16.フィーネ③
階層『3』へ到着した。
ここから先、フィーネに追いつかれないようにダンジョンを進みたい。
というわけで……!
「てっててー! オープンカー!」
俺は緑色の煙を出現させ、雲のような平べったい楕円形を作った。
「何よその変な効果音と変な声は」
「俺の世界のおまじないだ。アイテムを出すときにこう言うと、テンションがあがる効果がある」
なんだか雰囲気が暗くなりそうなので、おまじないをかけておいたのだ。
「リュートくん、その煙は? オープンカーって?」
「これは空飛ぶ車だ。今回はこれに乗って、ダンジョンを進もうと思う」
前回アイリスへそうしたように竜人モードになって抱きかかえていくのが一番楽だが、今回は二人いる。
だからこの煙で彼女たちを高速で運ぼうと考えたのだ。
このダンジョンは『5』で終わりだし、俺のスタミナと魔力ももつだろう。
「乗ってみてもいい?」
とシャルロッテ。
「うん。とりあえず後ろに座ってみてくれ」
シャルロッテが楕円の煙に足を乗せた。
「あ、ほんとだ。浮いてる!」
雲の上にちょこんと座っている。
続けてアイリスもその後ろに乗った。
「このまま行くの? なんか、落ちそうなんだけど……」
「煙で体を支える」
煙を操作すると、彼女たちの体が腰の辺りまでずぶずぶと煙に埋まった。
よし、いい感じだ。でも、これだとオープンカーというよりボブスレーのそりみたいだな。
本当はもっと造形にこだわりたいが、今は時間がないし乗れればそれでいいだろう。
俺も一番前の運転席(?)に乗り込んだ。
「少しづつ速度をあげていくぞ。それじゃ出発進行!」
煙を操作する。だんだん速度が上がってきた。
うん、やっぱり歩くよりも断然速い。
これならばフィーネに追いつかれる心配はないだろう。
「わあ、すごい。アイリスちゃん、見て、口開けると風が口に入ってくるよ。ほら……あばばばば」
シャルロッテが何かやっている。なんか動物がそんなことをしている動画を見たことあるぞ。
「や、やめなさいよ。女の子なのに」
二人の様子からして、これくらいの速度なら大丈夫そうだな。
よし、このまま進んでいこう。
…………。
……。
* * * * *
俺の作戦はうまくいき、一気に階層『4』へ。
問題なくその階層も進み、その上の階層『5』の長い通路までやってきた。
この先は、ボス部屋に続いている。
ここまで休憩を含めて三時間くらいだろうか。かなり速いペースだったと思う。
彼女たちの体力も問題ないだろうし、俺のスタミナもまだまだ余裕がある。
洋館風の長い通路を進んでいくと、魔法陣の描かれた扉が見えてきた。
ボス部屋だ。
中へ入ると、いつものように扉が閉まり、次に黒いオーラが中央で渦を巻いて、中からモンスターがあらわれた。
このダンジョンのボスだ。
アイリスに聞いたところ、種族名はノラースというらしい。
偶然なのだろうか。このボスは黒いドレスを着た人形のようなモンスターで、道化師のような仮面をつけている。
間接の動かし方がどうみても人間じゃあないけど、それでもフィーネを思いだすような姿をしていた。
ぎぎ、ぎぎぎと鈍い音を立てると、背中から別の腕が二本生えてきた。その腕は鎌がついている。
からくり人形みたいだ。
「【雷の矢】」
どしゅう!
人形の胴体に矢が突き刺さった。
ぼん!
ボスが弾け飛んだ。
「ま、また一撃。……やっぱりリュートって、すっごく強いのね」
初級ダンジョンで俺が苦戦する敵はいない。このダンジョンで最も苦戦するのは、フィーネに間違いない。
目の前がピカッと光って、宝箱が出現した。
今回のアイテムは、
□□□□□□□□□
【赤のメダル(ノラース)】のカード
1.念じることで実体化することが可能。カードには戻らない。
2.人間界呼称『人形館』の五階へ到達した記念。
□□□□□□□□□
というものだった。
何が記念なのかよく分からないが、これを国へ納めることが、ランクアップの条件の一つになっているらしい。
ガガガガ、と音が鳴って、部屋の奥に階段が現れた。
これでようやくこの気味の悪いダンジョンから出られるようになったわけだが――。
「シャルロッテ、アイリス。悪いけど、先にダンジョンを出て待っててくれないか?」
「一応聞くけど、どうして?」
とアイリス。
「俺は、ここでフィーネを待つ」
「待ってどうするの? 説得は……残念だけど、難しいと思う」
「うん……でも、もう少し話をしてみたいと思うんだ。できるか分からないけど」
深く考えずに彼女を連れてきてしまった責任を取らないといけないと思うのだ。
それに、彼女は変なところがあるけれど、犀川のような悪ではないと思う。
何より、彼女は一日の間に、これでもかというくらい愛憎の強い念をぶつけてきたのだ。
何も言わずに去っては男が廃るというもの。
もしも駄目だったとしても、出来る限りのことは頑張りたい。
それが、今の俺がやるべきことだと、そう考えている。
「ふふ、リュートくんはきっとそう言うと思ってたよ」
シャルロッテがそう言った。
アイリスはしばらく悩んでいる様子だったが、彼女もやがて頷いた。
「リュート、もし駄目だったとしても、気を落とさないでね」
「……うん。ごめんな」
「ううん。それじゃあ、気をつけて」
アイリスが最後にそう言葉を残して、二人は階段を下っていった。
俺はここで一人、フィーネを待つ。
…………。
……。
* * * * *
アイリスたちがダンジョンを出て半日くらいだろうか。
コツ、コツ、コツと。
遠くから足音が聞こえてきた。
足音が近づいてくる。
そして、きいぃぃと鈍い音を立てて、扉が開かれた。
道化師の仮面をつけたフィーネがやってきた。
こちらへゆっくり歩いて近づいてくる。
俺から十メートルくらいの場所で、彼女は立ち止まった。
「初級ダンジョンのボス部屋に竜人がいる――。なんとも奇妙な感覚です。悪い夢でも見ているみたい」
フィーネの声は落ち着いていたけれど、その内に秘めた憎悪をありありと感じることができた。
「それで、どうしてここにいるのですか? 私を殺すために待っていたのですか?」
「違う。フィーネと話がしたい。だから俺だけ残った」
仮面がじっと俺を睨んでいる。
静かな怒りを湛えているが、下の階層の時のように激昂する様子はない。
「……貴方が自分を人間だと勘違いしている話ですか。もううんざりです。人間のふりをするのはやめてください」
「違う、俺はたしかに竜人だが、心は、魂は、人間なんだ」
「……黙れッ。……はぁ……はぁ……黙れ、黙れ、黙れッ!」」
フィーネは銃身の長いライフルを召喚し、手に取って銃口をこちらへ向けた。
「…………」
やはり話をするのは無理なのか……?
そう思ったが、フィーネは銃を構えるだけで攻撃してこない。
「私を、攻撃しないのですか? さっきみたいに」
「……さっきは、すまなかった。シャルロッテとアイリスを君から守りたかったんだ」
ぎり、ぎりぎり。ぎぎぎぎぎ、と歯軋りの音がする。
「フィーネはどうしたら話を聞いてくれるんだ?」
「ふぅ……ふぅ……わ、私とそんなにお話がしたいのですか?」
「うん」
「それなら、私の言うとおりにしてください」
「……分かった」
何を要求するつもりだ?
「竜人の姿になってください」
「分かった」
ぼん!
俺は言われたとおりに竜人モードへ変化する。
「……なんておぞましい! うぅぅ!」
フィーネは持っていた銃をいったん置いて、自分の胸元を爪でひっかき始めた。
俺の名前の文字が彫ってある場所だ。
がりがりと強くひっかいている。爪に血が付着しているのが見えた。
「や、やめろ! 自分を傷つけるな!」
俺が一歩前へ出ようとすると、
「動くなッ!」
そう強く怒鳴った。俺は足を止める。
「うぅぅぅぅ! やっぱり許せないぃぃぃッ! はぁ……はぁ……!」
フィーネは自分の血液を、仮面に塗りたくった。
道化師の表情が、まるで怒りくるっているようなものに変化する。
「今から……はぁ……はぁ……貴方の足を撃ちます。動かないでください」
「……それで君の気が晴れるのか?」
俺の質問に答えず、フィーネは銃を再び構えた。
「………」
ドォンッ!
銃声が鳴った。俺の左の太腿のあたりを銃弾が抉り、俺は体勢をわずかに崩した。
下の階層で見たものよりも強い一撃だ。人間モードのままだったら、足が吹っ飛んでいたかもしれない。
痛みはもちろんある。が、竜人である今、耐えられないほどではない。
「次は肩を撃ちます」
「……撃て」
ドォンッ!
宣言どおり、次は右の肩を撃たれた。衝撃でぐるんと腕が回る。
「はぁ……はぁ……。どうですか? 私が憎いでしょう? ほら、私に攻撃してごらんなさい!」
「憎くないし、君を攻撃するつもりはない」
「嘘をつくなッ! 私を攻撃したくてたまらないんだろう? ほら! やってみろ! 殺してみろ!」
フィーネは銃を投げ捨て、両手を左右へ広げた。
「君を傷つけるつもりはない。俺は話をしたいだけなんだ」
「…………。あくまで、そう言い張るつもりですか」
「そうだ」
フィーネは髪を乱れさせながら、荒い息遣いをあげている。
「なぜ、貴方は私との対話を望むのですか?」
「……。俺のことをちゃんと知ってほしいし、俺も君の事がちゃんと知りたい。一日の間に、これだけ好きだの嫌いだの言われたんだ。そう思ったって、不思議じゃないだろう?」
「…………」
次の言葉を待っていると、フィーネは次第に呼吸を落ちつけていった。
そして、これまでと違う声色で話を始めた。
「…………私はかつて、小さな村に住んでいる普通の女の子でした」
ようやく彼女は話をしてくれる気持ちになったのだと俺は悟った。俺は黙って彼女の話を聞くことにする。
「朝起きるとお母さんがパンを焼いてくれていて、お父さんは新聞を読みながら紅茶を飲んでいるのです。西側の窓の外は広い草原が広がっていて、突き抜けるような青空が広がっていたことを私は覚えています。――ですが、そんな幸せな日々は、唐突に終わりました」
フィーネは一呼吸置いた。
「モンスターの大群が、私の村を滅ぼしたのです。村人は全滅。私の家族も、全員死にました」
それが、モンスターを恨んでいる理由なのだろうか。俺の場合は恨む相手がいなかったが、もしもそうじゃなかったら――。
俺も憎しみに囚われていたかもしれない。
「一人生き残ってしまった私は、家族を失った悲しみと疲労で、意識が朦朧としたまま村を出ました。ひどい空腹があったのです。彷徨い歩いているうちに、私は小さな街へ辿り着きました。その街で、私は無意識のうちに、店頭に置いてあった果物を手に取ってしまった。ここから先は、以前お話したとおりです」
宿屋の屋根の上で、顔のタトゥーについて聞いた時のことだ。
盗みをして捕まってしまい、罪人の証であるタトゥーを入れられてしまったと言っていた。
それから、そうしなければ死んでしまう事情があったとも。
「捕まったあとのことは、よく覚えていません。迷宮刑は過酷な刑で、私は、憎悪に身を委ねモンスターを殺すこと、強くなって看守や他の力ある受刑者から必要とされる存在になること。それだけが自分の中のルールとして存在していました。そうしないと、すぐに死んでしまっていたから……。脱走したあともルールが変わることなく日々は過ぎていき、そしてある日、貴方に出会ったのです」
フィーネは銃を手放し、仮面を外した。彼女は涙を流していた。
「モンスターである貴方を殺してやりたいほど憎い……。でも今は……よく分かりません。同時に、信じてみたい気持ちが芽生えているのを自覚している。たぶん、私はまだ貴方のことが好きなのです。……もう、どうしたらいいのか……分からない」
フィーネはその場に膝をついた。
「誰か……助けて……どうしたらいいの」
「フィーネ……」
フィーネが辛そうな声で泣いている。
俺は、どうしたらいいのだろう。
なにか声をかけてあげたいと思ったが、何を言っても、彼女を傷つけてしまうような気がした。
近付くことさえ、今の俺には許されないだろう。
自分の無力さを痛感し、俺は拳を握った。
今は、待つしかない。
……。
歯がゆい気持ちのまま待っていると、やがてフィーネが立ち上がった。
「リュートさんは、私を傷つけるつもりはないと仰いましたね」
「……うん」
「そのこと、約束できますか?」
「……約束する」
そう答えると、フィーネは逡巡した素振りを見せてから頷いた。
「分かりました。私は決断できません。何もかも貴方に委ねたいと思います」
フィーネはそう言って、ドレスのポケットからカードを取り出した。
……何をするつもりなんだ?
俺はカードの中身を読んだ。
□□□□□□□□□
【ボス召喚(サラトス)】のカード
1.念じることでボス部屋でのみ発動が可能。
2.サラトスを召喚する。
3.発動後、カードは消滅する。
□□□□□□□□□
「ボス召喚?」
「はい。実はある目的があって大分前に入手していたものなんですが、私では倒せない敵なのでストックしていたのです」
このフィーネでも倒せない敵、か。
「私はこれから、一切の防御を放棄します。どうか私を守りながら、敵を排除してください。もしも私が無事だったのなら、約束を守ってくれたリュートさんを、殺さないことにします」
フィーネが手に持っていたカードが消失する。
と同時に。
ばたん!
入口の扉と外へ続く階段への扉が同時に閉まった。
黒い旋風が吹き、部屋の中央で渦を作っている。
そして、黒い渦は球体となり、ぼん! と弾けた。