023 アレクの教会
「ようやく手に入りますか」
女性がうらやむ艶のある金糸の髪を持つ美形の男、セルシスは、たどり着いた教会を前に独り呟く。
「これはこれは。ようこそおいでくださいました」
クルセアを含め、他の者には一切知らせずに、腹心の者を連れたセルシスが、古ぼけた小さな教会を眺めていると横合いから声がかかる。
「あなたが、この教会の神殿長様ですね」
「おお。その通りでございます。私は名は、アレク。貴方様はレパード卿でお間違えありませんか?」
「はい」
痩せて棒のように細く見える老人、アレクの言葉にセルシスは素直に頭を下げる。
コストア王国の宰相の地位にあるとは言え、ルシア教の信徒を無碍に扱えば、ルシア教のみならず、ルシア本人の怒りを買う恐れがある。
古い歴史書には、女神ルシアの怒りに触れ、一夜にして国が無くなったという逸話も書かれている。
それが、西の王国にあるカンビナ砂漠であると言われている。
今からやる事を考えれば、女神の怒りを買いかねないが、力を求めるセルシスからすれば、時期早々とは言え、挑まずにはいられない。
それに、ただただ女神の怒りを恐れて行動をやめれば、目的を達せいる事はできないだろう。
たとえ、女神の怒りが本物でも、世界を統べる力を手に入れるチャンスを逃すわけにはいかない。
「確か、何かの書物を御所望だとか」
レヴェルがかつて所属していたプレタダ王国の北にある神殿の長であるアレクは、前もって先触れから聞いていた内容を確認する。
「ええ。もしよろしければですが」
「もちろん。我がルシア教はすべての信徒に門戸を開いておりますゆえに」
常套句を述べるアレクの案内で、念願だった目的を達成するために忍んで国境を越えたセルシスは、この日のために用意した四人の部下を連れて教会内に入る。
小さく古い教会内の中は、その見た目に反して掃除が行き届き、きれいにしてある。
石畳の上に敷かれた麻の敷物の上にはホコリもなく、神殿内に清浄なる空気を漂わせている。
「私の弟子が書籍の整理を行い、目録を作っておりますので、ご利用ください」
「なるほど。利用させてもらいましょう」
神殿の廊下を通り、地下室にある書庫に向ったセルシスはアレクに見送られると、その中に入って行く。
「これか」
レヴェルが書いた目録を利用すれば、目的の本がどこにあるかすぐにわかる。
現代では使われていない古代語で書かれた書籍は、目録の最後、書庫の中では棚の奥の一番端に古代語で書かれた他の書籍と共に一緒に並べられていた。
「最近は、古代語が読める人が多いのかしら」
今となっては誰も読める者はいないはずの古代語で書かれている古びた本を手に取ったセルシルは、目当てのページを開き、そこの文章を読み上げる。
行にして、わずか三行にも満たない言葉は、数の少なさにも関わらず、強い力を秘めている。
大抵の魔術は、強い力を発揮するためには長い言葉を必要とする。
しかし、この書物に書かれた言葉は、短い言葉ながらも強い力を秘め、セルシスの体の中にある魔力がごっそりと奪い取られるのを感じた。
そして、そこに書かれていた言霊に導かれ、姿を現したのは、黒髪に黒い瞳の美しい女性、ティアだった。
「貴方が、女神の使い、精霊の王を取りまとめる長であらされる方ですね」
「そうよ。人間。この私に何か用かしら?」
精霊の長たるティアに、セルシスは最高位の礼を持って跪きながら言葉を述べる。
そのセルシスに対して、普段のレヴェルに対する気安さをまったく見せない、冷徹な表情でティアは応対する。
今セルシスの手の中にある書物は、古代において、世界を知ろうとした魔術師によって創られた魔道書である。
その魔術師は世界の理を知り、理解し、それを魔道書へと書き下ろした。
とてつもない才能を秘め、天才的な頭脳を有し、世界の深遠へとたどり着いた男に、ティアも協力し、自分の力を貸す方法を教えてやった。
その方法が、いまセルシスが口にした言葉だ。
この魔道書を読んだレヴェルが、面白がってティアと召喚士ごっこをして遊んだ記憶もまだ新しい。
レヴェルがストラスに無理矢理連れて行かれなければ、この魔道書も回収して行くはずだったが、ドタバタしているうちにその存在を忘れてしまっていた。
しかし、千年以上前の古代語を読める者はそうそういない。
そのため、たとえそのまま放置していても、問題は起きないだろうと思っていた。
まさか、古代語を読め、それを行使できるだけの力を持った者が、レヴェル以外にいるとは思わなかったと言うのもある。
「それで、私を召喚した理由は?」
「私に協力してもらいたいのです。我が祖国のために私には力が必要なのです」
「残念ね。私は誰にでも力を貸すわけじゃないの」
きれいな顔立ちの美形の男を見ながら、ティアは相手の提案を鼻で笑う。
相手の心内が分かるティアは、セルシスの心の中にある世界の覇者たらんとする欲望を見抜き、協力を拒否する。
元々、レヴェルに協力を約束しているため、他人のために力を貸すつもりは無い。
それに、たとえレヴェルに協力していなかったとしても、ティアは目の前の男に力を貸す事は無い。
きれいな顔をして、穏やかな笑みを浮かべているが、目の前の男の心は暗く歪み、ティアの力を自らの欲望のために使おうとしているのがわかる。
ティアは、純粋な者が好きだ。
千年前に力を貸した魔術師も、レヴェルも純粋で純朴な者だ。
両者とも自分の趣味に没頭し、他人を寄せ付けないくせに、恩を受けた相手には命がけで借りを返す。
その上、自分でした事には、自らが責任を取る覚悟と責任感がある。
今回、サウスマギアを助けに向かい、争いを収め、サウスマギアが脱出できる環境を整えたのも、助命してくれた借りを返すと言うレヴェルの覚悟を示すものだ。
ティアの力を使えば、簡単だ。
コストア、ガストル、両軍を滅ぼす事などティアにとっては造作もない事。
それこそ、その気になれば、この大陸中を滅ぼす事も可能である。
それをしないのは、レヴェルがそれを望まないからだ。
思えば、かつての魔術師の男もそうだった。
ティアの力を欲したのにもかかわらず、その力を使おうというそぶりさえ見せなかった。
彼はただ、深遠の力を見、その力を余す事無く書き記す事ができればよかったのだ。
彼が死に際に、この教会に自分の書を寄贈し、その中に隠すように魔道書を残した。
何故残したかは聞いていないが、おそらく自分の夢を達成した思い出の品だったからだろう。
魔術師が亡くなる頃には、世界は衰退の一途をたどっていたので、魔道書を残しても大丈夫だろうと思ったのかもしれない。
「それは残念です。では、実力行使で」
「へぇ」
しかし、その魔道書の存在を知って利用しようとする者が現れれば残すわけにも行かなくなる。
レヴェルのように遊びで使う分にはいい。
しかし、目の前の男のように、それを利用し、悪用する者が現れたのなら、思い出の品として残しておくのは問題がある。
セルシスが連れていた四人が、強い魔力が込められた言葉を唱えると、辺りが光に包まれ、精霊達が姿を現す。
ティアも良く知る火、水、土、風の精霊の王達だ。
今の大陸では、素質がある者はいるものの、いまだ精霊の王達の力を借りられる者はいない。
そのはずであるのにもかかわらず、こうして精霊の王達が姿を現していると言う事は、無理矢理、術者の魔力を増幅し、何とか精霊の王達を呼び出しているのだろう。
こんな無茶なやり方で、精霊を使役するば、術者達の命は長くないだろう。
「貴方が長だとしても、王達四人がかりなら、無傷ではすみませんでしょう。
お力添え。考えて頂けませんか?」
しかし、セルシスにも目的がある。
自分の才能に自信があるセルシスは、自分の名前が歴史書に残る事を欲している。
幼少の頃から才能が豊かで、周りから認められていたセルシスは、自分は普通の存在ではなく、この世界を支配するに足りる存在だと考えている。
今はクルセアに従っているが、いつかは自らがその座に変わり、この世界を支配しようと目論んでいる。
「私は断ったわ」
「そうですか。それでは仕方ありません」
そのためには、強い力が必要になる。
絶対的な強者の力を得ることによって、セルシスは自分の目的をより早く達成しようとしているのだ。
セルシスの指示によって、脅すように四方から王達がティアを取り囲む。
王達は姿形こそ王の姿をしているが、あきらかに召喚する実力が足りておらず、無表情で無感情だ。
普段は暑苦しい火の精霊王や、一度喋りだしたら止まらない風の精霊王が無口で静かな事がその証拠だ。
お澄まし屋の水の精霊王や、ニコニコと穏やかな土の精霊王の二人も表情が抜け落ちてしまっている。
セルシス達のような人なら恐れるかもしれないが、こんな力の抜けた相手なら、千体数を揃えたところでティアに傷ひとつ付けることはできない。
「いくら貴方でも、精霊の王達と戦えば無傷ではいられないでしょう。
へたな・・・」
「私もなめられたものね」
実力を測れない相手というのは、別の意味で恐ろしい。
人と神の力の差を理解できない者には、この世界の理は理解できないだろう。
そんな事を考えながら、ティアはその場で、くるりと回って見せる。
それだけで、精霊王達の姿が崩れ去り、それを呼び出した者達と共に、意識を失ったセルシスが書庫の床に倒れ伏す。
「レヴェルが殺す事を望んでいないから殺しはしないわ。自分の幸運に感謝する事ね」
レヴェルにとって敵になる相手だが、彼が暗殺などを望んでいない以上、ここで勝手に殺すわけにはいかない。
それに神殿を死で汚すのも気が引ける。
ここはレヴェルとの思い出がある神殿でもある。
なるべくなら、汚したくない。
「これはティア様。何か御用ですかな?」
「もうすんだわ。悪いけど、これの片づけをお願いね」
「お任せください。外に放り出しておきましょう」
もはや、この教会を含めたプレタダの土地は、コストア王国の支配下に置かれている。
コストア王国の宰相にそんな嫌がらせをすれば、ただではすまないだろうから冗談だと思うが、見た目によらず、いい性格をしているアレクなら本当にやりかねない。
あのレヴェルを引き取って面倒を見るだけあって、アレクも普通の物差しでは計れない相手だ。
「レヴェルは元気にしておりますか」
「ええ。いつも通りよ。本の管理番になるためにあちこち走り回っているわ」
「ほっほっほ。あれは変わっておりますからな」
倒れているセルシス達の存在をまったく無視したまま、二人は楽しげに会話を交わす。
「レヴェルにお伝えください。あれはすぐ無茶をします」
「大丈夫よ。私がいる限り死にはしないわ」
頭を下げるアレクに笑って答えるとティアは、セルシスが持っていた本を手に取り、塵と化させる。
そして、アレクに別れを告げると、その場から姿を消した。




