別れの時間はシンデレラのように
登場人物
(本作からご覧頂く皆さまへ)
萩野 哲平
26歳、182cm。
高校時代バスケ部のキャプテンを務めたが、今は仕事への自信喪失真っ只中。
大阪で大手建築設備系会社で日々奮闘するヘタリーマン。
高校からの夢を叶えた茜へ憧れと恋心を抱く。
伊藤 茜
26歳、168cm。
哲平と同じバスケ部でマネージャーを務めた。
今は東京で服飾デザイナーをしている。
高校時代から哲平のリーダーシップに憧れ、密かに思いを寄せている。
榊原 凛
27歳、172cm。
哲平の友人。哲平とは就活を一緒に乗り切った戦友でもあり、今は転職を経て大阪で雇われカフェ店長を勤める。
やりたいことを仕事として生き生き働く凛に、哲平は憧れに似た尊敬の念を抱いている。
松永 直哉
26歳、170cm。
高校時代に哲平、茜と同じバスケ部に所属。
大手保険会社の営業マンとして大阪で働くお洒落イケリーマン。
茜に思いを寄せる。
「今日は会えて嬉しかったで」
「うん、私も」
今や愛しすぎるオンナの柔らかい微笑みに、年甲斐もなく顔が緩んだ。
俺が茜の右頬にそっと手を伸ばしてひとなでしたその瞬間、茜は一段と目尻を下げて笑った。
それ以上はなにも言わなかった。
けど昔と何も変わらない茜のその優しい瞳は、昔と何も変わらず俺を包み込んで離さなかった。
だから。
………俺の気持ちは、きっとちゃんと伝わってるんだろう。そう思った。
「ってかまじで来るで、仕事休んで」
「ほんまに休めるんやったら、私も有給とるよ」
じきクリスマスだ。
世の恋人たちがこの巨大経済が渦巻く世の中にノせられて、信仰しているわけでもないのに浮かれる冬の一大イベント。一年で一番きらびやかなそのイベントに今の俺もご多分に漏れず(数年ぶりに)ちゃっかりノっかって、またこのオンナに会いにに来ようとしている。
「………また連絡してもいい?」
茜の頬を離れた俺の左手は、12月の寒さの中所在なげにスルスルとコートのポケットの中に消えた。
「あぁ、待ってんで」
本当はもろ手を挙げて大歓迎な申し入れなわけだが、気取って素っ気なく言いのけた。ツモリだったが、恐らくは顔が緩みすぎていて全くていを成していないだろう。
「ありがとう。気を付けて帰ってね」
そこにコイツの素直すぎるこの反応。
俺は、このクソ真夜中にココ(東京)を離れる決意を保つのに必死だった。
「茜も。遅いし、家着いたらメールしてくんねんで」
ほんとは送ってやりたいところだが。
「………過保護ね」
茜は小首を傾げてクスッと笑った。
高校時代は想像もしなかった茜の仕事着姿は、なんだかひどく大人びて見える。………なぁんて、26にもなったらイイオトナか。そもそも昔は、制服姿とジャージ姿しか見たことなかったしな。
「なんとでも言え」
ともあれそんな風に見上げられたら、………その破壊力抜群の笑顔から、離れたくなくなるではないか。
決意が揺らぎそうになるのを、俺はどうにかこらえた。努めてなんでもない風を装う。
それこそイイオトナだ。
8年ぶりにやっと会えたオンナをその日のうちに貪るほど盛んじゃない(例え3年間彼女がいない身であっても、だ)。
半年前のクソ暑い夏の日に俺のココロに突如蘇ったこのオンナに、俺は前述の通り今日8年ぶりに再会した。
高校在学中、部活のキャプテンとマネージャーというだけの関係のハズだった彼女に、今更恋心を抱いて半年。あの暑い夏の日から、季節はすっかり反転して12月半ばの真冬を迎えている。
昔と何も変わらない目の前の彼女の中に今の俺と同じ思いを感じて、けど俺は今晩、これからここ東京から夜行バスに揺られて地元大阪に帰ろうとしていた。