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3.魔猿

 星空の中を飛んでいく。


 下に広がる森はまるで深海の底のように真っ暗で、宇宙の中にいるような不思議な気分になる。


 俺は下降と上昇を緩やかに繰り返し、波のような軌道を描いて飛んでいた。


 これが一番速いのだ。といっても人の全力疾走と同じくらいだけど。


 俺の体はちっちゃいとはいえ、この翼だけで体が持ち上がるとも思えない。


 魔力みたいな謎の力が働いているのだと思う。


 うーん。今さらだけど、不思議だよなぁ。


 少し地表が近いように感じる。もっと高度を上げるか。


 上昇していくと、だんだん風が強くなってきた。温度も低い。だけどこの体なら問題にならなそうだ。


 さらに上っていく。


 あるところで、突然上へ移動できなくなった。


 理由は分からない。上がった分だけすぐに落ちてしまうのだ。何か見えない空気の壁があるような。


 なんでだろう。


 もしかしたら、この飛行する謎のパワーは上限があるのかもしれない。そういえば、ここより高い位置を飛んでいるモンスターもいなかった気もする。


 まあ、別にいいだろう。ここだって十分高いしな。五十階建てのビルの上とおんなじくらいかな? この高度で飛んでいこう。


 それにしても静かな空だ。


 このままいけば、きっと森を抜けられる。地獄のような森だったけど、こいつもいい思い出だ。


 ふっふっふ。


 まずどうしようかな? 人間に変身する魔法が使えれば、人間として生きていきたい。


 仕事をして金を稼ぎ、自分の力だけで自由に生きてくんだ。


 色々とやりたいことはたくさんある。俺はまだ何もしていないんだ。


 今ここが、その出発点――。


 そう思ったら、この星空がいっそう綺麗に思えた。


 ――キャキャ。


 え?


 何か不気味な声がした。


 目の前の星空の景色に、ぽっかりと黒い穴が開いている。


 なんだ、これ。


 それが何者かの影だということに気がついた時にはもう遅かった。


 俺の目の前に突然あらわれた巨大なそれは、俺をがっしりと掴み、そのまま森へと落ちていった。


 どぉんっ! 大地を揺るがす音が鳴った。


 ――キャキャ。


 星に照らされて、俺を掴んでいる化け物の姿が見える。


 六つの目がある巨大な猿のような生物だ。俺はこいつに掴まれて、大地へ引きずり下ろされたのだ。

 体は白い体毛に覆われている。手や足、胸や腹など皮膚が露出している部分から隆起(りゅうき)した黒い筋肉が見え、その表面にメロンのような不気味な赤い筋がくっきりと浮き上がっていた。


 六つの目玉すべてがぎろりと同時に動いて、俺を凝視した。


「……う……あぁ」


【――スキル『恐怖耐性Lv2』を獲得しました】

【――スキル『麻痺耐性Lv2』を獲得しました】

【――スキル『石化耐性Lv1』を獲得しました】

【――スキル『石化耐性Lv2』を獲得しました】

【――スキル『精神汚染耐性Lv1』を獲得しました】

【――スキル『精神汚染耐性Lv2』を獲得しました】

【――スキル『精神汚染耐性Lv3』を獲得しました】


 これは本気でヤバい。


 本能が告げている。あの大蛇すら可愛く思えるほどの強大な敵。生物としての格が違う。俺はこいつにかなわない。


 猿が顔を寄せ、六つの目をぎょろぎょろと動かした。


「キャキャ。キャキャキャキャキャキャキャキャッ!」


 耳をつんざく不気味な声を上げながら猿が笑っている。


【――スキル『恐怖耐性Lv3』を獲得しました】

【――スキル『恐怖耐性Lv4』を獲得しました】

【――スキル『恐怖耐性Lv5』を獲得しました】

【――スキル『麻痺耐性Lv3』を獲得しました】

【――スキル『麻痺耐性Lv4』を獲得しました】

【――スキル『麻痺耐性Lv5』を獲得しました】

【――スキル『石化耐性Lv3』を獲得しました】

【――スキル『石化耐性Lv4』を獲得しました】

【――スキル『石化耐性Lv5』を獲得しました】

【――スキル『精神汚染耐性Lv4』を獲得しました】

【――スキル『精神汚染耐性Lv5』を獲得しました】


 恐ろしい。


 体が動かない。何も考えられない。


「あ……あ……」


 訳が分からない。俺は涙を流しながら口を開けて(よだれ)を垂らしている。分かっているのに、それが止められない。


 ぱきん、とチョコレートを割るような音が鳴った。


 猿が指を使って、俺の両方の翼をもいだのだ。痛みはない。だが恐怖はあった。


 翼が投げ捨てられた。地面に落ちてバラバラに砕け散る。翼は石になっていた。


 ――俺は、ここで死ぬのか?


 ぱき、ぱき、と体から音が鳴っている。翼だけじゃなくて、本体の俺も石になっているらしい。


 ぱき、ぱき、ばきん。


 こいつが握る力を少しづつ強めているのが分かった。体が割れはじめている。


「ギャギャギャギャギャギャ!」


 猿が体を前後に揺すっている。笑っているのだ。


 ――あぁ、そうか。こいつには知能がある。すぐに殺せるのにそうしない。子どもが虫の足を剥ぐ残酷な遊びをするように、この猿は俺を玩具(おもちゃ)にしている――。


 逃げなければ。死にたくない。でも体が動かない。


 煙の支配者――はダメだ、煙が出てすぐに散ってしまう。コントロールができない。


 他のスキルは? 魔法は? 


 駄目だ。思考がまとまらなくて使うことができない。


 ――く、くそ。諦めるな!


 何か弱点はないのか?


【――紫の魔石(対象を鑑定)を使用しますか?】


 俺は祈るような気持ちで魔石を使用する。


□□□□□□□□□

名前:カラミティ・バルエル

種族:魔猿種/白厭(はくえん)

レベル:32

SP:21

HP:8323/8323

MP:1780/1780

攻撃力:1873

防御力:1374

敏捷性:1303

魔法攻撃力:460

魔法防御力:691

魔法:

『土の槍』、『地震』

『泥の沼』、『治癒』


スキル:

『視覚・聴覚・嗅覚強化Lv5』

『HP自動回復上昇Lv5』

『HP100%アップ』

『剛力Lv5』、『鉄壁Lv5』

『格闘Lv5』、『脅嚇きょうかくLv5』

『毒耐性Lv3』、『麻痺耐性Lv3』

『土属性魔力操作Lv2』

『回復属性魔力操作Lv1』

『☆六の魔眼Lv5』


称号:

『魔猿種の君臨者』、『恐怖を与えるもの』

□□□□□□□□□


 見えたのは絶望だった。全てのステータスで負けている。


 ああ、もうダメだ。打つ手がない。


 今、俺はこいつに命を握られている。


「キャッキャッ!」


 ぱき、ぱきと体に亀裂が入っている。


 し、死ぬ――。


 そう思った時、ふと猿の力が弱まった。


 なんだ?


 六つ目の猿の化け物が俺に爪を見せるように手を出した。


 中指を引っ込め、親指で抑えるようにした。


「キャキャキャ」


 デコピン――?


 六つの目が不気味に笑った。


 次の瞬間。


 ――ばぎんっ!


 俺は粉々に吹っ飛びながら宙を舞っていた。


 ふっと世界が暗くなる。






【――スキル『根性』が失われました】



 * * * * * *






 気がつくと、俺は木の中に突っ込んでひっくり返っていた。


□□□□□□□□□

名前:リュート

種族:竜人種/ミニチュアドラゴン

レベル:5

HP:1/1329

MP:791/991

□□□□□□□□□


 死んで、ない。


 根性ってスキルで助かったのか? 分からないけど……。


 よかった……。


 …………。


 いや。よくねえだろ!


「……くそ。くそ! くそ!」


 悔しさが込みあげてきた。


 俺はあの猿の化け物に屈服して死を受け入れていた。


 肉体的にも精神的に完全に敗北したのだ。何もできないまま。


「……あー! ちくしょう!」


 泣きたい。超泣きたい。泣かねえけどっ!


 あの野郎、俺の命を弄びやがって!


 あいつは俺の手で倒してやりたいっ! 森を出たいのと同じくらい、あいつにリベンジしたいっ!


 だけど……。


「ヤバいな、俺の体」


 翼がなくなってしまった。両腕、それから腰から下。石像が欠けたようになくなってる。


 痛みはない。


 治るのかな?


【――白の魔石(HP値を回復)を使用しますか?】


 もちろん使う。


 ぱぁーっと白い光が一瞬輝き。


「治った!」


【――称号『耐えるもの』の効果により、スキル『根性』を獲得しました】


 ん、こっちも戻ったぞ。よかった。


 よし――強くならなければ。このままじゃこの森を生き抜くことはできない。


 モンスターを狩ってレベル上げだ。

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