077 理由
「素晴らしい申し出だとしても、あなたにそれが出来るのかしら?」
自分の手から取り返し、内容に不備が無いか、再度、親書を確認しているシルヴィアを尻目に、閉じたままの瞳を澄ました顔で座っているサナーレに向け、クスハは何かを確認するかのように尋ねる。
「わが叔父モンスールは、隣国メラーノと手を結び、我が父を討ちました。
それだけにとどまらず、わが兄弟を手にかけ、私が籍を置く神殿にまで手をかけました。
私は、父の敵討ちを大義名分とし、叔父を討ち、王族の末席に連ならぬ者としての責務を果たしたいと思います。
私が立てば、父方の貴族は手を借してくれる手はずとなっており、隣国と結び、セラムを食い物にしようとする叔父を掃除し、必ず、セラムを取り返し、その上でバエン、グラゾフの両同盟の下位に収まりたいと考えます」
「ふむ」
準備をしていたのだろう。すらすらと文章を読み上げるように口にするサナーレに、クスハは一つ頷く。
「思います。考えます。の、決意表明ではなく、あなたにそれが出来るかどうか聞いているの」
「・・・それは」
明確な答えを避けたサナーレに向って、クスハは詰問するかのような口調で言葉を続ける。
「もちろん。できないのでしょう?だからこそ、あなたはここにいるのだから」
「・・・」
苦虫を潰したような表情をして言葉が続けられなくなったサナーレに対し、クスハは頭の上にある狐の耳をぴくぴく動かしながら、自分の推論を並べていく。
「そもそも、貴方が本当に父方の貴族を糾合できるのであれば、ここに来る必要はないのよ。
父方の有力貴族の元に行き、そこで兵を集め、雌雄を決せればいい。
貴方が国境を越えて、シルヴィアに手助けを求めると言う事は、あなたの状況はマイナスなのよ。
本国では、誰の支援も受けられない。
それを解決するために、こんな物を用意したのでしょう?」
シルヴィアが手に持っている、恐らく偽造された物である親書を指差し、クスハはサナーレの返答を待つ。
「・・・さすがは、クスハ姉様。厳しいですね」
しばらくこちらを睨みつけるような目で見ていたサナーレだったが、こちらの威圧にまったく動じた様子のないクスハに深いため息をつくと、がっくりと項垂れる。
「問い詰め方が昔のままですね。寮で規則違反をしていた子達を追い詰める様子を思い出しましたよ」
「シルヴィーが、昔どおりの先輩、後輩の関係で行こうって言ったから。
昔を思い出してみたのよ」
「・・・クスハ姉様も、シルヴィア姉様のように単純だと助かったのですが」
「シルヴィーはそれでいいのよ。おおらかなのも王に必要な素養よ。
見習いなさい」
項垂れたまま、降参の感情を含んだ諦めの視線を向けて来るサナーレに、クスハは貼り付けた笑みではなく、本当に笑みを浮かべて返す。
「おい。二人供。私を馬鹿にしてないか?」
「まさか。シルヴィーは王にふさわしい人材だと言っているのよ」
二人の会話を聞いて憤慨するシルヴィアに、クスハが楽しそうになだめてほめる。
「まったく、クスハは相変わらず、底意地が悪いな」
「ひどい言い草ね。その意地の悪い相手に寄りかかっているのは誰かしら?」
「う」
出会った頃から変わらず、意地の悪い物言いで攻めて来るクスハに、シルヴィアは引きつった表情で両手を上げて降参の意を示す。
「それで、サナ。セラム攻略の計画を立て、明確な作戦を貴方は実行できるの?」
いつも通りのじゃれあいを終えた後、クスハは改めてサナーレに目を向ける。
「・・・兵と資金を借り受け、味方を増やしていけば、おのずとセラムは手に入る」
「貴方一人では無理ね。貴方は確かに人をひきつける魅力を持ち、人並みはずれた武力を持つけど、貴方一人では、セラムを落とす事はかなわないわ」
「それでもッ!!」
「おうぅ」
クスハの並べる正論に耳を傾けていたサナーレだったが、突如、立ち上がると、両拳をテーブルに叩き付ける。
その一撃にシルヴィアは驚きながらも、慌てて跳ね上がったテーブルが倒れないように支える。
「私はやらなければならないのですッ!!私のために犠牲になった者達のためにッ!!私を逃がすためにその身を捧げてくれた者達のためにッ!!
私がやらなければ、私が自分でやらねば、その者達に義理が果たせないッ!!
彼ら、彼女に報いるためにも、私が、私がっ」
「・・・若いわね」
シルヴィアがとっさにテーブルが押さえてくれたおかげで、直撃を免れたクスハは、テーブルに拳を叩き付けたまま感情をあらわにするサナーレの姿にため息を漏らす。
よほどつらい逃亡劇であったのだろう、声を震わせて、血が出るほどに拳を握り締めるサナーレに、クスハは普段とは違う穏やかな笑みを浮かべ、怒りと悲しみに震える手に自分の手を重ねる。
「・・・何があったのか話してみなさい。セラムで何が起こり、貴方の身に何が起こり、貴方が何故ここに来る事を決めたのか」
「・・・クスハ姉様」
「貴方は昔から頑張り屋で、何でも一人でこなしたがる子だったわ。
でも、何でも一人でやる必要はないのよ。
貴方は、すべて失ってしまったと思っているかもしれないけど。
ここには、シルヴィーもいれば、私もいる。
貴方の判断は決して間違っていないわ。
貴方も私達なら頼りになると思って、ここに来たんでしょ?
先輩に頼りなさいな。
貴方の力に、私達はなれるはずだわ。
私達を信じて、何があったのか、話して御覧なさい」
サナーレの両手を優しくなでながらクスハは、優しい笑顔を浮かべたまま、親しみのある口調で穏やかに話しかける。
「そうだ。涙を拭け。サナーレ。お前に涙は似合わん。
お前は気付いていないかもしれないが、私の妹が飛び上がるほど殺気を撒き散らしてるぞ。
昔のお前のように、冷静さを取り戻せ」
サナーレの姿を城門前で見かけ、慌てて、ノックもせずに気勢を上げながら部屋に飛び込んで来た妹の姿を思い出して笑うシルヴィアは、ワンピースのドレスのポケットからハンカチを取り出す。
「シルヴィア姉様」
シルヴィアが差し出すバラの刺繍が施された絹のハンカチを受け取ると、サナーレはそれで涙を拭き、呼吸を整える。
「・・・わかりました。お二人には、正直に話します」
二、三度、深呼吸をして呼吸を整えた後、サナーレはクスハに片手を握られたまま、数週間前の出来事を話し始めた。




