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8.嫌な予感

 ついに階層『8』まで到達した。


 休憩室の中、俺とアイリスは二人で横並びに床に座って、のんびりと壁に流れる水を眺めていた。


 シャルロッテは今、シャワーを浴びている。


「順調だな」


「うん、びっくりするくらい。普通だったら、一階層に一日くらいはかかるのよ」


「へえ」


 このペースならあと一日もあればクリアできるだろう。ここに来てから三日くらいだから……合計四日か。


 本来なら十日のところを四日なのだから、通常より倍以上のペースで進めたことになる。


「リュート……」


「ん?」


「そ、その…………」


 頬を染めながら、何か言いにくそうにしている。


「どうした?」


「…………あ、ありがとう。一緒に戦ってくれて。すごく嬉しい」


「……お、おう」


 俺はドギマギしながらそう答えた。


 ……ヤバいな。俺、顔が赤くなったりしてないだろうか。


「あのね、私、あんたたちに偉そうにしてたけど、どのパーティにいても私はお荷物だったんだ……。レベルもずっと『3』だったし。ほら、あの嫌味な男がいたでしょう? あいつにね、お前なんていてもなくても変わらない、顔で選んだだけだ、って。そう言われて追い出されたの」


「……そっか。くそ、腹が立つことを言いやがって」


「ふふ。ありがとう。……でも、今考えれば、冒険者試験を受ける前に本性が分かってよかったかも。リュートたちにも出会えたし」


「はは、たしかにな」


「それに、私が足手まといだったのは本当だし。しょうがなかったのよ」


「ふん、昔は昔、今は今、だぜ。今日なんて、アイリス一人でモンスターを倒しただろ?」


 そう、ついに単独でモンスターを撃破したのだ。


「あはは、うん、そうだね。ちょっと自信がついたかも。……私は、この先も冒険者としてやっていけるかもしれないって少しだけ思えた。……って、調子乗っちゃダメだよね。リュートがいるから戦えてるんだもん。……よぉし、もっと頑張らないと!」


 どうしてアイリスは冒険者を目指しているのだろう。泣いていた時に言っていた、お姉ちゃんってのが関係してるんだろうか。


 分からないけど、たぶん、何か深い理由があるんだと思う。ふと見せる表情や口調に、信念のようなものを感じる瞬間がある。


 聞いてみたいけど、聞いてはいけない気がする。


 簡単に踏み込んでいい領域ではないと、コミュニケーション経験の浅はかなこの俺でも何となく分かる。


 それに、俺には黙っていることがたくさんあるのだ。一方的に聞いてしまうことに躊躇ためらいがあった。


「リュートは、すごいよね」


「え?」


「勇気があって、うらやましい」


「…………」


「私は、恐いことがたくさんある。モンスターと戦うのもそうだし、それに……」


 アイリスは膝を抱えて、顔をうずめるようにした。


 しばらく待ったが、その先の言葉は出てこなかった。何か言いたいことがあるのだと思うけど、やはり俺は聞けなかった。


「俺だって、恐いものなんて山ほどあるぞ。暗いとことか、狭いところとか」


「へえ、意外。あは、ちょっと想像してみたら、可愛いかも」


「可愛いって……情けないだけだぞ、あんなの」


 他にもたくさんある。


 犀川のこともそうだ。やつは俺の大切なものを破壊する。


 あいつからシャルロッテを守れなかったことを想像すると、心が割れそうなくらい恐ろしい気持ちになる。


 あとは、アイリスに竜人だと告げたら、どういう顔をされるのか、とか……。


 …………よし。まずは竜人がどういう存在なのか、聞いてみるか?


「なあ、アイリス……」


「ん?」


「………………あ、あのな」


「うん、どうしたの?」


 や、やっぱり、恐ろしいぞ。


 俺にとって、どういう事実があるのか……。


 シャルロッテに偉そうに説教したくせに、俺は何をビビってるんだ。


「だ、だめよっ!」


「え?」


「れ、恋愛禁止なんだから!」


「は?」


「一緒に戦ってくれたことはすごく嬉しかったし、あんたのことはキライじゃない……っていうか、むしろ、……、あう、そうじゃなくって! その、まだ出会ったばっかだし、今は試験のことに集中しないとダメだし、とにかくダメなの!」


「……な、なにが?」


 その時、バスルームの方からシャルロッテの声がした。


「アイリスちゃん、ごめーん。タオル取ってぇー」


「あ、うんっ!」


 アイリスは立ち上がり、


「あ、あはは! リュート、今日はありがと! またね!」


 そう言って、顔を赤くした彼女は、ぴゅーっと早足で行ってしまった。


 な、なにを勘違いしているのだ彼女は。


 それより――。


 俺もそのうち、アイリスを見習って勇気を出さなくちゃな。


 …………。


 ……。




 * * * * *




 俺たちはついに階層『9』までやってきた。


「はあああっ!」


 アイリスの剣先がカエルに似た黒いモンスターを切り裂いた。


 煙をまとってはいるが、ほとんど力をかけていない。アイリスは単独でモンスターと戦っているのだ。


「や、やった! 『レベル5』になったよぉ!」


 心底嬉しそうにそう言った。もしも彼女が犬だったら、千切れそうなくらい尻尾をブンブンと振っていたに違いない。


「いひ、ひひひ……」


 嬉しい気持ちがなかなか収まらないらしく、アイリスはしばらく怪しい笑い方をしていた。


 何もかもがうまくいっている。


 よし、このまま何事もなくゴールできるだろう――。


 そんなことを思った矢先、また一波乱ありそうな出来事に遭遇した。


「これはこれは、アイリスじゃないか。へえ、こんなに早く。しかも無事とはね」


 通路の先に、見たことのある三人組がいたのだ。


 受付会場でアイリスを侮辱したあの男と、その連れ二人。


 かなりハイペースで進んでいると思ったが、こいつらの方が先に来ているとは。


 偉そうな態度を取ってるだけあって、実力はあるのだろうか?


「……なによ、いいでしょ、あんたたちには関係ない」


 さっきまで上機嫌だったアイリスは、あからさまに不機嫌になった。


「ふん、そうかよ」


 何かまた言ってくるかと思ったが、意外にも男はニヤニヤしているだけだった。


「そっちにボス部屋までの階段があったぜ。俺らは休憩してから行くから、先に行けよ」


「私たちに命令しないでっ! 行きましょう、リュート、シャルロッテ」


 連中はアイリスはそう言って、どんどんと進んでいってしまう。


「へ、へへへ」


 男たちはアイリスの後ろ姿を、いやらしそうな目つきで眺めている。


 ――なんなんだ、こいつら。


 休憩……? こんな通路のど真ん中で?


 何というか、中途半端だ。


 もう少し戻れば、もっと広くて逃げ道がたくさんある場所があるのに。


 俺は引っかかるものを感じたが、アイリスのそばを離れるわけにもいかないので、そのまま彼女を追いかけることにした。


「最悪っ! なんであいつらと顔合わせなきゃならないのよ」


 通路を折れてすぐにアイリスはそう言った。受付会場の件は、まだだいぶ怒っているみたいだ。


 そのまま通路を進んでいくと、やつらの言ったとおり、上へ続く階段があった。


 アイリスは、ふぅーっと一つ大きく息を吐いた。


「進みましょう」


 俺とシャルロッテは揃って頷いた。


 俺たちは階段をのぼっていく。


 いつだかの森のダンジョンと同様、他の階層の階段よりも長い。


「なあ、俺たちがボスを倒したら、あいつらはどうなるんだ?」


「どうなるって?」


「いや、ドロップ品がないと試験には合格できないんだろ? 俺らがボスを倒しちゃったら、あいつら困るんじゃないのか?」


「ううん。私たちが倒しても、あいつらがボス部屋に入ったら、また復活するのよ。だから早い者勝ちにはならないの」


「へえ……」


 簡単に先をゆずったと思ったけど、そういうわけか。


「アイリスちゃん、ボスってどんなモンスターなの?」


「えっとね、十階のボスはサソリ型のモンスター。種族名は『ヴァーム』」


「へえ……サソリかぁー。変身する?」


「何よそれ? しないわよ」


「……そっか、残念」


 シャルロッテは動物園にでも来たような口ぶりでそう言った。アイリスとは対照的に、モンスターに恐怖は感じていないのかもしれない。


 ダンジョンボス、か。


 あのカマキリ人間は強かったが、ここはどうだろう。


 さすがに俺が戦って負けるとは思わないが、さっきの男たちの件もある。さっさと片付けて、ダンジョンを出たい。


「アイリス」


「ん?」


「ここのボスは、俺が倒していいか?」


「……うん。それはもちろんいいだけど、どうしたの? 改まって」


 嫌な予感がするから、と口にするのは躊躇ためらわれた。なんだか、本当にそうなってしまう気がして。


「リュートくん、どうしたの? 嫌な予感がする……って顔してるよ? あはは、そんなことあるわけないよ。リュートくんがいるんだもん。このままボスを倒して、私たちはゴールだよ」


 お、おい。


「…………シャルロッテ、そういうのをフラグって言うらしいぜ?」


「ふらぐ?」


「沈黙は金、雄弁は銀、すなわち! フラグ立てるべからず! はい、復唱!」


「え、えっと? 沈黙は金、雄弁は銀、すなわち、ふらぐ立てるべからず?」


「よし。進むぞ」


 階段の一番上までやってきた。壁には『10』とある。


 長い通路だ。


 かつん、かつんと足音が通路へ響く。ここも森のダンジョンと同じく、分かれ道のない一本道。モンスターはいない。


 しばらく行くと、魔法陣のような図形が描かれた扉があった。


 俺は扉に手を触れて、ゆっくりと力を込めた。


 扉が開かれていく――。


 広い空間だった。壁面のデザインが違うだけで、構造は森のダンジョンと変わらない。


 ばたん! と扉がしまった。


 次に黒いオーラがあらわれて、部屋の中央で球体となった。


 この流れもあの森のダンジョンと一緒だ。


 ぼん! とオーラが弾けて、中央からモンスターが出現する。


 事前に聞いていたとおり、サソリのようなモンスターだ。サイズは虎と同じくらい。


 周囲の魔力に働きかける。プラズマのような緑色の光が俺の体から発せられた。


「――【切り裂く風】」


 ひゅ、とわずかな音が鳴り、風の刃が飛んでいった。


 しゅぱっ!


 モンスターが真っ二つになり、その直後、ぼんっ、とサソリのモンスターは粉々に砕け散った。


 瞬殺だ。


「……え?」


 とアイリス。


「倒した、の?」


「そうみたいだな」


「う、そ……。こんな簡単に」


 これがボスか。やっぱり弱い。


 あの森のダンジョンのモンスターが特別強かった、ということだろう。


 俺がレベルアップできるくらいの敵に遭遇するには、おそらく相応な階数を登らないといけないのだと思う。


 そのうち、挑戦することになるだろうな……。


 ぴかっ!


 一瞬、目の前が強く光り、宝箱が出現した。他の宝箱よりもサイズが大きく、装飾も細かい。この中にドロップ品があるのだろう。


「何が入ってるんだ?」


「ふふ、開けてみたら分かるわよ」


「よし、じゃあ開けるぞ」


 俺は宝箱を開けた。


「やっぱりカードか」


「実体化しちゃダメよ? カードのまま持っていくの」


 たしか受付で渡された紙にもそうやって書いてあったな。


「おう、注意する」


 カードを手に取って内容を読んだ。


□□□□□□□□□

【青のメダル(ヴァーム)】のカード

 1.念じることで実体化することが可能。カードには戻らない。

 2.人間界呼称『青の塔』の十階へ到達した記念。

□□□□□□□□□


 ……記念? 神様はなんでそんなものを……。シャルロッテに神話の続きを聞けば分かるのだろうか。


 ごご、ごごご!


 と音がした。


 部屋の奥の壁が動き、扉が二つ現れたようだ。左側の扉は白く輝いている。


「左は出口、右側は上の階層に続いているわ。……間違えないでね。上の階層に行っちゃったら、次のボス部屋まで進まないとダンジョンから出られないから」


「へえ、そういう仕組みなのか」


 次のボス部屋か。何階なんだろうか。


「これで冒険者試験は合格、でいいんだよね?」


 とシャルロッテ。


「うん、そうよ」


「そ、そっか! よかったぁ。二人とも。かっこよかったよ! 連れてきてくれてありがとう!」


「こちらこそ、何度も守ってくれてありがとう、シャルロッテ」


 アイリスは次に俺を見た。


「それからリュートも、ありがとう。――仲間がいてくれるのが、こんなに心強いことだって知らなかった。私、ずっと臆病だった。そんな自分が嫌で、認めたくなくて、強がってばっかで。でもね、今回の冒険はすごく楽しかった! 変われた気がした! なんかね、体が軽いの。こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて」


 ……なんだかめちゃくちゃ嫌な予感がした。


「お、おい。分かったからそういうのは出てからにしようぜ……」


 俺がそう言った直後。


 ばたん! と扉が開いた。入口の方だ。


 ――例の男たちが突然、部屋へ入ってきた。

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[良い点] 人外転生物は主人公の進化が面白い(; ̄ー ̄A 今は竜人だがその内、龍になるのか?( ´~`)ゞ [一言] おやおや?身の程知らずのおバカさんが乱入か?どーせやること何て想像つくけど一つ、…
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