076 セラムの司祭姫
城付きのメイドに通された部屋は、申し訳ない程度に飾り気があるだけで、王宮であるにもかかわらず、殺風景と言う言葉が似合う。
その部屋の様子を見て、サナーレはシルヴィアらしいという感想を持つ。
ルシア教の司祭に与えられる青いローブを身にまとったサナーレは、セラム王国出身のエルフである。
やや先端のとがった耳に、褐色の肌、雪のように白い髪を腰まで伸ばし、エルフにしては長身で、緩く幅のあるローブに隠された体は、鍛え上げられ、女性としての丸みと柔らかさを残しながらも引き締まっている。
そんな殺風景な部屋の窓から、部屋とは違い、良く手入れされた見る者の眼を楽しませる中庭を眺めていたサナーレは、風の流れが変わったのに気づくと、ドアの方に顔を向け、頭を下げる。
「セラムからの使者とは聞いて驚いたが、まさか、本当にサナーレ本人とはな」
「お久しぶりでございます。シルヴィア姉様。いえ、今はグラゾフ国王と御呼びした方が?」
陽気な声を上げながら部屋に入って来たグラゾフ王シルヴィアに声をかけられると、サナーレは青いローブのすそを払い、片膝を付いて深く頭を下げる。
「よい。今は謁見などと言う肩苦しい場ではないからな。たんなる先輩と後輩の間柄で行こうじゃないか」
頭を下げたサナーレに鷹揚に頷くと、白いドレス姿のシルヴィアは、緑の髪を二つに分けたツインテールを揺らしながら、威厳を見せるように答える。
「クスハ姉様もお変わりなく。と、言うよりも、ずいぶんご活躍のようで」
シルヴィアと一緒に、メイドに車椅子を押してもらいながら部屋に入って来たクスハに、サナーレはセラム王国の名所として知られるアスル湖思わせる青い瞳を向ける。
「あら。ご挨拶ね。サナ。元寮長には敬意を払うものではなくて?」
目は口ほど物言う。と言う言葉を実践しているかのようなサナーレの視線を受けながら、閉じた瞳のまま、クスハは視線を向け、笑みを浮かべて返す。
サナーレは、シルヴィアとクスハにとっては、アニアト王国留学時代の三つ下の後輩であり、親しくしていた間柄でもある。
同じ寮の中で生活していたため、特に親しく、古きよき時代の名残である、寮の先輩は姉のように後輩に接し、後輩は妹のように先輩を慕うという不文律に従い、本当の姉妹のような付き合いがあった。
義理堅く、上からの指示に素直に従うサナーレは、クスハ達からも受けが良く、問題も起こさない面倒を見やすい後輩として扱われていた。
その上、高い身体能力を持ち、同級や後輩達から受けが良かったサナーレは、上級生と下級生をつなぐパイプであり、緩衝材としての役割を務めている。
クスハやシルヴィアは、そのサナーレの人間性と類まれな武力、他人との軋轢を解消させる手腕を買っており、共に配下に来ないかと勧誘した。
しかし、サナーレは誰からの誘いも断り、ルシア教の神殿に入り、書記官として、ルシア教の教えや、歴史書を編纂する仕事に就いている。
自分の誘いに乗って来なかったサナーレに思うところがあるクスハは、少し、意地悪な口調になる。
「十分な敬意を払って対応しているつもりですが。クスハ姉様」
そんな含む所のある口調にはまったく関心を示さず、いつも通り、笑みを貼り付けているクスハに、再度頭を下げると、サナーレも笑みを作る。
クスハがシルヴィアの協力者として、グラゾフ攻略に尽力してであろうことは、クスハを知る者なら容易に理解できる。
クスハ本人は、サナーレの活躍と言う言葉に反感の意を示したが、それが本心ではないと理解しているサナーレは、平気な顔をして答える。
その様子を見ながら、シルヴィアはサナーレに席に座るように促し、サナーレも素直に従う。
そして、同じテーブルに三人が向かい合って座り、お互いに目を向ける。
「それで、今回の用事は何だ?お前は、神殿に入ったのではなかったか?」
「はい。ですが、お二人に提案したい出来事が出来ましたゆえに」
クスハほど、サナーレの勧誘失敗を気にしていないシルヴィアは、言葉通り、学生時代のような明け透けな口調で後輩に向う。
「ほう?提案?それは、私達が気に入るものなのか?」
「もちろん。これ以上に無い提案です」
話はすべてシルヴィアに任せているのか、一言も発せずに笑みを浮かべたまま二人を見ているクスハを横目に、サナーレは足元においていたカバンから、セラム王国の紋章が描かれた親書を取り出す。
「こ、こ、これはっ!!?」
無造作に受け取り、何気ない様子で親書を開いて中を見たシルヴィアは、全身で驚きを表現し、イスを後ろに蹴倒しながら立ち上がる。
「・・・なるほど。これは、大きな提案ね」
手に持って広げた親書を持ってワナワナ震えるシルヴィアから、上手に新書を奪い取ったクスハは、文章に指を這わせ、その内容に眉をひそめる。
「セラム一国。姉様方に進呈いたします」
驚きをあらわにする二人に、獰猛な笑みを浮かべると、サナーレは左手で右手を包むようにして頭を下げた。




