016 コストアの女王
「メディウスも大した事は無いの。たかだか小城ひとつに手間取りおって」
手に持った扇子で顔を仰ぎながら、コストア王国の女王、クルセア・リヴィウス・カタヤイネンは、イスに深く腰掛けたまま目の前の地図を眺める。
「思わぬ反撃を受けましたが、西側の貴族を抑え、しっかりとたずなを握っています。
まずまず及第点かと」
金髪の長い髪にロールをかけ、吊り上った切れ長の鋭い緑の瞳を持つクルセアの言葉に、秘書のように控えていた男が答える。
「わらわは、一気に王都を陥落させると聞いておったぞ?」
「これは手厳しい。しかし、戦争の計画は、旅行の計画のようにうまくは行かないものです」
自らの主であるクルセアに睨まれても、貴公子然とした美形の男、セルシスは、その柔らかな微笑を崩す事無く笑って見せる。
「まぁ、良い。それより」
女性から見てもうらやましくなるほど、さらさらの長い金髪を白い布で巻き、右肩から前側にたれ下げているセルシスに、クルセアは普通にしていても鷹のように鋭く見える目を向ける。
「トンネルの開通を早めたそうじゃな?」
「はい。このままでは、ガストル王国の者達にいいようにされてしまいますので」
「それは確かに業腹じゃが。大丈夫なのじゃろうな?さすがに、魔法使い達を使い減らす訳にはいかんぞ」
敵対してきた相手には無慈悲に対応するクルセアではあるが、貴重な魔法使いとなると話は別である。
この世界の魔法は精霊達の力を借り受ける事により、使用する事ができる。
そのためには、精霊と心を通わせる特殊な能力が必要になって来る。
その素養は後天的ではなく、先天的な物であり、能力の無い者が後付で精霊と心を通わせる事は難しい。
だからこそ精霊を扱える者は、どこの国でも重宝される事になる。
精霊の力を借りられる魔法使い達は、その能力によって力を借りられる相手が変わってくる。
声は聞こえど姿がはっきりしない下級の精霊と、声が聞こえ姿もはっきり分かる中級の精霊とでは行使できる力が大きく違う。
だから、魔法使いも心を通わせる精霊達によってその力量が変わり、周りにいる者達にもその存在が見える上級の精霊と心を通わせる事ができる者は、周囲から尊敬の目で見られる。
それよりさらに力のある精霊王の力を借り受けられる存在は、現在、大陸広しとは言え、確認されておらず、コストア王国にももちろん存在しない。
ほとんどの者が中級程度で、よほど精霊に好かれていない限りは、どこの国でもそれが普通である。
精霊王の力を借り受けられる者なら、山を作り、谷を掘る事すら一日もかからず行え、今、コストア王国とプレタダ王国を隔てているワーミド山地も、かつて精霊王を従えていた者が造った物らしい。
たしかに、それほどの力を持つ者が一人いてくれれば、トンネル堀りなどで煩わされる事もないかもしれないが、それは人海戦術でなんとか代用は利く。
下手に力を持つ者がいれば、その力の取り合いになり、それだけで争いの種になる。
それで無意味な争いが起こるくらいなら、平均的な者達を多く集めた方が、結局は有効に使える。
その有効に使える者達を、いま、クルセアは有効に使い倒している。
しかし、かと言って、普通の平民のように替えが利く相手ではない。
だから、クルセアとしてもよほど逆らう相手でも無い限りは、魔法使い達には配慮を見せる。
「人の扱いは、生かさず、殺さず。ご安心ください。我が君。一人も死者も無く、順当に仕事をこなさせております」
「そちがそのように申すなら、そうなのであろう。良しなに頼みますぞ」
報告書を見た限りでは、セルシスの報告どおりである。
しかし、それはあくまで報告に過ぎない。
報告書を作成する過程において、いかなる思惑が介入しているとも限らない。
報告書を額面どおり信じるのは、馬鹿のする事だ。
セルシスとは違う情報源から、違う人物に、何人も報告させる。
そうしなければ、正しい情報など手に入らない。
それほど慎重に情報を得て、精査する事によって、自分の立場は磐石になると、クルセアは考えている。
セルシスは信用しているが、信用七割、疑念三割だ。
そうでもなければ、権謀術数張り巡らせる大国の首脳など勤められない。
クルセアとしては、三割しか疑っていないセルシスは、かなり信用している方だ。
三割しか疑っていない相手など、クルセアの中では片手の指で納まるほどしかない。
「間違いなくプレタダを落とし、南を手に入れるのじゃぞ」
「プレタダを落とせば、その次はガストル、ナステト。順当に攻略を進め、最後にはこの大陸すべてを我が君に」
「期待しておるぞ」
レドナ大陸すべてを手に入れたいかどうか。
実際のところ、それが本当にクルセア自身が欲しているのかは分からない。
しかし、同じ女王であるバエンのサラディーナに対抗意識があり、それに反発しているのは間違いない。
何度となく会った事のあるサラディーナは、他を圧倒する美しさとその場を畏怖させる存在感があった。
クルセアは、そんなサラディーナに憧れていた。
竜神の血を引くというサラディーナの美しさを、その誇り高さを、その強さを。
言葉を交わす事は一度としてなかったが、王族の集いや外交の場にサラディーナの姿を見かける度に、クルセアはその姿を目で追っていた。
その姿を見るたびにクルセアは、自分の心が強く惹かれていくのを感じた。
恋愛感情ではない。どちらかと言うと、信仰。
人々がルシアを崇拝するように、クルセアもサラディーナに憧れ、崇拝している。
そんなクルセアだからこそ、サラディーナの望むもの。それと同じものを欲したのかもしれない。
サラディーナが望む大陸統一。
それを達成すれば、クルセアにもサラディーナの見ている物が見え、同じ高みに達せられるかもしれない。
その前に、サラディーナとの直接対決もある。
サラディーナに自分は叩き潰されるのか、それとも自分がサラディーナを倒すのか。
自分にサラディーナを倒す事ができるのか?
それはわからないが、そう考えた時に、クルセアの心は確かに高揚する。
クルセアにとって大陸統一など二の次だ。
サラディーナと同じ舞台に立てる。
その目的のために、クルセアはコストアを手中に治め、今また南を手に入れようとしているのだ。
「セルシス。次の報告を楽しみにしておるぞ」
「はい。お任せください」
自分の内心はまるで表に出さず、セルシスに指示を出すと、クルセアは手に持っていた扇子を閉じた。




