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7.ひったくり事件

 紅蓮の騎士。こいつがそうなのか?


 茶髪にピアスとか、なんかめちゃくちゃチャラい感じだけど……。


「な、なんでもないっすよ。小説の話っす」


 ノイヴィーはアイゼンさんのバイクのことを隠すつもりだ。たぶんアイゼンさんが通報しないと言っていたから、嘘をついたのだろう。


「へえ、本当に? なんて名前の小説?」


「……え、えーっと。怪盗リュート」


 あ、おい! 俺の名前を使いやがって……。


「作者は?」


「…………ジャルヴィー」


 ジャック、ハル、ノイヴィ―。みんなの名前を混ぜたのか?


 いいぞ。調子が出てきた。そのまま頑張れ!


「ふむふむ、どんなストーリー?」


「怪盗リュートが、悪の美学に従って冒険者たちのレアアイテムを片っ端から盗んでいくって話っす」


「悪の美学?」


 ぴくり、と紅蓮の騎士が眉間にしわを寄せた。何か引っかかるものがあったようだ。


「……ま、今はいいか。ところで、主人公の決め台詞は?」


「……べ、別に、あんたのために盗んだんじゃないんだからね!」


 意外! ツンデレキャラなのか!?


「……んー。あとで嘘だって分かったら、僕、怒らないといけなくなっちゃんだけど。大丈夫かな? それが最終回答でいい? 今なら、小説だって話は聞かなかったことにできるよ」


 にこにこと紅蓮の騎士は笑っているが、声には妙な迫力があった。


「…………」


 その静かな威圧に負けたのか。これまで頑張っていたノイヴィーがフリーズしてしまった。ハルもジャックも気圧けおされてしまったようだ。


「最終回答ですよ」


 だから俺がそう答えた。


「本当に?」


「はい」


「僕の目を見て、もう一度言ってくれるかな?」


 男がじっと俺の目を見る。


 睨んでいるわけでもないくせに、思わず目を反らしてしまいたい気持ちになった。なかなかの迫力。


「小説の話です」


 ――が、俺はあの魔猿の魔眼を乗り越えた男なのだ。これくらいで屈するか。


 紅蓮の騎士が俺の瞳の奥を見ている。強いストレスを感じたが、俺はどうにか耐えて平然を装った。


「…………。そっか。うん、ごめんごめん。分かった、小説だって信じるよ。でも悪の美学なんてろくなテーマじゃあないから、紅蓮の騎士からのお願いとしては、そんなの読むのはやめてほしいなぁ」


「……はあ、分かりました」


 圧迫感がふっと消えた。威圧をやめてくれたようだ。


「実は最近、このあたりに盗賊がやってきたという情報を聞きつけて調査をしていてね。今は任務中じゃあないんだけど、職業病なのかな。気になる話がちらりと聞こえたので声をかけちゃったってわけ。ごめんね、許してくれるかな」


 盗賊か。アイゼンさんのバイクを盗んだのもその盗賊なのか?


「君たちは装備からして冒険者だよね? 冒険者は特に狙われやすいから、十分に気をつけて」


 彼はチェーンのついたメダルを懐にしまった。


「あ、そうそう。僕が調査してるのは盗賊だけじゃなくってね。人を探しているんだ。たぶん君たちと同じくらいの年齢の女の子なんだけど――」


 その時。


 キャー!


 彼の声を遮って、甲高い女性の悲鳴が聞こえた。


 そちらに目をやる。床に座りこんだ女性と、入口へ猛ダッシュで逃げる男性。


「おい。誰かそいつを捕まえてくれ! ひったくりだ!」


 誰かがそう言った。ちょうど男が入口から出ていった時だった。


「やれやれ。今は仕事中じゃないのに。勘弁してほしいなぁ」


 紅蓮の騎士が面倒くさそうな顔でコートの懐から小さな手帳のようなものを取り出した。


「迷惑かけちゃったから、お詫びに、君たちに珍しいものを見せてあげるよ」


 何をするつもりだろう、と思っていると、彼は手帳から一枚の紙を破いて指に挟んだ。


「――【紙の支配者】」


 手に持った紙が、突然しゅるしゅると帯のように長く伸びていき――。


 ぎゅんッ!


 ――その先端がすごい勢いで入口へ向かっていった。


 紙の支配者……?


 これって。


 俺やシャルロッテと同じユニークスキルか?


「捕まえた」


 ピン、と帯が張った。


 帯がしゅるしゅると縮んで、帯に絡めとられたひったくり犯が入口から引きずられてきた。


 ここからあの男を捕獲したのか? それに別の帯が女性ものの鞄を掴んでいる。


 見えない位置でも正確な操作ができるようだ。それに俺よりも射程が長い。


 床に転がった男の方へ、紅蓮の騎士がゆっくりと歩いていった。


 紅蓮の騎士はさっき俺たちにそうしたように、赤いメダルを男へ見せた。


「悪いことしちゃあ駄目だよね? ご両親に教わらなかったのかな?」


「ぐ、紅蓮の騎士。く、くそっ! 離しやが――」


 ごんっ! と鈍い音がした。


 紅蓮の騎士が男の頭を踏みつけたのだ。


「こらこら、暴れちゃあいけないよ」


 その男の体にしゅるしゅると紙が巻かれていき、あっという間にミイラのような姿になった。


 もぞもぞとミイラが動いた。が。


 ごき、と小さな音が鳴って、すぐに動かなくなった。


 周りを見たが、今の音に気がついた人はいない様子。


 今のは、もしかして骨を折ったのか?


 ごき、べき、ごきん。


 微弱な音が連続する。


 間違いない。俺はモンスター相手に圧殺することが多いからよく分かる。紅蓮の騎士はあの帯を締めつけて、男の全身をゆっくりと砕いているのだ。


 男は動かないどころか悲鳴すらあげていない。気を失っているようだ。


 鞄を持っていた別の帯が動いて、鞄を女性の元に運んだ。


「どうぞレディ。お気をつけて」


「……はい。素敵な騎士様、ありがとうございます」


 わああ、と歓声と拍手が巻き起こった。


 ――ごき、べき、ごきん。


 観衆にはミイラの男が今も骨を折られ続けているのだと分からないのだ。紅蓮の騎士がひったくり犯を華麗に捕まえた。彼らにはただそういう風に見えている。


 ――ごき、べき。


 いくらひったくり犯とはいえ、そこまで普通やるか?


 ――ごき、べき。べき。ごきんッ!


 うッ! 今の音は、首のあたりから聞こえたぞ……。まさか殺したわけじゃあないよな?


 俺は喝采を受ける紅蓮の騎士の笑顔がとてもサディスティックなものに思えて、急に体の温度が低くなった気がした。


「おい、行こーぜ。関わんねー方がいいよ」


 ハルが立ち上がった。


 俺たちは目立たないように静かに立ち上がって、逃げるように店を出たのだった。




 * * * * *




 俺たちは喫茶店にやってきた。


 ここはホワイトファングがいつも来ている店とのことだ。他に客はいない。カウンターにメガネをかけた老人が座って新聞を読んでいる。


「驚いたな。まさか一日に二人も――」


 ノイヴィーがちらりと俺に目をやって、言葉を止めた。一日に二人もユニークスキルを持っている人間に会うとは、と言いたかったのだろう。


「だがなんなのだ、あの紅蓮の騎士は。ニコニコしているくせに、滅茶苦茶恐かったぞ……うぅ」


 ノイヴィーに同感だ。あれの目を見つめ返すには、相当な胆力がなければ出来ないだろう。


「あの人、盗賊の調査してるって言ってたねぇ」


 とジャック。


 ここに来るまでに色々と聞いたが、紅蓮の騎士というのは、モンスター討伐だけじゃなくって、国内の治安を守る活動全般を行う組織らしい。


 警察は警察で別にあるそうなのだが、警察が対応できないような案件――例えば武力のある凶悪犯だったり、広域で行われるような犯罪は、紅蓮の騎士の管轄になるそうだ。


 俺の世界で言うと、FBIみたいな感じだろうか。


 カランカラン、と入口の開く音がした。誰かがやってきたようだ。


 うん、あれは? 白衣にメガネの長髪の女性。『団長』のグリコか。相変わらず目の下のくまがひどい。


「諸君、ごきげんよう」


 しゅっと手をあげて彼女は挨拶した。


「おや? リュートじゃあないか。君も一緒にいたのか? そうかそうか、私に会いたかったのだな」


 グリコは俺たちの座っているテーブルへ着席する。


「で、どうしたのだね諸君。なんだか暗いじゃあないか」


「まぁー色々あってよー」


 ハルがアイゼンさんの屋敷の盗難事件、紅蓮の騎士に声をかけられたこと、その騎士がユニークスキルでひったくり犯を捕まえたこと、今日一日の出来事をかいつまんで話した。


「……ふむふむ。なるほど。盗賊とバイクか。面白そうじゃあないか」


 グリコは懐から煙草を取り出し口にくわえシュボッと火をつけた。


 煙とともにハーブの匂いが漂ってきた。


「よーし。では、そのバイクとやらを紅蓮の騎士よりも先に見つけて、アイゼンという男に返してやろうではないか?」


 ほう、グリコめ。いいところがあるじゃないか。


「アイゼンという男は金持ちなんだろう? そのバイクを高額で買い取ってもらえるかもしれないじゃあないか。くく、吹っ掛けてやる」


 さっきこいつを少しでも見直したと思った時間を返してほしい。


 だがもしバイクを見つけだすことができるなら、俺は協力したい。


 アイゼンさんはフィーネがバイクを壊してしまったのを許してくれたけど、やっぱり何かお詫びをしなきゃいけないと思うし、それに倉庫のアイテムをもらうだけってのも、俺の日本人として魂が「それってどーなの?」と囁くのだ。


 しかし問題はその方法だ。


 俺はグリコに尋ねる。


「どうやってバイクを探すつもりなんだ?」


「うむ。ちょっと待っててくれ」


 グリコは立ち上がり、店の奥にある階段から二階へ上がっていった。


 ……なんなんだ?


 しばらく待っていると、グリコが戻ってきた。手に手帳を持っている。


「えーっと。そのバイクはいつ盗まれたものか分かっているのかね?」


 えっと、たしか。


「二日前にメンテナンスした時はあったって言ってたな」


「ふむふむ」


 グリコが手帳に書き込んでいる。


「それから、冒険者なのだから普段はアジトへいないんだろう? そんな大切なバイクを、ずっとガレージに置きっぱなしなのかな?」


「いや、普段は別の場所に預けてるんだとアイゼンさんは言っていた」


「ふーむ。分かった。ちょっと待ってろ」


 グリコはまた階段の上へダッシュしていった。


 何をしているんだ? 気になる……。


「なあ、上ってなんかあるのか?」


「電話があるから、誰かに聞きに行ってるんじゃねーの? あいつ、謎の交友関係が多いからなー。よく電話してるイメージがあるぜ」


 とハル。


 グリコはこの件を誰かに相談でもしているんだろうか。


 やがてグリコが戻ってきた。


「諸君、聞いてくれ!」


 何か分かったのか?


「――今日の晩御飯はハンバーグにしようと思う!」


「おいっ!」


 とノイヴィーがグリコにチョップした。


「お約束というやつじゃないかよぅ。叩くなよぅ、ひんひん……」


「うるせー! 早く先を言え!」


 グリコは額を抑えながら唇を尖らせている。こいつらはいつもこうなんだろうか。


「えーっと……」


 グリコはノートを見ながら喋りだした。


「まず最初に、『最近やってきた盗賊』がなぜアイゼンのバイクの存在を知っていたのか、という疑問がある。これを、盗賊が『この街の情報をよく知っている者』からその情報を得たものだと考える」


 ……バイクに貴重な金属が使われていることを知り、かつガレージにバイクがあることを知っているのは、たしかにこの街の人間だと考えるのが自然かもな。


「そして当然、盗賊は盗品を金に替えたいわけだ。だが盗品をさばくのはそれなりに難しいらしくてね。バイクみたいなでかいものを盗むには、金に換えられるということが事前に分かってなきゃあ、なかなか手を出しにくいんだとさ。つまり盗賊は、あらかじめ『取引相手』を確保してから犯行に及んだと考えた方がいい」


「……なるほど。それで?」


「盗賊にアイゼンのバイクの情報を渡した『この街の情報をよく知っている者』と、『取引相手』は同じ組織である可能性が高い。アイゼンのバイクの情報は、金に変換できる前提がないと価値がないからだ。そして、その両方の条件を満たせる組織は一つしかないそうだ。――誰かこの街のマップは持っているか?」


「あ、僕持ってるよ」


 ジャックが荷物の中から地図を取り出してテーブルの上へ広げた。


 グリコが地図の北側の一部を指さした。


「メリルスターを拠点としている犯罪組織で、組織名はレイヴンファミリーというらしい。やつらの縄張りがこの辺にあるようだ」


「誰かに助言をもらったのか?」


「うむ。私の友人だ。口は堅いから心配しなくても大丈夫だぞ」


「ふうん。ずいぶん頭のいい奴なんだな」


 バイクが盗まれたって聞いただけで、そこまで絞り込んでくれだのか。


「よってレイヴンファミリーの縄張りに潜入するのが、現状ではもっともバイクを見つけられる可能性が高い方法とのこと。コレットが言うには、盗賊もおそらくここにいるんじゃないかと言っていた」


 ふーん。


 って、え?


 いま、コレットって言ったよな。あの『スプリットホライズン』のコレットか?


「で、でもなぁー。レイヴンファミリーって、つまりマフィアなんだろ? それに盗賊だっ多分やべーやつだよ。ユニークスキルを持つ紅蓮の騎士に追われるようなやつなんだぜー」


 とハル。


「どうした? 怖気づいたのかね?」


「だ、だってよー」


 ノイヴィーもハルもビビっている様子だ。ジャックにいたっては震えた様子で天井を見上げていた。


 まあマフィアや盗賊にケンカを売りたくはないよな、普通。


 場所さえ教えてくれれば、別に一人で行ったっていいけど――。


「コレットが言うには――いや、これは言うまい。くく、くくく」


 ……なんだ?


「さて諸君、新生『黒の団』の初仕事だ。団長からの命令である。ビビってないで、ついてきたまえ! マフィアと盗賊を退治して大儲けだ!」


 グリコの言葉に、三人は、憂鬱そうな表情を浮かべたのだった

遅くなり申し訳ございません。

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