093 激突
「サナーレ様。お初にお目にかかる。レデス・フォング・マティソンにございます」
銀に輝く金属鎧を身にまとい、グレーの短髪に鋭い鷲のような眼光をした老年の白い髭を蓄えた男が、橋の袂に兵を揃えるサナーレの前に単騎で現れる。
「その様子だと、我々に協力していただける事はなさそうですね」
ルシア教の司祭を示す青いローブの下に鎖帷子を着込んで、手甲足甲をつけたサナーレは、フル装備で槍を手に持ち騎乗したままのレデスに声をかける。
ティアン川をセラム王国側に渡り、渡った橋の袂で陣を敷いたサナーレ軍は、頑強さを誇るマティソン城に篭らず迎え撃って出たレデス軍と向かい合っていた。
そして、お互いにこう着状態を嫌い、話し合いの場を設けている。
「いかにサナーレ様といえど、そう簡単には参りません。
まして、サナーレ様は王籍を外れ、ルシア教に身を置かれているお方。
いまさら、王位継承を争う事はいかがなものかとおもいますが?」
「私も、そうであればどれほどよかったか。
王位継承のため、叔父上が父を討ったのなら、私もそのまま身を引いていたでしょう。
だが、叔父上は父ばかりか王位継承を放棄している私を襲い、兄弟姉妹を皆殺しにしたばかりか、私と共に神に仕えるルシア教の教徒まで手をかけました。
すべてにおいて中立のルシア教に手をかけるのは、明らかな協定違反。
そんな叔父上に従うわけにはいきません。
私はルシア教徒の同胞のため、王籍を外れていた他の兄弟姉妹の敵を撃たなければならないのです」
「ほう。では、お父上の敵を討ち、自らが王になるつもりはないと?」
「私が王籍を外れている事を考えれば、当然の事」
サナーレは六人兄弟姉妹の末っ子だ。
父の後を継ぐとして王位継承権の高い長兄以外は、みなそれぞれ自分のやりたい事を見つけ、サナーレと同じく王籍を外れて自活している者も居た。
本来なら王籍を外れた元王族が、狙われる事はありえない。
公文書として正式に記録が残されている以上、王籍を外れた者の子孫が王族の名乗りを上げたところで、それは王族として認められない。
だからこそ、王籍を外れた者は王位継承権を失い、その争いに巻き込まれる事はない。
それなのにも関わらず、モンスールはモントロールに繋がる者達を王籍の有無に関わらず、皆殺しにしようとしたそれは本来許されるべき行為ではない。
「それならば、残念ですな」
サナーレの返答を耳にすると、レデスは手に持った金属性の槍を振り回し、唸りを上げさせ風を切る。
「サナーレ様が王籍を外れている以上、兵を率いて我が国に足を踏み入れるは、我が国に弓弾くも同じ事。
モンリール様に逆らう者は、我が槍にて打ち倒させていただく」
「・・・ならば仕方ない」
騎馬の上で槍をしごくレデスを見ると、サナーレは一つため息をついて、同じく馬上で斧槍を構える。
「参るッ!!」
「参られよ。内乱に導こうとする者には、容赦せぬッ!!」
「ハァッ!!」
斧槍を両手に持ち右肩上方に構え、乗っていた馬の腹を軽く蹴るとサナーレは、レデスに向う。
そのサナーレにレデスも向うと、両者の中間点で重く激しい金属音が鳴り響く。
「や、やりますな」
お互いに馬の勢いのまますれ違った両者は、その場で馬首を返すと再び向かい合い、武器を打ち合わせる。
見た目は華奢に見えるサナーレの鋭く強く重い一撃一撃に、槍を振るうレデスは思わずうなる。
お互いに馬の腹を太ももではさみ、不安定な状況であるにも関わらず、サナーレの体は打ち合ってもまったくぶれる事がない。
それどころか、一撃ごとに威力も切れ味も増し、レデスは徐々に受ける事ができなくなり、馬ごと押され始める。
「くッ」
レデスが押されている事を見て、兵士達に焦りが出たのか、マティソン軍から一本の矢が放たれる。
それは、レデスが苦し紛れに突き出した槍と同じタイミングであり、放たれた矢は、まっすぐサナーレの頭部目掛けて射られている。
その放たれた矢を視界の端に捕らえたサナーレは、一瞬の判断で馬の背の上に仰向けに倒れてやり過ごす。
「ぬッ!!」
「くぅッ!!」
馬と背中合わせになったサナーレに向って、力強く放たれたレデスの槍が矢に追随するかのように襲い掛かる。
風を切って迫る槍をサナーレは、仰向けに倒れるときに引き寄せていた斧槍を、自分の腹筋で跳ね上げる事によって防ぎ、その勢いを利用して馬上に体を起こす。
「何とッ!!」
自分の渾身の槍を下から跳ね上げられたレデスは、サナーレの体のしなやかさと強さに驚く。
「甘いッ!!」
驚き、一瞬体の動きが固まったレデスに叫ぶとサナーレは馬の上に立ち上がり、その場で回転しながら斧槍をその相手の脇腹へと叩き込む。
「レデスは、私の前に敗れたッ!!私に従うのを不服と申す者があるなら、私に挑むか、私の前から立ち去れッ!!」
その回転のまま一回転したサナーレは、そのまま馬の上に腰を落ち着け、斧槍をマティソン軍に向かって突きつける。
「我が名は、ハデス。父よりマティソンを任されたものです」
「レデス殿のご子息か。次の相手は貴方か?」
「いいえ。父が敗れたの変えようの無い事実。我々マティソンの民は、サナーレ様に従います」
馬上から叩き落され、地面で呻いているレデスをそのままに、マティソンの軍の中から馬に乗って現れたハデスはサナーレに降伏の意を示すように、セラム王国から与えられた太守の印綬を差し出す。
「そう。未来ある決断に、感謝します」
近寄って来たハデスから太守の印綬を受け取ったサナーレは、その印綬を片手で掲げ、後ろ居た味方の兵達に自分達の勝利を示す。
「待ちなさいっ!!」
味方の歓声に答え、ハデスの方に振り返ったサナーレは、そこで首元に短剣を当てて喉を突こうとしているレデスの姿を見て、慌てて斧槍の柄でその短剣を払う。
サナーレとレデスの距離は離れている。
手に持って首に差し向けていた短剣をその離れた距離から払うと言う、少しでも外れれば怪我を負わせかねない神業のような、繊細な技術を真直で見せられたハデスは目をむいて驚く。
が、そんな相手に構わず、サナーレは馬の上から飛び降りると、がっくりと項垂れたレデスに歩み寄る。
「死なせて下され。サナーレ様。後の事はすべてハデスに任せております。
後は、私がサナーレ様に楯突いた罪を一身に背負い死すれば、すべては丸く収まります」
短剣を打ち払われレデス、そのまま草の茂った地面の上に這いつくばるようにして頭を下げる。
「やはり、自らを犠牲にする事によって、我が祖父に対する操を立てるつもりでしたか。
しかし、我が祖国に忠節を尽くしてくれたレデス殿をむざむざ失うわけには参りません」
額を地面の上にこすりつけるようにして、死を賜ることを願うレデスに、サナーレは眉をひそめて考え込む。
レデスの望みどおり、死を与えることは簡単だが、今までセラム北東部を護り通して来たレデスの知識や能力は捨てがたい。
まだ、将や参謀が不足しているサナーレの部隊だ。
仕える将は、一人でも多く欲しい。
「サナーレ様。矢を射た相手は捕まえき。怪しい奴ぜよ」
どうやってレデスを説得すればいいのか。
考えていたサナーレに、矢をいて逃げ出した相手を猟犬のような勢いで追いかけていったリョウカが戻り、片手にぶら下げた男を見せる。
矢を射掛けられた時に、マティソン軍がわずかに動揺してざわついたのは、サナーレも視界の端に捕らえていた。
そして、矢を射掛けられると同時に、自軍の背後からリョウカが馬に乗って飛び出して行ったのも。
「この者は、我が配下の者ではありません。まして、一騎打ちの最中に手を出すような者は、我が軍にはおりません」
金色の少女の豪腕によって、片手で宙にぶら下げて連れて来られた男の姿を見たハデスは、リョウカに礼を口にするサナーレに、驚いた様子でそう断言する。
一致団結する事によって、長い歴史をつむぎながらマティソンを護って来た者達は付き合いも長く、護りを強化するために信頼できないよそ者はほとんど騎士隊には入れない。
みなが身内であり、ほとんどの者が親戚同士のような密接な付き合いがある。
その中によそ者が混じっていれば、すぐに分かる。
周りの仲間からも同意の言葉を得ているハデスの言葉を信じるなら、そうなのだろう。
「では、その者の処分はこちらでしましょう」
抵抗を試みたのか、全身血まみれになってぐったりしている男を片手で軽々と持つリョウカに合図を出すと、サナーレは男を自軍の陣地に運ばせる。
「レデス殿」
自軍に向かうリョウカの背中を見送った後、サナーレは下馬し、地面に伏したままのレデスの隣に膝をつき、その背に手をかける。
「どうしても死ぬと仰るなら、止めはしません。しかし、どうせ捨てる命なら、私に貰い受けさせてはいただけませんか?
セラムの争いは他国の思惑もあり、これからは激化していく事になるでしょう。
単なる私の敵討ちにとどまらず、叔父と私の覇権争いにとどまらず、多くのこの地に住む者を巻き込んで、今まで類を見ない争いになるでしょう。
その時、私の側にあなたのようなこの国に忠節を尽くしてくれる烈士がいれば、これほど心強い事はありません。
どうか、無駄に命を無くさず、その残りの命をかけ、新しいセラムのために力を尽くしてください」
「・・・この老いぼれに、死に花を咲かせる場所を下されると言うなら、このレデス。マティソンの名を捨て、ただのレデスとして、サナーレ様に御仕えいたしましょう」
武が通ずれば、心が通ず。
お互いの得物を重ね合わせた事で、心の咎が外れたのか、伏していた顔を挙げ、レデスはサナーレの頼みを受け入れる。
「感謝します」
強い意志の光を称えるレデスの眼光を受けながら、官舎の目礼を返すとサナーレは、レデスを称え、地面から助け起こした。




