186話
「フォルカーは、アンやノア達よりも年下よ。
本当に子供を送り込むなんて。なんて人でなしなの。」少年が、診察を受けていた間、サラは、怒りに震えていた。
あどけなさが残る、少年だった。
少年が、診察と傷の消毒を受けている間、廊下の窓際にある長椅子に、地区長と二人、座って待っていた。
地区長がメガネを外し、眉間を揉みながら、話してきた。
「きっとあの子は、この数日の間、ずっと気を張り詰めていたのだろう。無理もないことだが。」そう口にした後、地区長は深い溜息をついた。
「そうですね。少年の顔には、涙の跡が見てとれましたが…」
「先日の説明会で聞いていた、闇組織セタースと関係の有る子なら、本人に確認するのは、酷だと思ったので、敢えて聞かずに、セタースのボスも幹部連中も、皆、牢に入れたから、もう大丈夫だよと、今まで良く頑張ったねと言ったら、泣き出してね。その姿を見て、やはり、そうだったのかと…。本当に、惨いことをする。あの子以外にも暗殺専用に躾けられている子供がいるのではないかと思うのだが。」
「恐らく、どこか別の場所に、寄せ集めて生活をしているでしょう。」
「そうか。そうだろうね。」
「子供を保護したとの報告は、受けていません。この少年が、他の子達の居場所を話してくれれば良いのですが。」
---数日前---
ジュールが、懲りもせず、入院先で三組目となる闇組織と接触した事が確認されたとの連絡を受け、その他の動きからも考慮し、アークランド国内での対策を計画していた。
「アレクシス。アルベルト王がお呼びだ。」
「有難う。すぐ行くよ。班分けを続けておいてくれ。」仲間にそう言って、部屋を後にした。
「アレクシスです。王がお呼びだと聞きました。」部屋の前に控えている警備にそう告げ、中へ通された。
アルベルト王の寝室には、すでにレクサス総長とリチャードが居て、大きな鞄を引っ張り出していた。
そして、王妃のベッドの上には、数枚の透明な袋と何かの機器、手袋と袋に入った封筒、恐らく手紙だろう、それらが出されていた。
「使えそうな物が入っていないか、一緒に見てくれないか?」
アーサー王子の生まれる前、マモル達が来た際に持参した鞄だと言っていた。あちらの世界へ飛ばされた、サラとリリーを連れ戻す為に、この部屋でアルベルト王に跪き「自分達に行かせてください。」と、リチャードと二人で、申し出た日。そう、あの日に、見た鞄だった。
騎士達を部屋に集める前に、アルベルト王とレクサス総長、リチャードと俺で調べた。
そうか、そうだな。あちらの世界に行った事の有る人間でなければ、思考が追いつかない。それで俺とリチャードが呼ばれたのか。王直属の騎士は、王から離れる事は無い。城内や王都内にて動きが有れば、万全の体制で、それらの対処にあたる。今回の暗殺犯 拘束には、俺達が動く。
イチコ王妃に尋ねた。
「この、三個 有る白い機器は、何でしょうか?」
「ボイスレコーダーです。会話とかが録音できるだけで、何の武器にもならないです。」なるほど。
マモル達に、こちらの世界の言葉は、通じない。故に、他の人々の会話を録音し、後でハルやイチコ王妃に聞くつもりだったそうだが、「邪魔くさい。」
「よー 考えたら、ダルいだけやんけ。」と、結局 一度も使う事が無かったそうだ。
「マモルは、アホやから、要らん物ばっかし、持って来て、肝心のが一個も入ってへんねん。」と、イチコ王妃が言うので、アルベルト王とレクサス総長は、目を合わせると優しい表情で、首を少し左右に振り、リチャードと俺は、フフッと笑ってしまった。
案外、このボイスレコーダーが、良いのではないだろうか?
「コレを使いましょう。」そう言って、計画の提案をした。
今回、事に当たる騎士達が、王の寝室に集まり、ベッドの上で身体を越したイチコ王妃より、使用方法の説明を受けた。
「30時間、連続で会話の録音が可能です。ですので、このボタンを押して、テーブルの下にでも設置しておけば、勝手に会話を録音してくれます。終わったら、ココを押してください。」そして、実際に声を録音し、聴かせてくれた。あちらの世界を知らぬ騎士達は、高価な宝石を触るように扱うので、流石にイチコ王妃が注意した。
「そんなでは、日が暮れます。ボイスレコーダーは、安い物なら、三千円から有ります。コレで、五千円〜六千円ぐらいの物ですから、その様に大層に扱う必要はありません。ただ、水に濡れない様に、注意すれば良いだけです。」
アルベルト王が、「手頃な靴や服を買うのと同じ程度の、価値だから、壊してしまっても、心配しなくて大丈夫だ。他にも在庫が有るので心配するな。」と教えていた。あちらの世界では、一般的には、主に会議の時の議事録を作成する為に使用したり、学会の発表や、教授の授業、講演会を録音したりするなど、さまざまな使い方をするのだそうだ。
今回は、犯罪行為の予備と共謀の確認だ。本人の声をそのまま残すことが出来れば、立派な証拠になり得るし、何を話していたのか把握できる。
他の騎士達が集まる前に、イチコ王妃が、別件の未解決事件について、アルベルト王に調査を希望され、話しを聞いていたリチャードは、
「是非、その任を果たしたく。」と、自ら願い出た。「今回のレイの件で、彼らに直接感謝を伝えたいのです。」と。
アルベルト王の決断も早かった。
「確かに、リチャードなら、コレらの機器を使いこなすのは、早いだろう。では、頼まれてくれるか?」
「はい。」
アルベルト王は、医師では無いにも関わらず、医療機器の扱いに、とても慣れていらっしゃる事に驚いた。レクサス総長や俺を使って、リチャードは数回 訓練した。他の器具も手近に有る物を使って、イチコ王妃の説明のもとで使用し、要領を得たようだ。
そうして、『老衰で死にかけている』ことになっていたリチャードは、事件当時の証拠品を回収するべく、イチコ王妃のベッドの上に出されていた、それら全ての器具の説明を受けた後、透明な袋に入った手紙を懐に仕舞った。「花の香りを手紙に付けています。私の署名が無くとも、きっと、その香りで私だと思い出してくれると思います。ですので、袋から取り出すのは、渡す直前にしてください。」と、仰った。
「かしこまりました。それでは、行って参ります。」リチャードは、様々な器具を持ち、アンと同じ学舎の少年トムと、急遽 隣国へと向かった。
そう。トムが、レクサス総長の郵便受けに手紙を入れた子だったのだ。可哀想に、とても緊張しているのが見てとれたが、イチコ王妃が、優しく声をかけられたので、緊張して上がっていた肩が、スッと落ちた。
二人を見送った後、メリル温泉から程近いログハウスに向けて、俺も騎士達と出発した。以前に俺とリチャードが借りた空き家の二棟を騎士達の拠点とし、想定通り相手が子供ならば無事に保護した後、一旦そちらで匿う事にした。病院はサラの勤め先で話しを通しておくことになっていたので、アルベルト王の書簡を手に、先に病院へ立ち寄った。
医院長の部屋を出ると、誰かから聞いたのか、サラが待ってくれていた。手短に事情を説明すると
「アレクシスは、私の所で泊まれるの?」と、可愛い事を言ってくれたが、残念ながら、その余裕は無いだろう。
「次の休みまでは、無理だよ。すまない。」と答えると、寂しそうな顔をされてしまった。
「サラ、そんな顔をしないでくれ。今回は、事態に合わせて臨機応変に対応を迫られるので、本当に無理なんだ。」と言って優しくキスをした。
唇を離すと、真っ赤に染まった顔で、サラが言ってきた。
「ここは、病院よ。」
「ん?分かっているよ?」
「いいえ、その…いいの。気をつけてね。」
「有難う。それじゃ、行ってくる。」サラの頬から、なんとか手を離し、騎士達の待つドアへ向かった。
背後で、キャーキャーと女性達の声がした。そうか、職場でのキスがマズかったのか。サラを目の前にすると、他のことが見えなくなるのは、俺の困ったところだ。
だが、ここは漆黒の民の世界では無い。キスぐらいは良いだろう。
実行犯が子供なら、少年の格好をしていても少女かも知れない。その逆も然り。逃げる事も、助けを求める事も出来ずに、使い捨てを承知の上で、監視役に付き添われて入国するはず。
今回は、一般人に危害が及ばぬよう、地区長を通じて事前に、宿屋や商店街、観光場所や飲食店、地元の住人にも通達する。
『子供の場合は、速やかに保護を必要とするため、見守りに、ご協力ください。』
説明の場に参加させて貰った。
面識の無い他所の国の子。ましてや、その様な事情の子供に対しては、例え大人であったとしても、恐怖を抱いてしまうだろう。実際に、何人かの人は、不安な気持ちを率直に口にしてくれた。
「子供と言っても、普通の子ではなく、殺しを叩き込まれて、送り出された子供だろ?乱暴な子ではないのか?」
「暴れて、私たちの方が、傷つけられたりしないか不安だわ。」
「普通に暮らす子らを妬ましく思い、私たちの子供に、嫌がらせをしたりしないかしら?」
だが、商店街の、ご婦人方が声を上げてくれた。
「もし、もしもですけど…私の子供が『長官を殺して来い。』と命令されて、外国に監視つきで連れて行かれたら、見つけ出して保護してほしいと必死になりますわ。」
「そうよ。どのような境遇にあっても、子供は子供でしょ?」
「そうよね。近所の、児童保護施設で暮らす子たちは、皆んな良い子ばかりよ。ご存知でしょう?家の子の方が、よっぽど手がかかるわ。喜ぶと思って、好きな女の子に、ウシガエルをあげようとして、泣かせちゃったのよ。本当、ズレてるのよ。」集まっていた大人達が、笑いだし、雰囲気が和やかに変わった。
「確かに、言う通りだな。子供は子供だ。一番大切な事を忘れるところだった。」
「私たちで、協力し合って、何とか上手く出来ないかしら。」
「私服の騎士が、常に付いてくれてるのなら、安心だしな。」
「子供の監視役が、尻尾を出した所で、二人を引き離せば良い。だろ?」
「なら、旅行客の多い各店に、交代で男を増やすか?」
「そうだな。それが良い。俺は、朝の仕出しさえ終われば夕方までは暇だから、昼の間は協力できるよ。店の奥に居れば、客からは見え無いしな。」
「それなら私達は、お客として数日間は、周辺のお店で外食するわ。子供も、おばさん相手なら、怖いなんて思わ無いから、暴れたりなんてしないでしょ?」
「この地区に、『おばさん』は、存在しませんよ。皆さんは、とても頼もしいお姉様方です。」と、地区長が言うと、他の男性陣も「確かに。素敵な、お嬢さん方だ。」と、賛同した。
こちらが思っていた以上に、協力してくれる事になった。
実行犯が大人なら、別人だと判明した時点で、捕まえることができるが、そうで無いなら、かなり慎重にならざる得ない。
あってはならない事だが、誰だって病や事故で、家族を残したまま、予期せぬ形で死ぬかも知れない。残された子供は、親戚が預かるか、児童保護施設でお世話になるか、里親と暮らす事になる。この国で暮らす多くの人達が、その前提で考えてくれている。
これが、俺の祖国なら、こうはならなかっただろう。
隣国から、初めて来る旅行客のルートは、決まっている。
まずは、メリル温泉で旅の疲れを癒し、近場の観光をする。古城跡やガイドと巡る鍾乳洞だ。温泉宿で、数日過ごした後は、王都の美術館や図書館、観劇や演奏会を楽しむ。本人達は気づいていないが、次に入国出来るかが、この初めての入国で、篩にかけられ決定する。
入国が二回目となる旅行客は、年齢や好みに合わせたプランの紹介が許可される。登山やハイキング、歴史街道と遺跡巡りなどだ。移動に一日かかってしまうが、港町で釣りを楽しみ、釣れた魚と一緒に、新鮮な貝や野菜を炭で焼く、海鮮焼き堪能プランも人気だ。
翌日の早朝には、水揚げされた競を見学をしたり、夏季は海水浴。その他の季節なら、陶芸教室や有名なアークランドの名産品の一つでもあるレース編み教室、乗馬などの体験や、朝市や蚤の市、などで買い物をしたりと、より個人の趣味に合わせて、旅行の日程を楽しむ人が多い。つまり、二度目の旅行客のほとんどが、王都には立ち寄らずに別の地区を旅する。
今回の様に暗殺が目的ならば、王都に滞在する為に、アークランドの入国が初めての客に、なりすまして入国するだろうと予測した。勿論、他国からの王都観光が日程に含まれている旅行客にも監視は付けてはいたが、入国審査の段階で、要注意人物の判定を受けたのが、姉弟の旅行客だった。
「姉のアメリア。彼女の身なりと態度が、職業欄に明記されている事務員のそれとは、ほど遠い。特殊な酒場の女性、もしくは、あちら界隈の、愛人にしか見えない。
身分証の発行日が前日になっている。姉のアメリアが言うには、姉弟の身分証をどこに片付けたのか、忘れた為、あわてて再発行してもらった。との事だが、どうにも嘘くさい。何より似せてはいるが、本人の身分証のサインと、事前予約の、宿屋と馬車の契約書のサインとが微妙に違う。名前の最後に • (点)を付ける癖があるようだが、アメリアと名乗るこの女性の身分証のサインは、点がついておらず、尚且つ右上がりに書いている。」
入出国管理局で、控えていた騎士が、旅行客よりも一足早く早馬で知らせ、すぐさま待機していた専属の騎士チームが、本物の給仕人と交代し対応した。
あらかじめ、あちらの世界の小さな機器、ボイスレコーダーをテーブル下にセットし、道の憩いの広場に到着した二人をその席へと案内した。対象者が立ち去った後、録音された会話を確認した騎士達から「入国管理官の見立てが的中した。この姉弟が、なりすましで間違いない。」との報告が来た。
そして、暗殺の実行犯として送り込まれた二人の内、特にアメリアになりすました女が、自らヘマをしたところで、拘束する事にした。
それは、保護対象者が、今後この出来事を振り返った時に、自分の所為で、捕まってしまったと、思わずに済む様に、何より闇組織の連中にも、子供がヘマをしたと思わせない様にするためだ。どの様な些細な事でも、奴らに口実を与えてはならない。
そして、見事な連携で無事に保護する事ができた。
サラの同僚が、良く冷えたジンジャーティーをカップに入れて持ってきてくれた。
サラにも「サラ、気持ちは分かるが、そんな顔をしていたら、あの子が不安になるよ。診察室から出て来た時には、安心させてあげないと。」と、少し落ち着く様にと、話していた。
ジンジャーティーを「有難う。」と、受け取りながら、地区長が話してくれた。
「暴れる事なく保護できたのは、軽食屋の女将さんや女性達が、監視役の女から、すぐに引き離してくれたおかげです。」そう話し、一口ジンジャーティーを飲むと、続けて「上手くいって良かったですよ。有難い事です。」と、地域の人達の協力に感謝していた。
「そうですね。皆さんには、本当に頭が下がります。診察後に様子を見て、話せるようなら、少年から話しを聞いてみます。極度のストレスを感じている様なら、別の日にしようと思いますので、その時は少し話し相手をしていただけると、ありがたいです。」色々な考えの人が居るのは当然だが、こうして、他者に寄り添い、気遣ってくれる人が多いこの国は、やはり豊かなのだと思う。
「わかりました。実は、あの子…。昨晩ですが、宿の玄関ホールで、水時計の説明書きを読んで、一生懸命に見ていたので、思わず声をかけたのです。なぜか、必死に見つめる姿が、可哀想だと感じてしまって。今、思えば、彼にとって、この旅行が人生の最後だと感じていたのでしょう。それでも、残された時間で、見るもの全てを目に焼き付けていたのだと思います。出来れば、今夜は私も側に居てやりたいのですが。」地区長の優しさが、ありがたかった。
「見知った人が居た方が、あの子も安心するでしょうから、こちらとしても、有難いです。保護した後の安全確保のため、ログハウスをニ棟用意していますので、ベッドの数も余裕が有ります。今夜は、付き添っていただけると助かります。」と地区長にお願いした。
少年の名は、フォルカー。
診察が終わり、サラが院長と話している間、廊下の長椅子に地区長と三人で座っていた。
「レイ長官を殺せてないのに、僕は組織に殺されたりしませんか?」少年はそう言いながら、肩から斜め掛けにしていた鞄を開け、鞘に納められた短剣を両手に乗せて、差し出してくれた。その姿が、あまりに健気で、胸が締め付けられた。
「フォルカー。君は誰も殺さなくて良いし、誰にも殺されたりしないよ。」そう答えると、ぽつり、ぽつりと話してくれた。幼い弟分達の世話をしながら、酒場を手伝い、殺しの訓練を受けていた事。組織傘下の元締めが、酒場近くの売春宿で、子供にも客をとらせている事。大人達が、死んだ子を埋めている森の場所。組織とは関係の無い保護施設でも、子供の肉体的、性的な虐待が行われていて、里子としてではなく、時には商品として売られている事。保護施設から逃げ出し、路上で生活している子供達を見つけては、盗み・殺し・売春に分けて金を稼がせている事。物乞いはさせない。哀れに思った偽善者に、連れて行かれ、稼ぎが減るからだそうだ。
「初めは、子猫を拾うのと変わりない。その内に子猫と違って、ガキには思った以上に金がかかると思い知る。その後は、決まって遠い別の街で、逸れたフリして置き去りにする。良いか、憐れむフリして近づいてくるヤツには、ついて行くなよ。」そう、教えられていたようだ。
闇組織の連中は、子供達を世間から孤立させる為に、悪に染める。背景を知ろうとしない大人たちは、『悪い子』に、手を差し伸べて救ったりはしない。
生きるために『悪い子』に成らざる得なかった子ども達は、本物の悪い大人たちに利用され続け、抜け出せずに短い人生を終えてしまう。
残された子供達が、無事でいる事を祈りながら、報告書を書き、伝令へ渡した。
最下層の更に下。サラの言う通りだ。
人でなしの大人によって、人以下の扱いを受ける子どもたちが居る。
酷い気分だ。
しばらくすると、総支配人の奥さんが、駆けつけた。
「本当に、あの姉弟が、そうだったのね。あの子の足は、どうだったの?」
「靴擦れだったよ。大丈夫だ。医院長さんが診てくれたからね。すまないが、今夜は不安だろうから、あの子と一緒に居てあげようと思ってね。」
「ええ。伝言も聞いたわ。その方が良いでしょうね。騎士の人が、知らせに来てくださったの。宿の方は心配しないで。息子達に任せて来たの。他の皆んなも、そのつもりで頑張ってくれてるわ。あなたのお着替えと、ジョージくんの鞄を持って来たのよ。」
「フォルカーだよ。」
「え?」
「あの子の本当の名。フォルカーだと、教えてくれた。ここに来る馬車の中で、安心してポロポロ涙をこぼしていたよ。君達の言う通りだった。無事に保護できて良かったよ。」
「そうね。本当に良かったわ。これで、きっと親御さんも安心なさると思うわ。」
「残念ながら、フォルカーの両親は、昨年末に病で亡くなったと言っていた。どうやら、その後に、親戚に売り飛ばされたようだ。」
奥さんは、「そんな…」と、言った後、しばらく黙ってしまった。
「フォルカーくんの処遇は、どうなるのです?」俺の方に向いて聞いてきた。
「隣国に戻れば、また親戚に売られてしまう危険が有りますから、当初の予定通り、今後はアークランドで暮らす事になります。児童保護施設で暮らすか、ご縁があれば、里親さんと一緒に暮らす事になるでしょう。どちらにしても、彼の年齢なら、落ち着いたら、そこから近隣の学舎に通う事になります。」
「そうですか…とにかく、無事で良かったわ。フォルカーくんの事、どうぞ、よろしくお願いします。」そう言って、奥さんは宿へ戻って行った。
「以前、この温泉街の別の宿で、幼い女児を保護した事がありましてね。国外からのご家族連れで、あまりに痩せた女の子だったものですから、入国の際に私服の監視員が付きましてね。宿泊先の大浴場の脱衣所で、服で隠れていた部分に複数のアザが確認できたので、即座に保護された経緯がありまして。」と、地区長は、なぜか心配そうに話してきた。懸念材料が有るのだろうか?
「保護できたのは、良かったと思いますが。」
宿屋の立場では、思うところが有るのだろうか。
彼の言葉を待った。
少し話し辛そうに、地区長は続けてくれた。
「それは、そうなのですが、この国では、前科の有る者の入国は許されていませんので、その子がアークで暮らすことになっていたら、両親とは面会すら出来なくなったのでは無いかと。子どもを虐待するような親ですが、それでも親子の面会する機会を奪ってしまったのでは無いかと…時々ですが、皆の話しに上がるのです。」なるほど。
「そうでしたか。女児の名前や、保護された宿、年月日などが分かれば、その後の事をお調べ出来ると思います。」
ほんの少し目を開き、驚いた表情で、言ってきた。
「何かしてやれる訳でも無いのに、探るような事をして、関わっている人達や少女に、嫌がられませんか?」
「そんな事は、ありませんよ。そうやって気にかけてくれる人達がいると知るのは、嬉しいと思いますよ。」
「そうでしょうか…」
「はい。」
そうして、フォルカーと地区長とサラ、騎士達と俺は交代で入浴を済ませ、少し早めの夕食を共にした。
地区長と同じ部屋で、今夜は寝るのだとわかったフォルカーは、絵に描いたように、ホッとしたのが見てとれた。
一人だと不安だっただろうし、かと言って警護の騎士と同じでは、緊張したはずた。
暫くして、「眠ったよ。」と、わざわざ地区長が、キッチンに知らせに来てくれた。
「それでは、私も本当に寝かせてもらうよ。」と、フォルカーの眠る部屋へ、地区長は戻って行った。
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