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《唯華視点》前編〜悲しい夢〜

 夢を見る。経験したことの無い夢。


 写真で見た幼い私が、顔が陰っていて見えない男の子と一緒に河川敷を駆け回り、公園でボール遊びをして、互いの家を行き来してテレビを見るの。

 中学校の制服を着た私と男の子は、徐々に疎遠になっていって、高校生になると話すこともなくなっていった。


 半年前に目を覚ましてから、私は自分の十七年間を夢で見ている。

 実感はないけれど、実際に経験したことなんだって、心の奥底で理解できた。


 事故までの十七年間をダイジェストに見ると、世界は色褪せて灰色に染まる。

 色のない世界で、私は何度も死ぬの。

 事故、殺人、自殺。私の死に方は多岐に渡るけど、どの世界でも()の自殺で幕を閉じる。


 自分が死ぬのを見るのは良い気分はしなかった。ただの事故ならまだしも、他殺は悲惨さが浮き彫りになって、見るに堪えないものばかり……

 けれど、彼が私を救おうとして失敗して、自ら命を絶つのは、もっと見ていられなかった。

 何度目からか、私は彼に叫ぶようになった。


 「もう止めて! 私のことは忘れて!」って。

 でも、彼には届かない。「今度こそは」――そう呟いて繰り返すの。何度も何度も何度も何度も。

 やり直しては死に、やり直しては死ぬ。諦めない彼の表情は、光の加減か、角度の所為か、判別できないけれど、雰囲気が当初よりも変わっていくのが分かった。


 砥石で研がれる刃物のように、鋭利に、危険に、冷たくなっていく。


 何度繰り返したんだろう? 私の死に方は変化しなくなった。

 細かな違いはあるけれど、ヤクザと呼ばれる非合法な組織に捕まって、乱暴されて、違法ドラッグ漬けにされて、救出されて、彼に殺され(救われ)て、そして……彼が自殺してやり直し。


 忘れちゃダメだって。思い出せって言うように、毎晩のようにそんな夢を見ていた。


 ◇


 今日の授業も全て終わり、放課後、どこに行くか話し合う。

 記憶を失う前の私は部活に入っていたらしい。それは退部して、今は友達と遊ぶ機会を多く設けていた。


 友人と名乗る女子とか男子が多くお見舞いに来ていてくれたけど、残念なことに、私には彼らとの思い出がない。


 学校のこと、部活のこと、二年の一学期に行った課外授業のこと。いろんな話を聞いたけど、思い出せなかった。

 今は新しい関係を築いて、仲良くできていると思う。


「唯果ー、今日どっか寄ってくー?」


 妙に間延びした口調でのんびり話し掛けてくる友人に、「駅前のカラオケは?」と提案してみる。


「おっけー。ミラるの新曲覚えたから、それ披露しちゃうよー」


 「他にも声掛けるねー」と残して去っていく彼女に、頷いて途中だった帰り支度を進める。


 今日持ってきた教科書やノート、筆箱、空弁当の入ったスクールバッグを肩に掛けて、教室の出入り口に集まった五人の女子集団に近寄る。


「んじゃ、行こっか」


 私の合流を合図にみんな揃って教室を出た。


 誰も半年前のことを気にせず、ずっとそうだったように接してくれる。

 私も記憶がないなんて嘘みたいに、みんなと遊んでいられた。


 でも……あの夢の中の男の子は傍にいない。それがなんだか寂しかった。


 ◇


――俺が守るから


 遠くからそんな声が聞こえた。

 大柄ではないけれど、頼もしくて、広い背中を私に向けた彼は、陵辱されきって、心身共にボロボロな私にそう笑い掛ける。


(あ、れ? なに、これ。いつもと、違う?)


 いつもは俯瞰で見ている夢が、今日はリアルに、私自身の目線で見ていた。

 初めての体験だった。周囲は白一色、いや、彼の正面には深い深い闇が広がっている。彼の数m先を境に、白と黒で分かれている。

 白は私達側で、黒は向こう側。希望と絶望の様なんて陳腐な例えみたいで、それでも、真実は案外簡単なことで……えっと、彼が絶望から私を……


――大丈夫、俺が何度でも、繰り返して守る(・・)から。傍にいれなくても


 滲む視界に、思考がこんがらがる。

 知らない人。……でも、知っている人。そんな矛盾が感覚的に呼び起こされる。


 『救う』――彼はこの言葉を何度も使った。『守る』なんて言葉は一度も聞かなかった。

 だって、彼は私を救えなくて、私は彼に救われなかったから。彼が私の傍にいるときは、もう私はボロボロで救いようがなかったから。

 まともな意識なんて持っていなくて、ずっと眠ったままで……


 ダメだ。どうしてか、涙が滲む。

 彼の大きな背中と、暖かな声は、私の心の奥底に染みる。

 優しい人なんだなって、強い人なんだなって、そう見せ付けてくる。その度に、知りたいって思いが強くなる。

 違う。これは多分、│思い出したい《・・・・・・》って気持ちだ。

 やっぱり、私は彼を知っているんだ。


『あなたは誰なの?』


 それが音になったのか、ましてや口を動かしたのかすら自分でも分からなかった。

 だけど、彼は少し振り向いて笑ったように見えた。


――大丈夫、俺が守る。例え、傍に入れなくても


 そう彼は言葉を繰り返した。固く決意するように、正面の闇に向き直って腕を大きく広げて。

 いつの間にか、闇は彼の鼻先数センチまで迫っていて、彼を一息に飲み込んだ。


 ………………

 …………

 ……


「――っ!?」


 ドン、と肩に伝わった衝撃で意識が戻る。


「……」


 私がぶつかったであろう男子生徒は、小さく悪いとだけ呟いて歩いていく。


「何よアイツ。謝りもしないで」


 彼の言葉が聞こえなかったのか、一緒に歩いていた友人が悪態を吐く。


「大丈夫、謝ってくれたから」

「そう? ならいいけど……」


 声ちっさとこぼして、悪態を吐いた気の強い友人は正面に向き直った。

 私は足を止めて、廊下の先にある男子トイレに入っていった背中を見送っていた。


 三時限目と四時限目の合間の十分休憩を利用して、仲の良い女子で連れ立ってトイレを済ませた私達は教室に戻っていた。

 その最中、白昼夢のように意識がスっと遠のき、私はさっきの夢を見た。

 多分、そう長くはない時間だったと思う。ほんの十数秒くらい、かな。


「唯果ー、戻るよー?」


 のんびり屋な友人にそう声を掛けられて、私は慌ててみんなを追い掛けた。


(さっきの声、どこかで……ううん、それだけじゃなく、あの背中も)


 妙な既視感に首をひねりながら、私はみんなの後に続いて教室に入った。

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