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#黒カラスと死に損ないの少女 影うつろいの求道者は叫ぶ(6月13日)

このペースなら毎日投稿しても終わるっしょっていう気持ちで投稿してきましたけどそろそろストックがなくなりそうですねぇ…

毎日更新が途切れたらストッコ切れです

がんばるびぃ

#黒カラスと死に損ないの少女 影うつろいの求道者は叫ぶ(6月13日)


「な、那烙さん、学校、行かないの?」

 ビイトは固く閉ざされたメギドドアーの前で待っている。

 那烙の命令は四六時中付きまとうこと。ならばやはりこのメギドドアーまで迎えに来るべきなのだけど一向に出てくる気配がない。 今日で三回目だけど、相変わらず反応は無い。

 門の周りにはインターホンなんて便利なものもなくて、かといってこの大きな鎖と南京錠はビイトには到底開けるなんてできるはずがない。

 前に那烙が蹴るとポロリと落ちたから、ビイトもまねして蹴ってみたことがあるけれど足が痛かっただけでやっぱり開きはしなかったし。

「な、那烙さ~ん」

 ビイトがいくら叫ぼうと、この声は中まで届いているかはやっぱり疑問だった。ハァ、と諦めのため息をついてくるりと踵を返すと、ガチャリボトン、と鍵が落ちた。

「お前、毎朝毎朝うるさいぞ。嫌がらせならよそでやれ」

 那烙さんは首元にタオルをマフラーみたいに巻いて部屋着かパジャマかわからないあの入院服みたいな真っ白な服を着ていた。

「あ、おはよう、那烙さん」

 ビイトは初めてネックウォーマーをまいてない那烙を見たのでちょっと嬉しかった。

「お前なぁ、毎朝毎朝人の家の前に来て叫ぶな、うるさい。いいか、わたしは午前中を寝て過ごすんだ。眠いんだ」

「でも、学校行かなきゃ…」

「行きたきゃ行けばいいだろ。わたしには関係ない」

「か、関係ないって、那烙さんだって学生だよ?行かなきゃ不良だよ?留年とか、下手したら退学とか」

「誰が学生って言った。わたしはニートだ。日がな一日古い本のページをめくってだらりとすごし、思いついたようにそこらをふらつく働いたら負けだな、って思ってる人間だぞ」

「う、ウソだよっだって、いつだって制服来てるもん」

「制服のほうが楽だから着てるだけだ。学校の中うろついても通報されないしな。

 渋谷新宿には学生でもないのに制服を着ている女子が大量に屯していると電視台でいってたぞ

 お前の制服を着ていることと学生をつなげる考えこそ浅はかさの象徴だ」

「え、えぇ?ほんとに?」

「ウソだと思うなら学生名簿でも見てみろ。どこにもわたしの名前なんてないから。

 まったく、人騒がせなヤツだ。いいか、わたしは二度寝するぞ。二度寝はいい、アレは人間の考えた中でも五指に入る幸せ…ふぁ…」

 那烙さんは大きなあくびをするとむにゃむにゃと目元をこすった。

「と、まぁそういうことだ。学校終わったら迎えに来い。わたしがどれだけ尊敬に値する人間かお前の精神遺伝子の一番深いところまで刻んでやるから」

 那烙はめんどくさそうに呟いて僕に背中を向ける。ぎぎぃ、と重たい音を響かせて閉じる扉を見送って、なんか、狐につままれたような気分のまま、校舎に向かって再び歩き出した。

 というか、あれだけ強さや勝つこと、孤立を語っておきながら養ってもらってる身分のニートだなんて…そ、尊敬なんてできるかなぁとビイトは今まで味わったことのないタイプの不安を覚えていた。

 ん、となると学生でもないのに保健の先生にお世話になってるってとことなのか…?図々しさだけは尊敬できるのかもしれない。


「び・い・と・さまぁ~!!ななななんでっ、なんでメギドドアーから歩いてくるですぅ!?ま、まさかお泊りとかしちゃってたり…?え、やだ…そんなこと考えるのつらい…口に出したらダメなことでしたぁ…う、う、若い男女、二人きり、何も起きないはずもなく…あ、気持ち悪くなってきたのですよ」

「う、うわっ、ちょ、ちょっと、みたまさん!?」

 教室の扉を開けるなりすごい勢いでみたまが飛びついてきたと思ったら勝手にそのままメンタルに深い傷を負いふらりとバランスを崩す。ビイトの小柄な体でも支えることができる。みたまの体はまるで天使の羽のように軽い。

「ウ、うぅ…なんでなんで…あのツーショットはいったい…だんだんおこになってきましたっ!今日という今日はみたまもぷんすかですよっ!!あれだけあの女には関わらないほうがいいっていったのにっ!!いったのにですぅ~!!それがどうしてよりにもよってメギドドアーから歩いてくるですかぁ!!め、メギドドアーからぁ…」

 立ち直ろうとしたもののやはり傷は深いようだった。

「いや、それは那烙さんと…」

「な、その続きの言葉は聞きたくないっ!!聞きたくないですぅ~!!」

 みたまは両耳をぎゅっと押さえて首をぶんぶん振る。問い詰めておきながら聞きたくないとはやりたい放題である。

「いや、だから、みたまさん、別にメギドドアーから歩いてきたのは…」

「や~!!や~!!やなのですぅ~!!」

 取り付く島もない。

「だ、だから、その…な、なんでもないよ」

 でもやっぱりみたまの耳には届かないんだろうなぁとすでにビイトは諦めきっていた。みたまはひとしきり首を振って気が落ち着いたのかやっとでゆっくりと目を開いた。

「ほ、ほんとですかぁ?へんなこと、されちゃったりしちゃったり…あ、びいとさまに限って自分からしたりはしないですよね?」

「ななななっヘンなっヘンなことととか全然僕にはそんなことっ!!そ、そもそも那烙さんを起こしに行っただけだからっ!!だからみたまさんのいうようなの、全然ないからっ」

「ほ、ほんとです?絶対に嘘はないって胸を張って言い切れます?」

「それはもちろん…」

「じゃ、みたまの目を見てもう一回言うですぅ…いいですか?」

「そんなこと、全然ない…こ、これでいい?」

 あんまりじぃっとみたまが見つめるのでビイトは真っ赤になってしまって言葉を吐き出すのに両手いっぱいの重い荷物を一生懸命引きずり上げるような苦労をしてしまう。

「せ、誠意がないですぅ…絶対しない、って言ってください、絶対しない、と」

 みたまのいう誠意、ビイトは一生懸命込めているつもりなのに。

 そもそも那烙と、その…うぅ、一線?と、とにかくそんなもの…こ、越えちゃったらどうなるんだろう?あわわ、あわわ、ビイトは考えるだけでもうパニックに陥ってしまいそうになって慌ててその妄想を振り払う。こんなのじゃ恥ずかしくてみたまにあわす顔が…そう思って顔を上げた瞬間。

 揺らいだ。みたまが透き通って見えた。

 みたまの顔の輪郭の向うに教室に並んだ机や立ち話をしているクラスメイト。

 そういうものが透き通って見えたんだ。よくテレビゲームであるような、半透明になるフェイドアウト。今ビイトに見えるみたまはまさにそれだった。

「み、みたまさ…」

 今この目に映っていることは、気の迷いなんだろうか?きっとそのはずだ。だって、そんな、みたまがまるで那烙の言うとおりユーレイのようじゃないか。ありえないよ、こんなこと。

「びいとさま…」

 みたまが薄く浮かべた笑い顔は今の透明感とあいまって本当に吹けば消えてしまいそうなほど儚く見えた。

 そのままどこかに行ってしまいそうで、ビイトは手を伸ばすように必死で今必要な言葉を考えた。

「ぼ、僕は…本当に、那烙さんとはなんでもないよ…それに那烙さんとそうなることはないって自信を持っていえる。那烙さんはきっと呪われている僕が珍しいから面白がっているだけで、ようは動物園に行った子供みたいにはしゃいでいるだけなんだ。きっと、僕のことなんてなんとも思っていない」

「…あ、ありがとうです」

 その言葉にやっと納得したように、みたまはほっぺたをあかくした。そのときはもう、透き通っていなかった。やっぱり見間違いだったんだろう。そんなことが現実にあり得るはずがない。


 ギラッとした太陽がじりじりとビイトにも光を注ぐ。うーんと大きく背伸びをしてから校舎を抜け出した。やっとで、教室から解放された。ビイトはみんなが大好きだけれども、やっぱり気を使いっぱなしでしかも呪われている姿を晒すのはいやだ。みんなが好きだけど、みんながいるからその視線にその態度に呪いのことを改めてを思い知らされてしまう。

 さて放課後だ。メギドドアーに行かなければ。校舎を仰ぎ見ると、その向うには青い空。あいかわらず雲ひとつ無くて、向こう側の白い壁まではっきり見える。

 メギドドアーに向かっていると奥の校舎にいる2年生3年生の下校集団と鉢合わせてしまう。肩を縮こまらせて、誰にもぶつからないように、目立たないように。でもこの赤い髪はいやおう無しに目立ってしまう。

 今日は五人にしか嫌そうな視線は浴びなかった。肩を小突かれたのだって三回。足を引っ掛けられたのなんて一度だ。全然少ない。なんかいいことありそうかも。

 と、うきうきでメギドドアーに向かうビイトの目に映ったのは門の前に腕を組んで仁王立つ、もうすぐ7月だというのに真っ黒い冬服に身を包んだ黒髪の少女。まったく季節感の無いネックウォーマーがトレードマークの那烙だ。

 一気に浮かれた気分が吹き飛んだ。あの立ちポーズからまさか、とは思っていたけれど、那烙はやっぱり眉間にしわを寄せ、不機嫌さを隠そうともしていなかった。このまま近づいていってもパンチされるのは火を見るより明らかだったけれど逃げると余計ひどい目に合わされるのがこれもまた火を見るよりも明らかなのだ。

 これから起こることを考えると気が重い。さっきまで軽かった足も今じゃすっかり泥沼でも歩いているようにずぶずぶと重い。

 それでも行かないわけにはいかないからなんとか那烙の目の前にたどり着く。

「遅い。遅い。遅い。遅すぎる」

 腕を組んだまま、那烙はじとっとビイトを見下ろした。

「い、いえ、最後のHR終わってからスグに駆けつけたけど」

「で、それが言い訳か?お前、わたしに言い訳するのか?」

「ほ、ほんとのことだもの」

「ほんとのこといえばなんでも許されると思うなよ。だったらサボればよかったじゃないか」

「那烙さん、言うことむちゃくちゃだよぉ」

「なにが無茶だ!サボるのは無茶なことか?HRでなかったらお前は死ぬのか?なぁ、どうなんだ?」

「死、死なないけど…」

「ほらみろ、全然わたしは無茶なこといいってないじゃないか。いいか、やれることをやらないのは怠惰だ。それは裏切り行為だぞ。侮辱だ」

「いや、僕は那烙さんにそんなつもりは…」

「わたしに対しての裏切りだと誰が言った?いいか、お前が裏切っているのは自分自身とかけがえのない時間だ。生き急げよ。

 お前がだらだらしてる間に下のヤツにもおいていかれて結局お前の取り分なんて一欠片も残りはしないぞ。

 所詮この世は弱肉強食、弱さは養分なんだ」

「は、はい…あの…でも…」

「なんだ?言ってみろ」

「は、話の論点がずれていってない…?」

「~~~~!!!くっ、お、お前、まさかわたしが今、練りに練った発言から言ってみたかっただけとか思ってるんじゃないだろうな」

「え…!?そうだったの…?」

「そ、そんなわけないだろうが。いいか、こんなにわたしはいいこというんだ、尊敬しろ」

 なんだかんだで尊敬させようと那烙なりにいろいろ言説を練り上げてきていたらしい。

「うは…那烙さん、超むちゃくちゃ…もう論点がどうとかいう問題じゃないよ…」

「この減らず口め。黙らせてやる。このわたしをイライラさせたこと。今さら後悔しても終わりは逃れられないぞ。いいか、わたしは人を痛い目にあわせるのが好きだ。大好きだ。愛している。寝ても覚めてもそのことで頭がいっぱい、もういてもたってもいられないほどなのだっ!!!」

「え、あ、う…ギャー」

 振り上げられた左腕を警戒しているとみぞおちに的確な右パンチを見舞われる

「ふん、どっちが悪いか考えろ。遅れてきたお前のほうだろ」

 数分後、心が折れて地面に転がっているビイトを那烙は満足げに見下ろして、鼻で笑う。

「ひ、ひどいよ」

「なにがひどいものか。いいか、弱者は食われるだけなんだ。ビイト、お前だって男だぞ。しかも呪いつきだ。悔しかったり、痛いのがいやだったりすれば実力でこのわたしを抑えればいいだろ」

「そんな…女の子を殴るなんて…」

「なにをジェントルぶってるんだ。それはメンタルの弱さに対するいいわけだろう?男女関係あるか。ただ殴るっていう覚悟を決めれない弱さなだけだろう。強いやつのみが生き残るんだ」

「で、でもっ、でもねっ」

 那烙の言葉は正しいのかもしれない。そう思ってるほうがいいのかもしれない。だけどビイトは立ち上がる。

「なんだ?いいたいことがあるのか?」

「そ…それだけじゃっ…悲しいよ…だって、みんなには心があるんだよ?それってそういうことを避けていくためにあるんだって、もっと深いところで分かり合えるようにって…僕はずっとそう思っていて…」

「…ふん。あいかわらずスウィートライクシュガーだな。甘甘だ。砂糖入れすぎてドロドロになっちゃってそれって珈琲ですか、それともどこぞの原住民の飲み物ですかと問いかけたくなるほど甘甘だ。が、最近はそれも悪くないと思うぞ?」

「え、な、那烙さん、やっとで僕の言うことがっ…」

 やっぱり、何度も何度もやれば気持ちはつたわ…

「何度も何度もそんなこといいながら裏切られて打ちひしがれるお前は最高だ」

 バキュン。もし言葉が弾丸ならいまのでまちがいなくビイトは死んだ。ちーん。

「ははははっ、そうだ、そういうのが最高なんだ。しかしあまりいじめすぎても話が進まないからな。とりあえずビイトにはわたしを尊敬してもらわないといけないし…」

「う~…それで那烙さん…具体的には僕はなにをすればいいの?来たのはいいんだけど…全然何をやればいいのか」

「そうだな、久々学園の外にでも出るか。せっかくの海町なんだからな、たまにはそれをみるのも悪くない」

「う、海…?そんなの、見えるわけないよ…だって、この町は」

 ぐるりと首を回す。あたり一面に聳え立つ、白い壁。それはこの町を守ってくれている、とてもステキなものだ。ビイトを含めこの町の住人はこの世界にこの壁があることをとても感謝しているはずだ。ありとあらゆる脅威から守ってくれている。

 たいして那烙はつまらなさげに壁を一瞥した。

「ああ…アレか。別に海が見えるところはいくらでもあるさ。それともビイト、お前は知らないっていうのか?」

「え、ええ?」

「まぁついて来いよ」

 那烙は迷いのない足取りで校門へ向かう。グラウンドのほうではまだ野球部とサッカー部が必死に球を追っていた。じりじりと太陽の日差しはまだ強くて、耳鳴りのするようなセミの鳴き声があたりに染み渡っている。まだ七月を迎えていないけれど、世界はすっかり夏だった。

 ビイトと那烙はカンカン照りの太陽を背負って学校の外へと。いつもだったら下を向いて歩くことしかできないお城の前の通り。だけど今日は久しぶりに前を向いて歩いた。部活を残して生徒がほとんどいなくなってしまっているせいでポツリポツリとしか人とすれ違わない。

 ビイトは前をいく那烙の背中を追いかける。那烙はその制服の着こなし同様きっちりと姿勢正しく、そして迷いのない足取りでどんどん進んでいく。ビイトは那烙まで視線に巻き込まないように間隔をあけてついていく。

「おい」

 那烙は振り返って呼ぶ。

「そんなに離れるな。わかっているのか?これはわたしとお前の逃避行だぞ。せっかく壁なんてものの支配に無い場所を見せてやろうっていうんだ。なのにそんなに後ろをだらだら歩くな。もっとしゃきしゃきしろ」

「え、えっと…」

「あいかわらず歯切れが悪いな、お前は。なんだ、こうでもしないと歩くこともできないのか?」

 那烙はつかつかとビイトのほうへ戻ってくると、その右手をぎゅっと握った。

「あ、危ないよ…」

「お前、なんのための手袋だと何度いわせるんだ?危なくなくするためだろ?

 そんな顔はするなよ。いいか、ついて来い。迷い恐れは弱さを生むぞ。自分で道も選べないような弱者なら…そうだな、わたしがお前に道を示してやるから笑え。それでずっとついて来い」

 手袋ごしなのになんだかすごく那烙の手が暖かくて、ビイトは言葉ひとつうまく言えずにそのまま那烙について行った。くすんだ色のビル。雨と工場の煙にやられて色褪せたスーパー。ビイトなんかよりずっと長い時間、ここにあったはずの既に茶色と黒を混ぜたくったような色になってしまった民家。

 ビイトは実は家と学校を往復するだけでこの町のこんな表情を見るのは今日が初めてだった。だからものめずらしげにきょろきょろするのだけど、那烙さんはこんなものは路傍の石ころと同じ、あってもなくても一緒といわんばかりにグイグイと先に進んでいくのだ。

「ねぇ、どうしてそんなに急ぐの?」

 もう右手がさっきから痛い。

「理由などいるか。逆に問うぞ。なんでそんなちんたらする?目的地があるんだからさっさとついても何も悪いことは無いだろう」

「でも…でも…」

 なんていっている間にぷっつりと民家が途切れた。左手に曲がると本来道が続いているだろうそこはぽっきりと途中で折れてしまっている。作りかけの橋のような袋小路は金網で覆われていてその外側の風景が見える。ただ本来道が続くはずだったであろう真正面は数メートル先には白い壁が完全に視界をふさいでおりその先の景色は見えない。が、左手側に広がる世界は違う。

 海だ。

 認識したとたん鼻いっぱいに生臭さや生き物の匂いがまじりあった潮の香りに満たされる。素直にいい匂いだなんていえるものではないがそれすらも心地よい。

 那烙のいうとおり、そこには壁なんてない。いや、あることにはあるが遥か向こうにうっすらとその姿を見せるだけで普段町のあちこちで見かけるような真白な存在感はほとんど消え失せていた。テレビでしか見たことのなかった海はゆるゆると波を打ち、その向うには小さな島が浮かんでいるのが見えた。あちらこちらに大きな岩が突き出し、砂浜のすぐそこに突き出た岩の周りには、誰が使っているのか捨てられているものなのか全然区別がつかない、ちっちゃい釣り用の船が何隻か留まっていた。あたりには防波の役割だろうと思われる、テトラポッドもずらりと並べられている。

「降りるぞ」

「お、降りるって…」

 たしかに砂浜はある。だけどそれは道路より何メートルも下を覗き込まないといけない。

 那烙は全然ためらわずに道路わきの金網を乗り越えようとする。といってもその金網も那烙の身長よりも高く3メートルはある。

「だ、ダメだって…あ、危ないよ。それにここからだって見えてるし、それだけでもう僕は満足だよ。」

「お前なぁ…ここまで来て怯えるな。大体見ただけじゃダメだ。もっと近くに行かなきゃわからないこともあるんだぞ」

「で、でも、大体どうやって…」

「阿呆だな、足元よく見ろ。ちゃんと梯子があるだろうが」

「あ、ホントだ」

 金網のすぐ向うには梯子があった。よく考えればたしかにそうだ。アソコに船があるっていうことは誰か乗るんだから、下りるためにはやっぱり梯子は必要だもの。そして本来の出入口も金網にはしっかりとあるのだがそちらには南京錠がかかっている。これがメギドドアーなら那烙のキックで問題ないのだがここでの鍵はそうもいかない。だからこそ乗り越えるのだけれども。

「わかったな、ついて来いよ」

 あっという間に登り切った那烙はもうあとは返事も待たずに降りていく。

「え、えぇ~」

 もちろん那烙は否定の声なんて聞くつもりも無いので、ビイトはしょうがなく金網によじ登る。手袋してるせいもあり初めてということも手伝って登りにくい。乗り越えた後は赤錆の浮かんだ梯子を心細く思いながら、砂浜に降りた。

 靴の底に砂のじゃりじゃりとした感触を感じる。今では波の音がしっかりと耳に響いている。建物にも木々にも遮られないせいか夕暮れ時間も近づいてきているはずなのに太陽の光が増したようにすら感じられた。

「どうだ、いいものだろう」

 黒い冬制服に身を包んだ那烙。おまけに首元には白いネックウォーマー。そんな那烙が青い空と太陽を背負って振り返る。

 逆光で切り取られたシルエットがすごく眩しい。

 ビイトは言葉を数えることも忘れて思わず息を呑んでしまった。

 一つの絵画のように完璧な世界がそこにある。

 ぴしぃ

「あてっ」

 思わずおでこを抑える。気がつくと那烙の顔が目の前。

「う、うあはっ」

「なんだ、ぼけーとしやがって。このわたしがお前に海についての意見を求めているんだ。即座に答えるのが礼儀だろ?」

「え、あ、はい、ごめんなさい」

 ビイトはしどろもどろになっちゃって。

「で、どうだ?お前、海を直接見たことなかったんだろ?」

 そしてビイトは改めて海を見たけれど、それはテレビや小説で語られるような青く澄み切ったものじゃなくどこと無く鈍色をしていて底が見えなかった。多分、このあたりに建っている工場のせいだと思う。

「あ…」

「口ごもるなよ阿呆。せっかく人がつれてきたやったのに。なんだ、お前、文句あるのか。

 まったくニートのわたしがここまでつれてきてやったっていうのにその態度はあんまりだろう」

「あ、あのでも那烙さんもウソをつかれるよりっていってなかったですか…?」

「それはお前、わたしだから許されるんだ、お前みたいな呪いつきに許されると思うなよ」

「う、ごめんなさい」

「…すぐに謝るな、馬鹿。自分の非をそうやって認めていれば厄介ごとを回避できるって思うな、馬鹿。それだと行き着く先は食い物だ。食べられて終りだ。何度も同じことを言わせないでくれよ。そんなの、いやだろう?」

「…じゃ、どうしたら」

「おまけに甘ったれだな。自分で考えるってこともしないのか?それともなんだ、お前は一生わたしにお前のそのちんけな人生を守ってもらいたいのか?

 ふうぅ、疲れるやつだな。ふん、そんなに守ってもらいたいならお前、わたしに一生逆らえないぞ」

「べ、別に…」

「ああ、そうか、お前にはみたまもいるしな。わたしはあいつが死ぬほど嫌いだが。こんなこといっても死ねないけどな」

「ずっと前から気になってたんだけど…訊いていい?」

「いってみろ」

「なんで、二人はそんなに仲が悪いの…?」

「今さらなことを訊くなぁ…お前…それはあいつとわたしでBREEDINGみたいなものだからな。しょうがないことだ。交じり合えぬ」

「BREEDING?」

「前世紀の終りに死んだロックスターが残した歌さ。『どれだけ二匹飼いならしてみても水と油、平行線は続く』いうなればわたしとみたまを表現するのにこれだけふさわしい言葉も無いだろうな」

「それって…やっぱり、どうしても繋がらないの?」

「そしたら意味がない。それだけのことだ」

「でも…」

「なぁ…お前、もう少し空気を読めよ。いいか、わたしとお前、二人きりなのにどうしてそんなに他の女の話をする?それともわたしなんてどうでもいいか?」

「なっ、きゅ、急にヘンなこと言わないでよっ」

「ヘンか…まったく失礼な言い草だ。いいじゃないか、わたしも年相応のことをたまにはいうぞ」

「でも、そんなの、那烙さんには似合わない…」

「似合わないじゃない。それはビイト、お前がわたしが見えていないんだ。節穴みたいな目の玉だ。なんてたって海の存在だって知らないようなヤツだからな、お前は」

「じゃ、那烙さんはなにがしたいって…」

「今ここでわたしとお前で砂浜に何かを書いて残したとするよな?それはすぐに波にかき消されて消えてしまう。たとへ今この場で消えなくても近い未来、そう、明日明後日にはその文字は消えてしまう。おんなじように、今わたしとお前の重ねている時間だってあっという間に過ぎ去って誰の記憶からも零れ落ちていってしまう。まったく切ないことだ。諸行無常は繰り返されてしまう…

 だからこそ、今、わかるだろ?わたしとお前はディスコミニケーション状態を突破しなきゃいけないってことが」

「え、え?」

 ビイトは思わずきょどきょどとしてしまって、本当に那烙の言葉の意味を手の平で掬い取ることが出来ない。

「ようは、言葉で伝わらないことを伝えたいんだ」

 那烙は目をつぶってビイトの胸に頭を預けようとして…

 ガツッ…!!

 普通の男の子と女の子なら絵になるシーンもこんな背のちっちゃいビイトと平均的スタイルの那烙では頭と頭がごっつんこして、お互いに額を押さえてうずくまる羽目になってしまう。

「お前っ、今日から毎日牛乳三本飲めっ!!しまるものもしまらんぞ、こんなことではっ!!」

 額を抑えながら那烙はビイトに指を突き付ける。

「ぼ、僕だってこの身長のこと気にしてるのに…」

「気にするだけだったら阿呆でもできるぞっ!!このへたれっ!!もういい、興が削がれた」

「う、うう~」

 結局怒り出してしまった那烙はそのあとほとんどまともに口を利いてくれなかった。

 そして夕日が海を真っ赤に染めて壁の向こうへ消えていく。

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