041 凡人ゆえの
「なかなか予想より派手だね」
テーブルの上に広げた大陸の西半分の地図を見ながら、レヴェルは感心したような声を上げる。
平面の地図の上には、バエン王国を現す青く丸い切り抜きと、グラゾフ王国を示す緑の切り抜き、セラム王国を表す赤い切り抜きとが置かれている。
切り抜きには、将の名前が書かれ、国境沿いやそれぞれの戦場、首都などに置かれ、現在の戦況を分かりやすくしている。
「セラム王国がグラゾフ王国の南に攻め込み、バエン王国のイクスラが、セラム王国の北東に攻め込む。
なかなか面白い三角関係ね」
レヴェルが入れた紅茶をソーサーの上に乗せたまま手に持ったティアが、地図の上を面白そうに眺める。
「アリス様を襲った連中の中には、セラム王国のエルフ達も混ざっていたからね。
兵を少なくしたアリス様なら、撃ち取れると思ったのかねぇ。
セラムにその人ありと言われたグロースター様も、年を取ったと言う事なのかな」
ティアと同じ紅茶を口にしながら、レヴェルはリーヴェから届いた報告書を見た感想を漏らす。
アリスが暴れ回った後は、さぞかし地形が変わっていて捜索は大変だっただろうが、リーヴェはエルフ達の成れの果てを確認できたらしい。
それがセラムのエルフなのか、グラソフ在住で反乱軍に参加したエルフなのかは定かではないが、セラムはエルフ達が建国した国だ。
そこにエルフの遺体があり、セラムから支給された武器があればいい。
後は、さらにセラムが協力した証拠があれば、大義名分が成り立つ。
その辺りは、リーヴェならわかっているだろうから、見つけなくても、でっちあげる事ぐらいはするだろう。
リーヴェがしなくても、クスハがする。
そうして、セラムに対して宣戦布告するだろう。
と、レヴェルは考えていた。
しかし、実際には反乱が起こった地点でクスハはセラムの介入を呼び込むつもりでいたらしく、グラゾフ南部にある穀倉地帯の防備を緩め、反乱軍の攻勢に手を焼いている風をよそわせた。
その上で、セラム北部の領主達の側近達に、グラゾフの弱体ぶりを広め、簡単にグラゾフ南部に広がる穀倉地帯を取れると勘違いさせるようにしむけた。
反乱が起こり、グラゾフ王国の目がそちらに向いていると思わせておいて、セラムの北部領主達を誘う。
それにレヴェルが気付いたのは、クスハの想定どおりグラゾフ南部で戦端が開かれ、それに呼応するかのように、イクスラが軍を率いてセラム北部に攻め込んだ報告を聞いた時だった。
こちらがアリスをどうやって戦わせようかと考えている段階で、クスハはセラムとどうやって戦端を開き、セラムをどうやって攻略するか考えていたのだろう。
やはり、天才には凡人では勝てないと、レヴェルに思わせたクスハの一手だった。
レヴェルはティアのおかげで、精霊達の助力を得て情報を集め、そこから分析して作戦を立てている。
しかし、クスハはすべて独力で見聞きしたものを使い、自分の頭の中で考えて、その頭の中に浮かんだ考えを、現実に反映させている。
そのため、クスハの考えを読めなければ、レヴェルの行動はすべて後手になる。
会話を拾えなければ、風の精霊達から情報が集まる事はない。
会話をせずに、すべてクスハの頭の中で処理された計画や、クスハが自分でしたためた手紙などは、横からでは知りようがない。
セルシスの時にもあった事だが、風の精霊などをカットされる結界などを使われると、レヴェルは情報を知り得ないものになる。
だから、レヴェルは今回、クスハはグラゾフの建て直しに躍起になっていて、とても介入を許せるような状況ではないと思っていた。
しかし、ふたを開けてみれば、誘引したセラムに先に攻めさせ、反撃すると言う大義名分をつくり、この一ヶ月でセラムの北部すべてと、東部の一部を取ってしまった。
精霊を使う事も実力の一部と言われればそうなのだろうが、本物の実力者が相手になれば、小手先の計略では相手にされない。
今回の事は、改めてレヴェルに、本物の天才には勝てないと思わせる出来事だった。
その事については、残念に思わないでもないが、レヴェル自身はそこまで自分とクスハの差を悲観はしていない。
クスハは国を動かす戦略家であり、自分はしがない一文官にすぎない。
ティア達から聞いた話をまとめ、相手の過去の行動を精査し、周囲の状況を鑑み、古い過去のデータを参考にしながら今に生かす。
それがレヴェルにできる事であり、過去のデータにない行動や、周囲に自分の考えを明かさずに行動されてしまえば、できる事は少なくなる。
自分などその程度の人間であると、レヴェルは十分に理解している。
ティア達の協力がなければ、書庫の整理で一生を終わるつもりでいたのだ。
アリスの部下になり、そのアリスが満足できる戦いさえ提供できれば良い。
レヴェルには出世欲もなければ、他人を押しどけてまで目立とうとする気もない。
あるのは、本を読み、本の整理をし、書類を書き溜めると言う作業がしたいという欲望のみだ。
今はともかくアリスを支え、現状の生活を維持できるようにさえなっていればいい。
「セラムを取ってしまえば、バエン王国の後ろを脅かす国は無くなるから、できるだけ早いうちに抑えて起きたかったんだろうね」
セラムの北部に移動しているアリスに見立てた切り抜きを移動させながら、レヴェルはここからどうやってアリスを援護するか考える。
グラゾフの南部を取り返した勢いで、セラムの北部を押さえたクスハは、そこにアリスを回し、グラゾフの兵をつけて東部を押さえているイクスラと連携させている。
だから、バエンにいるままのレヴェルでは、少し遠い。
アルフレッドと共に、アリス達に頼まれた新しい補給物資を送ったが、バエンからアリスの下に補給物資を送るのは、グラゾフ周りになるので遅くなる。
イクスラとアリスの支配地域が近づけば、輸送も楽になるのだが、現状は間にセラムの領主達の支配地域が残っているため地続きではない。
本来の予定では、アリス達はグラゾフ王国の首都まで向かい、そこでクスハ達と合流する予定であった。
そのためレヴェルは、グラゾフの首都に向う商隊を編成して、アリス達の装備や魔道具などの補給物資を運ばせようと考えていた。
そうすれば、荷物を届けるついでに、タナケダから共に来てくれ、協力してくれている商人達の護衛もできる。
一石二鳥の布陣になるともくろんでいた。
しかし、クスハの策で、アリス達はそのままグラゾフ王国を横断するベタルタ山地を越えて、グラゾフ南部に向ってしまった。
それをリーヴェからの連絡で知ったレヴェルは、用意した商隊はそのまま首都に向わせ、改めて急編成で山越えしても大丈夫な装備をした輸送隊を組み直した。
冬場ではなく、季節としては春だったため厳しくはなかっただろうが、それでも、やはり、山越えとなると輸送も楽ではない。
「もう少し、勉強が必要だな」
紅茶を口につけると、レヴェルはこの後の展開を考えるため、過去の戦歴と照らし合わせる事にした。




