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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
63/102

062 標的


(・・・雨か)


 ゆっくりと形の無い雨粒が水滴となって降り始め、徐々に強くなってくる。


 その雨の音をフード付きの外套越しに聞きながら、レイラは目の前の建物を見上げる。


 真新しい赤いレンガ造りの建物は、バエンの王都の南端にあり、他の施設とは切り離された区画になっている。


 バエンの誇る“先駆け飛龍”の開いた軍政府からすると小さく目立たない造りになっており、どちらかと言うと商業地区にある商家の倉庫のように見える。


 そのくせ、古い建物が並ぶ南端の区画の中で、真新しい建物はひどく浮いていて目立つ。


 噂に聞くとおり、戦闘以外に頓着しないアリスらしいちぐはぐな造りとも捉える事はできる。

   

 そんな目立たない造りなのに周囲より浮いて、逆に目立つ建物をレイラが別の建物の影から見ているのは、別に建物観察ではなく、そこに狙うべき相手がいるからだ。


 狙う相手は、レヴェル。


 バエンの第四王女アリスの金庫番であり、事務方のトップである男だ。


 元々は、プレタダ王国の下級参謀であったが、アリスに引き抜かれ、現在に至る。


 商家で働いていた経験を持ち、自ら商家を立ち上げ、胡椒等の香辛料や放牧などを行い毛皮や乳製品などを取り扱い、各国に売り込んで稼ぎ、その稼ぎを部隊運営費に当てている。


 また女神ルシアに仕える司祭達にも顔が利き、そこからも商売の種を聞き入れ、さらに部隊侵攻にも細々とした援助してもらっている。


 さらに特筆すべきなのは、風の精霊の王を従えている可能性が高いと言う事か。


 精霊王の支配下にある精霊を操り、世界中の情報を集めている疑いがある。


 他にあまり類のない変わった経歴なだけあって、その働き方も変っている相手。


 それがレヴェルに対するレイラの感想だ。


 メラーノの王に仕えるユリースからレイラに出された指示は、その変わり者を亡き者にする事である。


 バエン軍の動きを封じるためではない。


 風の精霊王を従える、その可能性が高い相手である事が疑われるために殺すのだ。  

   

 高位の風の精霊を従えるユリースからすれば、風の精霊達のネットワークを使えるのは自分だけの方がいい。


 そうすれば、風の精霊達による情報網はメラーノが独占できる。


 多種多様な情報は、軍事に関する事だけではなく、政治や経済などすべての面において有効である。 

 

 便利で有効性の高い情報は、秘匿し、一握りの者達だけで扱うべきものなのだ。


 その上、ユリースからすれば、自分の上を行くという相手がいると言うのも許せないのかもしれない。


 プライドが高いあの人なら、ありそうな事だ。と、レイラは考える。 


(難しい相手) 


 レイラが暗殺を依頼されてから、もう二週間がたつ。


 しかし、レイラは様子をうかがうに留めている。


 それはレイラの危険感知に、得も知れぬ反応があるからである。


 普通なら、風の精霊王に限らず、精霊王を従える者を暗殺しようとはしない。


 それは、従える精霊達が主人である者を護るため、挑むのが危険であるためである。


 人知を超えた力を持つ精霊王達に、対抗する力を人は持たない。


 実際、レイラの前に送り込まれた大地の精霊王を従えるアルフレッドの暗殺は、失敗に終わっている。


 精霊達は、自分の主人と認めた者に害意が及ぶのを、当然嫌う。


 主従関係を結んだ精霊と人との関係は強固で、そう簡単にその間を割く事はできない。


 その関係が壊れるのは、主人である者が死ぬ時か、または精霊の意に沿わぬ行動を主人が取り、精霊に愛想を付かされる時になる。


 それぞれの精霊が譲れぬ意志というものを持ち、それに反する行動を主人が取ってしまった場合は、強固な関係も終わりを迎える。


 しかし、それはよほどの事がない限りありえない。


 精霊に認められると言う事は、生半可な事ではない。


 壁を乗り越え、お互いに相手を認め合っていなければそもそも契約にこぎつけないのだ。


 そんな簡単に壊れる信頼関係なら、最初から契約を結ぶ事すらかなわない。


 だから、一度契約が結ばれれば、術者が死ぬまでその契約は解除される事はない。


 だが、何事にも例外はある。


 それが、今はレイラの左半身になっている魔道具の効果である。


 人と精霊の契約を解除する力を持っている魔道具は、かつて栄えた魔道王国の負の遺産である。


 強力な精霊を操る力は、そのまま戦場での力になる。


 そして、戦場において、強い力は味方にとっては心強くあり、敵としては恐怖の的である。


 人として逆らえない、自然災害そのものである精霊達の力を抑えるためにはどうすればいいか。

 

 自然の力を抑える事ができないなら、それを操る相手をどうにかすればいい。


 しかし、契約を結んでいる相手に、直接手出しするのも難しい。


 ならば、その両者に手を出す事無く、その両者を結ぶ契約そのものを無効にすればいい。


 そう考えた魔道王国の魔道士は、その契約をキャンセルさせる魔道具を生み出した。


 “契約解除”と言う名称の魔道具がそれに当たる。


 かつては多くあり、幾多の戦場で密かに活躍した魔道具であるが、現存が確認されているのはレイラの中に埋め込まれたこれ一つになる。

  

 相手に気付かれずに近づく必要があるため、多くの“契約解除”の魔道具は、人の体の中に埋め込むようになっている。


 相手に近づき、魔道具を起動し、精霊とのつながりを断つ。


 レイラは、幼少の頃に大病を患い、左半身を壊死して失った。


 本来なら、たとえ病が癒えたとしても長く生きれなかったであろうレイラが生きているのは、本人が宿していた高い生命力と魔力のおかげである。


 精霊との契約を打ち破るほどなので、“契約解除”を扱うには当然、高い魔力とその保有量が必要になって来る。


 その両方を兼ね揃えていたレイラは、魔道具を埋め込む被験者にうってつけであり、選ばれたのだ。


 空気感染も接触感染もしないが、発症すればほぼ死ぬと言う病に侵されながらも生き残る生命力に、高い魔力。


 被験者にとって最高の条件を備えていたレイラは、実験体を待ちわびていたユリース達によって、魔道具を埋め込まれる事になった。


 実験は見事に成功し、レイラは精霊と術者の契約を解除できる唯一の存在となり、ユリースの元で暗殺術で仕込まれる事となる。


 そのユリースの指示に従い、精霊達との契約を破却してきたレイラではあったが、今回はさすがに慎重を期している。


 今まで精霊王と契約している相手に挑んだ事はない。


 そもそも四人しかいない精霊王であり、その相手と契約している者もここ数十年では出ていない。


 だから、今まで片付けて来た相手とは勝手が違うというのも当然ある。


 しかし、それ以上に多くの相手をして来たレイラだからこそわかる第六感のような物が働いていて、一見狙いやすい場面に出くわしても、動き出せない。

 

 精霊王と契約している相手だから。と言われればそれまでだが、レイラはそれ以上の威圧や言い知れぬ恐怖を相手側から感じているのだ。


 それが、度重なる催促に乗れずに暗殺を足踏みしている理由である。


(・・・しかし)


 雨に打たれながらレイラは、外套の中で今は人の腕の形をした左腕を触る。


 埋め込み型の魔道具だけあって、人の体に順応しやすいのか、形を変え、どんな形にでも変化する。


 そのおかげでレイラは、失った左半身を形上は取り戻している。


 そんな擬体としての性能を誇る魔道具を撫でながら、レイラは昨日の事を思い出す。


 再三再四の催促にも動かずに居たレイラの宿に、ついにはユリースの元から使者である暗殺者が送られて来た。


 男の登場と言う無言の圧力に、これ以上足踏みをする事が許されないと理解したレイラは、レヴェルを狙って動かなければならないと決意した。


 どこで狙うか。


 それを考えながらレイラは、雨の中、ジッとその場を動く事無く、真新しい建物を眺め続けた。

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