6.フードコートにて
俺はホワイトファングの三人――ノイヴィー、ハル、ジャックとともに繁華街へ向かって歩いていた。
アイゼンさんの屋敷を出て、バスに乗って街の中心地に戻ってきたあと、ノイヴィーから、
「あ、あ、あの! ひ、昼飯――じゃなかった、ランチを食い――じゃなかった、食べに行こう――行きませんか?」
と、めちゃくちゃ挙動不審に誘われたのだ。
フィーネのタトゥーの件もあるので断ろうと思ったのだが、
「私たちは戻るけど、リュートは行ってもいいのよ? たまには男の子どうしで過ごしたいでしょう?」
アイリスがそう言ってくれたので、俺だけホワイトファングについて行くことになったというわけだ。
俺たちは繁華街を進み、飲食店が並ぶ街道へやってきた。
街道は人がたくさん歩いていて賑わっている。
屋台も多くあって、どこからともなく食べ物の匂いが漂っていた。なんだか余計に腹が減ってくる。
ここらへんのことを地元の人はグルメ街道と呼んでいるらしい。そうノイヴィーが教えてくれた。
「なあ、どこの店に行く? 俺はもうどこでもいい。野郎だけだしな。けっ!」
ノイヴィーがふてくされている。
シャルロッテたちが来てくれなかったことを残念に思う気持ちは、男としてよく分かるが、俺がいるということを思いだしてほしい。
「男なら肉だぜ! だろ?」
とハル。
「えぇーまたぁ? いつもそれしか言わないじゃない」
ジャックは指をつんつんさせている。モヒカンに似合わない動作ランキング上位に入るだろう動きだ。
「いいじゃねーか。男なら肉。これしかねーぜ!」
そういえばハルの額の文字は『男』だったよな。ずいぶん、男という言葉にこだわっているみたいだが。
「ラーメンだよラーメン! ラーメンしかないよ! リュートくんもそう思うでしょう?」
「ラーメン? ラーメンがあるのか?」
「……? あるよ? 普通でしょ?」
……まじか。
「ラーメン、つまり中華そばだな」
「ちゅーかそば?」
「支那そばとも言う」
「え? なんて?」
「…………」
深く考えると恐ろしくなりそうなのでやめておこう。
「リュートは何か食いたいものあんのか? さっき俺を助けてくれたから、おまえの希望も聞いてやるぜ。おごらねーけどな」
とハル。
恩を感じてるのか感じてないのか微妙なことを言うやつだ。
「俺は、そうだなぁー。……うーん、肉もラーメンも捨てがたい」
「なんだよ、男ならばしっと決めろよ。しょうがねーな。じゃ、いつものとこ行こーぜ」
「いつものとこ?」
「俺らがいつも行ってるところがあんだよ」
「ふうん」
というわけで、ハルの言う『いつものとこ』とやらに向かうことになった。
しばらく行くと、大きな店舗へ到着した。
店内へ入ると、色んな店舗ブースがあるのが分かった。フロアの中央にはテーブル席がたくさん並んでいる。
なるほど、フードコートか。
ここなら、肉もラーメンもありそうだな。
家族連れが多いようで、小さな子どもの泣き声やら笑い声やらでずいぶんと騒がしかった。
「ほらぁーリュートくんもラーメン食べようよぉ」
ジャックのやつ、ずいぶん推してくるな。
「いいけど、美味いんだろうな?」
ぴくっとジャックの頬の筋肉が動いた。
「え? 何? 疑ってるの?」
「…………」
「僕の言葉を、疑ってるの? この僕の言葉を?」
こっわ! なんだその人殺しのような目は……。
危ない。『恐怖耐性Lv5』がなければ、チビっていた所だった。
っていうか急になんなんだ、人が変わったみたいだぞ。
つんつん、とノイヴィーが肘で俺を小突いた。
「……やつは無類のラーメンマニアなのだ。余計なことを言うと、半日説教されるぞ。気をつけろ」
「ま、まじかよ……」
ジャックが俺をじっと見ている。
気弱な感じが消え、今はその顔に見合った厳ついオーラを放っていた。
「質問です。僕がこれまで食べたラーメンの数、どれくらいだと思う?」
「は、はあ。ど、どれくらいなんですか?」
「…………35億」
「は、はあ!? そんなわけないだろ」
なんだその壮大な嘘。
「リュートくん? いい? 事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである」
ダメだ。これは面倒なパターンだ。もう答えないでおこう。
冒険者って、普通のやつはいないのか?
「……。じゃ、行こっか、リュートくん」
「……はい」
がしっと肩を組まれた。ヤクザに連行される人たちの気持ちが少しだけ分かった。
「ふは! ふはは! リュートのやつ、ざまあみろ! 美少女だらけのパーティなんかにいるから罰があたったのだ!」
「けっ、ジャックのやつ、普段からあれくらい強気にいきゃーいいのに。難儀なやつだぜ」
好き勝手言ってる二人に文句を言いたい気持ちを抑えながら、俺はジャックに連れていかれるのだった。
…………。
……。
* * * * *
食事を終え、休憩中。
ラーメンは、普通に俺の知ってる塩ラーメンだった。
食べている途中に教えてもらったが、この世界におけるラーメンのルーツはよく分かっていないらしい。
文化、地理、宗教、経済など様々な観点から数多くの学者がそのルーツを探ったが、その歴史は謎に包まれているとのこと。
突然、ある時期を境に世界中でラーメンが食べられはじめたそうだ。
一説によれば、未来人がもたらしたものだとも言われているらしい。
俺はその話を聞いた時、ひょっとしてラーメンを最初に作ったのは、俺と同じ地球人だったのでは? と思った。
俺や犀川がいるのだから、過去に地球出身のやつがいたって不思議じゃない。
もしそうだとすれば、他にも俺の世界の文化と遭遇する日が来るかもしれない。
それはちょっと楽しみだ。
「でもさぁ、バイクの件、びっくりしたよねぇ」
ジャックがやっとラーメンの話題から離れて別の話題を口にした。
話題はアイゼンさんの屋敷での件。
あれは、たしかに驚いた。まさか盗みの事件現場に遭遇するとは。
アイゼンさんの怒りっぷりは尋常ではなかった。アイゼンさんは鬼の形相で、
「誰だ。誰がやりやがったァ? アァ!? "ひき肉"だッ! ごぉ! ああああああああ!?」
と叫んでいた。
俺たちはそんなアイゼンさんに誰一人言葉を掛けられず、ただアイゼンさんが落ちつくのを待ったのだった。
やがてアイゼンも冷静さを取り戻したのか、とりあえず今日のところは解散するよう俺たちへ伝えた。
バイクについては自分でどうにかするから、お前らは気にするなとも言っていた。
なんでも、バイクは特殊な改造を施しているらしく、国に見つかったら間違いなく没収されるので、盗難届みたいなものは出さないそうだ。
「アイゼンさん……怒ってたねぇ。見つかるかなぁ、バイク」
「ん、残念だけど、難しんじゃねーの」
とハル。そして、こう続けた。
「たぶんアイゼンさんがCランク冒険者と知ってあの屋敷に盗みに入ったんだろーし、それに、壊されたのはあのガレージだけだっただろ? 倉庫にだってレアアイテムがたくさんあったのに、そっちは手をつけてなかったじゃねーか。ありゃあ、たぶん慣れたやつの犯行だぜ。ただの泥棒じゃねーよ……」
その意見には同意だ。
なんでも、そのバイクはレアな金属が使われているらしく、倉庫のレアアイテムと比にならないくらいの価値があるそうだ。
泥棒はそのバイクの存在を知っていて、ピンポイントであのガレージを狙ったのだろう。
それに、あの壁はかなり分厚く、鉄筋も格子状に埋まっていて、仮にハンマーがあっても普通の人間には簡単に壊せるようなものではなさそうだった。
間違いなく計画を練ったうえで犯行に及んだのだと思う。ハルの言うとおり、行きずりの泥棒というわけじゃあないだろう。
「ねえ、どうにかなんないのかなぁ!」
ジャックは手をぎゅっと握った。
なんだその動きは、乙女っぽいぞ。
「どうにかって? 無理だろ……俺たちに何ができるんだよ」
とノイヴィー。
「……だよねぇ」
それきり彼らは黙ってしまった。
俺も何か力になれることがあるのなら手伝いと思うが……。
うーん。いかんせん俺はこの世界のことをあまり知らないから、いい方法が思いつかない。
「あー君たち、ちょっといいかな」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、茶髪の優男が立っていた。歳は二十半ば。両耳にピアスをつけている。ダークレッドのロングコートを着ているが、不思議と派手さはない。
っていうか、声をかけられるまで後ろに立っているのに気づかなかったぞ。
……何者だ?
「なんすか?」
とノイヴィー。
男はにこりと爽やかな笑顔を見せた。
「うん、楽しくお話している時にごめんね。君たちが今喋っていた内容が気になってね。できれば、僕にも教えてくれないかな?」
彼はそう言って、コートの懐から何か取り出した。
……なんだ?
チェーンのついた炎のような色のメダル。メダルには紋章が彫ってある。
中央に『1』と書かれた盾の絵があり、左右に前足を上げた馬がいて向かい合っているデザイン。
ふとホワイトファングの三人の顔が強張っているのに気がついた。
どうしたんだろう?
そう思っていると、
「紅蓮の騎士……」
ハルがそう呟いた。
投降が遅れて申し訳ありません。




