表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
187/193

187話

翌朝、深夜組と交代する為に、騎士料理の定番。牛肉と野菜をゴロゴロ入れ、仕上げに半熟卵を乗せたシチューを作った。温め直したプチバケットは、好きなだけ取れる様に、山積みで中央に置いた。簡単なメニューだが、洗い物も少なく、一品で肉も野菜もとれるので、便利だ。次に交代する騎士達と、早めの朝食を済ませた。

(そと)の六名分の朝食をテーブルにセットし、ドアを開け、声をかけた。

「お疲れ。交代の時間だ。シチューとパンを用意しているので、良かったら食べてから休んでくれ。」

「有難う。助かるよ。夜は結構、冷えたな。」

「良い匂いがしてきたから、期待していた。楽しみだ。」

「アレクシス、有難う。」

「じゃ、後よろしく。」

お疲れ、と互いに言いながら交代し、持ち場に就いた。


今回の保護対象者の受け入れ先は、安全を第一に考慮し、決められていた。

王都を含む観光客の多い地区は、候補地から除外されている。しかし、急な対応が必要となった場合でも、迅速に対処出来る様に、王都近くの山の麓にある施設で調整されていた。

予定では、施設へ移動する前に、保護対象者が不安にならぬ様、アルベルト王と面会をするはずだったのだが、王が隔離生活に入られたので、一旦は見送る事になった。



外の警備に()いていると、宿の総支配人で地区長の、バートの奥さんが、訪ねて来た。

「おはようございます。地区長バートの妻、ノーマです。リンゴのカスタードパイを焼いたのですけど、良かったら皆さんで、お召し上がりください。」

バスケットにかけられた、赤いチェック柄の布を取りながら、小分けにされたパイを見せてくれた。

「12人と(うかが)ってたので、20個ほど用意して来ましたの。()りますかしら?」焼きたての甘い香りが広がった。

騎士達から「おおー。」と、小さな歓声が上がった。

有難いことに、切らなくても済む様に、(ひと)(ひと)つが、ジャムパンやクリームパンより、一回り大きな三角形のサイズにカットされ、店で売られている焼き菓子の様に、真っ白な紙に(くる)まれ、そのまま手に持って食べれる様にしてくれていた。

「皆さん、甘いのが苦手で無ければ、良いのですけれど。」もちろん苦手な訳がない。体力勝負の騎士は、甘い物に目が無い。

「有難うございます。折角なので温かいうちに、いただきます。我々は、一人ずつ交代で、構わないか?」他の騎士に声をかけた。

「勿論だ。」


「奥様、どうぞこちらへ。」

ログハウスのキッチンへと案内した。

先程、交代したばかりの騎士達は、ちょうど朝食を食べ終わろうとしていた。奥さんの突然の差し入れを見せると、笑顔が広がった。

「有難うございます。」

「遠慮なく、いただきます。」と、口々に(れい)を言うと、奥さんには、紅茶を。自分達は、それぞれ熱々のコーヒーを淹れ、リンゴのパイに、バクっと(かぶ)り付いた。サクッ サクッと、軽やかな音が美味(おい)しい証拠だ。

美味(うま)い。」

「やはり、甘い物を(くち)にすると、ホッとするな。」

「あぁ。幸せだ。疲れも吹き飛ぶよ。」

奥さんも嬉しそうだ。

「良かったわ。そんなに喜んで貰えるなんて。」と、ニコニコしながら、紅茶を(くち)にしていた。

交代したばかりの騎士も、一人ずつだが、順番に甘いご褒美にありついた。リンゴのカスタードパイは、瞬く間に皆の胃袋へ消えていった。大丈夫。フォルカーと地区長の分は、初めに皿に移して確保済みだ。それに、その二個以外に、まだ六個も残っている。

賑やかな声に釣られて、地区長とフォルカーが起きて来た。

「おはようございます。」地区長に続き、フォルカーも「おはようございます。」と、まだ眠そうな顔で頑張って挨拶してくれた。


騎士達と俺も、

「おはようございます。」

「すみません。起こしてしまいましたね。」

「フォルカーは、まだ眠そうだね。」

「おはようございます。良く眠れましたか?」と、声をかけた。


「さ、座って。」

「こちらにどうぞ。」

奥さんの隣に、フォルカーと地区長を案内した。

「奥様も、シチューとパンですが、いかがですか?」

「まぁ、宜しいんですの?」

「勿論です。大体、いつも多めに作りますから。」

「そうなの?」

「はい。()りないと、悲惨ですからね。職務の間は、気を張っていますので、食事だけは、安心して取れる様にしておかないと、何か起きた時に、影響しますから。」と、説明した。

「食べ物の恨みは怖いからなー。」ハハハ「確かに。」


「余ったらどうなさるの?」


「大抵は、何人かが食べ切ってくれますが、それでも残った時は、容器に移し替えて、持ち帰ります。」

「宿直の、食べ盛りの研修生への土産に。」

「居るんですよ。良く食べる、成長期ど真ん中のが一人(ひとり)。」 皆、ノアの事を言っているな。

「出発まで、まだ5時間と少し有るから、横になってくれ。」

「そうだな。有難う。」

「そうするよ。」

「お疲れ。」と、口々に言いながら休息を取りに、隣のログハウスへと移動して行った。




昼前に、全員で王都へ向けて出発する。

フォルカーの、身の回りの物を買い揃えたり、これからの手続きをする為だ。

「とりあえず、靴擦れが酷いので、フォルカーの靴だけは、ここで先に購入してから出発しよう。」フォルカーに、そう言って持ち場に戻ろうとすると、

奥さんが「あの、」と、何かを言いかけた。

その時、表の騎士が呼びに来た。

「アレクシス。」

「どうした?」

「グレンソンと名乗る靴屋が来たが、呼んだか?」ん?「嫌、俺は呼んで無い。」と返事をすると、奥さんが慌てて席を立った。

「私が来る途中で、グレンソンさんに、お願いしたの。フォルカーくん、足がとても痛む様でしたから。」

「お代は、私どもで支払いますので、お気になさら無いでください。」地区長も、そう言うと、一緒に席を立った。それは不味い。

「お待ちください。彼は、保護された時点で、王命によりアークランドの庇護下に入っています。ですので、身の回りの品を揃える準備費用も、既に用意されています。靴も今日、出発前に購入する予定でしたので、私どもでお支払い致します。でないと、私が叱られてしまいます。」と、声をかけた。

「靴だけでも、」と、地区長が言ってくれた。

「お気持ちだけ、有り難くいただきます。有難うございます。ですが本当に、最強のメガネの役人から『貴方の目と耳と口は、いったい何の為に付いているのでしょうね。』と、叱られてしまいますので。」と、言うと、笑われてしまった。実際、そうなるだろう。

「それなら、しかたないですね。」

「感謝します。」奥さんが呼んでくれたなら、本物の靴屋で間違いない。警戒する必要も無いだろう。



靴屋のグレンソンは、大きな鞄を開けると

「靴擦れが酷いと仰ってましたので、取り敢えずこちらを。」と、足首の少し上まであるショートブーツタイプを何足も見せてくれた。そして、フォルカーの足を見ると「確かに、これは酷いね。だいぶ痛かっただろう?良く頑張ったね。」と、グレンソンは、フォルカーを(ねぎら)った後、とても丁寧にフォルカーに説明してくれた。

「人は歩く時、こうやって(かかと)から着地して重心を移動させながら指先で地面を蹴る。その時に、ほら、この様に体重が移行するだろ?だから、サイズが大きかったり緩みが有りすぎる靴だと、靴の中で足が大きく前後に動き、歩くたびに靴と皮膚がこすれて、摩擦で皮膚が熱を持ってしまう。その皮膚を身体(からだ)が冷やそうとして、水ぶくれができる。火傷をした時と同じ原理だよ。この状態を我慢して履き続ければ、水ぶくれが破れて傷つき痛くなる。だから、今はこのタイプの靴の方が楽だと思うよ。」フォルカーは、グレンソンの優しさが、たまらなく嬉しいのだろう。何度も目を擦りながら、グレンソンに靴を合わせて貰っていた。

この少年は、たったこれだけの会話にも、自分に与えられている優しさを感じ、涙を(こら)えている。



フォルカーの靴が決まると、支払いを済ませ、「折角ですから、良かったら召し上がってください。」と、靴屋のグレンソンにも、朝食とリンゴのカスタードパイと、コーヒーを出して、一息ついて貰った。

「宜しいのですか?」

「勿論です。いつも多めに作ってますから。」と、話すと、地区長と奥さんが、先程の説明をグレンソンに話してくれた。「私達も、お呼ばれしちゃったわ。」と。

「ノーマのリンゴパイか。これは得したな。」

「まあ、グレンソンさんったら。」どうやら、奥さんのリンゴパイは、有名な様だ。

「グレンソン。朝、早くからすまなかったね。有難う。助かったよ。」と、地区長もお(れい)を言っていた。

どこまでも、優しい人達だ。

フォルカーは、甘い物は別腹の様で、奥さんに勧められるままに、ミルクコーヒーと一緒に、二個目のリンゴパイをとても美味しそうにサクッ サクッと音を立てて頬張っていた。

そんなフォルカーをご夫婦も嬉しそうに見つめていた。



騎士と二人で、整理や荷造り、馬車への積み込みを行っていると、地区長がやって来た。

「あの、少し宜しいでしょうか?」

「はい。かまいませんよ。」

「どうかされましたか?」騎士と二人で手を止めた。

「妻と話したのですが、(わたくし)どもをフォルカーの里親として、ご検討いただけませんか?勿論、安全のために、観光客が来る事の無い地区で暮らす手筈になっている事は、知っています。児童福祉課が、安全だと判断された地区で、(わたくし)達も一緒に暮らしたいのです。」里親の申し出をされる様な気はしていたが、流石に今の時点で、話しが有るとは思っていなかった。

「とても大きな決断をしていただいた事に感謝いたします。ですが、温泉宿の経営は、どうなさるおつもりですか?」

「妻が、昨晩の内に、息子達と話した様で、里親に成るなら、宿は継ぐから心配しなくて良いと言ってくれたようです。まぁ、数年前から、ほとんどを任せていましたので、(わたくし)としても、宿の経営に関しての心配は、していませんが…。ただ、里親になるには、審査が有りますよね。」やはり、このご夫婦は、本気で考えてくれている様だ。

「はい。仰る通りです。審査の後、同居が開始されます。検討期間は三ヶ月から半年ほどです。ですので、今日、明日の認可とはなりません。」

「今夜から、フォルカーは保護施設で寝るのですか?」

本当に、気にかけてくれていると感じたので、ご夫婦に予定を話した。今日は、これからから王都に戻り、服と肌着など身の回りの物を買い揃え、王都で一泊してから施設に行く予定にしていると。

「私達も、馬車と宿は自分達で用意しますので、王都へご一緒しては、いけませんか?」

仲間の騎士も、その方が良いと思ったのだろう。

「アレクシス。」と、言って頷いた。

「分かりました。出発の予定は、11時頃ですが、地区長さんも奥様も準備が必要だ思いますので、昼過ぎまで遅らせましょう。二、三日程度の滞在予定で、準備をお願いできますか?」

きっと断られても、お二人は、一緒に王都に来るつもりだったのだろう。

奥さんは、既に準備を済ませていた様で、地区長は、一人で旅行鞄と馬車を取りに帰っただけで、すぐに戻って来た。お二人の事を報告する為に、伝令は、先に早馬で出発した。

アンの時は、どうだったのだろう。イチコ王妃に連れ出してもらい、シューイチがヘリに乗せてくれたと言っていた。その後、アークランドへ入国し、身元を隠すために、第三国で名前を変えて暮らす事になった。

今のフォルカーと同じ様に、安堵の中に大きな不安を(かか)えていただろう。側に居てやれなかった、あの当時と重ねてしまう自分がいる。

アンと同じ様に、すぐに里親と暮らす方が、フォルカーの精神的な負担は、少ないのかも知れない。



アークランドの役人は仕事が早い。

祖国と違って、盥回(たらいまわ)しにされる事も無い。

出発前には、指示書が届いた。

登城し、荷物と書類を受け取ったら、そのまま予定していた、山の麓の地区に向かう様にと、地図と家の間取りまでも、同封されていた。つまり、今夜から地区長のご夫婦とフォルカーは、その家で一緒に暮らしても良いと、判断されたと言う事か。地図を確認すると、騎士の詰め所が、通りを挟んだ向かいに有るので、そこから日常的に、警護の見張りをしてくれるのだと分かる。

何通りもの予想に基づき、計画を立て、準備をする。残りのプランが全て無駄になったとしても、人命を第一に考えられているので、全ての担当者が手を抜くこと無く進めてくれている。急な変化があったとしても、物事は、滞りなく完結する。

城で受け取る荷物とは、恐らくフォルカーの衣類だろう。買いに行かずに住む様に、その場で身体に合った服と肌着と靴を見繕ってくれるはずだ。

医院長からは、念の為にサラと男性医師を一名、同行させると言って貰っている。

男子なら男性医師、女子なら女性医師と決まっていたが、漆黒の民が現れたと知って、配慮してくれたのだろう。サラの喜ぶ顔が目に浮かぶ。

昼前には、サラと男性医師が到着したので、当初の予定通り、俺達は王都へ向けて出発した。



城に到着すると、予想通りリリーに手を引かれて、サラは連れて行かれてしまった。

フォルカーと地区長ご夫婦は、採寸の為に、別の部屋へと案内されて行った。しばらくは、かかるだろう。

「アレクシス。アルベルト王がお呼びだ。南側の一画に行ってくれ。」

「分かった。」

子供達の遊ぶ声がする。ソフィアの手術も無事に済み、皆 無事に戻ったと聞いてはいたが、声を聞くと安心した。

入り口でマスクを受け取り、顔に付けて入室した。

アルベルト王は、少しお疲れのご様子ではあったが、労いの言葉をかけてくれた。

やはり、フォルカーは、児童保護施設では無く、今夜から地区長ご夫婦と、用意された家で暮らす事になった。

この後は、荷運び業者に扮した騎士達が、現地まで送り届けるので、俺はサラと城に泊まる様にと、仰った。

「窓越しになるが、顔を見せてやってくれないか?皆、アレクシスに会いたがっている。」

「かしこまりました。私もお会いするのが楽しみです。」

「有難う。ご苦労だった。疲れただろう、今夜はゆっくり休んでくれ。」

「恐れ入ります。」


久しぶりに見る彼らは、全く変わっていなかった。

まるで、イチコ王妃の様に。

通訳は、ハルがしてくれた。

「ご婚約 おめでとうございます」

「末長く お幸せに」

サラとの婚約を喜んでくれた。

アシェルと言う名は、封印されている。

間違(まちご)うたら、アカンやつやんけ。」

「ポロッと、呼んでまいそーや。」

(ぶり)みたいやのー。」ハルが、出世魚の説明をしてくれた。流石に、サラと笑ってしまった。

「こー()うの、慣れてないからね。」と、ヒカルが淡々と言った。

俺は、日本語で『アッくん』と、呼ばれる事になってしまった。

子供達は、言葉の響きが気に入ったのか、楽しそうに「アッくん」「アッくん」と呼び、サラは、嬉しそうに笑っている。サラの幸せそうな笑顔を見ると、つい抱きしめたくなる。が、なんとか我慢した。

「アッくん」か…。

リチャードが知れば、きっと揶揄うだろう。

参った。



サラと昼食を済ませ、フォルカー達を見送った。

俺が一緒だと、「顔が邪魔」に、なるらしい。

「人の記憶に残りにくい、平凡な顔の俺達が行ってくるよ。」と、業者の格好をした騎士達と、男性医師が同行し、出立した。

衣類は、フォルカーだけで無く、地区長ご夫婦の分まで用意してくれた様だ。

普通に引っ越して来た、普通の家族に見える。

家具や食器、日用品やご近所への挨拶の品まで揃えられ、積み込まれていた。完璧だ。


報告書を作成する為、騎士の部署へ戻った。

「おっ。お帰り。」「お疲れ。」

「ただいま。」

「アレクシス。例の件、レイ長官へ子供達の保護を依頼しておいた。直ぐに、ケイレブ副官とフィン総長宛に、書簡を作成してくれたので、早馬で隣国へ届けたよ。」

「コレだ。」と、書簡の写しを見せてくれた。

「後は、隣国からの報告待ちだ。」

「そうか。有難う。」

「大変だったな。報告書、手伝うよ。」

「有難う。助かるよ。」

仲間とは、常に連絡を取っていたので、大まかな動きは、知っていると分かっているが、フォルカーとマチルダの詳細を改めて説明した。





お読みいただき、有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ