090 合流
「私が、合流したぞぉ」
「ああ。クラビラ。久しぶりね」
サナーレとリョウカの二人が与えられている私室のドアが勢いよく開き、小熊猫の獣人クラビラが入って来る。
相変わらず眠そうな目付きで、寝癖も付きっぱなしの赤褐色の髪をしたクラビラに、女神ルシアに朝の祈りを捧げていたサナーレは驚いた後、笑顔で出迎える。
「ようやく来たがかえ。だいぶ、時間がかかったがやねぇ」
「おう。私だけなら、早かったんだがなぁ」
ベッドの上でひっくり返ったまま、サナーレの朝の祈りを見学していたリョウカの言葉に、クラビラはむぅっとうなりながら腕組みをする。
「父上が一緒に来ると煩くてなぁ。私だけでは出られなかったのだぁ」
グラゾフが支援してくれる事が決まった時から、援軍が出される事は決まっていた。
そして、その援軍の将は、シルヴィアの妹であり、サナーレと面識があるクラビラが選ばれた。
そこまではスムーズに決まったのだが、クラビラの出征に猛烈に反対する者が居た。
それはクラビラの育ての親であり、養父であるツラガネである。
チーチル子爵家を束ねるツラガネは、それはもうクラビラを目に入れても痛くないほど溺愛しており、異国の地での戦闘に猛烈に反対してきたのだ。
グラゾフ国内なら、すぐにでも助けに行けるが、外国ではそれが難しい。
チーチル子爵家の大事な跡継ぎであるクラビラに何かあれば、後継者がいなくなってしまう。と言うのが、ツラガネの反対理由だった。
それはそうだ。と、シルヴィアは出征させる者を変えようかと、別の兄弟を指名しようとした。
幸いな事に、性欲の塊だった先代王のおかげで、兄弟姉妹には事欠かない。
シルヴィアの先王討伐戦においての少なくない兄弟姉妹が敵味方に分かれて命を奪われたが、それでも生き残った兄弟姉妹の方が圧倒的に多い。
その中から選べば、自分の名代は十分に務まる。
と考えていたシルヴィアだったが、その話を聞いたクラビラが猛反発して来た。
王城の警備で暇を持て余してのんびりしているのもいいが、今回は自分の武力を戦場で披露したい。
リョウカとの激しい一騎打ちを経験して、自分の武力に自信を持ったクラビラは、それを持って活躍したいと考えるようになっていた。
それを披露する絶好の機会を失うわけには行かないと、普段はのんびりとゆったりしているクラビラが、めずらしく激しい抗議をしてみせる。
その意見に押されたわけではないが、元々、クラビラを派兵するつもりで居たシルヴィアは、ツラガネを説得できれば行って良しという許可を出し、今回の出征につながった。
ツラガネは最後まで反対していたが、一緒に行けば良いと言うクラビラの言葉を受けて、子爵家の兵を引き連れて今回の遠征軍の参謀に納まっている。
「えいおっとうでよかったやいか」
「ぬぅ。少しうっとしいところもある」
グラゾフにいた時は、常に訓練として刃を交わしていただけあって、リョウカとクラビラは仲がいい。
平均より背の高いリョウカと平均より背の低いクラビラが並ぶとデコボコだが、お互いにまったく違うというのがよかったのかもしれない。
身分的には平民と貴族、その上、遠い異国人同士だが、そんな事は二人には気にならにようだ。
「私としても、クラビラのように気心が知れた相手が居てくれるのはありがたいわ」
「ああ。あの二人の態度はムカついたき」
クラビラの登場に心底安心したサナーレの様子に、同じものを連想したのだろうリョウカが心底嫌そうな声を上げる。
兵を引き連れてきてくれたクラビラの顔を見て、サナーレが安心したのは、指揮官が増えたからだ。
サナーレがへこんでいるのは、自分に武力以外の軍才がないのもそうだが、イクスラに指揮官候補だと紹介された二人にある。
ダルカルとゴスターの元セラムの部隊長の二人は、サナーレには考えさせられる相手だった。
元々は、グラゾフ南部を攻める部隊を率いていた二人だが、グラゾフ軍とイクスラの部隊に攻められ、現地で降伏し、撤退する自軍からは見捨てられる格好となった。
爵位が低かった二人は、セラム軍に捨て駒にされた。
その事を二人は恨みに感じており、同じセラムの王族であるサナーレには風当たりが強い。
グラゾフに向って兵の派遣については、サナーレのまったく与り知らないところで判断された事であるが、その判断を下したのが、今は亡き父親であるモントロールなのがお互いの溝を深くしている。
実際に兵を率いたわけではないが、失態を大きくする判断をしたのが父親であると言うのは、真面目なサナーレからすれば心苦しく、申し訳なく思ってしまう。
部下に責任を押し付けたり、自分に非がない事をビラにして配るなどと言う事をする指揮官もいるが、サナーレはそんなタイプではない。
自分側に非があると、その事に付いて考えしてまう生真面目さと、優しさがある。
しかし、それが、指揮官に向かないと言われる一番の要因である。
サナーレ本人はもちろんの事、サナーレの心根を知っているクスハやイクスラなどから言わせても、それは軍を率い、人の上に立って指揮する者にふさわしい考え方ではない。と理解している。
サナーレがもし弱く、単なる御輿であるならすべてをまかせても構わないが、実力があり、本人が戦場に出る能力があるならば、戦場で部隊の意思疎通をはかりながら、部隊を引っ張っていかなければならない。
そう成れなければ、軍を率いて戦う事などままならないだろう。
サナーレ自身、いつまでも相容れない部下達との関係に頭を悩ませるわけには行かないのだ。
「だいたい、姐さんを頭にすえようがやのに、文句言う方がおかしいがちや」
「それは、しかたないわ」
怒りをあらわにしてくれるリョウカの言葉は嬉しいが、自分の立場に置き換えて考えてみれば、サナーレとしても理解できる。
自分も戦場に送り出されて見捨てられ、さらに一息ついたところで戦場に送り出した娘の指揮下に追いやられる。
そう思えば、サナーレとしても、二人の自分に対する悪感情はわかる。
しかし、そうだとわかっていても、面と向って、
「従うのは構いませんが、我々の忠誠はイクスラ様にあります。
サナーレ様の指示には従わせてもらいますが、すべてが終わった後は、大恩あるイクスラ様の元に戻らせて頂きたく存じ上げます」
と、言われれば、サナーレとしても、内心、面白くないのは間違いない。
イクスラの参謀であるヴィルドが想定していたよりも、二人のセラム王国に対する悪感情が発露したわけではあるが、そんな不満を抱く相手を上手に扱うのも指揮官の技量でもある。
二人の話をサナーレと共に聞いていたイクスラに、そう言って肩を叩かれたのだが、とてもではないが、今まで人の上に立つ事を望んでいなかった者からすると難易度が高い。
しかし、イクスラの推薦があり、二人の能力に問題がない以上、サナーレがまとめていくしかない。
人を引っ張る事に、迷いや疑問を抱えているサナーレからすれば、戦上手として名高いチーチル子爵家の一党が加勢に来てくれたのは非常にありがたい。
当主であるツラガネとはまだ顔を合わせていないが、王族の娘を引き受け、その娘を立場に左右されずに立派に育て上げた力量を見れば、その人となりが期待できる相手である事は間違いない。
部隊を率いる能力に秀でている者が増えれば、その分不測の事態に備えられるし、最悪、二人との仲が保てなくても頼られる者がいるのは、心情的に楽になる。
リョウカほどではないが、サナーレもクラビラとは良好な関係である事も、ツラガネに期待できると想像できる要因になっている。
「ま、安心しいや。あの二人が文句言うたら、ウチが真っ二つにしちゃうき」
「気持ちは嬉しいけど、それは問題だわ。あの二人はイクスラ様からの借り物なんだから。
いざこざがないようにしないと」
ダルカルとゴスターの二人とは友好的にやっていきたいが、それがうまく行かない可能性もある。
しかし、例えそうだとしても、リョウカの言うとおり斬り捨てるわけにはいかない。
リョウカの気持ちは嬉しいが、その言葉に安易にすがらず、とりあえずはイクスラの言うとおりに指揮能力を磨きながら、二人と和解する必要がある。
「・・・頑張るしかないか」
さっそく仲良く話し込んでいるリョウカとクラビラの二人を見ながらサナーレは、自分が背負わなければならない責任の重さにため息をついた。




