042 前線の悩み
「ふうむ。要するになかなか厳しいと言う事だな」
「だから、始めからそう言っている。相手の城砦は難攻不落で有名なんだッ!!」
地図を見ながらのん気な感想を漏らすアルフレッドに、こめかみに青筋を立てたリーヴェが怒鳴るように答える。
「うふふ。リーヴェ。ほどほどに、ね」
語気を荒げるリーヴェを、笑顔のアリスがたしなめる。
川を挟んでセラム軍の城砦が見える位置で陣を張っているアリス達は、そこで軍議を開いている。
「この川幅だと、兵士を渡らせている間に犠牲が出てしまいます。
攻めるにしても、それなりの手立てがないと。
それに、兵士達も納得できる理由がないといけません」
「そうだな。第二王女様から停止の命令が出ているんだろ?勝手に攻めるのは問題になるんじゃないか?」
地図の上で見ても広い川幅を確認しながらのエマの言葉に、ホルストも同意する。
地図を置いた机を挟んでリーヴェとアルフレッドが並んで立ち、その前にエマとホルストが並び、少し離れたところにアリスがイスに座って紅茶を飲んでいる。
そのそばにはキエナが立ち、アリスの世話を焼いている。
クスハの指示に従い、シルヴィアから派遣されたグラゾフ軍と合流しているサウスマギア以外の者は、みな陣幕の中で地図を見ている。
地図はセラム王国北部を拡大して書かれた地図であり、レヴェルがアルフレッドと共に送って来たものだ。
クスハの指示を受けたアリス達が、どこに配置されるかを見越してレヴェルが自作したものである。
拡大された地図には、セラム北部軍が誇る城塞都市マティソンとアリス達の進軍を阻むティアン川やその他の特徴的な地形が正確に書き込まれている。
クスハからは進軍停止の命令が出ているので、アリス達は足を止めているが、例えなかったとしても足を止めざるを得ない状況だ。
何百年にも渡って三重にも四重にも固められた防備の上に、魔法障壁などを張り巡らされた厚く高い城壁を持っているマティソンは、今まで一度たりとも落とされた事はない。
防備の高さにくわえて、マティソンの名を磐石にしているのが、その前を流れるティアン川の水量と川幅にある。
細いところでも十キロはある川幅は、膨大な水量をなみなみと湛え、通常の移動を困難にしている。
多大な水量ながら雄大な流れを持つティアン川、多くの水生生物が住み着き、大型の魔獣などもいて、通行の障害になりながらも同時に、防衛力の向上にも役立っている。
川を渡る橋の存在はなく、対岸を結んでいるのはすべて渡し舟で、渡し舟の主有権はすべてマティソンの城主であるレデス・フォング・マティソンに握られており、渡るとなれば船を自作するか、橋をかけなければならない。
しかし、橋を架ける作業にしろ、船を作って渡るにしろ、川に住み着いている魔獣達が邪魔になる。
マティソン側には、一族に脈々と受け継がれる特殊な魔獣避けの秘薬があるらしく、マティソンが船乗り達に貸し出す船が襲われる事は無い。
どうやって攻めるか悩んでいるところに、クスハから停戦命令と共に、グラゾフ兵二万と、三千のバエン兵が援軍として送られて来た。
バエン兵はアリスの部隊にまとめられ、エマが面倒を見る事になり、グラゾフ兵はそのままグラゾフから派遣された将軍達に任せ、両軍の橋渡しとしてサウスマギアが意見交換をしている。
バエンの兵はアリスの直属になるが、グラゾフの兵はあくまでグラゾフの女王シルヴィアの配下だ。
指揮系統が混乱するのは避けるべきだと言うリーヴェの提言により、陣を分けて、サウスマギアが両軍を行き来している。
同じグラゾフ出身のホルストが行けばいいのでは、と言う話もあったのだが、馴れ合いを嫌ったホルストが断り、代わりに立場として中立なサウスマギアが意見文書の交換役を引き受けたのだ。
「リーヴェ。攻めるとして、妙手が、ある?」
レヴェルお手製の地図を離れて眺めながらアリスは、魔法の事以外には、頭の回転が鈍いアルフレッドに怒りをあらわにしているリーヴェに尋ねる。
「残念ながら、私には」
過去に、一度も落とされた事がないマティソンの城塞都市を攻める。
作戦参謀のリーヴェからすれば、自分の頭脳を生かす最高の攻略対象ではあるが、現在の戦力では攻略できる手立てがない。
いくら頭を捻ってみても、現在のリーヴェでは何かいい手立てが思いつく事はなかった。
それはそうだ。この何百年の間、あまたの名将、知将があの手この手を使って攻略を挑んだのにも関わらず、難攻不落の名を欲しいままにしている城塞都市だ。
二、三日考えたぐらいで、すぐに攻略が思いつく相手ではない。
「それに、兵法には、敵の攻めやすきを攻め、攻めがたきを攻めずと言います。
難攻不落な場所を、わざわざ攻める必要はないと考えます」
そもそも、攻略目標になっているわけではない場所を攻める必要はない。
攻めたがっているアリスの気持ちを忖度し、場の雰囲気はマティソン攻略を考える雰囲気になっているが、リーヴェ達としては、攻めるべきではないと考えている。
それを全員に分かってもらえるために、リーヴェはレヴェルの地図を用いて説明し、物分りの悪いアルフレッドに懇々と解説してきたのだ。
「そう。なら、お姉さまの、指示通りね」
「お。それなら、俺に一つ考えがありますぜ。アリス様」
リーヴェの目論見どおりに話が進もうとしていたところで、アルフレッドがやせこけた手を挙げ、アリスにアピールする。
「俺が、ティーエラに頼んで橋を架けてもらえばいい。そうすれば、こんな川なんか小川みたいなもんだぞ」
レヴェルに言われて、さすがに伸び放題だった髪やひげを切り、身だしなみは整えたものの、隠者であった時の行動そのままにアルフレッドは自由だ。
生来生真面目なリーヴェとは折が合わないし、階級の高い身分の者からすると、その突飛な行動は唖然とするものが多い。
同じアウトロータイプのホルストとは話が合うが、リーヴェ達女性陣とはいまひとつ関係がよくない。
が、その中にあってもアリスは、このマイペースな魔法使いを買っているらしく、意見を無視する事はない。
「貴方が、大地の精霊王と、契約しているのは、知ってるわ。
でも、本当に、可能なのかしら?」
「もちろんよ。それぐらいは朝飯前だね」
「そう」
アルフレッドの言葉に、アリスは目を瞑り、紅茶を口に含む。
「アルの提案は、いい考えだわ」
「アリス様?」
アリスの発言に、思わずエマが声を上げる。
姉であるクスハからは、停戦命令が出ている。
クスハの立場は、アリスの姉である以上に、グラゾフ王シルヴィアを補佐する総督であり、指揮権はサラディーナとサラスについでナンバー3だ。
指揮権が上であるクスハの指示には、アリスは従う必要がある。
それがバエンの方針であり、バエン軍全体に浸透されているものでもある。
クスハの指示はグラゾフ軍にも出ているので、当然、バエンの軍にも伝わっている。
アリスがクスハの指示に従わなければ、命令遵守が心情のバエンの将兵はアリスに従わなくなるだろう。
ここしばらくの兵士達との付き合いで、バエン軍の性格というものを把握しているエマは、アリスの発言に危機感を覚える。
「でも、せっかくの提案だけど、今回は、アルの提案は却下ね」
しかし、エマの心配を他所に、アリスは戦わない決断を下す。
「アルの考えは、おもしろいし、やってみてもいいけど、まずは、お姉さまの顔を立てないとね」
不服そうな顔をしたアルに笑って見せながら、アリスは言葉を続ける。
「それに、陣幕での生活にも、飽きたの」
紅茶を片手に笑うアリスの言葉に、その場にいた全員がその意味がわからず首をひねった。




