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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
11/102

011 運命


「今度は何するの?」


「ああ。今、ピザ窯の、温度の調整をしてるんだ」


 ふわっと、空中から溶け出すように現れたティアの質問に、釜の中の火加減の調整をしながらレヴェルが答える。


「タナケダ王国は、チーズとオリーブが名産だからな。となると、これを作らないわけにはいかない」


 牛や羊、山羊などを放牧し、その毛皮やチーズなどの乳酸品が特産品であるタナケダ王国で再就職を果たしたレヴェルは、ピザ釜を独自に作り、ピザを焼いていた。

  

「何かおいしそうね」


「どれでも好きな物食べていいよ。多少、焼きムラがあるけど焼けてるはずだ」 


 本で読んだ知識を実践するために、何度もいい焼き加減を求めて実験を繰り返しているレヴェルの言葉に、ティアがそばにおいて置いたトマトのピザに手を伸ばす。


「こんなに焼いてどうするつもり?」


「もちろん。みんなに配るさ。もうすぐ昼時だからな」


 いい焼き色がつき、柔らかくきれいに伸びるチーズを生地に絡ませながら、ティアは上手にピザを食べていく。


 プレタダ逃亡から二ヵ月後、新たに雇われた商家の裏庭を借り受け、勝手にピザ窯を作ったレヴェルは、朝早くに仕事を終わらせた後、ピザ作りに精を出している。


 何の本であれ、見て気になったものはやってみなければ気がすまないレヴェルは、時にこうして暴走する。


「もう人数分越えてるみたいだけど」


 一人当たり二枚強は行き当たりそうな数はあるピザを物色しながらティアは、まだまだ焼くつもりのレヴェルに楽しそうに尋ねる。


「あまったら、ティアが食べればいいさ」


「う~ん。全部はいらないかな」


 どちらかと言うと、全種類を一口ずつ食べたいティアは、半そでのシャツとハーフパンツ姿で、熱いピザ窯の前に陣取っているレヴェルに苦笑を返す。


「あ。誰か来たわ」


「お。誰だ?」


 人の気配を察し、姿を消したティアを目で追った後、わざわざ商家の裏まで来た相手を探してレヴェルは、周囲をうかがう。


 別にティアの姿を見られても問題は無いのだが、明らかに普通の精霊よりも格が高いティアの存在を説明するのは面倒臭い。


 余計な事に時間をとられたくないなら、隠しておいた方がいい。


 その判断が働き、誰か来た時には、ティアは姿を隠すと言う約束を二人は事前に決めている。


「あは。ピザ。おいしそうね。私も戴いていい?」


 長い黒髪を結い上げ、銀縁のメガネをかけた気難しそうな女性を伴って現れた金髪の少女の姿に、レヴェルは思わず息を呑む。


 精霊達から話を聞いていた容姿から、目の前に突然現れた相手がバエン王国の四女、“先駆け飛龍”アリスだと気付いたからだ。


「焼き加減にムラはあるかもしれませんが、味はいいはずですよ。

 どれでもどうぞ」


 何故、バエン王国から遠く離れたタナケダ王国にアリスがいるのかわからないが、レヴェルは知らない相手に対する、その上で身分が上の少女に対する態度で接する。


「あら。嬉しい。貴方。優しいのね」


「アリス様」


「あら。いいのよ。リーヴェ。私は気にしないわ」


 半歩下がった場所にいた女性、レヴェルが雇われている貴族商人の娘であるリーヴェリッタ・オリカが止めようとするのを、アリスはニコニコしながら制する。


 使用人が適当に焼いたものを王族の者が毒見もなしに食べる事を問題視したリーヴェに対し、商家の娘のように上質ながらも質素なドレスに身を包んだアリスは笑う。


「彼はいい人だわ。私。分かるもの。それとも貴方のところで雇っている人は、私に害意をなすような人がいるの?」


「いえ。滅相も無い。私はアリス様の事を思えばこそ」


「分かっているわ。リーヴェ。貴方の忠誠心から出た言葉ね?」


「ありがとうございます」


 自分の胸に手をあて頭を下げるリーヴェに、ニコニコ笑うとアリスは、レヴェルの焼いているピザに視線を戻す。


 ずいぶんキラキラした子だな。


 他国の貴族であるリーヴェを完全に己の部下として扱っているアリスの姿を見て、レヴェルはそう心の中で感想を漏らす。


 小麦の穂のように輝く金髪に、大きく丸い金色の瞳とは別に、アリスの姿がレヴェルには太陽のように煌き、眩しく映る。


 存在その物が輝き、キラキラした光を周囲を振りまいているように見えるアリスは、明らかに尋常な人物ではない事がわかる。


 質素なドレスを身にまとっているが、身にまとっているものが質素でも、本人の内面から来る輝きのせいで、質素に見えず人目を引く。


 通りを歩いて来たのなら、相当な人々が振り向いた事だろう。


 この少女が、片手で重さ二十キロ近い槍を振るい、牛を片腕で絞め殺すなど、想像できる者がいれば見てみたい。


「では、ナイフとフォークを」


「あら。こういった食べ物は、手で食べるのでしょう?街で見たわ」


「え?」


「あ、アリス様」


 王族と知らないとしている相手でも、身分が高そうなのは見た目からも間違いない。


 貴族の食事には必須なナイフとフォークを用意しようとしたレヴェルに笑うと、アリスは手を伸ばす。


「うん。おいし。貴方。料理が上手なのね」


 直径三十センチほどのトマトとバジルのピザをとり、それを器用にクルクルと巻くと、アリスはあまり大きくは見えない口の中に放り込み、あっと言う間に咀嚼する。


 その様子にさしものレヴェルも、そばについていたリーヴェも目を見開いて驚く。


「あら。ごめんなさい。もう無くなってしまったわ」


「あ、ああ。いえ。ピザはまた焼けばいいので」


 それはピザの食べ方ではない。とか、その小さな口のどこに消えているのか。とか、今まで経験した事の無い出来事に、思考を中断させられていたレヴェルだが、アリスの言葉にはっと我にかえる。


 見れば、テーブルの上に所狭しと重ねられていたピザは一枚も無くなり、手をハンカチで拭いているアリスの姿があるだけだ。


「御代は、いくらかしら?」


「いえ。これは趣味で焼いていたものですから。御代は要りません」

 

 店の者すべてに配っても余りそうになっていたピザを、すべて食べ尽くしたアリスに、意表をつかれながらもレヴェルは、礼を失せ無いように頭を下げる。 


「あら。ダメよ。お母様がいつも言ってるもの。代価は必ず払うか、払わさなければならない。って。

 ただ貰いはダメよ」


 小柄な体のどこに入ったのか、非常に気になるレヴェルを放置して、アリスは何か考え込む。


「そうね。これぐらいでどうかしら」


 ピザが乗っていたテーブルの上に、数個の宝石を乗せるとアリスは、レヴェルを見てくる。


「これは多すぎますね。もらえるとしたらこれぐらいで」


 その一つ一つが、きっちりと職人の手が入って加工されたダイアモンドである事を見ると、レヴェルはその中で一番小さい物に手を伸ばそうとする。


「それはダメね。貴方が取るのは、こっち」


 断れない雰囲気を感じ、恭しく頭を下げ、伸ばして来たレヴェルの手に自分の手を割り込ませると、アリスは一番大きい宝石をその手に握らせる。


「これは多すぎます」


「いいの。取っておいて。貴方とは、何か縁を感じるわ。次に会った時、私との縁。優先させてね」


 手に宝石を握りこませ、その上から自分の手を重ねて、

にっこりと微笑んで来るアリスをレヴェルは見つめる。


「わかりました。お嬢様の御意志のままに」


 時間にしてわずか数秒ほど、瞬きの合間見詰め合ったレヴェルは、アリスの手をそっと離し、宝石を手にしたまま胸にあて、片膝をついて礼をする。


「ふふ。よろしくね」


 バエン式の礼をして見せたレヴェルに驚いた様子も無く、ニコニコいつもの笑みを浮かべ、アリスは踵を返し、リーヴェを伴って裏庭を後にする。


「変わった子ね」


「この世のものとは思えないな」


 アリス達が商家の屋敷の方に消えたのを見て、ティアが再度姿を現す。


「女神様の加護でもあるのかな?」


「さぁ。どうかしらね」


 キラキラとした残滓がいまだ残っているように感じるアリスの姿を見送ったまま、独り言のように呟くレヴェルの言葉に、ティアは肩をすくめて見せた。 

  






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