2話
01
魔女ルーシィの使用人になってから一週間が経った。普段、魔法を使う時の師匠は薔薇のような凛々しい見た目をしているのにそれ以外だと甘えん坊の猫のような感じになってしまう。最初は驚きもしたが、次第に慣れてくると可愛く思えてきた。
「ほら師匠起きてくださ〜い……」
窓から太陽の光が差し込んでいるのに師匠は全く起きようとはしない。昨日は真剣な表情をして夜な夜な研究していたから疲れているのかな。そうだとしても心を鬼にして起こさなきゃいけないのだ、彼女の日常生活は僕が支える。僕は勢いよくタオルケットを引き剥がすのと同時に師匠は飛び出してきた。この人は寝相が悪すぎるのがたまにキズだ。
「ルーク……私を置いて行かないでぇ……」
師匠は僕の生足に顔を擦り付けて顔をニヤニヤしているが、時間が経つと自分が犯した状況に気づいて自己嫌悪に陥る。
「すまない……ルーク、私はまた君に変なことを……」
「落ち込む前に早く朝ごはん食べて下さいね、総会に遅れますよ」
魔女の中でも一番の実力を持つ師匠は、森の外に住んでいる魔女たちと共に今後の魔法のあり方を議論しているらしい。外では真剣な分、家では息を抜きたいのだろう。朝食を食べ終え、家に置いてあるホウキを手にした彼女はいつもの凛々しい顔で家を出た。
「夕暮れ前には必ず帰るから、だからちゃんと留守番はするんだよルーク」
……師匠はずるい、見知らぬ子供を引き取って嫌な顔をせずに本当の家族のように接してくれる。それに僕がたまに一人で寂しさに耐えきれず泣いてることもわかっていた。
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エプロンや三角巾を身につけ、僕は部屋の中を隅々まで掃除用のホウキで掃く。鏡に映った姿を見てため息をつく。自分で言うのも何だけど女の子にしか見えないな……男らしくなりたい。
掃き掃除をしている途中で段差に躓き、僕は勢いよく転んだ。壁にかけてあった絵画が落ちたので拾うと、中から一枚の白黒写真が出てきた。その写真には師匠と見知らぬ少女が写っていた。
「誰だろうこの人……」
二人は仲良く肩を組んでいて、誰が見ても微笑ましい雰囲気だった。僕は元の場所に戻し、知らないフリをすることにした。少しだけ少しだけその少女が羨ましいと思ってしまった。僕はただ拾われただけの子供で彼女は師匠と心を通わせたような感じに見える、師匠は僕のことどう思っているのだろう。
02
仕事から帰ってきた師匠は疲れた表情をしているのに僕の代わりに料理を作ってくれた。とても美味しくて幸せ気持ちになれたのにどこか寂しさがあった。
夜になると僕はいつものように師匠と同じベッドに入る。最初、師匠と同じベッドで寝るなんて恥ずかしかったけど、彼女から一緒に寝て欲しいと言われたからには従うしかなかった。
「ねぇ、ルーク。今日は元気がないけどどうしたの?」
一生懸命元気なフリをしていたけれど師匠にはやっぱりバレてしまった。あの写真を見つけてから僕は考えた、師匠は一体何歳なのだろうかと。幾ら魔女とはいえ少女の見た目を保つには限度がある。失礼とはいえ僕は勇気を振り絞って聞いてみた。
「……昼間に掃除をしていたとき、見ちゃったんです。師匠が僕が知らない女の子と映っている白黒写真を」
怒られるかと思ったが、師匠は優しい声色で僕に説明をしてくれた。十四歳の頃に不死身になる薬を作り、口に入れてしまったこと。それからずっと百年以上生き続けていることを。あの写真に写っていた少女は既に亡くなっていると淡々と答えていった。どこか諦めている表情をした彼女を見て僕は気づいてしまった、腕に何度も何度も切りつけた跡があったのを。
「私は後悔したよ、自分の好奇心で不死身の薬を作ってしまったせいで何人もの親しい人間を見送ってしまった」
師匠もまた僕と同じということに気づいてしまった。
「ルーク、君を助けたのも自殺をしにいく途中で見つけたからだよ。善意じゃない」
「じゃあ……何で僕をこの家にいさせてくれるんですか」
善意じゃないならとっくの昔に追い出されているはずだ。でも師匠は僕の急なお願いを快く引き受けて、綺麗な服や食事を提供してくれる。そんな人が悪い人間なはずが無い。師匠は僕の傍に近寄り、鼻と鼻がくっつける距離まで近づいてきた。
「それは……私が一人でいるのが怖いからよ。どれだけ沢山の人を見送って、もう誰とも仲良くならないと決めても体が勝手に動いてしまう。……私はどうしようも無く寂しがり屋なんだ」
溢れんばかりの大粒の涙が僕の顔に降ってくる。僕は彼女の涙を拭き、笑ってあげた。
「じゃあ僕と一緒です、僕も一人だと寂しくて泣いちゃいますから。寂しがり屋同士これからも仲良くしませんか」
「本当にいいの? もっと君に醜い姿を出しちゃうかもしれないんだよ」
師匠は僕に本当の気持ちを見せて吹っ切れたのか、見た目相応の少女のような顔をして笑っていた。こんな寂しがり屋の少女を一人にさせてしまったらと思うと、いつの間にか自分の孤独は消え去っていた。
師匠は今まで会ってきた人間の中で一番可愛いらしくて愛しい子供だと言ってくれた、僕個人としては男として見られたいけど褒められたから悪い気はしなかった。
「これからもずっと一緒にいますからね」