4 相想い
灰狐は白砂の空気が動いたのに気づいた
膝をついて面を伏せた四人の白丁のひとり
白虎の面をつけた者がかすかに動く
その手は密かに後ろ腰に回され
そこに隠し持った匕首の柄を握った
玉座の影は灰狐の返事を待って
白虎の動きは見えぬのか
それとも知らぬふりで誘いの隙を見せているのか
この世のほかのあやかしは
現し世の鋼では切れまい
それを知っての上での隙なのか
「無聊の慰めに、ひとさし舞ってみせぬか」
「剣の舞」
扇を指すその袖に隙を見たか
白虎面の白丁は地を蹴って躍りかかる
白砂が乱れる
白丁の手には抜き放った匕首
一直線に玉座の影の心臓を狙う一撃
白虎は一気に階を駆け上がり
体ごと影の胸元へぶつかっていく
ざわめく残り三人の白丁
腰を浮かす神官
手輿の娘は立ち上がって
両の手を口にあてて悲鳴を飲み込む
一陣の黒気が中庭を渦巻き
狂い咲く百花は一気に凋落
影は四散し、玉座の背にはしらじら匕首が立つ
白虎は荒い息をはずませて立ちすくむ
「何という大それた!」
あわてふためく神官の叫び声
神官は白虎に駆け寄ると、その面を剥ぐ
現れたのは蒼白のまだ若い男
「於斗!汝はよくも」
「ご領主さまのご勘気にふれればなんとするぞ!」
「ことは汝ひとりの責ではすまぬ!」
「死ね!今すぐ死んで詫びよ!」
白虎の面の男をなじり打ち据える
神官の手を、灰狐は押さえる
「来る」
黒気は結界の中をかけめぐり
うなりをあげて旋回する
忽然と、白砂の上にひとりの貴人が立つ
「おもしろし」
「その者」
時経りた装束をまとった貴人は
佩刀の柄に手をかけ、静かに抜き放つ
「おもしろき念を持っていやる」
「男は食さぬが常だが、それは食指が動く」
抜かれた刀身は暗黒の色
立ち上がっていた娘は
いきなり貴人の足元にその身を投げ出す
「どうか、お許しを」
「私の命を召して、みなを帰してください」
「どうか、於斗を殺さないで!」
さながらに五体を投地する拝跪にも似て
青ざめた娘は無言を捨てる
ただひとり想う男のために
貴人は扇もて娘の顎を上げる
「これはまた、いっそう興深き」
「名は?」
目を閉じて貴人を見まいとしつつ
贄の娘はその名を名乗る
「香露」
「汝の命と引き換えに、他のものを外に戻せとかや」
「異なことを」
「汝はすでに我が贄にして」
「約定により我に献上されたもの」
「なおその上に望みを申すか」
貴人はかすかに月色に発光する
あたかも笑いを含んでいるごとく
落ちた花々から次々と蕾が生じ
庭はみるみる一面の花園にもどる
「人とは、おもしろきもの」
「さて、汝らを如何にすべき」
平伏した神官は膝行して懇願する
「そこの不届き者は、我らが里にて」
「必ず御心にかなうよう、成敗いたします」
「娘はどうかお納めくださいますよう」
「なにとぞ、約定はこれまで通りに」
「好きな娘をおめおめ化物に食われて」
「どうして手をつかねておられよう」
「殺すならもろともに殺せ」
白虎の面の男は、貴人を睨んで吠えた
「香露を食うその前に」
「俺を食らえ」
娘は男のもとにかけもどり
袖でその口をおさえ
涙にぬれた目で微笑みかける
「於斗、ありがとう」
「私はその気持ちだけで十分」
「だからあなたは生きて」
若者二人は互いに固く抱き合った
「約定に年にひとりの娘を献上とあるが」
「そのわけを何と知る」
「下界では、あやかしの城に巣食う死人が」
「若い娘を食すと沙汰するか」
貴人はほのかに含み笑う
「この城はすでにこの世の理の外にあり」
「うつし世の大地とは隔たっている」
「娘の命はそれを繋ぎとめるもの」
「それが汝らの望みであった」
「我が城は三百年前に滅び」
「今汝らの目にうつるのは滅びる前夜の姿」
「定命の人の目には虚しいあやかし」




