#デッドガールの悲劇(6月23日)#25000
#デッドガールの悲劇(6月23日)#25000
那烙の笑い声がまだ背中に貼りついている。およそ作り物としか思えないタチの悪い冗談のような光景だった。
手品か何かであればよかったのに。
那烙の目の前から逃げてしまい、気がつくと砂浜に来ていた。この街で唯一、外の世界とのつながりを感じさせる場所。ここから見える壁だけがはるか遠い。囲まれているという事実は変わらないのだけど。
数日前はここに那烙と一緒に訪れた。あの時多分ビイトは落ちる夕日にこの世界の素晴らしさを感謝していた。
今は自分の髪の毛と眼の色同様の赤い夕陽は生々しさ、単純に血の色を連想させて毒々しさをたたえているような気もしてしまう。見ていたものはまったく変わらないはずなのに。それだけ那烙の語った事実はビイトに深く影を落としていた。
那烙の言葉を信じるならばこの世界が終わることがビイトに対しての最善の結果なのだという。
そのために那烙の死は必要なのだ。そしてその時まで、それ以外の理由で那烙は死ぬことが許されないのだと。
ビイトはうまく想像力を働かせようとする。こんな素晴らしい世界の中で生きていられるのになぜ世界が終わる必要があるのだろう。そもそも世界が終わるなんてスケールが大きい話をどうやって自分の中で消化していいのかわからないただ那烙が怯える悲劇というものに直結する出来事がそこにはあるのだろう。そしてビイトがそれに深くかかわっているということも。
「まとめると…やっぱり唯一良かったのは那烙さんが死ねないってことだけかなぁ…つまり那烙さんはどうやっても自殺できないってことだもの」
気分が落ち着くと夕日の印象が以前のように柔らかくなった気がする。
那烙はどうやっても自殺できない。そう口に出してビイトは自分の浅はかさに気づいて嫌気が差した。
死ねないのと生きるってのは同じ意味か?何度自殺未遂を繰り返しても死にぞこなってるならそれでハッピーエンドとでもいうのだろうか?死ぬために生きることに耐えられるか?同じように死ねないからただ生きているってことに耐えられるだろうか。たとえ死が避けられないとしても死ぬ時間を早めることができる。それはきっと誰しもが持つ権利のはずだ。
結局この世界がどうとか、ビイト自身がなんであるかとか、そんなことよりもビイトにとって那烙に自殺を思いとどまらせることが一番大事なのだ。
なぜならこんなに素晴らしい世界で不幸なのは自分だけでいい。その思いは今も変わらない。
けれどそういう思考は実際のところ那烙への罪悪感が生んでいるだけだ。
あのとき那烙は自分の秘密を教えるときにどうやっても否定できないその証拠を示して見せた。そしてそのあとビイトの手を取ろうとした。その手をビイトは振り払った。
それはいつものように那烙がビイトのイルフィンガーを借りて死のうとしているからじゃない。ただただ実際は恐ろしかったのだ。気持ち悪かったのだ。自らが呪いつきとして周りに扱われるその感情、その本質。それをビイトは那烙に向けてしまった。一瞬でも絡んだ指はそこからヘドロが注ぎ込まれていくようで鳥肌が一瞬にして全身を支配した。変な喚き声をあげてビイトは思わず那烙を突き飛ばした。しりもちをついた那烙は一瞬呆けた表情をしていたがすぐに口角を歪に歪ませた。声を上げる。げらげらげらげらげら。
それが本気の笑いではなかったことはその場で気づいていた。那烙が自分を守るための笑いであったことなんて。それでもビイトは逃げ出してしまっている。那烙のいる世界が、その場の空気が、体にまとわりつくことが耐えられなかった。一秒でも速く一センチでも遠くメギドドアーから遠ざかりたい。肺に無理やり空気を吸い込んで藁にすがるような手つきで、溺れるような足つきで何とか走る。
その背中に那烙のゲラゲラ笑いが聞こえなくなったことにようやく気付いたのがこの砂浜だった。
二人が砂浜につけた足跡は那烙が言うようにきれいさっぱりと消えてしまっている。ビイトと那烙の積み重ねも同じように消えてしまったのかもしれない。ビイトはいまさらながらその事実を思い知らされている。いよいよ自分の抱えるモノを明かしてくれた那烙を否定してしまったのだ。手を振り払うということはそういうことだ。
やりなおしたい。今日という日を無かったことにしたい。どれだけ子供じみたバカげた願いでもだからといって願わずにはいられない。ただそれと同時に何度やってもビイトはその手を握ることができないのだろうなという諦めが身体の中に流れている。もう一度那烙の目の前に立つことを考えるだけで足が震えだしてしまうのだから。
今となってはあの壁に落ちる夕日をあの時と同じように感じることもできない。




