075 報告書
「それが、アニアトからの報告書か?」
「そうよ。うまく乗せられてくれたみたい」
手に持っている報告書を覗き込んできている様子のシルヴィアに、クスハは笑って答える。
クスハとしては別に送ってきても来なくても問題はなかったのだが、アリスの言うとおり、仕事のできる律儀な男と言う事らしい。
「丁寧で分かりやすい報告書だ。状況が手に取るようにわかるし、その場の光景が見て取れるようだな」
クスハが渡してくれた報告書を食い入るように見たシルヴィアはそう感想を漏らし、報告者をほめる。
確かに、シルヴィアの言うとおり、報告書を読めば、状況が目に浮かび、音や匂いなどを含めて、その場の惨劇が五感で感じられる。
報告書なのに、優れた文豪のような付加価値が付きそうな文章には思わず感動を覚える。
シルヴィアが驚きと共にそういう感想を口にしても不思議ではない。
「妹の部下なの。あの子にはもったいない部下だわ」
「この、レヴェルと言う男か?この男をバエン王に推薦したのか?」
「ええ。なかなかの能力にくわえて、素晴らしい加護を得ているの男よ」
「加護?精霊王と契約している者は、アルフレッドとか言う奴以外聞いていないぞ」
「さぁ。その辺の事は良く分からないけど」
さすがに信頼するシルヴィアと言えど、すべての情報を解放するわけにはいかない。
クスハとしても、与えていい情報と悪い情報がある。
絶大な信頼を寄せてくれるシルヴィアには悪いが、クスハもバエンの家の者として、線引きしなければならないところもある。
「クスハの情報は、頼りになるのかならないのかわからないな」
「情報は、精査して初めて役に立つの。情報が出揃って無ければ判断できないわ」
シルヴィアの私室にて話す二人は、会話が途切れると、ほぼ同時に紅茶に口をつける。
情報を隠している事は後ろ暗いが、わからないと言う意見に対して冗談交じりに好意的に返してくれるシルヴィアの存在はありがたい。
「それで、バエンとしてはコストアに文句をつけるのか?」
回復したサニトナから追加された情報によると、アニアトの宝物を奪い、王都に火をかけたのはコストアの兵士達であり、サニトナも含めてセルシスも襲われた側だ。
セルシスも王都で焼け死に、サニトナは九死に一生を得て生き残った。
アニアトの宝をコストアから奪い返さないといけない。と、サニトナが言ってきているので、コストアと再交渉する必要があるかもしれないと報告書は締められている。
「セルシスの暴走が原因じゃないとわかっても、外交問題にすることもないでしょう。文句をつけられるのは、セルシスが生きている時よ」
「なるほどなぁ」
アニアトとの停戦交渉は終わり、国境線の線引きも終了している状態では、文句のつけようも無い。
それにコストア側は、セルシスの暴走として謝罪している。
バエン側は、その謝罪を受け入れた上で条約を締結している。
現段階では、バエン側にコストア側に文句をつける理由はない。
いかにアニアトの財宝を奪われたとサニトナ個人が文句をつけたところで、何の証拠もなく、国同士の問題にする事はできない。
あるとすれば、セルシスとコストアがもめ、そこに介入できるならどうにかできるかもしれないが、今のバエンにその余裕はない。
アニアトの占領を完了しなければならないし、バエン内の編成も新しくしなければならない。
その新規の編成のために、クスハはレヴェルに報告書を求め、バエンの王都から追い出した。
母であるサラディーナを研究に集中させてあげるためには、バエンの安定が必要になる。
そのためには、姉であるサラスに王都を掌握してもらい、王国の権力を一手に引き受けてもらう必要がある。
サラスの配下は、クスハの目から見て頼りない。
一部隊の配下ならそれでもいいが、国の中枢を支配するならもう一段階レベルを上げてもらう必要がある。
しかし、それはなかなか難しい注文だ。
サラスの配下には、自分のように頭が切れる者もいなければ、妹のイクスラのように他人を操る能力に長けた者もいなければ、アリスのように武力に長けた者もいない。
姉を信頼していないわけではないが、クスハは心配なのだ。
姉の配下の能力不足を。
確かに、平均値を超えている者は多いが、それ以上でもそれ以下でもない。
一官僚としては優秀でも、一国の采配を任されるにはかなり物足りない。
だから、アリスの部下で、能力の高いレヴェルにバエンの王都に居座られると困る。
レヴェルがサラスの部下なら困る事はない。
だが、妹の部下である。となると、いざと言うときに困る。
可能性は低いだろうが、アリスがもしサラスに反旗を翻すとなると、その部下の能力には大きな差がある。
すべてを見通すように味方を支援するレヴェルに、部隊を思うように動かすエマーリア。
強大な加護を持つアルフレッドに、つつがなくアリスの意思を部隊に反映するリーヴェリッタ。
部隊指揮官として優秀なサウスマギア、ホルスト、カロッサなど、優秀な者が揃っている。
そして、そのほとんどが他国の者で構成されている。
平均的に見れば高水準なバエンの人材だが、突出した能力の持ち主はほとんどいない。
兵士達はバエンの人材だが、アリスの下で働いている以上、どちらに付くかはわからない。
その家族は王都にいるので、人質代わりにはなる。
しかし、レヴェルが王都にいたのでは、どんな手を使われるか分かったのもではない。
人質解放のために動かれたり、内部の不満分子を集合させ、内側からアリスの援護をするかもしれない。
そのため、報告書作成のためとかこつけてレヴェルを王都から追い出したのだ。
クスハがバエンの王都にいれば、どうとでもなるが、今はまだグラゾフを回復させ、シルヴィアを支えていく必要がある。
サラスには、王都でしっかり地盤を固めてもらい、次期王としての力を蓄えて欲しい。
それに、元々、アリスがアニアトで勢力を広げ、コストアと戦うためには地盤を固める必要がある。
その手伝いもあれば、容易に王都からその重い腰を上げるだろうとクスハは、レヴェルを推薦したのだ。
クスハは、姉妹の中で一番危険なのは、アリスだと思っている。
妹がかわいくないわけではないが、姉であるサラスに匹敵するカリスマを持ち、誰よりも突出した戦闘力を持つアリスが部下であるのは、為政者としては危険を感じる相手である。
戦場で目立つ周囲から隔絶した戦闘力というものは、誰の目から見ても分かりやすいシンボルになりえる。
アリスにその気が無くても、周りの者が担ぎ出せばサラスと対決する事になりかねない。
レヴェルにいたっては、アリスが望めば、すぐさまアリスをバエンの王に座らせるために画策を始めるだろう。
それを危険視していたクスハは、アリスに取り込まれない、アリスを恐れているキエナを側に張り付かせていたのだが、サラス自らの意見で切り離されてしまった。
エルズに、どこまでアリスをコントロールする事ができるかわからない。
家族もバエンという国家もアリスに甘い環境が、クスハにとっては危険であると捕らえられる状況なのだ。
「それで、クスハはどうするつもりなんだ?」
「報告書は、報告書よ。意見は参考にさせてもらうけど、それをどうするかはバエン王の見解に従わないと。
でも、まぁ、もうすぐ忙しくなるから、そんな事も言ってられないけどね」
「何?どういう事だ?」
口元を紅茶で湿らせるクスハの言葉に、シルヴィアが首を傾げるのと同時に、
「大変だぁッ!!姉御ッ!!」
という大声と共に、私室のドアが破壊された。




