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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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067 転職


「お目覚めですか?」


「ここは?」


 明るい日差しを感じ、まぶしげに目を開いたレイラは、ここがどこだか分からず、そばにいた人物に尋ねる。


 窓を覆っていたカーテンを開け、開いたカーテンを束にしてまとめていた相手は、レイラが意識を取り戻した事に気付くと、驚いた様子も無く、問いに答えてくれる。


「ここはアリス様のご住居です」


「アリス、様。・・・あっ」


 メイド服に身を包んだ、品のいい白髪交じりのかくしゃくとした老母の言葉に、自分の目的と立場を思い出したレイラは、飛び起きようとする。 

 

「無理をしてはいけませんよ。あなたは一週間寝たきりだったのですから」


「一週間・・・」


 老婆の言葉にか、それとも弱った体のせいか、レイラは軽くめまいを覚え、ベッドの上に再び倒れ伏す。


 ユリースから言われた期限は、とうの昔に過ぎている。


 特に失うものがあるわけではないが、裏切り者にはどういう末路がまっているか知っているレイラからすると気が重くなる。


 目的が達成できなかった暗殺者の未来など無い。


 メラーノ王国に戻らなくても、これからは命が狙われる日々が続く事になるだろう。


 こちらの言い分を聞くような相手ではない。


 戻る事も、このまま逃げる事もどちらも地獄だろう。


 どちらも地獄と感じれば、メラーノにわざわざ戻って申し開きをしようという気にはならない。


 元々、生国メラーノに居場所があるわけではないし、どちらかと言うと母親と自分の体を奪われた恨みや復讐と言った暗い感情しかない。 


 戻って殺されるとわかって戻る時は、相手を先に殺すつもりがある時だ。


 ユリースにいいように使われてきたが、それは別に相手に従いたくて従ってきたわけではない。


 隙があれば殺してやろう。と思っているのは、レイラもユリースもお互い様だ。


 ただレイラにはチャンスが無く、ユリースにはレイラに利用価値があるうちは殺さないと考えていただけだ。


 目的も達成できずに戻れば、それを理由に殺されるのは目に見えている。


 今のレイラにユリースを殺す力がない以上、レイラにメラーノに戻る事はできない。


 これからの自分のあり方に悩むレイラの耳に、部屋のドアがノックされる音が響く。


「これは、レヴェル様。ご熱心でございますね」


「ご熱心と言われると誤解を招くよ。マシューズさん。それに俺が主人と言うわけじゃないから、様は要らないよ」


 マシューズと呼ばれた背筋のピンと伸びた女性、マリー・マシューズに迎え入れられたレヴェルは、ベッドの上に起き上がっているレイラに気付くと、視線と共に片手を上げて挨拶をして来る。

 

「いいえ。私は雇われの身。御仕えする相手をないがしろにするわけには参りません」


「さすがは、マシューズさん。かな?仕事熱心なのはいいことだと思いますよ」


「レヴェル様は、ほどほどになさる方がよろしいかと存じ上げます」


「はっはっは。気をつけますよ」


 寝ているレイラはそのままに、二人で軽く会話を続けながら、穏やかな声色で温かみのある笑みを浮かべるマリーの言葉に、レヴェルは朗らかに笑い返す。


 マリーは、かつて王宮に勤め、その内向きの仕事の差配をすべて任されていたほどの実力者である。


 バエンのメイド達の中でも屈指の実力者であったが、定年と共に退職し、悠々自適の生活を送っていた。


 しかし、アリスの軍団編成に伴い、自分以外にも館を管理する者が必要になって来ると考えたレヴェルは、マリーに目をつけた。


 風の精霊達の話によれば、定年退職して色々な事に挑戦してみたものの、他人のお世話をする事に人生を捧げ、その事に喜びを見出してきたマリーにはのんびりとした隠居生活が退屈で、メイドの仕事に戻りたいと常々こぼしていたらしい。


 その事を知ったレヴェルは、マリーにメイド達の教育係を任せる事にした。


 本来なら、王宮の仕事を勇退した者に仕事を頼む者はあまりいない。


 それは、今まで長く努めてきた者に対する敬意もあり、残りの余生を穏やかに過ごしてもらいたいと言う労わりの心があるからだ。


 しかし、穏やかな余生を望む者もいれば、死ぬまで仕事にまい進したい者もいる。


 マリーは、その後者である。


 ただ、マリーが退職してすぐには、遠慮や配慮があったものの、多くの貴族からメイドの教育係を任せたいと言う依頼は多くあった。


 どこの家でも優秀なメイドは必要不可欠であり、高い能力と王宮でも一目置かれていたマリーの存在は、無理をしてでも手に入れたいものだったからだ。


 だが、当時のマリーは、穏やかな余生を送るつもりであったし、音楽や絵画などに興味があり、自分でも色々な事に挑戦してみたい事もあり、すべて辞退していたのだ。


 自ら辞退した以上、自分から仕事に復帰すると言い出すのは難しい。


 風の精霊達の噂話から、少なからず、他人の本音が知れる立場にいるレヴェルは、復帰に意欲的だったマリーの気持ちを利用して、メイド達の教育係として採用したい旨を告げたのだ。


 その申し出に二つ返事で答えてくれたマリーに、メイド達の選定を任せ、レヴェルはバエン王国の人事省や関係各所にマリーの教育者就任の報告と許可を求めた。


 バエン王国に勤め、その功績をたたえられていたマリーを勝手に採用するわけには行かない。


 マリーが復帰したい旨を人事省に連絡し、仕事の内容を記した書類を提出して許可を求める必要がある。


 本来なら、役所内で面倒な手続きや長い時間がかかるだろうが、王家の四女であるアリスが切に求めていると伝えれば、その申請の処理は早かった。 


 マリーを手に入れられなかった貴族達からは少なからず不満の言葉も出たが、そこはレヴェルが根回しをしてうまく切り抜けた。


 マリーとはメイドを教育をしてもらうだけの契約なのだが、仕事熱心なマリーは自らが働く姿を見せながら教える事を望み、経験の浅い若い新人の十人ほどメイド達を鍛えている。


 契約期間は二年ほどだが、メイド達の成長いかんでは早くもなるし、遅くもなる。


 レヴェルの目から見れば、契約よりも早くなるだろうという予想を立てている。


 それだけ、マリーはメイドの仕事に誇りを持って挑み、そして、教育者としても優れている。


 誇りを持って働く者は、周りからの尊敬を集める。


 新人メイド達から憧れる存在であり、メイドに的確にアドバイスができるマリーの能力は非常に高い。


 おそらく、アリスがアニアトから帰って来るまでには、メイド達は形になっているだろう。


 後は、マリーがどれだけ働きたいかによる。


「それで、体調はどうだい?」


 紅茶を入れてくると言うマリーを部屋から見送り、水差しから水をカップに移したレヴェルは、ベッド脇のイスに腰を下ろしながら、それをレイラに差し出して尋ねる。


「体調はいいわ。でも、気分はあまり良くないわね」

 

「体調がいいならよかったじゃないか。気分の悪さもそのうち治るだろうから」


 素直に水の入った陶器製のカップを手に取り、なめるように少しづつ口に含んでいくレイラを見ながら、レヴェルは朗らかに笑う。


「治るかしら。これからは命を狙われる人生なのに」


「命を狙われる?物騒な話だね」


 水分を取っていないところに、急に水を一気に飲めば命を縮める。


 その事を職業柄知っているレイラは、口に含んだ水を口の中の乾いた粘膜に広げるようにしながら、ゆっくり喉の奥に水を押し込んでいく。


「暗殺者の末路を知らないわけじゃないでしょ?」


 どうにもレヴェルと話していると調子の狂うレイラは、噛んで含むように尋ねる。


「大丈夫だよ。君は死んでいる事になっているし、その証拠も相手に渡してあるからね。

 わざわざレイラ君を狙って襲って来る事は無いさ」


「・・・どういう事?」


「それより、左半身の調子はどうかな?」


「え?」

 

 にこやかなレヴェルの笑みを受けて、レイラは自分の左手を見て絶句する。


 そこには魔道具が形作った腕ではなく、右腕と同じ質感の左腕があった。


 普段は同じ体のように見えても、やはり、違和感はあった左半身からまったく違和感は感じられず、動きにも感覚のずれがない。


 あまりに違和感が無さ過ぎて、左半身が生身になっている事にも気付かなかったくらいだ。


「ど、どういう事?ど、どうして、私の体が元に?」


 両手を見比べ、白いシャツに身を包んだ体を服の上からさすって見て驚いた表情を浮かべたレイラに、レヴェルは満足したように笑う。


「君の体に埋め込まれた魔道具を取り出して、君の体を再生したんだ。

 君の体から出した魔道具は壊して、君の居場所特定の魔法のかかった短剣と、カイロン君の首と一緒にユリース君に届けてあげたよ。

 それと、君と一緒に来ていた人達の短剣と一緒にね。  いやぁ、腰を抜かさんばかりにユリース君は驚いていたようだから、君達はしっかり死んだ事になると思うよ。

 なかなか魔道具を、生きている相手から取り出せる事はできないからね」


 美少女と言っても過言ではないレイラの顔が、驚愕の表情を浮かべたまま固まってしまったの見ながら笑うと、レヴェルは水差しから空になったカップに水のお代わりを入れた後、イスから立ち上がる。   

     

「だから、安心してゆっくり休んで。そして、俺の提案考えといてね。

 暗殺者からの転職。いいアイディアだと思うよ」


 カップを握ったまま呆然としているレイラを部屋に残したまま外に出たレヴェルは、そこでマリーから紅茶を受け取り、仕事のために自室に帰った。 


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