084 援護
「噴水を破壊するなんて。まったく困った奴らだ」
サナーレとの会談を終えた後、シルヴィアは深いため息をつく。
部屋のドアを壊してまで報告に来たクラビラが、何を焦って部屋に飛び込んで来たかといえば、それは別にサナーレが来た事を報告に来たのではない。
ただ、リョウカとの激しいバトルに夢中になり、つい城門の裏にある中庭の噴水を破壊してしまい、正門から王宮内に続く道が水浸しにしてしまったのだ。
王宮を守る城壁の中央を司る正門から、王宮内の内門までの間には篭城に備えていくつもの備えがあり、中庭として区切った広場にある噴水もその一環である。
地下水を利用した物ではなく、錬金術師が創った水生石を噴水の底に埋め込んだもので、何百年単位で水を生み出し続ける効果がある。
噴水を壊したと聞いた時には、水生石ごと破壊したのかと、ひやっとしたシルヴィアだったが、水が吐き出され続けている事を考えれば、問題はなさそうだと一安心した。
ただ、水満たしになっている正門から、王宮の入り口までの広さを片付ける事を考えれば、それはそれで頭の痛い問題ではある。
リョウカと決闘中に噴水を壊して水が吹き上げる様子を見たクラビラは、これは間違いなくシルヴィアに怒られると考え、決闘を打ち切り慌てて報告に来たのだ。
下手に誤魔化したり、隠したりせず、失敗した事を謝りに来る素直さは、間違いなくツラガネの教育がよかったのだろうが、それに付属して問題を起こすのは、姉であるシルヴィアは心配だし、さらに頭の痛い問題である。
「かわいい妹を持つと、あなたも大変ね。シルヴィー」
「お前だって立場的には、同じじゃないか」
「あら。私の妹は、噴水を壊して泣き付いて来ないもの」
からかいの言葉に、じと目で返して来るシルヴィアに、クスハは笑って返す。
しかし、心の中ではクスハも色々思い出し、ため息をつく。
姉であるサラスは、元々人間が出来ているので衝突した事は無かったが、妹二人は、クラビラなどかわいく見えるほどの問題児だ。
まず、姉であるクスハからして問題のある妹とすれば、イクスラだ。
幼い頃から、悪知恵が働くイクスラは、いたずらにかけてはバエンの中で右に出る者はいない。
メイドのベッドの中にカエルを入れる所から始まり、食器棚の鍵をすべて付け替えて食堂を混乱させたり、騎士の籠手の中にゴムを詰めたりとやりたい放題だ。
クスハ自身も、いつも使っていた万年筆をごぼうに豚肉を巻いた物に替えられていて、尻尾の毛の先までそばだったのを覚えている。
母親であるサラディーナから貰った万年筆を使おうとした瞬間のグチャッとした感触は、今でもクスハの手の中に残っている。
あの時は、目が見えず、足が使えないクスハであったが、同情した姉の力を借りて追いかけ、イクスラの尻をいやと言うほど叩いてやった。
そのイクスラを追いかけた結果、それまで不安定だった魔力操作がうまくなり、自分の成長に繋がったのは、クスハとしては業腹ではある。
そのイクスラが起こした最大のいたずらは、母親であるサラディーナが創ったゴーレムを勝手に持ち出し、王都の街中でゴーレム達踊らさせたりと、とんでもない騒ぎを引き起こした事もある。
体長十メートルほどの分厚い胸板を持った人型のゴーレム達が一列に並んで、両手を左右に振りながら王都を練り歩く姿は、ある意味壮観で、堅物である姉のサラスも一糸乱れぬゴーレム達を喜んで見ていたのをクスハは覚えている。
イクスラの場合、相手をよく見ていて、本気で怒らない相手を狙ってやっているし、弱い相手や嫌がる相手には絶対にしない。
だから本気で怒られる事はないし、大きな騒ぎが引き起こされるが、それがコミュニケーションとして許容され、大体の場合、笑って終わらされてしまう。
街中をゴーレム達を踊らせながら練り歩いたいたずらなどは、いまやバエン王都の名物奇祭として有名になり、ゴーレムに仮装した住民達が踊りながら練り歩く祭りと化している。
比較的、生真面目な性格の住人が多いバエン王国の中ではめずらしく派手で馬鹿馬鹿しい祭りとして大いに受け入れられて、住民達のストレス解消に一役買っている。
たまには目も当てられないいたずらをするイクスラも問題だが、末の妹であるアリスも困ったところがある。
幼い頃から暴れまわるのが好きだったアリスは、三歳の頃に面倒を見ようとしていた姉達やメイドを振り切り、壁を突き破って廊下に逃げ出した事がある。
今でも幼いアリスの形に穴が開いた壁は、サラディーナによって記念として残され、大きくなったアリスを大いに辱めている。
五歳の頃には実験棟から逃げ出した大型のグルトンスネークを捕まえて、金属の皮をはいで剥き身にしていたところを追いかけて来た騎士達に捕まり、サラディーナの前に連れて行かれたこともある。
しかし、怒るべきところだが、娘に甘いサラディーナは心配しながらもアリスの武勇を褒め称え、軽く注意する程度で済ませてしまった。
あのせいで、アリスはますます武勇に傾倒するようになったのではないかとクスハは考えている。
最も、甘々な母親の変わりにサラスと、メイド長であったマリーにこっぴどく叱られ、涙目にはなっていたが。
そもそも、五歳児にして蛇の皮をはいで焼いて食べると言う発想をするアリスが、クスハには信じられない。
もし、騎士達の到着が遅れていれば、考え無しのアリス事だから城の中で火を出していたかもしれない。
それでなくても、アリスが元気に駆け出せば、どこかが壊れ、誰かが跳ね飛ばされて怪我をするのだ。
キエナに限らず、それを知る者が無邪気に物を破壊するアリスを恐れるのは不思議ではない。
アリスをコントロールして見せた姉のサラスや、メイド長だったマリーの手腕に、クスハは畏敬の念を抱かずにはいられない。
サラディーナにも、もちろん尊敬の念を抱いているのは間違いないが、やはり、心から尊敬できると胸を張って言えるのは、残念ながら母親より、姉と元メイド長の二人に軍配が上がる。
他国の人間の寄り集まり所帯であるアリスの部隊には、不安が付きまとう。
そういう意味では、アリスの下にブレーキ役になりえるマリーが行ったのは、一つの改善点であるかもしれない。
「おい。クスハ。どうした?」
「ああ、いえ、なんでもないわ。サナーレをどうしようかと思ってね」
意識が姉妹の関係性に向き、物思いにふけっていたクスハは、シルヴィアに肩を叩かれ、我に返る。
「サナーレを援護するのか?」
「それはもちろん。セラム征伐の大義名分ができてるのよ?これを利用しない手は無いわ
それにせっかく後輩が、先輩を頼ってきたのよ。
何とかしてあげたいと思うものじゃない?」
サナーレが暗記していた文章を書いたアンフェルの言うとおり、王族であるサナーレがいれば、いまやセラム王国の実権を握りつつあるモンスールに対抗できる。
まだ、サナーレの父親であるモントロールの基盤も押されながらも、まだ残っているため、それを利用すればこちらが有為に戦える。
ただ、相手が非公式とは言えメラーノと同盟を結んでいるため、バエンとメラーノの不可侵条約を破棄する必要がある。
そのあたりは、サラディーナとサラスと通信を繋いで話し合えばいいだろう。
いざともなれば、非公式な同盟である事を利用して、メラーノとモンスールの同盟関係は知りませんでした。公式に発表していないそちらが悪いのではないでしょうか。と、言い逃れる事もできなくはない。
どっちにしろ、それをするなら、バエンの南側を固めてからになるだろうが。
それをするなら、サラスか、それに代わる相手を南側に送る必要が出てくる。
調子いいバエンだが、人手が足りないのだけが大きな泣き所だ。
四姉妹は優れているが、四姉妹に次ぐ者がいない。
教育はしているが、手が足りないのが実情だ。
「後輩ねぇ」
「何かしら?言いたい事があるならはっきりとどうぞ?」
明らかに、相手が利用できるものは利用しようと言う思考回路の持ち主である事を知っているシルヴィアは、クスハにうろんな目を向けるが、それは強い返しの言葉で遮断される。
「サナーレの扱いはどうする。グラゾフで預かるか?」
「イクスラに任せるわ。あそこならセラムに近いし、あの子ならうまく周囲から切り崩してくれるわ」
クスハとの言い争いには勝てないと思っているシルヴィアは、すぐさま方向転換をし、後輩の身の置き所をどうするか尋ねる。
そのシルヴィアの質問には、元々セラム攻略を任せようと話していたイクスラの名前を挙げる。
「都合よく行ってくれればいいけどな」
「そうなるようにするのよ。まぁ、後はサナーレの頑張り次第ね」
いまでもせっせと周囲の貴族達に根回ししているだろうイクスラの姿を思い描くとクスハは、妹がうまくサナーレを引き回してくれる事を願った。




