070 魔族
「面白い事になってきましたよ。アイネ様」
「何で勝手に入っているのよ?」
バエン側との交渉の要件を部下達とまとめ、一休みと自分の部屋に戻って来たアイネは、そこで待っていた相手の姿を見てげんなりした表情を浮かべる。
待っていたのは、黒いマスクに整ったボディラインをこれでもかと見せ付ける服を着た女。
クレリア率いる暗部の者達の一人である。
勝手な行動をしたセルシスのお目付けとして影から見張っているはずなのだが、良くアイネの部屋を訪ねて来る。
目の前の女が暗部の者とは知らないが、相手が只者ではない事はアイネは理解している。
相手を見た目で判断するような者は出世できないし、それはコストア王国では特に顕著だ。
才能があれば、性格に問題があろうがなかろうが抜擢されるのがコストア王国だ。
逆に考えれば、奇抜な格好で歩き回れて自分の存在をアピールできる者は、それなりの実力者とも取れる。
「それで、何の用なの?これでも私は忙しい身なんだけど?」
顔が小さく、背もすらりと高く、体のメリハリも自慢げに効いている女の横を通り抜けると、アイネは自室のイスに腰をかけ背もたれをきしませる。
実際に、アイネは忙しい。
バエン王国とのアニアト王国の分断交渉のために部下の尻を叩き、交渉を粘らせ、アニアトでの取り分を少しでも多く引き寄せるための計画を実行している。
元々は、コストア側はアニアトの領土に五分の一程度しか食い込んでいなかったが、アイネの粘りによってサラス軍の侵攻から領土を掠め取り、五分の二まで押し込んでいた。
しかし、アリス側の抵抗を叩き潰す猛攻に合い、それ以上は侵攻できていない。
アニアト北部では引き分けより押していて、南部ではアリス軍に噛み付かれ、こっちが逆に振り回されている。
相手の隙を突く、相手の侵攻の影を突く、こちらがどんなに兵を伏せていても、まるでこちらがどこに潜んでいるのか、どこを狙っているのか分かっているような動きを見せられ、叩かれる。
このまま粘り続けてもこちらが叩かれる可能性もあったはずなので、正直バエン側から申し出られた停戦条約はアイネからしてもありがたい申し出だった。
後は、交渉でも粘り、少しでもいい条件で折り合いをつけるだけだ。
「セルシスをつけていて、面白い物を見つけたのですよ」
「セルシスを?」
座ったアイネのイスの肘置きにもたれるように座った女が、顔を近づけてくるのを鬱陶しく感じながらアイネは、危険な名前を聞いて眉をひそめる。
相手をするのが面倒臭いため、戦闘が続くアニアト王都へ送り込んだセルシスを女達が付け回しているのは知っている。
何かきっかけがあればその命を刈り取る事を使命にしている女が、面白い物と言えば、セルシスを狩るにふさわしい何かが見付かったと言う事だろう。
「アニアト側から魔道具の提供を受けたようです」
「魔道具を?なるほど。懲りてないって事ね」
耳元で囁くように話す女の言葉に、アイネは苦虫を潰したような表情を取り、視線を隣の女に向ける。
「それで、どうするつもり?」
「アニアト王都は、いりますか?」
「は?」
女からの質問に、アイネは思わず聞き返す。
顔の上半分を覆う仮面をつけ、露出している朱を指した口元が怪しく歪んでいる女の発言は、聡明で知られるアイネでもさすがに理解できない。
「いらないなら、燃やしてしまおうかと。それに付きまして、要らない部下や処分してしまいたい部下などがいれば一緒に片付けてしまおうかと思いまして」
「なるほど。セルシスにすべて押し付けるわけね」
部下を燃やすと言う発言を聞いて、アイネも理解する。
どういう手を使うかは分からないが、セルシスと共に邪魔な相手を王都ごと焼き払ってしまうつもりなのだろう。
確かに現状、荒廃が続いているアニアト王都など必要ない。
アニアトの貴族同士が泥沼の戦いを続けているせいで建物は破壊されているし、王都の住民の多くはもう外に逃げ出している。
残っているのは、戦闘を続けている貴族か、逃げ出す事もできない貧民達か、王都に住む事に固執する頭の固い住人達ぐらいしかいない。
バエンも、もちろん、アイネ側も、会議では復興や住民達の手当てに費用がかかる王都を押し付け合っている。
お互いにとんでもない不良債権であると分かっているため、引き取りたくないのだ。
「バクスターがいいわ。奴なら死んでくれてもいいし」
セルシスも王都の問題も一片に解決できるなら、焼いてしまうのもいいかもしれない。
しかも、その罪を誰かに押し付けられるなら、なおおいしい。
そのついでに、元セルシスの部下で、欲深いドワーフであるバクスターを片付けてくれるなら、アイネは非常にありがたい。
金にも女にも際限ない欲望を持つバクスターは、セルシスを売った事で自分の立場を護り、今回の遠征でもアイネの配下として派遣されている。
他人が苦しむ表情を見るのが好きで、ワーミド山地を奴隷達に掘らせた時には自らが陣頭指揮を取り、奴隷達を苦しませながらも、生かせ続けるという離れ業をやってのけ、プレタダ攻略に貢献している。
セルシスがアレクの教会に向かった事を知り、そしてそれが失敗した事を確認すると、セルシスが申し開きをする前に先んじて女王クルセアに報告し、自らの立場を保持している。
セルシス降格の巻き添えから逃れただけではなく、いち早く貴重な魔導師達を使い潰したセルシスの失敗を報告した事で、一気に部隊長の地位を占めた。
そして、アニアト攻略戦に部隊を率いて参加し、アイネの下で働いている。
ゲリラ戦も得意で、優秀な指揮官ではあるが、捕まえた貴族の妻や娘を自らの情婦とし、抵抗した相手は拷問の末街中に打ち捨てると言う非道な行為が目立つ。
自分の部隊だけでやってくれている分にはアイネも止めはしないが、バクスターの視線は常にアイネの体を求めて動き、強い情欲の光を持っている。
こちらの方が立場が上なため、特に問題が起こっていないが、その視線を浴びるアイネからすれば安心できるものではない。
自分の容姿に自信がないわけではないアイネであるが、
ただ見られるのと、欲望の篭った視線で見られるのでは、話が違う。
バクスターと顔を合わせると気分が悪いし、その視線には若干の恐怖を覚える。
バクスターの能力はともかく、人柄はまったく評価できるものではなく、アイネからすれば生理的嫌悪感を持つ相手である。
「あの男は、常に貴方を嫌らしい目で見ているし、アイネ様が嫌うのも無理ありませんね」
「良く見ているわね」
始めからバクスターの名前が挙がることが分かっていたかのように頷く女に、アイネは困惑していた目を向ける。
「もちろん。私も見ていますから」
「!?」
いつまにか仮面を外し、その下に隠れる赤く輝く瞳を見せつけられたアイネは、驚きのあまり動きを止める。
それと同時に、心の奥底から恐怖がわきあがり、アイネの心を支配しようとする。
しかし、体の奥の何かが鷲掴みにされるような息苦しさと焦燥感にさいなまされながらも、アイネは強い意志の力でそれを振り払う。
「おお。さすが、アイネ様。我らが女王陛下のお眼鏡にかなうだけはありますね」
「お前、何をしたッ」
しばし止まっていた呼吸のせいで、荒い息をつきながらアイネはけたけた笑う女を睨む。
「我が名は、ヴィアラ。コストア王国に従う魔族の一人。
私の魔術を破った強い精神力に敬意を表して、貴方に協力してあげますよ?」
赤い瞳を輝かせる女、ヴィアラの姿が変わる。
人型だった下半身が強い光沢を放つ蛇のものとなり、その肌は薄い青に変わり、部屋の室温が著しく下がる。
コストアの北部に住むと言う氷蛇の姿になったヴィアラは、気迫によって呪術を破ったアイネを楽しそうに見ながら、長く赤く舌を動かす。
魔族とは、魔法能力に長けた一族で、その豊富な魔力のせいか、多種多様な姿をしており、独自の文化を形成している。
アイネもその存在は聞いた事があったが、まさか同じコストア王国に仕えている者がいるとは知らなかった。
「私は、貴方のような強い精神力を持った人が大~好きなのですよ。
貴方がよければ、このまま」
本性をあらわにしたヴィアラは、その姿を現すと同時に己が欲望を解放し、その蛇のようにうねる赤い舌をアイネのエルフ特有の長い耳に這わせる。
「あいたッ!?」
「ふん。私はそんな安い女じゃないのよ」
下腹部に伸びようとしたヴィアラの手を腰から引き抜いた鉄扇で払いのけるとアイネは、そのまま目の前にあったヴィアラの頭を鉄扇で殴る。
「乙女の頭を鉄扇で殴るなんて、ひどいわ」
「盛りの付いた猫は、討たれるのよ」
頭を押さえて飛び退いたヴィアラに向って、アイネは赤い顔のまま鉄扇を手の中でクルクル回してみせる。
「ふ、ふふ。ますます気に入りましたよ。アイネ様。いつか必ず伽の相手を勤めさせていただきますね」
「いらないわ。それより、私に協力するつもりなら、私に迷惑にならないように行動しなさい」
「お任せを」
笑みを浮かべたまま丁寧に頭を下げて見せたヴィアラに、不機嫌な顔を見せ、鼻を鳴らすとアイネは手を振ってその場を下がらせる。
「たくっ。私の周りは変態しかいないのか」
蛇の下半身をするすると動かし、部屋の中から出て行ったヴィアラを忌々しげに見送ると、アイネは鉄扇で机を叩き壊した。




