後12
急げ。早くしろ。働け。
先に、入れておいてんだから。こういうことも見越してさ。
体に、まだ入っているんだろう。
ナノマシンがさ。
肌に感じる熱気。
僕が脱落したと思って、好き放題撃って、追い詰めようとしているんだろう。
視界と聴覚がやられていたってわかるさ。
じくじくと、痛みが蘇ってくる。そして、感覚も。うすぼんやりと、聞こえるようになってきた。視界も安定してきている。
「……ハーム」
「メルン!? 大丈夫!?」
「ごめん、足引っ張っちゃって」
「そんなこと……! メルンが庇ってくれなかったら、わたしが!」
「まあ。正解だったね。こうして、二人とも生きているんだから」
ハームには、相当な負担をかけた。
足を伸ばし、体を絡めるようにして、ハームの背中に戻ろうとする。尻尾が僕の足首に絡みつき、ぐいと引っ張って、しっかりとおさまりのいい場所に乗せてくれた。
それにしても。流石は一級ウォッチメイカーといったところか。えげつない手を使ってくる。
さっき、自分がブラフで使っていなければ。閃光手榴弾の存在が意識になければ、まともに喰らっていた。
「ハーム、状況は?」
「止めを刺しに、両方追ってきてる!」
振り返ると、素早く屋根の上を飛び回りながら、ユキヒョウが追ってきていた。
「サックスは?」
「移動してる! 来てるよ!」
「うーん。悪くない、かもね」
「ほんと?」
「間違いなく。ハーム、この辺りに広い場所はある?」
「大きな人工芝の広場が」
「じゃあ、そっちに逃げよう」
振り返って、追ってくるユキヒョウに数発の威嚇射撃。さっぱり当たる気がしないけど、一瞬だけ動きを遅らせられた。
「ハーム。ハームは、あのユキヒョウと、たぶん同じスペックなんだよね?」
「そう、ね。不本意だけど」
不本意か。頼もしい。
「それじゃあ、勝てなくても、負けないことは?」
「任せて」
よし。
「サックスの動きは?」
「かなりの速度で動いてる。時間の加速に糸目をつけないような動きよ。もしかしたら、ユキヒョウよりも速いかも!」
「サックスは下の道を走っているのかな?」
「ええ。だけど、全然引き離せない!」
建物なんかの障害物に阻まれていても、距離を離せないということは。間違いなくユキヒョウよりも速い!
これは、余裕なのか? それとも、焦りによるものなのか?
情報が欲しい。
視界の先に、緑の広がりが見えてきた。どこか歴史の趣を感じる街並みとは、打って変わり、科学の臭いを強く感じさせる、人工的で開放的な空間。
ここで、決着をつける。
「ハーム。引きつけたら、僕をサックスに。さっきと同じように。ハームは、ユキヒョウとの格闘を頼む」
「気をつけてね」
芝の広場の中ほどまで走ってから、ハームが急停止。地面を激しく抉り、緑の人工芝を引きちぎって巻き上げる。
反転、一気にサックスに躍りかかる。それを防ごうと、真正面からユキヒョウが迫ってくる。
巨大な、肉食獣の顎。それを追い越すように、僕の体が宙を飛んだ。
一気に加速する時間。サックスの空間に入った!
地面に落ち。サックスと、互いに銃を向け合う。
背後で、金属の体がぶつかり合う重たい音がした。
「……これほど。これほど面倒な相手だとは思ってなかった」
サックスが呟くように言う。
息は荒く、声は掠れている。大量の汗を流し、疲弊しているのがわかった。
「ずいぶんと疲れているみたいだ」
「そう言う君も、膝が笑ってんぞ。騎乗は慣れていないみたいだな」
お互いに、体は疲れ切っているみたいだ。
「この、加速している時間。ニューロンドン市から掠め取った時間エネルギーで進めているもの、なんだよね」
「それ以外にあるかよ」
「あんたは。この時間エネルギーを。戦いを有利に進めるために、自分の時間を加速させるために、時間エネルギーを奪った相手を覚えているのか?」
背後で、黒と白のヒョウが睨み合う唸り声が聞こえた。
サックスは、ハンドガンを下ろし。小さくふうっと息を吐いた。
「ああ、覚えているさ。全員、一人残らず、な」
「それでなぜ、こんなことが平気で出来るんだよ……。なんで、そんな時間の使い方が出来るんだよ」
「なんで、か。きっと、メルン君と俺とじゃ、命に対する考え方が、根本的に違うんだろうな」
ああ。違う。
決して、分かり合えない溝が、この短い距離に刻まれている。
「メルン君は、俺を敵と認識してからは、徹底的に殺しに来たよな。今もそうだ。俺が銃を下ろしていても、未だに俺に銃口を向けているもんな? なんでだ?」
「あんたは、あんたたち過激派は、罪のない人を殺し過ぎた。アンジェも。きっと、アレックス、ベル、エイミーも。そして、僕が名も知らない人たちも。そして、殺戮はハーメルンがニューロンドン市に並ぶまで続く。ここで止めなきゃいけないからだ」
「そうだな。それに、とっつかまえたところで、ニューロンドン市に連れて帰れば、権力が邪魔をするだろうな。殺さなきゃ、終わんねえもんな」
サックスは、寂しそうに呟いた。
「俺にとっては、同じなんだよ。みんな同じだ。何人が死んだ、何万人が死んだ。これから、何十万人が死ぬだろう。だから、それより少ない犠牲者で丸く収まる方法を探す。それが、俺たちなんだ。殺した相手一人ひとりの顔を覚えていても。命は大事だと、自分の命をかけてニューロンドン市に戦いを挑むことが出来ても。数でしか、見られねぇんだよ」
汗に濡れた手で、サックスはハンドガンのグリップをきつく握り締めた。
「だから。死んでくれ、メルン」
「死ぬのはあんただ、サックス」
加速された空間で、同時に銃声が響いた。
右胸に、強く殴られたような衝撃。息が詰まり、肺の中の空気が全て飛び出した。
「かっは……!」
ごぽりと、喉の奥から血がせりあがってくる。
激痛に目を細める。横長になった視界の奥で。
白のヒョウが、目から血を流して倒れ。
黒のヒョウが、サックスに砲撃を放つのが見えた。
「メルン!」
「流石だ……ハーム」
「今、今治療するから」
ハームの息が荒い。目は潤んでいる。
たくさん、無茶をさせた。たくさん、心配かけた。
大丈夫だ。これくらいじゃ、死にはしないから。
「ありがと、う」
「何も言っちゃダメ。安静にして」
ナノマシンを大量に投与され、人工芝に寝かされる。
僕のものか、サックスのものか。それとも、これまで見送ってきた、多くの人のものだろうか。血の匂いが濃く漂う広場を通して見る空は、淡く、くすんでいた。
「勝った、んだよね」
「勝ったよ。メルン。過激派は、止められたんだよ」
「そっか」
今更になって、ずっとハンドガンを握っていたことを思い出した。
きつく固まった指をほどく。
こんなことで、弔いになるとは思えないけれど。
まだ、ニューロンドン市を変えることも出来ていないけれど。
「少し、休もうか」
ハームの温もりを感じながら。目を閉じた。
これにて、原罪のウォッチメイカー第一章完結となります。
このような、暗いお話に最後までお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。
短期間に書き上げた作品であるため、まだ粗い部分がございますので、しばらくは推敲作業を行わせていただきます。
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今後も続くかもしれませんので、ぜひ気長にお付き合いいただければ嬉しいです。




