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9.脅迫

 突然、男たちがやってきた。


「よお、アイリス。すごいじゃないか。ついにお前も冒険者だな」


 ぱちぱちぱち、とわざとらしく手を叩きながら男たちがこちらへ近づいてきた。


「……あんたたち、どうして入ってこれるのよ」


「いや、実はね。俺らはもう、ここのボスは倒し終わってたんだよ。だけど、ちょっと用事があって、いったん戻ってたのさ」


 男はにいっと口を歪めた。


「用事っての、アイリス。お前なんだ」


「は、はぁ?」


「いやぁ、俺たち、変な別れ方をしてしまっただろう? そういうのは、よくないことだと思うんだよ。だから、もう一回だけ、最後にパーティを組まないか? 俺たちと、この上の階層へ行くんだ」


「ば、バカじゃないの! なんで私がそんなこと――」


「そういうなよ。色々と話したいことがあるんだよ。例えば、お前の姉ちゃんのこととかな」


「…………っ!」


 アイリスの体がびくりと跳ねた。


「ど、どうして……」


「一時期はパーティを組んでたんだぜ? 偶然・・、お前の書いた日記を見ちまったんだよ。おっと、わざとじゃないから怒るなよ? ――あぁ、そういえば、お前の姉ちゃんの居場所も日記には書いてあったな」


 男たちは歪んだ笑いを浮かべている。


「なあに。戦闘は俺らに任せておけよ。冒険者試験の期日にだって余裕で間に合うさ」


 男たちは俺とシャルロッテへ目を向けた。


「ということで、君たちは先に出て行ってくれないか?」


「……お前は俺が素直にそうすると思うのか?」


「……『レベル1』が、いきりやがって。おいアイリス、こいつらに言ってやれよ。先に出てろって。っていうか、こいつらは知ってんのか? お前の」


「やめて!」


 ぴしゃりとアイリスがそう言った。


 どうしたんだ……様子がおかしいぞ。


「ごめんね、リュート、シャルロッテ。先に行っててくれる?」


「なっ……」


 なんでだ……。いや、察しはつく。


 脅しでも受けてるのか? 姉さんのことで。


「どうして? アイリスちゃん。理由を教えてくれないと、私もリュートくんも行けないよ」


「……いいの。平気だから」


 何がいいんだ。絶対ヤバいだろ。こいつらがろくでもない連中だってのは誰だって分かる。


「あんたたちには関係のないことよ。早く行って」


 冷たい言い方だった。


「アイリス。そんな連中の言うことなんて聞くな。俺に任せろ」


 そう言ってみたけど、アイリスは苦虫を噛み潰したような顔をするだけで、何も言わなかった。


「おいおい、時間がなくなっちまうじゃあねえかよ! 早くしろよ!」


「リュート、シャルロッテ、さあ、行って」


「む、無茶を言うな! 逆の立場ならお前は行けるのか? 無理だろ? ちゃんと話してみろ! 俺が絶対なんとかしてやる!」


「……」


「おい、アイリス! さっさとしねえと、こいつらにばらすぞ! お前の姉貴」






 ふと世界が一転した。


 ……え?


 目の前に、壁がある。


「リュートくん、ここって――」


 隣を見ると、シャルロッテがいた。


「――入ってきたとこ、だよね」


 壁に『10』とある。通路は先の方に延びていて、そばに下りの階段があった。


「これは――?」


 俺はすぐに何が起きたのか察しがついた。


「スペルカードか!」


□□□□□□□□□

【一時しのぎ】のカード

 1.念じることで発動が可能。

 2.対象の範囲にいる者を同じ階層の違う場所へワープさせる。

 3.発動後、カードは消滅する。

□□□□□□□□□


 たぶんアイリスが、あのカードを使ったのだ。俺たちはこの階層の入口付近まで戻されてしまった。


「シャルロッテ! 悪い! 先に行くぞ!」


「うんっ! 急いで!」


 その返事を背中で聞きながら、俺は通路を全速力で疾走した。


 すぐにさっきの部屋の前まで到着し、勢いよく扉を開けたが、アイリスと男たちは既にいなくなっていた。


 もう上の階へ行ってしまったのか?


 遅れてシャルロッテがやってきた。


「アイリスちゃんは?」


「行っちまったみたいだ」


「そ、そんな……」


 く、くそ。さっさと、あいつらをぶちのめしておけばよかった。


「リュートくん、上の階層へ行って。アイリスちゃんを助けてあげて」


「……え?」


「私は出口に行くよ。リュートくんの邪魔をしたくないから」


「だけど……アイリスは……よく分からないけど自分の意志で俺たちを遠ざけた」


 何か隠したいことがあった様子だった。俺はアイリスを追いかけていいのだろうか?


 アイリスが脅されていると分かっていながら、何故、俺がやつらをぶちのめさなかったのか、俺は心の底では実は分かっている。


 それは、俺が彼女の人生に踏み込む勇気がなかったからだ。


 竜人だということを内緒にしている俺が、犀川から逃げている俺が、彼女の人生に踏み込んではいけないと、そう思ってしまったから……。


「じゃあ、このまま何も見なかったことにして、アイリスちゃんのことは全部忘れて、私と一緒に出口へ出る?」


 シャルロッテの言葉には重みがあった。


「…………ごめん。出れるわけがないよな」


「ふふ、そうだよ。リュートくんは、そういう人でしょ?」


 シャルロッテはそう言って出口へ走り出した。


「もし出口の方に行ってたとしても、まだ遠くに行ってないはず。今ならまだ私の箱の範囲内。アイリスちゃんを助けられる! だから、安心してね」


「分かった! こっちは俺に任せろ!」


 シャルロッテは、白い輝きの満ちる扉へ飛び込んでいった。


 もう迷うものか!


 アイリスはもう他人ではない。助けない選択肢はない。


 今すべきことは、アイリスを見つけて、すぐにダンジョンを出てシャルロッテと合流すること。それだけだ。


 俺はすぐに駆けだした。上の階層へ行くための扉をくぐる。


 階段を全速力で駆け上がった。


 階層『11』へやってきた。これまでと同様、吹き抜けになった広い通路が四方に展開されている。アイリスの姿はない。


 ぼわあんっ!


 爆煙が俺の体から巻き起こった。能力の限界まで一気に煙を展開する。


 どこだ――どこにいる。


「アイリスッ! どこだ! 返事をしろ!」


 煙を伸ばして索敵をする、が、いない。


 何故だ?


 時間的に、まだそう遠くへは行っていないはずなのに……。


 やはり上層階ではなく出口の方だったのか?


 そう思った直後、俺の脳裏にある考えがよぎった。


 ――そうだ。アイリスはあのカードを持っていた。



□□□□□□□□□

【休憩部屋召喚】のカード

 1.念じることで発動が可能。

 2.発動した部屋が休憩部屋に変化する。

 3.通路で発動した場合は、近くに休憩部屋を召喚する。

 4.発動後、カードは消滅する。

□□□□□□□□□



 通路ではなく部屋に入ったのかもしれない。どうしてそうしたのかと考えを巡らせると、背筋の凍りつくような嫌な想像が働いた。


 ――壁を探るのだ。


 俺は通路全体を探っていた煙を壁際に沿うようにして、さらに範囲を広げていった。


 早くしなければ。取り返しがつかないことが起きてしまうかもしれない。


 でも、焦るな。


 壁のほんのわずかな隙間を、この煙で見つけ出す必要がある――。


 集中しろ――。


 ………………。


 ………………。


 ………………ッ!


 見つけたぞッ!


 ここから右側の通路の先、距離はおよそ三百メートル程度。


 ぼんっ! と竜人に変化した。


 俺は一直線に扉へ向かって低空飛行し、魔法陣の描かれた扉の前に降り立つと、再び人間モードに変化した。


 ドアノブを掴んで力を入れた。内側から鍵がかかっているようだ。間違いない、ここにいる。


「アイリス! 俺だ!」


 全力で扉を引いたが、びくともしない。


「くそ! 開けるぞ! いいな!」


 焦る気持ちをどうにか抑えながら、扉の隙間から煙を忍び込ませ、中から鍵を開けた。


 俺は勢いよく扉を開く。


「なッ!」


 俺の全身を強い絶望が貫いた。


 男たちがアイリスを床に抑えつけている。男の一人は彼女に馬乗りになっていた。


 彼女のブラウスやスカートが裂かれているのがここからでも見えた。


「て、てめえら……っ! アイリスに何を……っ!」


 俺は三人の男を煙で掴みアイリスから引き剥がすと、べきべきと両手足の骨を折ってから、扉の外にぽいっと放り投げた。


 扉を勢いよく閉めて、すぐにアイリスへ駆け寄った。


「アイリス! 大丈夫か!」


 俺が近づくと、アイリスは破れたブラウスがずれ落ちないよう片手で抑えながら上半身を起こした。


「リュ、リュート? どうして……?」


 手首や足首が紫色に変色している。顔は腫れ、口元からは血が流れていた。


「な、なんてことを……あいつら……」


 ふつふつと腹の底が煮えたぎるのを感じた。


 爆発しそうな怒りを抑えながらも、俺はまず回復の魔法を使って、アイリスの傷を癒した。


 ぱぁーっと白い輝きが変色した部位を覆って、痛々しい顔の傷や手足の内出血が消えていった。


「…………ア、アイリス……その……平気、だったか?」


「うん、大丈夫。床に抑えつけられて、少し叩かれただけ。そしたらリュートが助けに入ってきてくれて……。破かれただけで、まだ触られてすらないもん。だから、落ち着いて」


「……ほ、本当か!?」


「うん……」


「……本当だな!?」


「うん」


 俺はじっとアイリスの目を見る。


 ――嘘をついているわけじゃなさそうだ。


 よかった――。


 俺はようやくほっと溜息をついた。


 本当によかった。あの犀川に遭遇した時よりぞっとした。マジで。


「アイリス、追いかけてきて悪かったな。でも、俺はもう、君が嫌だと言っても助けるぞ。そう決めたんだ」


 アイリスの頬に大粒の涙が流れた。


 アイリスは目元をぬぐっているが、涙は止まりそうにない。


「あ、あれ……おかしいな。さっきまで我慢できたのに」


 ――さぞ恐ろしい思いをしただろう。


 アイリスは声をあげて泣き始めた。


 俺はアイリスが落ちつくまで、彼女をそばで見守るのだった。

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