表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/193

189話

「漆黒の民が、この国に現れた!」と、

あの日は、どこもかしこも、凄い騒ぎになっていた。

号外が発行され、翌日も、目撃者の情報を元にした、挿絵(さしえ)まで掲載された記事が発行された。

統治者ジュールが教唆犯(きょうさはん)として拘束され、この国のトップの座は空席となった。

レイ長官が、隔離生活に入るとの記事が、人々の不安に拍車をかけている。

未だかつて無い、大量の拘束者。

治水工事請負の不正に始まり

レイ長官暗殺に関わった、三つの組織は、事実上の壊滅。それに伴い、それぞれの組織が縄張りにしていた飲み屋街には、治安悪化を避ける為に、急遽 騎士の詰め所が設置され、何度も、騎士達が巡回している。

その事が、ちょっとした利益をもたらしているので、驚いた。組織が縄張りにしていた飲み屋街は、騎士達の巡回のおかげで、安心して食事が出来ると噂になり、当日どころかその日以降、従来の男性客の他に、野次馬の客や、家族連れや友人同士の女性客まで増え、昨日も今日も大賑わいで、行列の出来る店も有るほどだ。

早い話し、完全なる観光地と化してしまっている。

あの地区は、飲み屋以外に、裏では性風俗街としても有名なのだが、この状況では、完全に風俗店は、鳴りを潜めているので、流石に笑ってしまった。

まさか、この様な状況になるとは、誰も想像していなかっただろう。




突然の、リチャード前長官の訪問。目にした事の無い器具。

その体験で、あの日は頭が回らなかったが、

俺の所に、リチャード前長官が来たと言う事は、彼らの所にも来たのではないか?そう思い、マンフリード医師の診療所へ向かった。


いつもの受付けの女性が、(にこ)やかに通してくれた。

「丁度、午前の診療が終わったところです。どうぞ。」


「ベアテル様がお見えです。」


「きっと、お越しになるだろうと思っていました。

コーヒーで良かったですか?」

マンフリード先生から、熱々のカップを受け取った。

「有難うございます。やはり、先生の所にも来たのですね。」

「弟のトムと来たので、慌てましたよ。」


かい摘んで、説明をしてくれた。


そこまで、バレていたのか。

流石、前長官だな。


「まさか、マンフリード先生とライリー先生が、ジュールの入院に、終止符を打ったとは、思いもしませんでした。」

「診察をしただけですよ。不思議だったのは、私がジュールの診察を申し出るだろうと、リチャード前長官が予測していた事です。」

「そう、言われたのですか?」

「いいえ。一言(ひとこと)も。ただ、用意してくれていた白衣と、医療用の服のサイズが、私達に丁度だったので、そうだろうなと、ライリー先生と話していたのです。」

「今、着用されてる白衣ですか?」

「そうです。中に着ている、このウェアを触って見てください。」

マンフリード先生が、白衣の下に着用している紺色のウェアの裾を触る様に言った。生地が違うのか?

「こうやって、引っ張ってみてください。」

言われた通りに、両手で服の両端を引っ張ってみた。

驚いた。少し伸縮性が有った。この様な生地が、アークランドにはあるのか。

「身体を動かしやすく、着心地も良いので、洗濯しては、手持ちのウェアと交互に着用しています。

冬に、他国と合同で治療にあたった際に、防護服が支給されていたので、その時の服のサイズが、控えとして残っていたのでしょう。ライリー先生の白衣とウェアも、彼のサイズの物でした。」

そして、リチャードから貰ったと、試作品のペンを見せてくれた。

「きっと、漆黒の民が使用している物を手本に、作成したのだと思うのです。」

初めて見た。

カチッと音をたて、実際にマンフリードと名前を書き、「この様に、とても書きやすいのです。使ってみてください。」と、俺にも貸してくれた。

「こちらの紙は、メモ用なので、ここにどうぞ。」

本当だ。スラスラと書ける。

「軽いですね。」なるほど…インクが中に入っていると言う事か…。

「コレは、非常に便利ですね。」と、言いながら、彼に返した。

「えぇ。とても使い勝手が良いです。それと、ジュールを診察したさいに使用した医療器具は、完全に漆黒の民が使用している物でした。数年前に、アークランドで開発された、体温計をご存知ですか?」

「はい。初めて見た時は、驚きましたが。」

「恐らく、その体温計も、何かを手本にしたのでしょう。

一旦、水に浸けて、冷やしてから脇の下に挟み、体温を測る仕組みになっていますが、漆黒の民が使用する体温測定器具は、(ひたい)(かざ)すだけで、数が現れます。数字は、我々の使用している文字と同じでした。」

メモ用紙に絵を描いて説明してくれた。

「身体に触れずに計測できるのですか?」

「はい。1、2と数えるほどで、計測は完了しました。何よりも聴診器がズバ抜けて良かった。とにかく何もかもが違いすぎて、どうにも…。」ハハッと彼は軽く笑った。

マンフリード先生の言わんとする事が、何となくわかる気がした。俺もリチャードから指紋やDNAの説明を受けた事や、その時に信じられない体験をした事を話した。




コン、コン 「どうぞ。」

「マンフリード先生。」受付の女性スタッフが、急いだ様子で入って来た。

「すみません。アークランドから使者が、お見えになりました。急ぎお会いしたいと、仰っています。」

「かまいませんよ。通してください。」


彼は、普通の身形(みなり)をしているが、すぐに騎士だと分かった。

一人だと思っていたのだろう、俺を目にすると、

「失礼。診察中でしたか。」と言われた。

「患者では、ありませんよ。友人のベアテルです。」

マンフリード先生が、そう答えると、彼の片眉が少し上がった。

「なるほど。では、このままでも構わないでしょう。決して口外なさらないでください。」そう言うと、彼は、俺の退出を求める事なく、斜めがけにしていた鞄から、書簡を取り出し、マンフリード先生に差し出した。

受け取った書簡には、俄かには、信じがたい内容が記されていたようだ。


「児童売春」厳しい顔。怒りの為か、マンフリード先生は、とても低い声で、その言葉を口にした。


紙を持つ手が怒りで震えている。


「子供達を、フィン総長が、早急に保護します。

急で申し訳ないのですが、保護される子供達の健康状態が、分かりませんので、付き添いで、アークランドまで、ご一緒いただけませんか?」

「分かりました。お引き受け致します。」


縦長の封筒をマンフリード先生へと手渡しながら、説明している。

「アークランドにお越しになる、お約束をリチャードとされていたので、マンフリード先生とライリー先生の、入国許可証が揃っていたのです。」


「昨日、今日の話で、もう許可が下りたのですか?

では、ライリー先生にも、声を?」

「はい。別の者が向かいました。」


「準備してきます。」そう言うと、マンフリード先生は、診療室を後にした。


花が咲く性病、パラ診になっていれば、子供達の命は助からないだろう。


いくつかの小瓶を手に、診療室に戻って来たマンフリード先生は、受付の女性に

「急患の為、数日不在になるので、その間は一筋向こうの病院に、患者を案内する様に。」と指示を出し、その病院にも、依頼書を作成しようとした。

「先生。その必要はありません。不在の間は、他の医師をこの診療所に手配してもらう様に、別の使いの者がケイレブ副官へ書簡をお渡ししました。」と、アークランドからの使者が説明した。

仕事に抜かりは無いと言うことか。

流石、アークランドだな。



薬品の入った数種類の小瓶と、薬草や医療器具を鞄に入れている、マンフリード先生を見ていると、

「ベアテル様と、仰いましたね。」と、アークランドから来た使者に、話しかけられた。

「はい。」

「別の使いの者が、貴方様の屋敷にも向かいました。

戻られた方が、宜しいかと思います。」そう言って来た。

「この件でですか?」

「いえ。ですが、今日にでも我が国に入国なさるなら、それも可能でしょう。我が国への入国許可証をお届けに上がりましたので。詳しい事は、その者にお尋ねください。」

俺は、決してアークランドの使いを無碍(むげ)にしたい訳では無かったので、失礼の無いように、説明をした。

「いえ。今から急ぎ戻っても、無駄でしょう。私が不在の時は、いかなる客人もお引取りいただき、後日こちらより、連絡する事にしています。」と。

だが、アークランドから来た彼は、真っ直ぐに俺を見て否定した。

「たとえ、門の外であったとしても、貴方に会うまでは、使いの者が屋敷を離れる事はありません。王命ですから。」その一言で十分だった。

「失礼をしました。直ぐに屋敷へ戻ります。」

マンフリード先生に、「では、また。」と、声をかけ、急ぎ屋敷へと戻った。



屋敷に戻ると、確かにアークランドからの、使いの者が待っていた。

通常通り、「後日、こちらより連絡したしますので、お引き取り願います。」と対応したが、

「それならば申し訳ないが、王命ですので、私はこのまま門の前で待たせていただきます。」と、言われたらしい。

王命と言われては、前代未聞の例外中の例外だ。

流石に、屋敷に入るようにと、中へ通してくれていた。




「お待たせし、申し訳ございませんでした。

私がベアテルです。本日は、どの様なご用件ですか?」

アルベルト王からの、書簡を受け取った。



ご家族が殺害された、犯行状況を確認するため、現場検証を行いたい。

被害に遭われたご家族の、似顔絵を作成する必要がある為、アークランドにて、ご協力いただきたい。



そう書かれていた。

もし俺が望むのなら、漆黒の民より、現在の状況を説明すると言われた。



「今現在、確認が取れたのは、凶器の指紋のみです。

血痕指紋と、こちらで採取した指紋が、ある人物のものと一致しました。

ですが、それだけでは、証拠として弱いのだそうです。

犯行後に、落ちていた凶器を手に取ってしまっただけかも知れないからです。

別途、採取したDNAの調査は、特殊な装置が必要だそうで、そちらは後日、鑑定結果が届きます。

それで、個人の特定が可能なら、十分(じゅうぶん)に思うのですが、漆黒の民は、それ以外にも調査を希望されたので、犯行現場となった建物が現存するならば、そちらも調べさせて欲しいとの事です。」

残念ながら、それは無理だ。父の持ち家だったこともあり、俺が学舎を卒業後に、住む所に困らない様にと、騎士が手配してくれた業者が、血を洗い流してくれたからだ。

それでも、思い出があまりにも辛く、家で住むことは無かった。

「床も壁も、洗い流しましたので、何も残ってはいませんよ。」もう、手遅れだと、ありのまま答えた。


(わたくし)も、(にわ)かに信じ(がた)いのですが、漆黒の民が言うには、それでも証拠が残っているのだそうです。洗い流した程度では、消えないのだそうです。

アークランドにて、直接 彼らから説明を受けた方が、詳しい話しを聞けると思います。」

現在、漆黒の民は、隔離期間中の為、外出や普通の面会は出来ないそうだが、窓越しや特殊な防護服を着用してなら、会えるのだそうだ。

手渡された入国許可証には、アルベルト王のサインが記されていた。

何故、それほどまでに急ぐのか、その理由は確かめなかったが、漆黒の民がアークランドに滞在する期日が限られているのかも知れないと思い、このまま向かう事にした。

「分かりました。ご一緒します。」

妹が、入学した際に、家族で描いてもらった肖像画を手に、アークランドへと向かった。


アークランドの入国審査は、今まで経験した事が無いほど、簡潔に終わった。さらに入国管理局では、馬まで用意されていた。

今まで、幾度と訪れていたので、この国の道は、人の歩く歩道と馬車専用の道に分けらているのは知っていた。

だが、それ以外にも、早馬専用の道が、少し離れた場所に、柵で仕切られ整備されている事を初めて知った。


城に到着すると、まず黒龍の国での流行病の説明を受けた。

到着した初日と四日後の検査では、陰性だったが、念のための隔離生活を送っているので、互いに防護服とマスクの着用が必要だと、用意されていたマスクと防護服を着用し、案内された部屋へと向かった。


窓と扉を開けたままの、広々とした一室に通された。


アルベルト王からも、レイ長官の件で(れい)を言われた。

「恐れ入ります。」

まさか王と謁見するなど、考えてもみなかった。


「特殊な事情ゆえ、公に出来る事と、そうで無い事が有る。そこは、ご理解いただきたい。ただ、いかなる状況にあっても、最終目的は、たった(ひと)つだ。少女クレア 一家(いっか)惨殺事件に、関わった全ての者に、公正な裁きを受けさせ、罪を(つぐな)わせる。」

そう、アルベルト王は、仰った。


漆黒の民は、もっと…そうだな…想像では、おどろおどろしい人種なのだと、勝手に想像していた。

だが、肌の色、髪の色、目の色、話す言葉が違うだけで、俺たちと変わらない人間だと感じた。


少し大きめの、本の様な形の薄い物で、一致した指紋を見せてくれた。

そして、汚染されていない、犯人と思われる人物が使用したグラスとティーカップも見せてくれた。

リチャード前長官が使用していた物と同じ、透き通った透明の袋に入れられていた。その袋は、ガラスでは無い。どの様な素材でできているのか、検討もつかなかった。


「特殊な装置が必要なので、DNA検査は、持ち帰ってからになります。」


圧倒的な、文明の差を見せつけられた今

俺自身を支えていた、根幹が崩れようとしている。


まるで、こちらの考えを見透かすかのように、彼らは言った。


「貴方が、復讐の為に、人殺しになる必要はありません。

被害者と御遺族の無念を晴らすために、法が存在するのです。」


「全ての証拠を揃え、犯した罪に対し、正当な裁きを受けさせましょう。」


アルベルト王は、彼らの言葉をご存知で、その様に通訳してくれた。


隔離期間が終了次第、事件現場となった、実家の現場検証を行なってくれる。

そして、その際に何をするのか、この俺も立ち会っても良いと言ってくれた。


「目にするのは、かなり辛い現実になります。」と、仰った。


「それでも、知りたいのです。」と、思いを伝えた。


そして、被害者…つまり、殺された俺の両親と妹クレアの顔を描く作業に協力して欲しいと言われた。

「家族の肖像画を持参しました。」

「その肖像画は、仕上げのさい、確認の参考資料として使います。」そう言って、通訳してくれていたアルベルト王は、これからの作業は、かなりの時を有するので、漆黒の民に触れた状態で、話しをする様に言われた。


彼の言葉が、理解できた。


「それでは、始めましょう。」


「はい。」


真っ白な紙に、俺から家族 一人一人の、顔の細かな説明を聞きながら、黒い炭のような色が出る筆記具を使い、作成してくれた。

輪郭、目、眉、鼻、唇、髪型

「ほくろは、ありませんでしたか?」

「皺の深さは、これぐらいですか?」

根気強く、少しずつ修正を繰り返し、書き上げてくれた。

そもそも、描いた線が、綺麗に消せる事に驚いた。

そして、肖像画と比べ、どれくらい差があるのかを確かめたが、黒一色にもかかわらず、まるで生きている様に見えたのは、彼の描く似顔絵の方だった。

似ている。いや、似ている以上だ。

もう、両親も妹も、そのままだった。

彼の描いた、この絵のままだった。


また、会えた様な気がして、一筋の涙がこぼれた。


俺の涙を見て

「完成したようですね。」と、シューイチは言った。


「我々が、一番犯してはならない過ちは、誤認によって、犯人では無い人物を犯人として扱い、罰することです。」


だから、凶器の指紋だけでは、証拠として十分では無いのだそうだ。


「全ての証拠を検証し、疑う余地が無いと判断された人物に、法に基づき罪を償わせます。」



そう言われても、正直 心は穏やかではいられない。

彼らが、証拠としては、不足していると判断したなら、凶器に跡を残した奴は、裁かれないのか…?

だが、今日まで待ったのだ。

漆黒の民の、やり方を見てからでも遅く無い。

本当に、彼らのやり方で、ヨーツ公とジュール、雇われの掃除屋に辿りつけると言うのなら、それからでも遅くない。



一旦、帰国し約束の日まで、ジリジリと待った。



数日後、一軒の風俗店が取り潰されたと、記事になった。

(おぞ)ましい事に、やはり奴らは、子供に客を取らせていた。

マンフリード先生が、帰国後に訪ねて来て教えてくれた。

闇に埋もれた子供達だった。

恐らく、保護された子供達の、安全の為に情報統制されているのだろう。国内の記事には

『巡回中 不審に思った騎士達によって 数名の児童が無事に保護された』それ以外の内容は、一切(いっさい)掲載されなかった。

保護された子供達は、その日の内に治療を受けるため、二名の医師と、警護の騎士達と共に、アークランドへ向かった。

そう。マンフリード先生とライリー先生だ。

俺は、たまたま居合わせたので、知り得ただけだ。

性病に侵されているだろう。

短い人生を苦しみながら終える、子供達が不憫でならない。


「可哀想に。何とも、やるせない。」と、言うと

現実は違う様だ。

他の人には、口外なさらないでください。と前置きした後、マンフリード先生が教えてくれた。

「保護された子供達は、高度な治療を受けさせてもらえます。死病と恐れられている、あの病も他の性病も、漆黒の民は、治せるそうです。子供達の感染が疑われる病の潜伏期間が過ぎてから、検査を受け、陽性反応が出た子供は、治療にあたると言っていました。」

マンフリード先生の会った漆黒の民は、医師だったそうだ。



特例中の特例。漆黒の民と、アルベルト王の善意を悪用されない為にも、この秘密は守らなければならない。




そして、しばらく経ったある日、数名の警護と共に、漆黒の民が、本当にお忍びで来訪された。


「宜しくお願いします。」


レイ長官とケイレブ副官、高官のエイダンに、フィン総長と数名の部下も立ち会いとして同行して来た。


現場を荒らされたく無いとの理由で、一連の作業が終わるまでは、俺以外の人は、屋内に入る事が許されず、全ての作業は、窓越しに見学する様に言われた。

敷地周辺、つまり家の外側から、現場検証は始まった。

足跡は消えてしまっているが、窓をこじ開けた形跡は無い。

玄関の鍵穴を見て、シンタローが

「ピッキングは、横行してるか?」と、腕を掴み聞いてきた。

ピッキング?どうやら、黒龍の国では、鍵穴を壊さずに侵入する知識を持った犯罪者が、多数 居るらしい。


そして家の鍵を開け、ドアを引いた。


「やっぱり、かなり汚染されとんな。」腕に触れ、そう言われた。


約束通り、俺だけは近くで見せてくれた。


「靴の上から、このカバーを履いてくれ。」

シューイチは俺の前にしゃがみ、子供に靴を履かせる様に足を上げて履かせてくれた。

ぐらつかない様に、シンタローが横に立って、肩を貸してくれた。



まず、想像と全く違った。

玄関ドアを開けた所から、とにかく進まない。

蟻の行進の方が、早いくらいだ。


丁寧(ていねい)


ただ、そう感じた。見落としが無いように、まるで線を引いたように、下、横、上、と、(くま)なく見ていく。一見、地味な作業だが、恐ろしく緻密(ちみつ)な作業をしているのだと理解した。

彼らより、先には進まない事。(しるし)を置いた場所には、触れない事。何も動かさない事。この三点は必ず守る様に言われた。

数字が書かれたプレートは、手のひらより少し小さめの大きさで、曲がっているので置くと自立して立っている。それを床に置き、その側に直角に曲がった定規を置くと、ピカッと光りを発する道具を使った。床の溝からは、陶器の破片を見つけた様だ。透明の袋にプレートの番号を記入すると、先の細い器具で陶器の破片を取り出して入れた。


テーブル付近から、部屋の隅のハンガーラックに向かって残っていた、小さな汚れの横にもプレートを置いて行く。

別のドアに向かって残っていた、小さな汚れにも同様に、プレートを置いた。


ドアの外、部屋へと続く廊下でも、同じ作業を行なっていた。

俺の部屋のドアノブ、妹の部屋のドアノブ、

そして、妹の部屋の中へ。


机の上、ベッド付近、


何かを吹きかけたり、何をしているのか、本当に理解できなかった。

黙々と、作業は続いた。


「一旦、ここで説明するんで、待っててくれるか?」

「はい。」


窓越しに室内を見ていた、レイ長官達を中に入れた。

彼らも同じ様に、白い靴カバーをつけて、プレートを踏まない様に、指示された場所のみを通って室内に入って来た。

その後、シューイチがカーテンを引き、室内を暗くすると、青白く浮かび上がったのだ。

床にも壁にも…至る所に、鮮明に残っていた。


俺の腕に触れながら、説明してくれたので、他の人にシンタローの言葉を伝えた。


「血痕を踏んだ足で、あちこち動き(まわ)っとったんは、

おたくら騎士の人ら、ちゃうんか?見て分かるように、無数の足跡が、現場の証拠を台無しにしとる。その中で、ガッツリおかしいゲソ痕が、そっちと、こっちや。」

動く光りを発する器具で、場所を照らした。




あの時の胸の痛みが蘇った。

あぁ。そうだ。

本当に、血溜まりの場所も、壁もそうだった。

拭いた跡が、流線になって残っていた。



どの様な最後だったのか、この部屋で起きた事を淡々と説明してくれた。


被害者は、声を上げる隙も無かっただろうと教えてくれた。

人は襲われた時、実際に悲鳴を上げる事は難しいらしい。

咄嗟(とっさ)に声は、出ないものなのだそうだ。

命の危機に直面した時、まず、身体がこわばり固まってしまい、次に逃げようとし、最後に抵抗して戦おうとするのだと言う。

だが、この惨状を見る限り、逃げる隙も、戦い抵抗する()さえ無かったのだと言われた。

テーブルと椅子、床のおびただしい血の跡。


レイ長官が、「代わりましょう。」と、通訳を代わってくれた。

そして、シンタローの言葉をレイ長官が、皆に伝えていった。


「まず、ご両親のどちらかが、ここに座っていた状態で、背後から刺された。その後、椅子に座ったままか、もしくはこの床に、倒れた状態で絶命したはずです。

数ある足跡の中で、この血痕の足跡だけは、不自然な行動をしている。見ての通り、ドア横の壁へと続いてる。つまり犯人の足跡である可能性が高い。」

「子供?」と、誰かが呟いた。

「完全な状態で、残ってないので、小さく感じるだけかも知れないが、確かに横幅が狭いので、大柄な人物で無い事だけは、確かです。」

「シューイチ。」と、呼ばれて、彼がドアの横に立つと、この足跡の人物が、この場所に移動した目的は、説明されずとも分かった。

内開きのドアが開いた時に、ドアを開けた人からは、見えないのだ。

「次に、犯人が隠れている、そのドアからこの部屋へ入った人物は、その光景に驚き、血を流した被害者へと駆け寄り、必死でどうにか助けようとしたはずです。そのかがみ込む背後から、近づき同じ様に刺した。」

部屋の隅のハンガーラックへと続く足跡を照らした。

「返り血を隠すために、本人もしくは誰かの上着を羽織ったのでしょう。その為に、ハンガーラックの方へ移動している。」

そこからは、本当に注意深く見なければ見落としてしまうほどの、わずかな血の跡が、確かに部屋を出て、廊下へ向かっていた。


「ここまでは、理解できましたか?」


俺の使っていた部屋の取っ手にも、わずかな血痕の跡、

「まず、この部屋に妹さんが居ないかを確認をした。そして妹さんの部屋へ。ベッドに横になっていたのか、座っていたのでしょう。そして侵入者に気付き『誰?』と、声をかけたかも知れません。」


「この部屋の不自然な物の(ひと)つ目です。ノートや本は、きちんと(そろ)えて左側に置いているのに、机の中央に置かれた、その印刷物は、(そろ)えられていません。」


確かに、クレアらしく無い。母に似て、とても几帳面な子だった。


「だから、この授業か宿題の、数式問題が印刷された用紙を届けに来たと、犯人が机に置いたのだと考えられます。紙にも血液反応が残っているので、犯行後に手を洗っては、いないようです。覚えておいてください。今日、一番の証拠品です。そして、犯人は少女に近づき…この場所ですね。」


ベッド中央の辺りと床が、かなり広範囲に青白く反応していた。


「床の血液反応は、クローゼットに繋がっています。これは、犯行後の行動です。犯行後で無ければ、血痕は残らない。床、取っ手。」と、言いながら光りを当てた。

そしてシューイチが、クローゼットの扉を開けた。

「これは、清掃業者の人も見なかったのか、見落としたのでしょう。当時の血痕指紋が、そのままハンガー数個に、残っています。今日二番目の大きな証拠です。服の掛かっていないハンガーが(ひと)つ、クローゼットの中に落ちています。そして、押し込まれた上着。こちらも重要な証拠になり得るので、この後、回収します。」


「犯人は、被害者の服に着替えて、逃走した可能性が非常に高い。」


犯人は、女だと、少女だと言うのか?



「殺害現場の現状からも分かる様に、犯人の動きには、無駄が一切 無い。殺害目的で侵入し、被害者の服に着替えて出て行った。殺しの訓練を受けた者の仕業です。」


「拷問した形跡も無く、部屋を荒らされた跡も無いので、物盗りとも違う。明確な殺意を持って侵入し、躊躇(ちゅうちょ)なく遂行した。つまり殺害動機は、口封じの可能性が高い。」


「犯人は、女ですか?」



「この部屋に残された、紙の指紋とハンガーの血痕指紋。この(ふた)つの証拠が、凶器に残っていた物と一致すれば、女が実行犯で間違い無いと言える。

結果が出るまでは、容疑者には、尋問も何もしないで欲しい。」


フィン総長が、重い口を開いた。

「もし、当時のままの状況で、この現場が保存されていたなら、もっと色々な事が判明したと言う事ですか?」


「その通り。例えば、靴跡がそのまま残っていたら、靴の特定が出来る。靴の特定ができれば、同じ靴を履いている人間の、靴の裏を確認して、血痕が無いかを見れば良い。その後は、事件当日の行動を調べ、犯行が可能か検証すれば分かったはずだ。

床の隙間に残ってた陶器の破片も、しかり。事件前後に割れた状態のまま、床に残っていたなら、最初に殺害されたのは父親で、次が母親だと、ほぼ断言できた。ところが、おたくらは、どかどかと上がり込んで、踏み荒らし、床や家具についた血痕も掃除した。結果、他の方法でしか、証明できなくした。」


レイ長官の通訳は、漆黒の民の苛立ちを伝える為に、最後の方の言い方は、あえてそのまま、伝えたのが分かった。

黙り込む皆を前に、漆黒の民の言葉は続く。


「今回は、ご遺族の善意で、現場にこれだけの人間が、今更ながらに、入れてもらっているが、特に騎士の人らは、捜査のやり方を改めなければ、話しにならない。」


一通りの話しが終わった時、フィン総長が、代表して俺に言ってくれた。

「心からお詫び申し上げます。また、この様な機会に立ち合わせていただいた事に、心より感謝致します。」


漆黒の民は、俺の腕を掴み「何て、言うてんねや?」と、聞いてきたので、フィン総長の言葉をそのまま伝えた。それを聞いて「そっか。」と、言うと、そのまま続けて話してきた。

「ほんなら、犯人の立ち合いのもと、現場検証すんのに必要やろから、プレートは置いて行くか?別に、このプレートは、用が済んだら、アルかイチコに返しとってくれたら、かまへんで。」と、やはりそうか…彼の言葉を訳す時、レイ長官は、他の人にも分かりやすい言葉に直して伝えてくれていたのか。俺も、内容は同じに、言い方だけを少し丁寧に変えてフィン総長に伝えた。

フィン総長は、驚き「犯人をこの屋敷に、入れるのですか?」と聞き返した。

俺もだ。二度と、この家に入って欲しく無い。


「何や、やり方ちゃうんか。犯人捕まえたら、そいつの(くち)から、自分のやった事を説明させなあかんやろ。それは、本人が、認めると言う事やぞ。」


初めて彼らに会った時の事を思い出した。


「我々が、一番犯してはならない過ちは、誤認によって、犯人では無い人物を犯人として扱い、罰することです。」


そうだな。シンタローが正しい。


犯人には二度と、この家に入って欲しく無い。

けれど、それ以上に何年も前に犯した罪を本人に認めさせたい。


「私は、犯人にこの場所で、自らの罪を認め、全てを話して欲しいです。」と、フィン総長に訴えた。


「分かりました。では必ず、その様に取り計らうと、お約束致します。」と、言ってくれた。


表に出た時に、フィン総長が

「この、検査に使用した道具や薬品?でしょうか?それらについて教えていただく事はできませんか?」と、尋ねていたが、

「無理や。基本、これらの薬品は激薬や。簡単そうに見えても、扱い方を少し間違うだけで、速攻 死ぬ。」と、言われ、その要請は、断られていた。

「死ぬのですか?」

「速攻や。」

皆が驚いていた。



そして最後に、机の上に置いてあった、学舎の用紙と、血痕指紋と血痕が残っていたハンガー数個と、血が付いたままの上着をそれぞれ個別に透明の袋に入れ、同じ様に集めた証拠品の数々と一緒に銀色の鞄に仕舞うと

「ほな、また。お疲れ様でした。」と言って、漆黒の民は、

アークランドへと戻って行った。



俺の家族を殺した、犯行の手口を解明し、証明してくれた。

憶測では無い。残された証拠をもとに、教えてくれたのだ。

長かった苦しみが、終わろうとしているのだと実感した。




お読みいただき有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ