6 廃城の夜風
貴人はしばしたたずみ、沈思にふける
花の香がたちこめた常夜の結界の中
生けるもの、命なきもの
すべて貴人の想いひとつ
青い月の光がまとう装束の文様に落ち
夜光蝶も花のうてなにまどろみかける
「人の子、そこまで申すならば、よかろう」
貴人は顔をあげた
「ここに三百年の約定を解き放つ」
「今年の娘は入れぬ」
「そこな白虎面とともに連れ行け」
「これを以て、我らは結界を解き、この地を去る」
「ただし、このことは常夜の国の秘とせよ」
「されば、しばしは他国の蹂躙を阻みえよう」
貴人は無造作に灰狐の頭に手を乗せ
二つの影は月色の炎に包まれる
しばしあって
やがて、小柄な灰色の人影は地に崩れ落ちた
貴人はひときわ鮮やかに輝いた
「なるほど」
「申すだけのことはあった」
「この者の命、たしかに魔を宿している」
いつしか、影の百官は階をおり
すべて本殿の前に並んでいる
貴人は静かに集う家臣の影に近づき
ひとり一人の前に立ち
その、生前の名を呼び
手をとり、肩を抱き
跪くその影を、一人ずつ空に解き放つ
そして最後に、脇侍の文官と門衛の武官が二人
貴人の前に進み出る
「宰相、司馬、よくぞこれまで我が想いに添ってくれた」
「死して後も、我がもとに仕えてくれた忠義」
「深く感謝」
二つの影は貴人に頭を垂れる
さながら感涙にむせぶごとく
貴人は二人の手をとり
軽やかに月に向って投げ上げた
最後の影が夜風に融ける
「さて」
「あとはこの身ひとつ」
朧に見えた貴人は、今は夜目にもくっきりと浮かび
憂愁の色も薄らいだ様子
「小童、汝の望みは叶えたり」
貴人は軽々と灰狐の屍を小脇にすると
白砂の上の人々を見やり
凄艶な微笑みをうかべる
「汝ら、疾くこの城を出よ」
「けっして振り返ることはならじ」
「二度とこの地に足を踏み入れること許さず」