015 情勢
「これが、私の知りえるプレタダの情報ですね」
オリカ家の応接間に通されたレヴェルは、そこでアリス相手にプレタダ各地で起こっている戦闘状況を解説している。
「これを本当にお前が?」
戦闘の詳細をまとめた資料に、黒板を使った時系列順の戦況報告にリーヴェが目を丸くして驚く。
「お前、だなんて。失礼よ。リーヴェ。彼の優秀さは、知っているでしょう?」
豪商として知られるオリカ家の応接間らしく金と手間暇がかかっているものの、それを感じさせない控えめな調度が並んでいる。
その中の一つであるソファにちょこんと座ったアリスが、驚くリーヴェを笑う。
「そうですが、やはり」
資料を見ながら、考え込んだリーヴェを見ながら、アリスは大量にミルクが入った紅茶に口をつける。
「それで、レヴェル君は、この後、プレタダはどうなると思う?」
「私の予想ですか?」
口調は疑問符をつけているが、その表情は特に疑問にも思っていない、明らかに答えは出ているであろうレヴェルに、アリスはその答えを無邪気に求める。
「コストアの支配下に置かれるでしょう」
「まだ、王都も、陥落して、いないのに?」
「時間の問題です。現在は東部と中央が残っていますが、コストアはここで一気に攻勢に出て、北部周辺も蹴散らしてしまうでしょう」
「その根拠は?」
「プレタダ側は劣勢であるにもかかわらず、指揮系統が混乱しています。
強力な敵に一致団結できない者達は、必ず滅びます。
それは、あえて例を挙げるまでも無いでしょう」
「うふふ。そうね」
頭を下げながら自分の意見を述べるレヴェルの言葉に、王族内部の対立から自分達に滅ぼされる事になったグラゾフ王国が頭に浮かんだアリスは、同意の笑みを浮かべる。
「おそらく、コストア側はまだ手を隠しているでしょう。その手の内はいまだ不明ですが、近日中にはわかるものと思います」
「リーヴェ。相手は、何を、してくると思う?」
話す時のクセなのか、言葉を一節一節切り、相手に自分が何を言いたいのか、確認するように話すアリスの言葉を受けて、リーヴェが資料から顔を上げる。
「はい。セルシスの性格を鑑み、その上、レヴェルの集めた情報から察するに、おそらくは、ワーミド山地を走破してくると思われます」
「走破?わからないわ」
「はい。レヴェルが調べた編成を参考にすると、今回の遠征軍には土の精霊を扱う者がほとんどいません。
陣地構築や、堀、城壁を破壊するのに有効な土の精霊使いの数が少ないのは、プレタダ側を甘く見ていたとしてもあまりにも無謀です。
本来なら他国を通り、隣接地も無い敵国に攻め込むなら攻略の速さそのものが命になります。
そのためには、土の精霊使いは必須。
それを用いないと言う事は、何らかの考えがあると言う事になります」
「なるほど。そうね。それで?」
「レヴェルの調査から、セルシスという人物は誰も考えない、実行した事の無い事をやりたがる向きがあります。
そこから鑑みますに、おそらくセルシスは、ワーミド山地にトンネルを掘り、そこからコストア正規軍を投入してくるつもりだと思われます」
「おもしろいわ。レヴェル君。そんな事は可能かしら?」
銀縁のメガネを直しながらのリーヴァの言葉に、アリスは満足そうに頷くと、レヴェルに話を振る。
「おそらくは可能でしょう。コストアの女王クルセアは、敵だった者に容赦はありません。
敵軍に属していた精霊使い達を昼夜問わず酷使すれば、一月もかからずトンネルが開通できるでしょう」
「二人供、すごいわ」
立て板に水と言う風に迷い無く意見を述べる二人を見て、アリスは満足そうに手を叩く。
「ねえ。レヴェル君?」
「なんでしょうか。アリス様」
黒板を前に立っているレヴェルに向って、いつものようにキラキラした瞳を向けると、アリスはやや薄暗い部屋を明るくするような輝く笑みを浮かべる。
「貴方の、情報収集能力は、とてもすばらしいわ。これからも、よければ、知恵を貸してもらえるかしら?」
「ええ。私などのつたない情報でよろしければ」
「お願いね」
片手を胸にあて、片膝をついてみせるバエン式の礼をするレヴェルに、それに気付かない風にアリスは頷き、紅茶を口にする。
その様子を、ソファ越しにアリスの後ろに立っているリーヴェはなんともいえない表情で見る。
レヴェルは間違いなくアリスがバエンの王族であり、“先駆け飛龍”と言う二つ名を持つ剛勇無双の姫である事に気づいている。
そして、さる王国の貴族の娘として社会見学に来ているという、誤魔化しているのかいないのか分からない立場のアリスも、レヴェルに察せられているであろう事はわかっている。
しかし、なぜか、アリスは、レヴェルに対して部下になって欲しいとは一言も言わない。
父親の名代として、タナケダからバエンに物資を輸送したリーヴェの時には、一目見て、欲しいと言い、そのまま隊商に混じってタナケダまで来て、父親を説得してくれたアリスが、である。
端から見ていても、二人の仲が良好である事は見て取れる。
アリスの意を汲んだかのような、打てば響くようなレヴェルの返しはリズムがあり、お互いの波長が合って、会話の展開がスムーズだ。
出会って、会話も大して交わしていない二人のやり取りとは思えない。
そもそも、そうでなければ、アリスもここタナケダに長く逗留する事ないだろうし、レヴェルもそれに答える事はしないだろう。
レヴェルの雇い主である父親の話では、レヴェルは仕事はできるが、周りとは壁がある。と聞いている。
別にレヴェルが、一人を好み、他人を遠ざけているわけではない。
他人を気遣い、人の仕事を助け、食事をおごったり、用意を手伝ったりと、仕事場の仲間と打ち解け、仲が悪くないと聞いているし、その事は、しばらくアリスに従ってレヴェルを見ていたので、リーヴェも知っている。
しかし、能力の違いなのか、それとも人としての格なのか。
人の中に混じっていても、レヴェルは浮いて見える。
浮いて見えるからこそ、他人の目を引きつけ、この人物はと評価したくなる。
そうでなければ、成人したばかりの、後見人もいない者を父親が雇い、大事な経理を任すなどということは無いだろう。
そう思わせる何かが、レヴェルにはある。
「運命の相手が、見つかるらしいわ」
アリスの姉、クスハが占いの結果を伝えた事は聞いている。
その姉の言葉を信じているからこそ、アリスはタナケダに足を延ばし、リーヴェの実家に逗留している。
クスハに運命の人と指名された、レヴェルと言う情報収集の才人を味方に引き込むために。
だと言うのに、アリスは、積極的な話はせず、レヴェルの話す内容に耳を傾けるばかりだ。
もちろん、アリスには、アリスなりの考えがあるのだろう。
姉であるクスハから、何らかの助言があったのかも知れない。
そうである以上、部下であるリーヴェは助言はすれど、差し出がましい行動はしない。
クスハが造った錬金術の技術が散りばめられた万年筆を、今回の礼だとばかりに押し付けようとしているアリスの姿を見ながら、リーヴェは二人を見守る事にした。




