024 コストアの姉妹
「セルシスの奴、好き勝手するものじゃの」
片手に持った黒い扇子を弄びながら、クルセアはソファに体を預ける。
「のぉ。姉上。あの男も、存外大した事は無いの。このまま宰相の地位を任せておくのは危ういかも知れぬ」
「あなたの好きにすればいいじゃない。あなたはこの国の女王。あなたの邪魔をする者はこの国にはいないわ」
腹違いの姉であるクレリアは、妹の言葉を肯定する言葉を呟きながら、クルセアの前に手製の焼き菓子を並べる。
「そうは言うがの。姉上。これでなかなか女王の座と言うものは窮屈なものじゃぞ?」
「そうなの?好き気ままにやっているように見えるわよ」
「見る目が無いのぉ。そんなんじゃから、わらわに王位を奪われるのじゃ」
「私は感謝してるわ。目立つのは好きではないし、こうしてあなたの力になれるから」
姉であるクレリアに自ら紅茶を注ぎながら、拗ねたような顔をするクルセア。
そのクルセアから紅茶を受け取り、クレリアはソファに腰を下ろしながら笑顔で拗ねた妹に答える。
姉と妹といっても、クレリアとクルセアの年は一時間しか変わりが無い。
一時間先に、クレリアが生まれただけに過ぎない。
しかし、それだけの差だが、コストアの王位継承権としては一つの順位の差になる。
クレリアは母親の身分が低く、王位継承権を持つ者の中で地盤が一番弱い。
親子、兄弟、姉妹の中で骨肉の争いをする事が一族の伝統芸のようなコストア王国の中で、地盤が弱いと言う事はそのまま死を意味する。
実際、後ろ盾になる母親や後援者を殺され、幼いながらに身の危険を感じていたクレリアだったが、そこで一つの転機が訪れる。
それは、クルセアの母親に引き取られた事。
父親は同じでも母親は違うはずなのに、クルセアとクレリアの二人の容姿は驚くほど似ている。
今も髪をカールさせているのがクルセア。ストレートなのがクレリア。の差しか他人には分からない。
自分の娘と似た容姿を持つクレリアだから、クルセアの母親は娘の替え玉、もしくは身代わりとして引き取ったのだ。
しかし、幸運な事にクレリアが身代わりを引き受けるような事態にはならず、クルセアの影に隠れるようにして生き延びる事ができた。
クレリアにとってもう一つ幸運だった事は、クルセアが懐いてくれた事にある。
一族郎党すら、邪魔になる者はすべて排除して王道をまい進して来たクルセアだが、なぜか、クレリアだけはそばに置き、相談や愚痴の相手をさせている。
クレリアもそうだが、クルセアも思っているのかもしれない。
自分達は、二人で一つなのかもしれないと。
馬が合うというレベルではなく、お互いに相手の考えがわかる。
双子ではないが、まるで一卵性双生児のように一心同体の二人は、見た目も同じなら思考回路もほぼ同じで、クルセアは鷹揚、クレリアは怜悧という若干の性格の差があるが、それ以外は、すべて同じだ。
だからこそ、仕事を別けられる。
クルセアは表を。クレリアは裏を。
表向きの政務はクルセアが行い、非合法な行為や情報収集など裏向きの仕事はクレリアが行い、二人の姉妹が国を回している。
クレリアは表には顔を出さず、素顔を黒いベールで覆い隠し、侍従長としてクルセアのそばに控えている。
この事を知っているのはごく少数で、宰相であるセルシスさえ知らない。
クレリアがその素顔をさらすのは、今のように侍女も誰もいない、親愛なる妹と二人だけでいるときだけだ。
「でも、確かに、魔術師達を勝手に使い潰すのは、問題がるわね」
クルセアと向かい合ってソファに座りながら、クレリアもセルシスの今回の行動を問題視する。
魔術師を強化し、強い精霊を呼べるようになる。というのは魅力的な強化だが、それで魔術師が使えなくなるのは問題がある。
「それも問題じゃが、わらわに秘密にしてプレタダに向かうのも問題じゃ。
あ奴は頭は回るが、力を求めすぎる。
奴が身を滅ぼすのは構わんが、わらわ達まで巻き込まれては敵わん」
クレリアの手の者により、セルシスがプレタダの教会で何をしようとしていたかは聞いている。
さらにその話は、別の諜報部や、セルシスの周りにいる情報提供者から裏取りをしている。
本人を問い詰めなければ真相はわからないが、今回セルシスがやろうとしていたのは、精霊達の長を捕らる事で、どうやら失敗したらしい。
表立っての話にはなっていないが、ルシアの遣いである相手を捕まえようとした話は、下手をしなくても、ルシア教への不敬になる。
ルシア教の神殿の無い国はない。
国を扱う身としては、へたにルシア教と波風は立てたくない。
セルシスの能力と才能は信じているが、その人格には信頼を置いていない。
それが、7:3の信頼関係になっていると言っていい。
画期的な作戦を立案する能力や、計画実行能力の巧みさは評価できるし、このまま消すのはおしい。
しかし、足を引っ張られてまで使い続けるかといえば、そこは他の者と同様に斬り捨てる判断になる。
ただ、プレタダ王国を含めた南側を押さえていない状態では、まだ利用価値を発揮してもらいたいのが本音だ。
「ワテスが、トゥーエの娘と婚約したらしいわ」
「わらわも聞いておる。あ奴らしいの」
セルシスの話は置いておき、クレリアは驚いた報告をクルセアに伝える。
プレタダ北部でコストアの支配を強化する事を任されていたワテスは、反コストアの急先鋒である北部貴族のまとめ役トゥーエを口説き落として、その長女、ユラを自分の婚約者とした。
元々、プレタダの北部貴族と小競り合いを繰り返して来ていたワテスは、敵でありながらも人間味があり、尊敬できる武将であったトゥーエに心酔していた。
そのため、降伏工作に失敗したライルに代わり、砦に篭るトゥーエに対しては自ら交渉に当たり、再三再四に渡って交渉を続けていた。
ワテスの交渉の第一歩目が、降伏の条件ではなく、末永いお付き合いのために、私に娘さんをください。だったのは、さすが歴戦の猛将であるトゥーエも度肝を抜かれたらしい。
それからどういう風に交渉をしたのかはわからないが、ワテスは見事にトゥーエを心を掴み、娘を手に入れ、抵抗派の取り込みに成功している。
また、王位を強制的に継承したストラスを盾にとって、ガストル側をけん制し、王都ブルゲンエルツに味方の部隊を入場させている。
そして、さらに国土割譲を望んで来たガストル側の交渉をのらりくらりとかわし、さらに相手側を怒らせ、王都をガストル軍に囲まさせた。
普通なら、大した兵を入れていない篭城など長く持たないだろうが、ガストル軍の横合いを突いて、メディウスの軍が到着し、総攻撃を仕掛けた。
もちろんワテスは、メディウスの動きを計算し、交渉を引き延ばし、さらにフラストレーションがたまる言葉を選んで交渉を続け、相手を切れさせるように努めている。
そうすることで、メディウスの軍が到着を待ち、想定よりあまっているコストアの貴族達に疲弊させる事を強いたのだ。
「食えぬ男よ。ただ、頼りにはなる男よ」
セルシスのように作戦立案能力を持つわけではなく、メディウスのように大軍を率いる能力を持つわけでもない。
しかし、機転が利き、知恵が回るワテスは、使い勝手が良い万能な部下だ。
クルセアとしては、わりとお気に入りの部下でもある。
今は、プレタダの城督を任せ、軍隊が壊滅打撃を受けたガストル王国とナステト王国攻略のために駐屯しているメディウスを支援するように命令を出している。
「ただ、気になる事があるわ」
「何じゃ?姉上?」
一部失策を犯した者がいるが、おおむね、満足のいく結果を残せたプレタダ攻略に納得している様子のクルセアに、クレリアが眉をひそめる。
「ストラス以外の王族を捕らえられなかった事よ。王妃と王女を取り逃がしているわ」
王城に入ったワテスからの報告では、王妃と王女サウスマギアとその弟の姿は見えず、コストア軍を向かえたのは残された貴族達だけだったらしい。
「構わんじゃろ。再び出て来るなら、その時にまた叩けばよい」
「それだといいんだけど」
バエンの女王サラディーナならそうするじゃろ。と、意気込むクルセアを困った笑顔で見つめながら、クレリアは自分の不安が杞憂に終わる事を願った。




