082 無双
「・・・どうやら、アンフェルの言うとおり見たいね」
タートルの静養の後、アンフェルと別れたサナーレは、リョウカと共に目的地のサゴンの港町、ではなく、そこからグラゾフ側に外れた漁師町に来ている。
サゴンに向えば、おそらく叔父であるモンスールの手の者が待ち構えている。
そうアンフェルに指導されていたサナーレ達は、サゴンを避け、そこから離れた漁師町へと足を向けていた。
アンフェルの案では、ここで漁師に船を出してもらい、海岸沿いに進めば海の上から国境を越える事ができ、グラゾフにたどり着ける。
その提案を受け入れたサナーレは、こうして漁師町に来て、漁師の誰かを雇おうとしているのだ。
「船。船。どれがええがかの。ウチは速いんがええがよね」
「そうね」
円月刀を担いだまま、変な節回しで陽気に歌っているリョウカに苦笑を浮かべたまま、サナーレはとりあえず船が並んでいる海辺の方に向かう。
雲ひとつ無い晴天のおかげか、青い海はかげりの無い日の光に照らされ輝き、穏やかな波を寄せ返す。
そんな和やかな雰囲気がよかったのか、サナーレ達の交渉はうまく行き、船をグラゾフの沿岸まで出してもらえる事になった。
サゴンの港町からグラゾフ国の港町までの海域のルートには大きな潮流があり、小さな船では潮の流れに負けてしまい、グラゾフ側にたどり付くのは難しいが、海岸沿いに行けば潮の流れの影響は受けにくい。
唯一欠点があるとすれば、海岸沿いに行けば“魔獣”達に襲われる可能性がある。
その“魔獣”達の相手は、サナーレ達がすると言う事で漁師の一人を説得し、金貨二枚の報酬で引き受けてもらえた。
金貨二枚ともなれば、普通の漁師なら二、三年は遊んで暮らせる。
もちろん、“魔獣”に襲われた際の船の補填の代金も含まれているが、サナーレ達が“魔獣”を倒すか、もしくは運よく“魔獣”達に襲われないですめば、漁師は金貨を丸儲けできる。
わりとすんなり話がまとまったので、サナーレはホッと一安心する。
アンフェルが言うとおり、早朝の漁期の時間を割け、少し高めの料金を設定したのがよかったのだろう。
神殿に入って人目が無く、さらに自分の容姿に頓着しないサナーレは気付かなかったが、共に連れているリョウカは人目を引く美少女であり、サナーレ自身も周囲の羨望集める美女である。
そんな二人に頼まれて、断れる男はあまりいない。
アンフェルはそのあたりも織り込んでいたため、二人にはさほど難しくない交渉だろうと助言していた。
そんなアンフェルの読みどおりに、二人の容姿に陥落した体格のいいよく鍛え上げられた若い漁師の案内に従い、海辺から船を押し出し、サナーレは船上の人となる。
「“魔獣”が出たっち大丈夫やき。ウチがパッパッと退治しちゃうき安心しいや」
寂れてはいないが、小さな漁師町のわりには大きめの船は、長物の武器を使う二人の得物を置いても余裕があり、中心にある帆を境に三、四人は座れる大きさがある。
先頭部を警戒するために前に座ったサナーレに向って、後ろを警戒するために船の後部にいるリョウカが、慎ましい胸を叩いて“魔獣”退治を請け負う。
サナーレは知らなかったが、ジーデビー出身者は海の“魔獣”を狩る技術に長けており、大きな商船ではジーデビー出身の傭兵を優先的に雇う事があるらしい。
二人の容姿にたぶらかされた漁師の男でもそれを知っており、リョウカがジーデビーの出身である事も二人を運ぶ事を了承した理由でもある。
「お。何か来ゆで?でかい船みたいやけんど。わっ!!」
しばらく海面をゆらりゆらりと風に乗って進み、セラム王国とグラゾフ王国を隔てるティアン川の河口に来たところで、リョウカが後ろから近づく大型船に気付く。
近くにサゴン以外、大型船が止まれる港がない事を考えれば、恐らくそこから出てきてであろう。
大型船でありながら、数十本の櫂を持つガレオン船とガレー船を足したような船は、明らかに漁師の船に向って来る。
その大型船に気付いたリョウカが目を凝らして見ようとするのと、相手から球体の炎の魔法が飛んで来るのが同時だった。
幸いな事に射程圏内に捕らえているわけではなく、牽制と言うか警告と言うべきかの火球は船の真横に落ち、派手な水しぶきを上げる。
サナーレ達は当然知らない事だったが、モンリールの部下達は、サナーレが来る事を警戒して見回りをしていた。
それは陸上のみならず、海上も行われ、その海上の見回りに運悪く引っかかってしまったのだ。
「あの船から逃げられる?」
「向こうの方が足が速い。逃げ切るのは無理だ。って、言うかあれは軍船だろう。
あんたら何やって追われてるんだよッ!?」
「残念だけど、私が何かしたわけじゃないわ。向こうが私を追ってくるのよ」
炎の魔法に続いて放たれた矢を斧槍で素早く払い落としながらサナーレは、突発的に起こった遭遇戦に驚いている漁師の男に冷静に答える。
少しクスハ寮長のような切り返しだったな。と、考えながらサナーレは周囲を見回す。
数キロの幅があるティアン川の河口まで来ると、川の水量が多く、川の流れに逆らって上がると言う事は難しい。と聞いている。
確かに、下流であるのにもかかわらず、まるでそこから沸きあがっているかのように白い水泡を上げながら海水を押し返している川の流れを見ると、これを上流に向って遡るのは難しいと分かる。
それどころか、河口に近づけば間違いなく沖まで押し流されるだろう。
風向きは良好ではあるが、それは同じ向きに進む以上相手にも有効に働く。
船が大きく、風を受ける帆の大きさも数も大型船の上回っていて、相手の方が船足は速い
それは見えている船の船影が大きくなっている事を考えれば、よく分かる。
「このまま追いつかれるようなら、一戦交えるしかないわね」
「お。一戦交えるやったら、ウチが相手に一泡吹かせちゃうで?」
このままでは逃げ切れないとサナーレが覚悟を決めたところで、あっけらかんとしたリョウカの声が響く。
「頼める?リョウカ?」
「ウチに任しちょき。“魔獣”達のえさにしちゃるき」
特に気負った様子も無く、自信ありげに笑顔を浮かべるリョウカの様子に、サナーレは無理をしている感じはない事を見て、大型船の相手を任せる。
そのサナーレの言葉に、拳を突き上げて返事を返すとリョウカは鱗の鎧を着たまま、海の中に飛び込む。
「あ。おい。あいつ。大丈夫なのか?」
「・・・リョウカに任せるしかないわ」
逃げ切らないと自分自身もどんな罪に問われるかわからない漁師の男が必死に船を操船するのを見ながら、サナーレは海の中に身を沈めたリョウカの事を信じて待つ。
相手方からもリョウカが海に飛び込んだのが見えたのか、同じように三人の男が海の中に飛び込む。
しかし、それほどの間もなく、飛び込んだ男達は血塗れになって浮かび上がり、サナーレの心配が杞憂であった事を示す。
浮かび上がった男達は、海に飛び込んだ時とは違い、臀部に長い緑のトカゲの尻尾のようなものがあり、全身も緑色の鱗に覆われている。
おそらくリョウカと同じジーデビー出身の龍人だったのだろうが、その能力には大きな開きがあったようだ。
「おい。船が」
水の中では、リョウカは無双のようね。と考えていたサナーレの前で帆を操作していた漁師の男が、追って来ていた大型船を指差す。
「リョウカがやってくれたみたいね」
漁師の男に指差された大型船は、真ん中から真っ二つにへし折れ、そこから海中に勢いよく沈んでいく。
浮力を失い、一気に水が船内に入って来れば、船は沈むしかない。
どんなに泳ぎが達者な者でも、沈没する船の勢いが早ければ、その勢いに飲まれて助からない。
船に乗っていた者達も、ほとんどが海面に顔を出さずに海中に沈んでいる。
「プハー。ここは潮の流れが速いちや。危うくウチまで流されるところやったき」
沈んで行く大型船を見送っていたサナーレ達の船のへさきに手がかかり、リョウカが顔を出す。
「よくやってくれたわ。リョウカ。ありがとう」
「ええちや、ええちや。ウチは自分が出来る仕事をしただけやき」
海中に入る時はそうなるのか、普段よりも金色の鱗に全身を覆われ、普段は見る事がない金の尾が生えているリョウカを船の上に引き上げると、サナーレはその健闘をたたえる。
サナーレの言葉に照れたように、濡れた金色の髪を指ですきながらリョウカは笑う。
愛らしい姿にサナーレは、珍しく満面の笑みを浮かべると、船に座ったリョウカの濡れた頭を撫でる。
そんな信頼を深める二人を乗せたまま、漁師の男が操る船はグラゾフとセラムの国境を海の上で越えた。




