092 お出かけ
「・・・どちらに行かれるのですか?アリス様?」
赤銅色の肌をした八本足の馬型の“魔獣”ルベルにまたがり、新しい城を中心に出来上がりつつある街を出て行こうとするアリスの背に、レヴェルは声をかける。
「・・・見回り、そう、見回り」
長槍と短槍をルベルの両脇に片方づつ括りつけたアリスは、珍しく気まずそうな表情を浮かべると、夜の闇の中から溶け出すように現れたレヴェルに、言い訳がましい、とってつけたような言葉を返す。
「レルモース地方までですか?それはちょっと、足を延ばしすぎのような気がしますが?」
とても街の周囲を見回るような様子ではなく、明らかな旅支度を整えている様子のアリスに、レヴェルは苦笑を浮かべて返す。
「確かに、オーバン伯爵の動きが読めないからと言って、アリス様自らが見回りに行かれますと、残された者は非常に困るのですが?」
「・・・すぐ、帰って、来るわ」
「確かに、ルベルの足なら、レルモースまででもすぐでしょうが」
馬上から、並の者なら体をすくませて萎縮してしまうだろう眼力で見て来るアリスに、レヴェルは頭をかきながら口を開く。
「そんなに睨まれても困りますよ。アリス様。行くなら、行くとしてみんなに話していただかないと」
オーバン伯爵の行動は、バエン上層部でも問題視され、王都への召喚状を送りつけたが、黙殺された。
イクスラの部下の偵察に寄れば、オーバン伯爵は城や古い防御施設を改修し、土嚢を積み上げ、戦闘に備えた動きを見せているらしい。
ちょうど、イクスラの部隊は、サナーレの出撃に合わせて調整していて、アリスの部隊はアニアトの復興に努めている。
そんな隙を突いてのオーバン伯爵の行動に、バエン上層部は危機感を強めて、相手の動きに備えてサラスの部隊が準備を進めている。
そんな中、コストア王国との小競り合いしかできていない事に、不満を抱いているアリスが動き出さないはずが無い。
シルフィールからアリスの動きについて聞いていたレヴェルだが、別にその報告を聞かなくても、アリスの考えは簡単に見抜けていた。
そして、領地の見回りだと言ういいわけも想定済みだった。
「まぁ、とりあえず、一筆お願いいたします」
腰からぶら下げていたカバンから、画板と紙と万年筆を取り出すとレヴェルは、馬上のアリスに差し出す。
「・・・え?」
「外出する旨をちゃんと提出して頂かないと」
「止め、ないの?」
「止めて止まるなら、私も止めますが。そこまで準備されているアリス様は、止められないでしょう」
「・・・なる、ほど」
周囲の目を掻い潜って準備を果たし、今また誰にも気付かれずに外出しようとしているアリスを説得するのは、レヴェルでは無理だ。
まして、一万人の兵とためを張るといわれているアリスを力づくで止めるなど、最も無理だ。
それなら、素直に送り出した方がいい。
レヴェルにとっても、アリスを説得するより、周りの者を説得する方がまだ簡単だ。
「ああ。それと国境付近で、サウスマギア様が合流する予定です。
三百騎程度ですが、アリス様なら十分でしょう」
止められない事が分かったからか、ニコニコ顔で外出届にサインしているアリスに、レヴェルは同じく笑顔で言葉を続ける。
「・・・読んで、たの?」
「アリス様。アリス様の行動は非常に分かりやすいですよ」
「そう?」
クスハの指示を受けたキエナが居た頃は、アリスの動きを監視し、その行動を逐一報告していたので、アリスもある程度動きを自重していたところがあったが、キエナがいなくなれば、その重石もなくなる。
サラスから政務の補助として送られたエルズや、新しい城の内部を支えるスタッフを仕切るマリーなども、アリスの動きを止めるほどの拘束力は無い。
元々、政務より戦いに比重を置いているアリスが、城の奥にあるイスに座っておとなしくしているわけが無い。
いつかはこうなると、レヴェルは予想し、準備だけはしておいたのだ。
だから、ホルストだけでも十分回る国境沿いの戦いの中に、遊軍としてサウスマギアを置き続けたのだ。
そして、アリスが動き出す時には、その信望者であるサウスマギアをつける。
そのために、怪我から復帰したサウスマギアには、その準備をするように頼んでおいたのだ。
今頃、風の精霊に持たせた手紙を見たサウスマギアも、それに合わせて動き出している頃だろう。
「こちらの事は、万事お任せを」
「ええ。後は、よろしく、頼むわ」
アリスが書いた外出届を受け取ると、レヴェルは慇懃に頭を下げてみせる。
そのレヴェルに、笑みを浮かべて返事をするとアリスはルベルの首筋をポンポンと叩く。
それだけの所作で主の言いたい事がわかったのか、ブルッと一言静かに鳴くと、ルベルは一気に駆け出す。
「行ったわね」
静かながら、それでいて一気に加速して走り出したルベルの姿が見えなくなると、レヴェルの横にティアが姿を現す。
「これで、メラーノ側にも大きな痛手を与えられるだろうね」
「アリスが加勢するなんて、誰も予想しないでしょうからね」
肩をすくめて見せたレヴェルに、ティアは笑顔を浮かべて返す。
「まぁ、これで面白くなるんじゃないかな」
「派手になるでしょうね」
「ルシア様もお喜びになるといいけど」
「派手な出し物がお好きだから、退屈はしないと思うわ」
アリスの背中を見送るレヴェルに、ティアはクスクス笑いながらその肩にふわりと手をかける。
「マスターが理解のある人で、よかったわ」
「ちょっとでも歴史を学べば、理解できると思うけどね」
自分の肩をもむように両肩に置いたティアの手に、自分の手を重ねながらレヴェルは笑う。
ルシアとレヴェルが交わした約束。
それはレドナ大陸に戦争を起こし、大陸に住む住人の数を調整すると言うもの。
少し歴史を振り返ればわかる事だが、歴史と言うものは文化の発展と戦争による破壊の繰り返しである。
今までルシア自らが行っていたが、ふと、思いつき、その調整を地上の者に任せて見る事を考え付いた。
その役を仰せつかったのが、歴史を研究していたレヴェルであり、ルシアの考え方に忌避感を覚える事無く賛同したおかげで、協力者としてティアが遣わされた。
世界を統一するでもなく、天下泰平のためでもなく、ただ、レドナ大陸の人口調整のために、女神の仕事に協力する。
戦史研究に明るく、今までの大陸の歴史にくわしく、自分の考え方を理解しているレヴェルなら、代わりに役目が務まるのではないか。
そう考えたルシアは、レヴェルに一任し、すべてを任せている。
アニアト王都の火災による犠牲や、奴隷を使い潰すコストア王国の動きなどで、加速度的に目標数字まで迫って来てはいるが、まだまだ目標は達成できない。
それにレヴェルの上を行く謀が、幾人もの手によって巡っているために計画通りに行かないと言うのもある。
しかし、そのレヴェルの行き当たりばったりの泥縄式の動きも、ルシアの琴線に触れるようで、楽しまれている。
「まぁ、頑張れるだけ頑張ってみましょうか」
犠牲者の数を増やしてくれるだろうアリスの活躍に期待を寄せながら、レヴェルは目標達成後はどうするか、考え始めた。




