すっかり綺麗になって、着心地の良さそうな寝衣と靴下、室内履きの靴を履いて、順番に戻ってきた。

「お友達の前では、恥ずかしいかなと思いましたので、診察は、お隣の部屋を使ってください。」

「女の子の診察の時には、女性の看護師が、男の子の診察の時には、男性の看護師がお手伝いしますね。」と、子供達に不安を与えないよう、分かりやすい言葉で、先に伝えてくれた。


用意してくれた隣の部屋で、一人ずつ診察を始めた。

「改めまして、初めましてだね。それでは、まずお名前を教えてくれるかな?」

「三番」

何て(ひど)いことを!!

あの首輪の番号か!!!

怒りで、手が震えた。

「マンフリード先生…。」看護師の優しい声で我に返った。

「三番と呼ばれる前は、どんなお名前で呼ばれていたか覚えているかい?」

「オイ…とか…。クソガキ…とか…。」


一度、大きく深呼吸をし、何とか診察を始めた。



今の所は、どの子も性病らしき症状は、見受けられなかった。口周り、手のひらや足の裏も、くまなく確認したが、出来物や発疹は無かった。本当なら性器を見るべきだが、突然環境が変わって、不安で仕方が無いだろう今に、これ以上は心の負担を増やしたくなかったので、口頭での確認に留めた。

先程の部屋へ戻ると、先に診察の終わった子達は、ぬいぐるみを手にしたり、絵を描いたり、侍女に絵本を読んでもらったりと、どの子も落ち着いている様だった。


「マンフリード先生。子供達の部屋割りですが、一人だと寂しいでしょうから、男の子と女の子で分けましたけど、お部屋は隣同士でご用意しました。」


「各部屋には、侍女と従者がそれぞれ二名ずつ、夜の間も付き添います。何かあった時の念のため、マンフリード先生と、ライリー先生のお部屋は、子供達の向かいに、それぞれ御用意いたしました。」


「後から到着の子供達も、男女は別ですけど、同じ様にどの子も一人には、ならない様に致します。」と、教えてくれた。



ノックの音がして、侍女が扉を開けると

アークランドの役人が「失礼します。」と、入って来た。

「マンフリード先生。お疲れ様です。少し、子供達の状況を教えていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」

部屋の外の方が良いと、言葉にはしなかったが、手で扉の外に促す仕草をしたので、頷きながら「勿論です。」と、診療明細書を手に、彼と一緒に部屋の外へ出た。

彼 以外にも、もう一人メガネをした役人が立っていた。

「こちらが、それぞれの診療明細です。」彼に手渡しながら説明した。

「保護された時、首輪を着けられていました。騎士団本部で、()ぐに騎士達が外してくれていましたが、子供達は、その首輪に記してあった番号で呼ばれていた様で、名前を聞いても番号しか教えてくれませんでした。名前を覚えていないのか、そもそも親からも、名前を与えられていなかったかも知れません。」

五枚の診療明細に素早く目を通している。

「それで、名前の欄が数字になっているのですね。

名前が分からないようであれば、こちらで新しい名前を考えましょう。」と、メガネをクッと上げながら、言ってきた。

「心療内科の医師も手配していますので、急がずゆっくり子供達のペースに合わせて、心の回復のお手伝いをさせていただきます。」と、もう一人の役人も話して来た。


一人、特に衰弱のひどい男児が居た。

食事も他の子と比べて、あまり食べていなかった。


その事を申し出ると、しばらくして男児と共に、上の階の広々とした寝室へと案内された。

漆黒の民の医師が、この城に滞在しているので、彼らの方法で治療をしてくれると言う。

その医師は、感染症対策のため、防護服と特殊なマスクをしているそうだが、今のところの検査では、一回目と二回目も陰性だったので、念の為の姿だから心配は無いとの事だった。

「レイ長官の記事で読みました。」と、話すと

「なら、説明は必要無かったですね。すみません。」と、言われた。

部屋の前で、マスクを受け取り、男児と自分に着けた。

重厚な扉は開け放たれたままになっている。

「失礼致します。

王妃。マンフリード先生と、小さなお客様をお連れ致しました。」

「有難う。どうぞこちらへ、いらしてください。」

大きなペッドには、枕を背もたれにして身体を起こしている女性が優しそうな表情で「今晩は。」と、迎え入れてくれた。

黒い瞳。そうか…噂は本当だったのか。

彼女は漆黒の民だ。

俺は、「失礼いたします。」と、口にするのが精一杯だった。

「初めまして。イチコです。こちらは、医師のジュンイチロー先生です。」

白い防護服を着て、特殊なマスクをした年配の男性が、幼い男児の背丈に合わせる様に、腰をおとした。


低く渋みのある声で、とても優しく何かを言った。


「『初めまして。宜しくね。』と、言っているのよ。」

王妃が、微笑みながら通訳してくれた。

部屋の、全ての窓が開いていて、とても心地よい風が流れている。そうか、換気の為に風通しを良くしているのか。

とても、優しい声で、彼女の通訳は続く。

「身体がとても弱っているので、今から栄養の入った、お薬を投与…えーとね、元気になれるお薬を身体に入れるからね。少しチクっとするけれど、その後は痛く無いから。先に私がしてもらうので、見ててね。」

消毒薬の匂いがした。

白い伸縮性のある手袋をはめると、彼女の左腕にヒモの様な物を巻き、肘窩(ちゅうか)をサッと消毒すると、あっと言う間に、施術を施した。

刺した部分は見えない様に、真っ白な綿(わた)を当て、同じく真っ白な布か?布のヒモの様な物を二本、ペタッと上から当てると、剥がれ落ちる事なく腕の上で止まった。

本当に手際が良い。

「どうかしら?頑張れそう?」と、聞かれた男児は、小さく頷いた。

長椅子に横になると、クッションでほんの少し身体を起こす様に調整して貰っている。

「大丈夫?寒く無いかしら?」

サラと名乗った女医が隣に来て、男児にブランケットをかけてあげた。

男性医師は、新しい手袋をはめ直し、細く小さな男児の腕に、先程と同じく、見事なまでに手際よく処置を施した。

俺も驚くばかりだったが、男児も驚いた顔をしていた。


「点滴が終わるまで、本を読んで過ごしましょうか。トイレに行きたくなったら、いつでも言ってね。」

そう言うと、サラ先生は、絵本を読み始めた。

女医の優しい声に安心したのか、暫くすると幼い男児は、スースーと気持ち良さそうに眠った。

テンテキと、言うのか。

男性医師から、「少し、宜しいかな。」と、声をかけられた。先程と同じ様に、イチコ王妃が訳してくれた。

「保護された子供達の中に、口や性器に、しこりは無かったですか?もしくは、(てのひら)、足裏、体に赤い発疹ができていませんでしたか?」

彼も、性病感染を心配してくれているのか。

「とても緊張していて怖がっていたので、男女共に性器までの確認はしていませんが、(てのひら)、足裏なども含め、目に見える範囲に、その様な症状は、現れていませんでした。デリケートな部分に関しては、問診で確認しました。できものや(ただ)れ、()れ、痛み、(かゆ)みなどは無いと言っていました。バラ診を疑っておられるのですね。」

我々がバラ診と呼ぶ病。別の国…黒龍の国では梅毒と呼ばれているそうだ。

「梅毒トレポネーマと言う、細菌の性感染症です。症状は、一期から四期までに分類されますが、感染していたとしても、後期梅毒の臓器障害までは進行していないと思いますが、検査は必要です。梅毒にはペニシリン系を用いて治療を行います。」

そんな…まさか。

「死病ですよ?治療法が確立されているのですか?」

「はい。後日、改めて検査を行います。日をあける必要が有りますから。検査の結果、感染が確認された場合、早急に治療にかかります。」と仰った。

「病の潜伏期間ですか?」

「そうです。この子達は、症状が出ていないだけかも知れないですし、他の性病の検査も必要だと考えています。

梅毒、淋病、性器クラミジア感染症、性器ヘルペス、尖圭(せんけい)コンジローマ、膣トリコモナス症、ケジラミ症、性器カンジタ症、B型肝炎、C型肝炎、後天性免疫不全症候群などです。」

あまりの多さに驚いた。我々の知り得ない性病の情報だ。彼らの医療では、そこまで解明しているのか。

「検査と仰いましたが、目視、触診、問診などの診察で判断されるのですか?」

「梅毒の検査は、血液中の抗体の有無を確認する方法になります。ただし、感染してから三週間ほど経過しなければ、体内に抗体が生産されない為、仮に感染していたとしても、感染日から日数が経って無ければ、陽性反応は出ません。」

今日を一日目とし、三週間後に全員の性病検査を行うと言われた。

また、淋菌感染が疑われる場合、性器クラミジア感染症などの他の性感染症に感染していることも多いため、同時に他の検査も行うそうだ。検査方法は、尿や分泌物などの検体から病原体を検出することで診断すると言う。

もう、説明を聞いているだけで、知識や医術、何もかもが桁違いだと分かった。


王妃は、そばに居た騎士とメガネをした役人に仰った。

「店主はもちろん、(おぞ)ましい小児性愛者を全て割り出し、児童虐待、強制性交等致傷罪で死ぬまで牢に入れてください。もし、それでは終身刑に出来ないと言うなら、どんな手を使ってでも、そんな怪物。二度と世に放たないで。」

静かな怒りが伝わってくる。俺だって同じ思いだ。

「お身体にさわります。この件はレイ長官も然るべき対処をすると、お約束いただいていますので、これ以上は、お考えになりません様。

アルベルト王からも、また血圧が上がると危惧されますよ。」と、メガネの役人から、言われたが、

「性犯罪は再犯率が異常に高い。たった数年の刑期で許すなんて、絶対にさせないで。方法が無いと言うなら、」

「王妃。他国でも奴隷制度は廃止されています。

もっと、言うなれば、すべての国で非人道的な行為は、禁止されているのです。

当然、人身売買も罰せられます。

児童売春も憎むべき犯罪ですし、子供達が性病に感染しているなら、残念ながら可能性はとても高いと思いますが、とにかくその場合は傷害罪よりも殺人罪が適応されます。この世界では、死病ですから。まして今回の被害者は、幼い子供です。流石にここまで酷い犯罪を良しとするほど、隣国の法も甘くはありませんよ。」

「治るのに、殺人罪を適応してくれるの?」

「そもそも、死病を治せるなど、誰も信じません。ですから、治ったと公表する必要も無いのです。」

「でも」

「王妃。普段の貴方なら、少なくとも私の前では、その様に気弱になったりは、なさらないでしょう。やはり、アルベルト王をお呼びします。」

「待って。そんなに変?」

「変ですよ。とにかく、この子達は検査薬と治療薬が届くまでは、王都で暫く暮らしてもらう事にしました。漆黒の民は、どなたがお越しになるとしても、突然来られて、突然お帰りになると思いますので、近くでなければ、間に合いませんから。」

メガネの役人は、地図をベッドに広げ、子供達がこれから暮らす家の位置を説明した。

「少しは安心していただけましたか?」

「ええ。アルは呼ばないで。」そう言いながら、王妃は深呼吸した。

「承知しました。」


「痛っ。ほんま夜になったら、動き出すから。もぅ。」と、腹部を(さす)っておられる。

妊娠している?!!!大きなお腹だ。それなのに、薬を投与しているのか?

考えが顔に出てしまった様だ。

男性医師は、開け放たれたバスルームで、かなり念入りに、石鹸で手を洗っている。指先から肘の部分まで広範囲に洗い、見るからにフワフワの布で手を拭き、戻って来ると、右手を伸ばして来たので、握手をした。

「マンフリード先生ですね。ジュンイチローです。」

俺の手の汚れの方が気になる。

「はじめまして。マンフリードです。よろしくお願いします。」と、答えた。

「こちらこそ。点滴が気になりますか?彼女は、大丈夫ですよ。量が、大人と子供で違うだけで、中身は男児と同じ物を投与しているので。ただの栄養液です。」

「御懐妊なさっていても、問題の無い物なのでしょうか?」

「勿論です。」

握手が少し長いなと思った…。

あれ?それよりも、なぜ彼の言葉がわかるのだ?

「失礼。身体のどこかに直接 触れて話すと、通訳は必要無いのです。」

驚いた。

あまりに驚き過ぎて、口を開けて間抜けな顔をしてしまった。マスクをしていて良かった。

「不思議ですよね。理由は我々にも分からないのです。」

ジュンイチロー先生は、そう言ったが、そんな事が有るのだろうか?

それから、王妃は「後先に、なってしまって、ごめんなさい。レイ長官の件、本当に有難うございました。そして、今回も急なお願いにもかかわらず、快く引き受けてくださったと聞いています。とても助かりました。感謝致します。」と、仰ってくださった。

「王妃。(わたくし)には、身に余るお言葉です。」

何と言えば良いのか、初めての事で、他に言葉が出てこなかった。

恐縮です。と言えば良かったのだろうか?

手に汗が出てきてしまった。


ジュンイチロー先生は、テンテキが終わる頃にまた戻って来るそうで、騎士とメガネの役人と共に部屋を後にした。

部屋には、王妃と女医のサラ先生、テンテキ中の男児だけになった。

彼らの足音が遠ざかって行く。

ん?この()は、何だ?

王妃が、マスクを外して、俺に微笑んだ。

「行きましたね。他には、誰も居ないので、改まった話し方は、無しにしません?」と、いきなり仰ったので、本当に驚いた。

サラ先生は、「また、侍女長に叱られますよ。」と、

少し笑って王妃を止めようとしたが、

「サラ、お願い。」と、言われて、

「他の人が来る迄ですからね。」と、王妃の望む通り、砕けた話し方に変えた。

お二人ともマスクを外されたので、俺も顔から外した。



トム、ノア、アン、ソフィア。

弟達が、図書館司書の手伝いで、たまに城の書庫に来ている時の、話しを聞かせてくれた。

国家試験前の繁忙期に、まるでピクニックを楽しむ様に、中庭で昼食をとっていた事。

「トムもノアも、見ているだけでお腹いっぱいになるほど、とにかく凄まじい食欲やったみたい。皆んなの笑い話しになってて、『若いって強いな』って、よく分からへん言葉でアルが言うから、可笑しくて。強いって何?みたいな。」

「内臓が、強いって意味じゃない?」

「絶対、違うって。サラ、医者あるある、やん。」と、楽しそうに声を(おさ)えて、二人が笑うので、俺も釣られて、少し笑ってしまった。

「医者あるあるですか。確かに、有りますね。」と、申し上げると、二人から同時に「アッ、あぁー。」と、目を細めて言われてしまった。

参ったな。

「分かったよ。普通に話す。」と、言うと、ニッコリしてくれた。

城の食堂が混むので、トム達のピクニック方式をヒントに、中庭と回廊でも食事が出来るよう、テーブルと椅子を幾つか設置したと教えてくれた。

冬季休暇中のキノコ狩りが、ノアの猪狩りになった話しも面白かった。

砕けた話し方をご所望だったので、本当に普通の話し方をさせてもらった。

「ノアと、言う子は、猪を(さば)けるのか?」と、聞くと「まっさかー」と、二人に声を(そろ)えて返されてしまった。

猪の脚を掴み、引き摺って、森の奥から出て来たノアを見て、トムが肉屋のご主人に頼もうと提案し、四人で持って行ったそうだ。

「そこの、肉屋のおじさんが言うには

『キノコ狩りに行ったら、猪が獲れたんですけど…』って、困った顔して持ち込んだらしくて

『最初、何を言ってるのか分からなかったが、断るも何も、もう(おもて)に持って来てしまっていたのでね。仕方ないよ。』って、笑うの。笑うなって方が無理よ。アンは、冬季休暇中 私の家に滞在していたので、皆んなで美味しくよばれたわ。」

どうやら、サラ先生は、その肉屋さんを知っているようだった。

「トムもノアも可愛い過ぎ。」王妃も、フフッと優しい表情で、仰った。

トム、ノア、ソフィア、アンで、それぞれ塊肉を貰い。残りの肉と毛皮などを手間賃代わりにと交渉して、それでやって貰ったらしい。

なかなか交渉上手だな。

「ちゃっかりしてる。」と、王妃が仰って、言葉の意味が分からなかったが、サラ先生が

「しっかりしている。とか、交渉がとても上手とかって意味なの。」と、教えてくれた。

「なるほど、確かに、若いは強いだな。」と、俺も同意すると。

「確かにー。」と、彼女達は、同時に言い

「めっちゃハモってるやん。」と、王妃が仰るので、三人でフフッと、少し笑った。彼女達は、本当に仲が良い。

フッとした時に、王妃の表情が何度も曇る。

サラ先生が、見かねて声をかけた。

「イチコ。この子達は、大丈夫。病気に感染していたとしても、肝炎や後天性免疫不全症候群の完治は無理だけど、薬で延命出来るし、他は治せるからって、ジュンイチロー先生もヒカル先生も言ってくれた。

私達、この国の医師だって、心療内科医の先生達も、絶対に諦めたりなんかしない。だから、今は、思い悩まないで。」

「サラ」

スラスラと話す単語がどうしても気になる。

「すまない。その病名だが、良いかな?」

「えぇ。」

「肝炎は、何と無くだが、言葉で想像できる。肝臓が炎症を起こしているのだろう?

だが、後天性免疫不全症候群とは何だ?」

サラ先生が説明してくれるかと思ったが、意外にも王妃が、答えてくれた。

「別名をエイズと言います。ヒト免疫不全ウイルスと言う名のウイルスに感染することで、免疫力が破壊され死に至る病です。けれど、こちらの世界では存在しないウイルスかも知れません。」

「君達、漆黒の民は、医師でない人も、皆その様に詳しいのか?」

「情報が公開されているのです。特に、何十年も前に、この病が発表された時は、大変な騒ぎになりました。今は、治療薬が開発されたおかげで、ウイルスの増殖を抑え免疫力を維持できる様になったので、感染しても発症することは少なくなりました。ただ、ウイルスが完全に身体から消えることは無いので、生涯 薬を飲み続け無ければなりません。」

「ウイルスを殺せないのか?」

「完全に完治したと発表されたのは、わずか三例のみです。突然変異型のCCR5を持つドナーから幹細胞移植を受け、HIV耐性を獲得した人達です。ただ、私も詳しくは分からないのですが、骨髄移植のため、完全に一致するドナーを見つけなければならないとかで、通常の治療としては確立されていなかったと思います。」

完全にお手上げだ。「すまない。理解できない。」素直に降参した。

「私もです。基礎を知って無ければ、単語の意味さえ想像できませんよね。」

そう言いながら、サラ先生が、ジンジャーティーを入れてくれた。

三人で静かによばれた。

「御懐妊、おめでとうございます。」と、今更だが王妃に申し上げた。

「ありがとうございます。」と、出産は、この夏の終わり頃の予定だと教えてくれた。

「男の子で、結構大きめかも。」

?????????

あぁ、なるほど、よく聞く話しだな。

「母親は、赤ちゃんがお腹の中にいる頃から、性別が分かると良く言うが、実際は生まれてみるまで何とも言えないよ。」と、ご説明すると

「いや。ちゃんと見たんで。」

「男の子か女の子か、リリーとリチャード、アレクシスも楽しみにしてたのに、ヒカル先生が『はい。元気な男の子です。ちゃんちゃん。』って言って終わらせちゃったのよね。」と、サラ先生が言い。

「ちゃんちゃん。」と、お二人で、冷めた様なスンッとした顔で言った。その人の口調を真似ているのだろう。そして、ふふっと微笑んだ。

お腹の中の子供を見る事など出来ない。それは当たり前の事なのだが、きっと占いか何かの類いで、その『先生』に見てもらったのだろう。

よほど自信がお有りのようなので、そっとしておくことにした。

両手を上げて、「分かったよ。今日の所は、そう言う事に、しておくよ。」と、とりあえず譲っておいた。

「アルと違って大人やわ。流石、マンフリード先生。」

「アレクシスも、自分が間違って無いと思ったら、納得するまで譲らない。マンフリード先生は、優しい。」と、

些細なことで、お二人が評価してくれたので、(がら)にもなく少し照れてしまった。

いやはや。返事に困る。ハハッと小さく笑い誤魔化した。



テンテキ液が少なくなり、「そろそろマスクをしておきましょう。」と、新しく手渡されたマスクを()けた。



暫くして、本当にテンテキが終わる頃に、ジュンイチロー医師は部屋に戻って来た。

そして、つけた時と同じく瞬く間に、王妃と男児の腕に刺した針を抜き、とても小さな四角く茶色い何かをペタッと乗せた。

腕から落ちない。

不思議に思い、暫くまじまじと見てしまった。

注射用保護パットと言う物だと教えてくれた。

「そんなに出ないと思うが、血が止まったら剥がしてください。」

ジュンイチロー医師の言われた通りだった。一、二滴ほどで、血は止まった。


恐怖から解放されたからか、男児はとても気持ち良さそうに眠ったままだったので、お礼を言って、そのまま男児を抱き、従者と部屋を後にした。



その後、案内された部屋で、保護した児童達の診療明細をもとに報告書をまとめた。

コーヒーをよばれていると、従者が呼びに来た。

王妃に「御懐妊おめでとうございます。」と、申し上げた、それだけが理由では無いと思うのだが、

後から到着したライリー先生と共に

先程の、王妃の部屋へ案内された。

入室すると、ジュンイチロー先生の時と同じ、防護服姿と特別なマスクを着用した男性が二人、何やら準備をしていた。

お二人とも、頭の先から足もとまで、真っ白な防護服に包まれている。

アルベルト王と医師のヒカルだと紹介され、俺の頭は真っ白になってしまった。

色々とお礼を言って頂いたが、緊張しすぎて、自分が何と返答したのかも覚えていない。


そして、

「疲れているところ、すまない。

だが、せっかくの機会なのでね。

私もだが、恐らくこれから先の人生では、二度と目にする事は無いだろうから、まぁ、君達の、医療の糧にしていただきたい。」と、アルベルト王は仰り、その後はヒカルと言う名の医師が話す説明の通訳をしてくださった。


とても、力強い 胎児の心音


胎児の姿 


その顔までも目にする事ができた。


感動?その様な、ありきたりな言葉では、物足りない。それを超越(ちょうえつ)した経験だ。



この気持ちを表す言葉が浮かばない。

ライリー先生も同じだったのだろう。

ただ、ただ、驚愕した。


王妃が「ね?可愛くないですか?」と、我々にお(たず)ねになられたが、非日常にぶち込まれ、日常会話が出来るほど、優秀な頭脳を持ち合わせていない。

ライリー先生も、そうだったのだろう。

あまりに困惑する我々を見て、代わりにアルベルト王が

「可愛いに決まってる。鼻が、私に似ていると言われてな。」と、嬉しそうに仰り、「この鼻だよ。」と、赤ん坊の鼻を指差した。それは分かるのだが、「はい。」としか答えようが無かった。その言葉に続き、ヒカル先生が、淡々と何かを言ったのだが、彼の話す言葉が分からなかった。

「『はいはい。何度、見ても可愛いよ。』と、ヒカルは、少し呆れている。」と、アルベルト王がマスク越しでも分かるほどに、照れながら教えてくださった。

ライリー先生と目が合い、普通に笑ってしまった。

イチコ王妃と女医のサラ先生は正しかった。

間違いなく、男の赤ちゃんだ。



保護した子供達の付き添い。

確かに、それが一番の最優先事項だった。

適度な休憩を取りながら、アークランドまでの道を無理のない様に、慎重に移動した。

馬車酔いをしたり、容体が悪くなったりしていないか、常に目を配り、声をかけて側に寄り添い、この城まで来たのだ。

それは、アークランドの医師よりも、同じ国の我々の方が、子供達が安心するだろうとの配慮からだと、分かってはいた。

実際に、それが功を奏した場面が何度もあった。

食事が正にそうだった。

アークランドの人達が、どれだけ勧めてくれても、決して手を付けなかったので、あの時、同じ国の俺が一緒で良かったと心から思ったのだ。

だが、それとは別に、アークランドに滞在されている、漆黒の民の医術に、触れさせる為に呼ばれたのだと確信した。ここまで凄いのなら、死病と恐れられているバラ診を治せると言うのも疑いの余地は無い。

我々の国に突如 現れ、レイ長官とアークランドへ出国した漆黒の民以外に、時を同じくアークランドにも別の漆黒の民が現れていたのだ。



ひと通りの説明が終わり、ヒカル先生は、器具を部屋の隅に移動させたり、他の道具も同じ様に仕舞っていた。

アルベルト王に腹部を拭かれながら、王妃が「私のお腹を見てください。妊娠線と呼ばれる肉割れが無いのは、人種の違いではありません。クリームを毎日欠かさずに塗っているからです。」と、仰り見せてくれた。

確かに、線が無い。勿論、触れてはいないが、すべすべしていて、とても美しい。

本当に、お世辞では無い。今まで見た中で、一番美しい妊婦の腹部だった。

アルベルト王は、我々が拝見するのを許してくださったが、やはり見られたくは無いご様子で、

「もう、良いかな?」と、穏やかに声をかけてから、スッと素早く上掛けを引き上げた。

「拝見させていただき、有難うございました。」と、

ライリー先生と共に、お礼を申し上げた。

「保湿性の有るクリームで、妊娠線は防げるのですね。」と、伺うと、弾んだ声で嬉しそうに

「えぇ、そうです。」と、仰った。

「ぜひ、我々の国でも取り入れてみます。」と、申し上げると、嬉しそうにしてくれた。なんとも可愛らしい方だ。

ただ、妊娠中は、体質の変化が激しいので、普段なら何とも無くとも、保湿クリームを塗って、痒みや発疹が出た時は、すぐ使用を中止する様にと、ヒカル先生が、補足してくれた。

どうやら、王妃としては、医療の一環として妊婦さんに伝えたいと思っていらっしゃるが、アルベルト王や王室の専属医達は、重要な案件では無いと言って、取りあってくださらなかった様だ。

多くの女性にとっては、大切なことなので、歯痒かったのだろう。

何より、説明の為であったとしても、王妃の素肌を見られたく無いのだと、アルベルト王の目が言っていた。

そう分かるほどに、王はヤキモキされていた。




保護された子供達と共に、国を出た時は、怒りに震え、絶望に押し潰されそうになっていた。

死病と恐れられている性病に侵されていたとしても、子供達は治せると断言された事で、真っ暗だった現実から救われた気がした。

今は、絶望に支配されてはいない。

俺は、力強い胎児の心音も、体内ですくすくと育つ姿も、生涯忘れる事は、無いだろう。

人類の神秘と希望を目にしたからだ。



泊まる部屋へ案内された。

「ベアテル様も、この城に滞在なさっていますが、ご家族の似顔絵作成にご協力いただいておりまして、かなりの時を要する作業のため、お会いになる事は、難しいかと思います。」と、従者が教えてくれた。

「教えてくださり、ありがとうございます。」

「いえ。それでは、私はこれで失礼致します。御用の際は、表で控えている警護の者に、お声がけください。直ぐに参ります。」

「有難うございます。」

豪華すぎる部屋だ。

肌着と寝衣、明日の着替えまでも用意してくれていた。

そうだった。医療鞄以外、何も持って来ていなかった。

ライリー先生も俺も、アークランドに来たのは初めてでは無いので、バスルームの使い方は知っている。

それでも、その広さと美しさに驚いていた。

ライリー先生の部屋は、まるで森の中にいる様な、落ち着いた緑を基調とした内装になっていて、俺の部屋は、海の様に深い青を基調とした部屋になっていた。



その夜は、子供達も眠れた様で、泣いたり具合が悪くなったりする事は無かったと、翌朝の起床時に、従者が教えてくれた。



子供達と一緒に朝食をよばれるために、夕食の時と同じ部屋へ案内された。

部屋へ行くと、着替えを終えた何人かの子供は、先に食べ始めていたので、ホッとした。

昨晩、テンテキを受けた男児も、大丈夫そうだ。

ちょうど食事が終わりそうな頃に、メガネの役人がやって来た。

「マンフリード先生。お早うございます。」

「お早うございます。」

「この後ですが、この子達の暮らす家へお連れします。ですが、食後すぐに馬車で移動すると、気分が悪くなってもいけませんので、出発は一時間後になります。まぁ、とは言っても、家はすぐ近くですけどね。お暇でしょうから城内の書庫へご案内します。」

一時間なら、出発までにかなり有る。

アークランドでは、日時計や水時計で、一日の予定が決まるので、俺も大体の『時の長さ』を知っている。

「城内の書庫も魅力的ですが、それなら念のため、もう一度、一人一人を診察させてもらって宜しいですか?」

「勿論です。」

「それと、あの…気になってしまって、こちらに来ている友人に会えそうでしょうか?」

ベアテルの事なのだが、伝わるだろうか。名前を伏せておいた方が良いような気がして、あえてその様な聞き方になってしまった。

「私もお手伝いが、出来れば良かったのですが、絵心は絶望的に皆無でして。」と、言葉を補足した。

メガネの役人は、「その事ですか。ご友人は、深夜まで作業にかかっておられたので、まだお休みの様です。仕事が有るので、今日中には帰国される予定と聞いています。」と、教えてくれた。

「それなら帰ってから会う事にします。有難うございます。」と、お礼を言った。

診察には、昨日と同じ隣の部屋を用意してくれた。子供達は歯磨きをしていたので、待っている間、彼と少し話しをした。

「漆黒の民は、殺人事件や不審死、病院以外で人が亡くなると、監察医が法医学的知識に基づき、死体を検査し、死因や死亡時刻を推定するそうです。」

ご遺体の、死後硬直や直腸温、その時の気温など周囲の状況で死亡時刻を推測し、検死や解剖を行う事によって、直接の死因を調べるのだと教えてくれた。

「亡くなった方の、最後の声を聞く仕事です。

ですが、監察医の担い手が減少し、確保が困難になっているそうです。とても大切な仕事ですが、過酷で厳しい職務内容だからでしょう。」そう、説明してくれた。

「事件性のある遺体のみを調べるのでは無いのですか?」

それほど殺人事件が多いのだろうか?

「病院以外で亡くなった方は、検死対象となるそうです。死亡原因が判明しなければ、他殺かそうで無いかの判断ができないからでしょう。

亡くなった本当の理由を正しく解明する事は、その方の人権を尊重し擁護する事になるのだと、仰っていました。」

「監察医の方達の信念ですね。」

「そうです。」そう言って、メガネをクッと上げた。

医者の視点からでも、事件解決の手助けができる事に驚いたし、その様な発想すら無かった自分が、小さく感じた。

祖国では、騎士と安置所の役人が見るだけだったはずだ。

一人目の子供が看護師と入って来ると、メガネの役人は静かに部屋を後にした。



気持ちを切り替えて診察を始めた。

明るい部屋なので、改めて見落としは無いか、昨日までは大丈夫でも、今朝になってから、何か症状が出ていないか、かなり慎重に確認した。心配した様な症状は、今のところ出ていない。

俺は、この子達が住む家を見せて貰ってから帰国するので、不安にならない様に、念のため話しておく事にした。

「アークランドでは、医療が無料たから、心配ないからね。僕たちの国では死病と恐れられている、バラ診や他の性病も、ちゃんと治せるお薬が有るので、怖がる必要は無いよ。

もし、病に(かか)っていても、決して殺されたり、捨てられたりしないから、安心して大丈夫だからね。だから後から、何か出来物や赤いブツブツ、痒かったり痛かったりしたら、ちゃんと大人の人に相談するんだよ。」と、小さな手を両手で包み、一人一人に話した。


診察が終わり、昨日着ていた服を取りに部屋へ戻ると、ベッドの足元にあるフットベンチに、なめらかな牛革の新しい鞄が置かれていた。

「こちらの鞄は、イチコ王妃からです。マンフリード先生のお洋服を入れさせていただきました。」

二、三泊の小旅行に丁度良い大きさだ。

「ありがたく頂戴いたします。」

鞄を開けると、昨日着ていた白衣とウェアと肌着、今朝まで着ていた寝衣までが、綺麗に洗濯し、アイロンがけまでされて中に入っていた。

服が、ほんのり温かい。

「嘘だろ?」思わず呟く俺の言葉を聞き、従者はニッコリ微笑むと

「こちらに、おまとめになられた方が、持ち運びに便利ですので。」と、小さな折りたたみ式のキャスターに、医療鞄と牛革の鞄を革ベルトで素早く留めて取っ手を伸ばし

「お運び致します。」と、コロコロと馬車まで運んでくれた。

「鞄とセットになっておりますので、このままキャスターも一緒にご使用ください。」

「有難うございます。」

この発想は無かった。とても便利そうだ。


来た時と同じ、上品な海老茶色の馬車は、やはりピカピカで、馭者(ぎょしゃ)も同じ男性だった。

「おはようございます。おっ!ちびっ子達は、よく眠れたかな?」

もう、子供達も躊躇(ためら)ったりせずに、

「おはよう」と、言いながら馬車へ次々と乗ってくれた。きっと、少しずつ子供らしさが戻りつつあるのだと感じた。

そして、一緒に城からほど近い、王都内の一軒家へ移動した。

本当に城から近い。歩いて行ける距離だ。

内装も見せてもらった。

必要な物は、服も靴も肌着も、それぞれ子供達のサイズで揃えられていた。

身体を拭く布や、手洗いの後に使う布、食器類やスプーン、フォーク、コップはそれぞれ、緑、赤、黄、青、オレンジ色の五色で用意されていた。

感染対策の説明を女性が優しく教えてあげている。

「検査して、もしも何かの病気に(かか)っていたとしても、お薬が有るから大丈夫よ。治療が終わるまでの間だけだからね。」

俺からだけで無く、他の人からも同じ言葉を聞いて、子供達は一様(いちよう)に頷いていた。

気を抜くと、涙が溢れそうになる。

家は、とても居心地の良い、温かみのある造りになっている。

手を洗う所やトイレには、一人で使える様に、台が置かれている。

洗面所に並ぶ、子供用の歯ブラシと歯磨き粉、うがい用のコップも色分けされている。

それが、とても可愛いくて、これからの生活は、きっと穏やかに暮らしていけると感じた。きっと、大丈夫だ。

驚いた事に、この子達は、治療が終わった後も、そのままアークランドで暮らすと言われた。

ライリー先生と共に入国した子供達も、検査を受ける為、近くの王都内の家で、同じ様に暮らすそうだ。

客をとらされて無くとも、扱いがまともで有るはずがない。

俺の隣に立つ、メガネの役人が教えてくれた。

「訓練と称して、暴力を振るわれていたようで、どの子も痣や傷だらけでした。暗殺者として、送り込まれた子供も、同様に、服で隠れる箇所に、かなりの痣があったそうです。無事に保護できて良かったですよ。」

一人の子供が、タタタタッと、寄って来た。

「そのお兄ちゃんは、どうなるの?」とても、必死に聞いて来た。気づくと、子供達の視線が一斉に集まっていた。

メガネの役人は、性別を明かしていない。

それなのに、この子は「お兄ちゃん」の処遇を全力で心配している。他の子供達もだ。

メガネの役人は、子供の眼線に合わせる様に、片膝をつくと、まるで人が変わったかの様に、優しく語りかけた。

「フォルカーを知っているんだね。彼は、とても勇敢で優しいお兄ちゃんだね。危険を承知の上で、自分の事よりも、何よりも、君たちの心配をしてくれたんだよ。」



保護されてから、初めて…子供達が泣いた。



『お兄ちゃん』が、この子達の居場所と、悲惨な状況を知らせてくれたのか。




「大丈夫。もう、誰も酷い目に遭ったりしない。

フォルカーも。勿論、君達もだよ。」

そう話すメガネの役人は、今までで一番優しい表情をしていた。



ストレリチアの部署で、早急に児童保護の部門を立ち上げ、今回以降に、我々の国で保護される児童については、そちらで責任を持って、育てていくと教えてくれた。

「売られたり、虐待される事の無い、本物の保護施設を運営します。既に、フィン総長の指揮のもと、全ての保護施設に対して、捜査が行われていますので、罪を犯した職員や、責任者は牢に入る事になるでしょう。」と、メガネの役人が教えてくれた。

しかし、犯罪者は浅ましく、道理が通じない奴等ばかりだ。

その事をどれくらい、彼は知っているのだろうか。

「ですが、一筋縄ではいかないと思います。虐待など事実無根だと、(しら)を切るに決まってます。」

恐らく、言い訳して来るであろう事を彼に話してみた。

「大丈夫です。その様なふざけた真似をさせるほど、こちらも間抜けでは、ございませんので。闇組織の連中と同じく、必ず牢に入れ罪を償わせます。」そう、メガネの役人は断言した。

あぁ。そうか。

噂は本当だったのだ。

あの界隈の闇組織を壊滅させた出来事に、アークランドは、やはり関わっていた。



そして、子供達が検査を受ける際には、立ち会うために、アークランドへ来ても良いと言われ、連絡をもらう事にした。

「ご存知だと思いますが、漆黒の民は、予告なくお越しになられますので、間に合わない場合が有る事も、ご了承ください。」と、言われた。

「勿論です。」

アークランドの、このメガネの役人は、特に頭の切れる人物だ。アルベルト王とイチコ王妃にお仕えするには、彼ほどの男で無ければ、務まらないのかも知れない。

本人は、笑わせようとは思っていないだろうが、時々 絶妙な言い方をするので、笑いそうになる。


「また、会いに来るからね。」と、子供達と約束をして、ライリー先生と帰国の途についた。



本当に、全く気にしていなかった。

アークランドの出国手続きのさいに、別の部屋へ通され、今回の仕事に対する金を渡された。

「その様なつもりは、無かったので、本当に結構です。」と、断ったのだが、無駄だった。

アークランドの役人は、どなたも恐ろしく手厳しい。


それは、それ。これは、これ。取り付く暇もない。


「医師と言う職業に、誇りをお持ちになった方が良い。

あなた方は、それほどの事をやってのけたのですから。

慈善事業であっても、対価は発生するのです。

受け取らないと言うことは、今回の仕事は、手を抜いたのかと思われてしまいますよ。」


大人しく、従った。

これ以上、何か言われたら、俺が泣きそうだ。


帰宅後、中を見てみると、金額が、多い…。

参ったな。

鞄の中の服を取り出すと、他にも入れてくれていた物が有った。携帯に便利そうな歯ブラシと歯磨き粉のセット。泊まった部屋に有ったのと同じ、あの使いやすい髭剃りだった。


翌日、いつも通り診療所へ行くと、スタッフ一人一人にも『手当て』として、金一封が支給されていた。

ここまでされたら、文句や愚痴を言う者は、一人も居なかった。

「お疲れ様でした。」と、皆がとても労ってくれた。

「君達こそ、留守を有難う。」


帰国して知ったのは、我々が出国した日に、児童保護施設の施設長ならびに管理者と職員は、法を司る人達の調査を受け、問題有りと判定を受けた者達は、即日 牢に入れられたと言う事だ。

アークランドの、メガネの役人が言う通り、

奴隷制度は、とうの昔に廃止されている。

人身売買も、どこの国であろうと犯罪だ。

当然、子供を売った親や親戚の罪も問われている。

だが、それは氷山の一角に過ぎない。

子供達の大半は、行方知れずで、全容を解明する事は難しいだろう。




ベアテルの屋敷へ訪ねて行った。そして互いにあの日の、後の事を話した。

彼の家族を殺した犯人を突き止めてしまうのか?

出国前は、信じられなかった。

だが、今なら心から信じられる。



数日後、ストレリチア傘下に、さくらこども園と言う名の、児童保護施設が設立された。

一軒の家を買い取った仮住まいだが、たった数日で本当に作ってしまったのだ。

新たに雇われた施設職員を指導する為、アークランドから数名で結成された隊が指導に来ている。

衣食住は勿論だが、教員と医師も同行しているそうなので、子供達への初歩の勉強方法の指導や、最低限の家庭医学も教えるのだろう。

アークランドの指導に耐え、彼らの合格点に到達できる施設職員など、いるのだろうか?



そして、本当にお忍びで、漆黒の民はベアテルの実家を現場検証する為に、来訪された様だ。

その翌日、ベアテルの案内で、家の中を見せて貰った。

「靴カバーは、真似て作ったんだ。」

彼の説明を聞きながら室内を見て、回った。

腹が立った。俺は、悔し涙が溢れてどうしようも無かった。頭の血管がキレそうに、怒りが込み上げてきた。

ベアテルの右腕、いつも陽気なティオボルドは、押し黙ったままだった。



どんな生き方をすれば、三人もの命を奪うなど、こんな(むご)いことが出来るのだ?



俺は、アークランドのメガネの役人から聞いた、黒龍の国で は、病院以外で亡くなったご遺体は、監察医による検死と解剖が行われると言う話しをした。



「現場検証と同じ事を、被害者の身体にも行うと言うのですか?」

初めて、ティオボルドが口を開いた。

ベアテルの苦しみを痛いほどに感じたからかも知れない。

それでも、メガネの役人が言っていた言葉をそのまま伝えた。

「亡くなった方の、最後の声を聴く為だそうです。」

ベアテルは、その必要性を誰よりも痛いほど理解している。

「俺も、必要だと思うよ。」と、彼はティオボルドに言っていた。

この国で、その様な方法を取り入れるのは無理だろう。

そもそも、それほどの知識を持った人物は、いないのだから。




アルベルト王は、どれも同時進行で対処なさっている事を知った。

彼に(つか)える人達も、とても頭の切れる人物ばかりだ。

そんな印象を受けた。

なぜ、これ程までに国として開きがあるのか、アルベルト王にお会いできたことで、歴然とした差を思い知った。

温厚篤実(おんこうとくじつ)なお人柄ゆえ、国として、貧困に喘ぐ人達を救済し、国民の生活水準の底上げをなさったのだ。

アルベルト王が多岐にわたり指揮をとっていらっしゃるのが分かる。

俺の両親が、「老後の不安も無い。」と、言っていた理由が良くわかる。

アークランドでの「普通の暮らし」が、どれほど恵まれているか、痛いほどに眩しく感じた。

なぜアークランドとだけ、漆黒の民は交流なさるのか。

彼らは、どこからやって来るのか。

そして、一番の疑問……。


アルベルト王は、どの様にしてイチコ王妃と出逢われたのだ?





お読みいただき有難うございます。

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