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昼下がりにはほうじ茶を

結局夜行バスには乗らなかった。


茜の背中を見送った途端にどっと疲れが押し寄せて、とてもじゃないがそのまま夜行バスに揺られる気分にならなかったんだ。

別に急ぐ理由なんてない。

そんなわけで俺はそのままその場に佇み、携帯片手に宿探しを始めた。

俺の知らない間に世の中はしこたま便利になってたようで、深夜零時を回ってもチェックインできる宿はあっという間に見つかった。俺が居た駅自体からは少し離れていたが、国内有数の歓楽街のド真ん中にあるクセに格安、口コミも悪くない、チェックアウトは翌12時なんていう素晴らしい宿に巡り合え、俺は即そこへ向かった。

もちろん翌朝は、時間をわずかばかりも気にすることなく泥のように眠った。




「ぁ。ヤッホー、哲平!なんか疲れた顔してんねー」

「今東京から戻ってきてん。帰阪ホヤホヤやで」


チェックアウトのギリギリまでぐうたら過ごし、適当に昼メシを済ませ、家への土産(妹の燈子(とうこ)には東京と名の付くバナナ風味菓子と東京と名の付くゴマ風味菓子を催促されていた)をのんびり物色してから新幹線に乗り込んだら。


「凛、何時上がり?メシ行こ」


大阪市内南部の繁華街に店を構える凛の元にたどり着いたのは、なんと夕方の5時だった。


「?入店一番なに。哲平がそんな風に誘うの珍しいね」

「で、何時?」

「今日はもうセミナーも終わってひと段落付いたから、いつでも良いよ」

「じゃぁ今から」

「の、まえに一杯飲んで行きなよ」


凛はその中性的な顔を憎たらしくニンマリさせた。

ちなみにコイツの言う「一杯」は、コイツの店が喫茶店であるからして、決してアルコールのことじゃない。


「ほうじ茶♪」


………凛にはかなう気がしない。




「そもそも友だちの店に来て、おカネ落とさず帰るツモリやったん?」

「そんな深く考えてへんかった」


なんてったって今の俺の頭の中は、昨日のことでいっぱいなんだ。

久しぶりの色恋沙汰が、我ながらあまりにプラトニック過ぎて涙が出そうだ。さながら中高生の初恋並みで笑いが止まらない。

昔の俺なら、間違いなくあのまま茜の家なりいかがわしいところなりに転がり込んでいたに違いない。よく我慢した、俺。それにしても、………


「なぁ、凛」

「う~ん?」

「………コレなに?」

「ほうじ茶コーヒー♪」


………とりあえず疲れたカラダにコイツのこのテンションはツラい………メシはまたにするか。


「どお?新作やねん。」

「ウマい。…けど、ほうじ茶とコーヒーは別々に飲みたい」

「おや、それは失礼いたしました」


言いながら、凛は全く悪びれない。まるでお前の舌がおかしいとでも言われてるみたいだ。だが、ファンの常連が付くほど容姿端麗な凛にはやっぱりイヤミがない。

これが中性オトコの成せる技か。




基本的に最近の俺は寡黙だ。話すと聴くなら断然聴き役。

大学を卒業してからの俺には、凛以外にコイツというダチはいない。

社会人になってからは周知の通り、それまで付き合ってたカノジョにはフラれ、己のセンスのなさ故仕事に心身共に忙殺される毎日で、友人だろうが恋人だろうが新しい出会いなんて皆無だ。

大学はバイト三昧だったので、この時期にできたコイツと言うダチはやっぱり居ない(………あぁ、なんでかカノジョだけは途切れなかったけど)。

高校の部活メンバーは茜も言っていたように毎年忘年会と称して集まっているようだが、俺は卒業後一度だけ参加して以来、これにも参加しなくなって久しい(ちなみにその時は茜は不参加だった)。ここ数年は誘いの連絡すら来なくなった。

じゃぁなんであんなに打ち込んだ(ましてやキャプテンまで務めた)部活メンバーとすらつるまなくなったのかと問われれば、ソリが合わなくなったから、のひと言に尽きる。

一度だけ行ったその忘年会で、自分でも驚くほど居心地が悪かったんだ。やれイッキだのやれコールだのと騒いで、高校時代からまるで変わらないテンションのメンバーと一緒に居るのがしんどかったんだと思う。


俺は変わらないことの素晴らしさにも、繋がり続けることの素晴らしさにも全く気付いてなかったんだな。


きっと俺は今まで、茜だけじゃないたくさんのものを切り捨ててきたんだろう。………そう考えるようになったのは、茜を思うようになってからだ。




「で、珍しく哲平クンが話したいことって?」


凛はニコニコしながら腕組みを机に付いて、のんびりのんびりと訊いてきた。

俺とは正反対のタイプで俺とは正反対の進路を突き進むこの中性オトコが今や、俺にとっては数少ない貴重なダチってわけだ。


場所は凛の店から移って居酒屋。

凛は自分の近況をひとしきり話したあと、ビール片手にそう首を傾げた(最近また常連の客に告白されたらしい)。


「なぁ、凛」

「ん?」

「クリスマスに俺とデートするって言うたら、普通に考えてフリーよな?」


昨日から唯一気になっている事項である。

最高に単刀直入に言った。


「ナニソレ。誰の話?」

「茜」

「哲平のあの思い人?」

「そ」


ツモリだったが。


「ぇッ。ってか会えたんや!良かったやん!!」


だが机を挟んだ向かいの凛は、それは話し始める順番オカシイでしょ、とかなんとかぶつくさヌかしている。

悪かったな、話し下手で。


「彼氏おるんか、なんで直で訊かんかったん」

「………」

「哲平クン?」

「…浮かれ過ぎて、訊くの忘れた」

「なんだい、そりゃ!」

「………」


全く赤面モノだ。

本人のクチからはっきり聞いたわけじゃないのに、結構な自分の思いこみで肝心な核心をつくことなく帰ってきてしまった。…俺らしくない。

茜に対する気持ちは今でも長期戦は辞さない考えの俺だが、俺は基本的に負け戦はしない。

俺は今、次に会うクリスマスに告白という勝負をかけるか否かに悩んでいた。

………全く俺らしくない。


昔の俺はいつも、気になった相手が自分に異性としての関心を持っているかを知り合ってからの5分10分の会話で見分ける。ココで『有り』と判断した相手とはその後連絡を取り合って、早くて1週間、遅くとも1ヶ月で恋人関係に落ち着く。

そんな色恋沙汰は縁遠くなって久しいが、(自分でいうのもなんだが)成功率はかなりの高確率だった(と思う)。とにかく3年前元カノにフラれるまで、俺は百戦錬磨の負け知らずだった。

そんな経験値的に、昨晩のやり取りは完全に白だ。先にも言ったが何も手を出さずに帰ったのが奇跡に思えるほどに。

けど浮かれた一夜が明けて冷静になった今になって、怖くて仕方なくなっている自分が居る。


茜はなんだか、スルリとすり抜けて行ってしまいそうで。

そしてまた、俺の前から居なくなってしまいそうで。


「ってか彼氏が居るか気にするなんてソレさ、………怖いんやね」

「コワい?」

「うん。だって、フラれるのがコワいんやろ?」


フラれるのがコワい。………なんだ、ソレ。


茜の代わりは居ないから?

あんなに美人で(茜は有名な女性歌手に似ている)スタイルも良くて(外見はなんだかんだ言っても良いに越したことはない)、何より8年前と何も変わらない居心地の良い空気は誰にも真似できないから。

だから?

フラれるのがコワいだなんて、………


「ガキかよ、俺は」


アタマがイタくなってきた。

俺は呆れたように微笑む凛を恨めしく眺めながら、付いていた頬杖からぐったりアタマを垂らした。


「違うよ、それだけホンキってことっしょ」


凛はやっぱり呆れたように少し雑に、ビールを飲み干した。





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