2.夜がやってくる
試したいことがある。
魔法『人への変身』だ。
なのに。
「ちくしょー! 全然試せねえぞ!」
この森には、ゲームでいうところのモンスターってやつが、めちゃくちゃ多いのだ。
あれから数体のモンスターと戦った。倒せるやつもいたが逃げることの方が多かった。
そして俺は今、めちゃくちゃでかい大蛇に追いかけられている。
俺は木から木へと猿みたいに飛び移りながら、かなりの速度で移動している。
なのにこいつは、さらにその上を行くスピードで移動して、その長い胴体で俺を完全に包囲しているのだ。
べきぃっ! ばぎっばぎぃぃっ!
四方八方から木がへし折れる凄い音が鳴っている。まるで嵐が吹き荒れているようだ。
どうする、どうすればいい。
空を飛んで逃げるか? いや、鳥とか虫の飛行型モンスターもめちゃくちゃ多い。空中での戦いには不安がある。
ならどうにかして大蛇を倒すか?
しかし。
こいつの体はでかすぎて煙では捉えられない。部分的に握りつぶそうとしても駄目だった。ゴムみたいな体をしているうえ、ぬめりがあって滑るのだ。
俺の煙はパワーがあるが殴ったり切ったりすることはできない。
つまり、こいつとは相性が悪い。
「うっ!」
いつの間にか大蛇の胴体が近づいていた。
大木よりずっと太い体がムチのようにしなって俺に向かってきた。
咄嗟に腕でガードしたが、強い衝撃があった。腕の鱗にヒビが入り、俺は吹っ飛ばされていく。
ばぎばぎと背中で枝を折りながら森の中を吹っ飛んで、そのまま地面に落下した。
「……が、は」
背中を強く打った。呼吸が――。
だが苦しんでいる暇はない。いつの間にか蛇の顔が正面にあったからだ。
蛇は二股の舌と鋭い牙を剥きだして俺に飛び掛かった。
「【疾風迅雷】」それと「【竜の闘気】」
これはMPを消費してステータスを底上げするスキルだ。黒い瘴気のようなオーラを俺は纏っている。肉体強化のダブル掛けだ。
「どらぁッ!」
俺は蛇の顎を全力で蹴り上げた。重い衝撃が足に伝わる。
「どらららららぁっ!」
【――スキル『格闘Lv1』を獲得しました】
翼で上昇しながら、両足を自転車みたいに漕ぎながら下から上へ何度も突き上げる。
――ちっ!
これだけ強化しているってのに、こいつにほとんどダメージを与えた感触がない。恐竜みたいな足の爪を食い込ませようとしているのに傷一つつかないのだ。
せいぜい蛇の頭を少し反らせただけ。
だが逃げる隙はできた。
そう思いその場を離れようとした時だ。
突如、大蛇が猛烈な速度でズルズルと退いていった。
まるで後ろから誰かに引っ張られたみたいな。
助かった……。だが不気味だ。
どぉんっ! どぉんどぉんっ! と大太鼓のような鈍くて低い音が森の奥から聞こえてきた。
「な、なんだ?」
そちらに目をやる。すると、
――なんだあいつは。
ゴリラに似た巨大なモンスターが蛇の胴体を抱きしめるように組み付いていた。しかも同じ姿のゴリラが他に二体いて、やつらは自分の胸を叩いていた。ドラミングってやつだ。
ぎぎぎぎ、とタイヤでも潰しているような音が鳴っている。あれは、ゴリラが蛇の体を捻ってちぎろうとしているのだ。
「マジかよ……どんなパワーだ?」
蛇もただ黙っているわけではなかった。胴体を巻いて逆にゴリラを縛りつける。
そのままゴリラを宙に持ち上げて、めちゃくちゃに振り回した。周りの木々がなぎ倒されていく。
観戦していた二頭のゴリラが戦闘に加わった。やつらは合計八本の腕で強烈なパンチを繰り出し、蛇の胴体にラッシュを叩き込んだ。
「あ、あんな連中に構ってられるかっ! 俺は逃げる!」
全速力で逃げていくと、岩山が連なっている場所があって、小さな洞窟があった。
俺はそこへ少しだけ入って陰に隠れるようにした。
しばらく待っていると天災のような激しい戦闘音が、徐々に遠のいていった。
「よ、よかった。助かった」
俺は竜の闘気をオフにする。HPもMPをだいぶ消費してしまった。
なんなんだこの森は? あんなモンスターばっかなのか?
このままだと勝てない。いつか俺は死んでしまうぞ。
ず、ずずずず。
「はっ!」
背後に気配を感じて振り返った。
洞窟の奥から灰色のゲル状モンスターが接近していた。スライムってやつか?
「【切り裂く風】!」
ひゅっとそいつを切断する。が、そいつは二体に分かれるだけで活動を止めなかった。
「くそ! ならこれはどうだ? 【雷の矢】!」
ぶしゅう、と矢がスライムに突き刺さる。が、効いている感じがしない。
「うおおおおおっ!」
俺は【雷の矢】と【切り裂く風】をめちゃくちゃに撃ちまくった。
雷の矢が効いた様子はないし、風で切ったら切った分だけ増殖した。
増えたやつはサイズは小さくなっているけど、再び集まって大きくなりはじめている。
なんだこいつは? 無敵なのか?
ずず、ずずずず。
スライムが這いずってくる。
冷却時間は置いたからドラゴンブレスを再び撃つことはできる。あれなら倒せるかもしれないが、あの音で別のやつが来てしまったらそれも困る。
「く、くそ……休みなしかよ!」
結局、俺はまた森の方へ逃げることにした。
* * * * * *
モンスターから逃げながら森の中を進んでいるうちに、いつの間にかだいぶ日が落ちていた。
間もなく夜がやってきてしまう。
ヤバいぞ。このまま夜が来たら。
どうしよう? 俺は暗闇が大の苦手なのだ。
ただでさえこの森に安全圏なんてないってのに。
穴でも掘って埋まるか?
……ない! それはない!
俺は狭い場所もダメなのだ。そんなの気が狂ってしまう。
逆に木の上へ行くか? そっちの方がモンスターも少ないかもしれない。
それに星空の下ならば、多少は視界がいいかもしれないし。空を飛んでいる鳥型のモンスターも夜なら発見しにくいだろう。
…………。待てよ?
むしろ夜のうちに一気に飛んでここを離れてしまおうか? 昼は無理だと思ったが、夜なら闇に紛れて逃げられるかも。
どうせここにいてもジリ貧だ。ならば滞在時間を限りなく短くする戦略がもっとも有効かもしれない。
そうだな。それがいい。そうしよう!
ふふ。なんだ。そうと分かればこの森も大したことがない気がしてきた。さっきの大蛇は別として、逃げるだけならそこまで難しくないのだ。
あともう少しだけ日が落ちるのも待てばいいだけ。
なーんだ、楽勝じゃないか! はっはっは!
そうと決まれば!
俺は高い木に登って、遠くを見通すことにした。
巨大な怪鳥たちが空を飛び回っているが、すべての方向にいるわけじゃない。
よし、このまま観察を続けて、数の少ない方向へ進もう。
この森はだいぶ広いようで、木々の絨毯が三六〇度、遠くまでずっと続いている。
どの方向を見ても、森の先には山がある。この森は山に囲まれているみたいだ。
あの山を越えれば、安全な場所に行けるだろうか?
やれやれ。こんな森、早く出たいぞ。
…………。
……。
そうしているうちに、夕日が沈んでいき、すぐに夜がやってきた。
満点の星空。この星空の中を飛ぶのは悪くない。
「……よし」
日が沈む直前、モンスターの鳥がいない方向は確認している。
俺は翼を広げ、夜の空に向かって飛び立った。