鍵
秘密通路の出口。
外だ。
そこに出れば――
「……っ!」
希望に縋るように、最後の力を振り絞る。
だが、その瞬間。
背後の気配が、一気に近づいた。
空気が凍りつく。
「……え……?」
反射的に振り返る。
そこにいたのは――
すぐ背後まで迫った、魔王の姿。
まるで最初から距離などなかったかのように。
「――遅い」
低く、感情のない声。
その一言が、心を凍らせる。
次の瞬間――
魔王の剣が、迷いなく振るわれた。
「――っ」
避けることもできない。
銀の軌跡が、一直線にアリシアの身体を貫いた。
「……あ……」
遅れてやってくる衝撃。
胸に、焼けるような熱。
視界が、大きく揺れる。
力が抜け、膝から崩れ落ちる。
「ぁ……ぁ……」
声にならない声。
ぽたり、と。
赤い雫が、地面に落ちた。
理解してしまう。
――終わりだ。
意識が、暗闇へと沈んでいく。
すべてが遠ざかる。
音も、光も、痛みさえも。
消えていく。
――ここで。
すべて、終わるはずだった。
《――アリシア》
「……?」
声。
どこからか、呼ばれた気がした。
《アリシア……目を覚ませ》
優しく、それでいて強い響き。
暗闇の中に、微かな光が灯る。
「だれ……?」
問いかけたはずなのに、声は出ていない。
それでも――
《お前は、終わる者ではない》
その言葉と同時に。
左手の甲が、熱を帯びた。
じわり、と。
痣が浮かび上がる。
――いや、違う。
それは、ただの痣ではなかった。
「……っ」
グランタニアの紋章。
王家の象徴が、淡く輝いている。
ドクン――
鼓動が、響く。
ドクン、ドクン、と。
まるで世界そのものと繋がるように。
《思い出せ》
声が、近づく。
《お前に刻まれたものを》
光が、強くなる。
意識のないはずの身体が、わずかに震えた。
そして――
アリシアの唇が、ゆっくりと動く。
「――……」
誰にも教わっていない言葉。
それなのに、自然と紡がれていく。
それは――詠唱。
古く、深く、そしてどこか懐かしい響き。
空気が震える。
大地が、応えるようにざわめく。
血に濡れた地面に、光の紋様が広がり始めた。
「……なに……だと……」
カイラスの声に、初めて明確な動揺が混じる。
「その紋章……その詠唱……」
一歩、後退る。
理解してしまったかのように。
「……この魔法は……何故お前のような者が……?」
光が、一気に膨れ上がる。
アリシアの身体が、宙に浮かび上がった。
詠唱は止まらない。
むしろ、加速していく。
《開け》
声が重なる。
《境界を越えろ》
その瞬間――
世界が、裂けた。
轟音と共に、光が爆ぜる。
カイラスは咄嗟に剣を構えるが――
間に合わない。
「待て――!」
その声が届く前に。
光がすべてを飲み込んだ。
――そして。
静寂。
そこに、アリシアの姿はなかった。
残されたのは、焼け焦げた地面と、微かな光の残滓だけ。
カイラスは、その場に立ち尽くす。
やがて、ゆっくりと呟いた。
「……やはり、鍵は……生きていたか」
その瞳は――
かつての英雄のものでも、ただの魔王のものでもなかった。




