063 危機感
「なかなか慎重な相手だね」
こちらがわざと隙を見せているのにもかかわらず、動きを見せない相手にレヴェルは、ティアに笑いかける。
「自分の実力を弁えている相手は、強者である。と言う事?」
「お。さすが、ティア。わかってるねぇ」
同意を求めるように笑いかける相手の意を汲んだようなティアの言葉に、レヴェルは軽く手を打ち合わせて拍手をして見せる。
降りしきる雨の中、表で自分達を狙っている相手がいる事は、二人には最初から分かっている。
しかし、こちらが隙を見せても相手は動かない。
思いの外、慎重な相手の出方に、二人供苦笑いを浮かべる対応しか出来ない。
そうなると、二人供、相手をほめるしかない。
「もう付き合いも長いからね。マスターの考える事はお見通しよ」
「素晴らしい。そんなティアに、お礼を込めてケーキを送ろう」
「あら。嬉しい」
朝早くから書類を見続け、決済をし続けてきた体を休めるように休憩を入れることにしたレヴェルは、ティアとの小芝居の後、作り置きしておいたパウンドケーキを切り、紅茶を入れる。
「どう?ミスはないかな?」
「いつも通り、嫌になるくらい完璧よ」
切り分けたケーキと紅茶をティアの机の上に置きながら、レヴェルは報告書や決算表などに不備が無いか尋ねる。
新しく建てられたアリス軍団の中心となる建物の中には、当然、レヴェルが篭る執務室もある。
ただ、今までのようにレヴェルの自室でされていた作業とは違い、ここは広い資料室と作業室があり、自室のように資料が山積みになっているような事はない。
それにレヴェルが趣味で行っている歴史書の編纂などのための資料は自室に、仕事用の資料はここ執務室と完全に分けられていて、作業効率もいい。
しかし、本来なら数十人の事務員と共に行われるはずの作業は、今はまだレヴェルとティアの二人しかおらず、殺風景である。
「衣服の支給とか給料の計算とか人事記録の保管とか、やる事多くて大変ね」
「そうかな。この数字を揃えて、資料を作成していく過程が面白いんだけどな」
戦地にいるリーヴェから送られて来る報告書を下に、必要な物資を計算し、カロッサ率いる補給部隊や配下の商人達を使い物資を輸送する。
「でも、まぁ。そろそろ人を雇うつもりだよ。ティアにいつまでも頼るわけにはいかないしね」
「私は頼られるのはやぶさかではないけど」
「けど?」
数字や文章が間違いないかどうか確認してくれているティアの視線が自分の後ろに向くのを見て、レヴェルも紅茶に口付けながら後ろを振り返る。
振り返れば、そこには紙の束が積み上げられている。
「仕事がこれ以上増えるのは、感心しないわ」
「増やしたくて、増やした仕事じゃないんだけどね」
にっこりと笑いながらのティアの言葉に、レヴェルは肩をすくめて返す。
アリスの軍団とは違う書類のため、他の資料、請求書や嘆願書などの書類とは別の木箱に分けて収められている。
分けられた書類は、軍団を統帥するバエンの軍務省のもので、アリス軍だけではなく、サラス軍にも補給物資を回すように指示が出されたものである。
かと言って、これはアリスの金庫を預かるレヴェルに直接出された物ではない。
配下の商人や、協力してくれている商人達に出された物で、サラス軍の物資の調達がうまく行っていない事を示唆している。
軍団はその軍団で物資を調達し、お互いの関係には不可侵をとると言う不文律がある。
確かにサラスの軍団そのものからの命令では無く、バエン王国軍務省からの発令になっているが、実質的にはサラス側が物資の調達する範囲を広げようと躍起になっている様子が見て取れる。
それを商人達から相談されたレヴェルは、その出された命令書と共に補給物資の概要を書かれた書類を預かっている。
協力してくれている商人達は、当然、これ以上は物資を供給する事ができない。
レヴェルは、商人達にはある程度の余力が残るように配慮して供給率を決めている。
商人達から下手に物資を集め過ぎれば、本国の物資が手薄になり、物価が高騰し、王都の生活が困窮する。
物資の終着駅である王都はよしんば大丈夫だとしても、それを供給する町や村では生活が苦しくなる可能性は非常に高くなる。
それを回避させるため、国内の内需を落とさず、たとえ外部に対する供給が大きくなったとしても、国内の供給は落とすわけには行かない。
供給のバランスが崩れれば、それは国家の衰退を意味する事になる。
多くの歴史書からかつての大国の滅亡を学んでいるレヴェルは、そこを何より気をつけ警戒している。
予定よりアニアト王国攻略に時間がかかっているため、想定していた物資量では足りなくなっている。
足りなくなって来ているから、余力のあるところから回してもらおうと考えているのだろう。
こちらの計算では、今はまだサラスの軍団自体も余裕があるが、このままコストア軍に粘られると補給は滞る可能性が高い。
交渉によってアニアト王国の貴族達を引き入れているバエン側は、あまり貴族達に無理な要求をするわけにはいかない。
無理な要求を通して貴族達の反感を買えば、こちらに寝返っていた貴族達はすべてコストア側に寝返り、サラス達は敵中の中に取り残される事になる。
しかし、かと言って貴族達に遠慮してすべてバエン王国だけで賄うのは難しい。
ある程度はアニアト貴族達からも出させなければならないと分かってはいるが、なるべく配慮して自国で賄おうとしているためこちらまで要求書が回ってきたわけだ。
レヴェルから言わせれば、それは一種の逃げであり、問題の先送りだ。
コストア王国側が粘り強い抵抗に舵を切ってしまったので、完全な勝利と言うのは難しくなっている。
アリス達もアイネ率いるコストア軍の地味でねちっこい押せば退く、退けば押して来る嫌がらせのような動きにずいぶんストレスを貯めているようだ。
そうなってくれば、早々にアニアトの完全攻略は難しいとして、諦めるべきなのだ。
コストア側は、アニアト貴族が気に入らない行動をとれば、その貴族の一族ごと皆殺しにするつもりがある。
普通に従わせるなら悪手だが、損害を考えないなら皆殺しにして物資を根こそぎ奪ってしまった方が早い。
無理矢理物資を獲得できる者と、物資を遠い本国からの輸送に頼らなければならない者となら、戦争継続能力は損害を考えない方が強い。
「サラス様がどれだけ危機感を持つかだよね。早く折り合いをつけてくれればいいんだけど」
レヴェルが商人達から書類を預かっているのは、この要求書を盾に王であるサラディーナに軍務省の怠慢を報告するか、アリスに報告してサラスにアニアト攻略を諦めさせる提言をさせようと思っているためだ。
戦闘好きであるアリスが、戦争の停止を求めれば、サラスはどう考えるか。
妹の成長を喜ぶか、それとも妹の提言など退けるか、それでサラスと言う人物の心底が分かる。
決定的な姉妹の分断になるかもしれないが、それはそれでアリスという存在を押し上げるチャンスにもなりえる。
「危機感はあなたも持ってね。マスター。命狙われてるのはマスターなのよ」
「分かってるよ」
笑顔で警告してくるティアに笑って答えると、色々とやる事が多いレヴェルは、とりあえず再び目の前の書類に向かい合う事にした。




