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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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064 交渉


「やぁ。待っていたよ。暗殺者さん」


「!?」


 元々は古い庁舎であり、今はアリスやその部下の集合住宅のようになっている館に、レイラは忍び込んだ。


 深夜を少し回り、館の火がすべて落ちたのを確認して忍び込んだレイラだったが、呼吸音すら響かせず入り込んだ部屋で、標的に逆に待ち構えられていた。


 確かに精霊使い相手に、夜忍び込むメリットはあまり無い。


 契約者である者は眠っていたとしても、契約対象者である精霊は眠らないからだ。


 しかし、かといって、眠ってしまえば人の反応は鈍る。


 精霊が動けたとしても、その契約者が動けなければ契約解除は簡単だ。


 だからこそレイラは、いつ休むのかと不思議に思うほど働いているレヴェルが、ようやく休んだ時間帯を見計らって忍び込んだのだ。


 にもかかわらず、暗殺の対象者であるレヴェルは、明かりを消しただけで、丸いテーブルの上にシフォンケーキにティーセットを用意して待ち構えていた。


 こんな相手は、レイラの短くも濃厚な暗殺者人生でも初めてのことだった。


「飲み物はコーヒーがよかったんだよね。砂糖抜きで。

 あまり甘い物が好きじゃないと言う話だから、紅茶風味のケーキにしてみたよ。

 どうかな?」


 レイラが暗い部屋の中に忍び込んだ瞬間に、それにあわせるように部屋の明かりがつけられた。


 それ以前に、寝室に丸テーブルを持ち込み、ティーセットを用意していた事から、相手が自分を待ち受けていたのは丸分かりだ。


 気付かれないように気をつけていたはずだが、やはり、風の精霊達の情報ネットワークには勝てないのか、こちらが付け狙っていた事は筒抜けだったらしい。


「まぁ、座って。コーヒーの豆はメラーノ産だよ。味がいいよね。君の母国のコーヒーは」


「ッ」


 イスに腰掛けたまま座るように薦めて来る相手に向かってレイラは、右手に短剣を構え、飛びかかる隙をうかがう。


「いやぁ。そんなに焦らなくてもいいと思うよ。

 コーヒーの一杯も飲む心の余裕がないと、これからの人生苦労すると思うよ。 

 休息と成功は仲間である。って言うだろう?」


 鋭い輝きを見せる短剣にまったく恐れを見せずに、情報どおりに中肉中背で平均的な特徴の無い顔をした男は、自分のカップにコーヒーを注ぎ、ゆっくり口付ける。


「ふん」


「おお。いいね。君みたいな素直な子は好きだよ。ほら。ケーキをあげよう」


 しばらく睨みつけていたものの、目的の男、レヴェルがまったく焦った様子を見せない事に毒気を抜かれたレイラは、短剣を鞘に戻し、奨められたイスに腰を下ろす。


 どうせ相手の手の平の上なら、じたばたと焦っても仕方がない。


 相手の出方をうかがいながら、相手の隙を突いた方が効率はいいだろう。

 

 そう考えたレイラは、大人しく相手の言葉に乗る事にした。


「どうかな?わりと自信作なんだけど。お口に合うかな?」


「・・・悪くはないわ」


 毒見をするかのように自分で切り分けたケーキを先に食べて見せたレヴェルの質問に、レイラは自分もケーキに口をつけ感想を漏らす。


 何をしているのだろうか?


 暗殺相手にケーキとコーヒーを戴きながらレイラは、自分から踏み込んだものの、この不可解な状況に戸惑う。


 周りには護衛がいる雰囲気も無い。


 それはもちろん確認のうえで潜入しているので、わかっている事ではある。


 誘われているとは分かっており、罠に嵌められる可能性は考えていた。


 が、こんなお茶会のような誘われ方をするとは思っても見なかった。


 まして、レヴェルの周りには精霊の気配も無い。


 精霊とは本来自然の中に流れる力が具現化したものであるので、その姿が見えない事は多々ある。


 そこにある自然に見えるの物が本体であり、人の形を取った姿が精霊の本体でもあるといえるのだ。


 人と契約している精霊達を多く付け狙ってきただけあって、レイラは精霊の存在に敏感だ。


 自分の感覚を惑わせるほどの力を持っているのか、それとも精霊王ともなれば、その存在そのものをつかませないだけの力があるのかもしれない。


「ところで、レイラ君は、職を変えるつもりはないかな?」 


「え?」


 しばらく時候の変化や、世間話などに付き合っていたレイラだったが、急に来たレヴェルの言葉に、思わず、年相応の声を上げてしまう。


 二十歳を迎えたレヴェルとは違い、レイラはまだ十代の少女だ。


 幼い頃に魔道具を埋め込まれてから、人との関係は奪われる者と奪う者の関係しかない。


 暗殺の標的の者からすればレイラが奪う者だが、メラーノ国を相手にすればレイラは奪われる者だ。


 被害者から見ればレイラは加害者であるが、国の暗部で働く事を強要され、それ以外の人生のすべてを奪われたと言う意味ではレイラは被害者である。   


 そんな被害者であるレイラには、ユリースの言葉に従う以外の選択肢は存在しなかった。


 レイラからすれば、レヴェルの言う職を変えるという言葉の意味が良く分からない。


 暗殺者となるために潜入するための会話や技術、能力は身につけたレイラだったが、こちらの想定を上回る相手と会話した事はない。


「君も調べて分かっていると思うけど、アリス様の部隊は出来たばかりで人手不足なんだよ。

 君がよければ、仕事を手伝ってもらいたんだよね」


「・・・私は、メラーノ王国の暗殺者よ。バエンのためには働けないわ」


「いやいや。勘違いのないように。君にやってもらいたいのは、暗殺者じゃなくて俺と一緒に事務をしてもらいたいんだよ。事務」


「じ、事務」


 相手にこちらの動きを読ませないために感情を殺し、表情を変えない教育を徹底的に受けて来たレイラではあったが、レヴェルの提案には戸惑う。


「雨の中でチャンスを待ち続ける忍耐力。不意な行動に対しての適応力。情報を正確に理解して行動する分析力。

 そして、敵を前にしての度胸のよさ。

 そのすべてが事務官に向いているんだよね。

 だから、君を事務官に引き抜きたいんだよね。

 どうかな?」


 身をずいっと机の上に乗り出し、こちらの目をのぞきこみながらのレヴェルの言葉に、レイラは息を呑む。

 

 この人は、本気で言っている。


 相手に情報をはかせるために、今まで散々相手の真意を疑ってかかって来たレイラは、その実績ゆえに、レヴェルがウソ偽りない言葉を言っている事がわかる。


「君の身の上は知っているよ。俺の方も調べさせてもらったからね。

 君の素敵な赤い髪に透き通るような白い肌に、長い耳を見せてもらえば、君が誰の血を引いているかは分かってしまう。

 だから、こちらの要望にすぐに答えられないのは、理解しているよ。

 でも、もし、君がよければ、考えてみてくれないかな?」


 メラーノの王を思わせる特徴を口にしながらも、そこはどうでもよかったらしく、熱を帯びた視線で、君がと言う所に力を込めて勧誘の言葉を口にするレヴェルに、レイラは自分の思考が混乱してきているのを感じる。


 レイラは確かに、メラーノ王メルヴィルの血を引いている。


 血を引いているとは言っても、メルヴィルが気まぐれに抱いた女の一人の娘であるし、相手が自分の存在を認知しているかどうかは知らない。


 レイラはメルヴィルと会った事もないし、ユリースから直接聞いた事も無い。


 ただレイラがその話を知っているのは、ユリースと部下達の会話を聞いた事があるからだ。


 そして、一時でもメルヴィスの寵愛を受けたレイラの母親を、ユリースが嫌っていた事も同じく聞いて知った。


 だから、レイラは母と共に病を負わされ、そのうえ、人体実験の上に精霊使いに対する暗殺者にされた。


「君は見たところ、今の仕事が好きじゃないんじゃないかな?

 この仕事も好きになれるかどうかはわからないけど、君が働きやすい職場を目指すつもりだよ。

 できれば、いい返事を聞きたいな」

  

「私の、返事?」


 お互いの息がかかるぐらいの距離で見つめあいながら、レイラは熱に浮かされたように頭がクラクラしてくるのを感じる。


 こんな熱を感じるのは、自分があのありえない病にかかって以来ではないかと思ってしまう。


「そう。他の誰でもない。君の返事だ」


 レヴェルの言葉に、熱に浮かされたままレイラが答えようとした瞬間、部屋の窓ガラスが突き破られる音が室内に響いた。

  


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