010 バエンの四姉妹
「お母様。ただいま戻りました」
姉妹を統率する四姉妹の長女サラスの声に、報告書に目を落としていたバエン王国の女王サラディーナは視線をあげる。
「戻ったか。北での手腕。さすがサラスだな」
「いえ。妹達が良くやってくれました」
クセのある長い紫の髪を腰まで伸ばし、ややきつめの紫の瞳と言う自分の容姿に最も近い長女、サラスの言葉に、サラディーナはその後ろに並ぶ娘達に視線を向ける。
「クスハ。体は大丈夫か?」
「はい。ご心配には及びませんわ。お母様。ありがとうございます」
銀色の髪を短くまとめ、狐の耳を持った少女は、生来開かない目に包帯を巻き、妹の押す車椅子に座ったクスハは母親に向って頭を下げる。
「お前は元々体が強くない。無理はするな」
「はい。でも、グラゾフは楽しいところでしたわ」
鎧に身を固めた姉妹の中で、唯一、簡素なローブ姿のクスハは、穏やかな笑みを浮かべる。
目は見えないが、クスハ自身には他の者とは違うものが“視えている”らしく、いつも楽しそうにしている。
身体的に不自由な部分があるものの、それを補って余りある頭脳と、魔法力を持ち、サラディーナと共に政務や軍の戦略を担っている。
「イクスラの差配も見事だったな。グラゾフの勇将エラトマを討ち取った報告を聞いた時は耳を疑ったぞ」
「へっへ~ん。まぁ、アタイに任せとけば、どんな敵でも一網打尽だぜ」
グラゾフ王国の随一の名将を引き釣りだし、撃破したイクスラのおかげで、グラゾフ軍の士気は地に落ち、エラトマの首を掲げたイクスラの姿に、バエン軍の士気は天をつくほどに盛り上がった。
「イクスラ。言葉を慎め。女王の前だぞ」
燃えるような赤い髪を勢いに任せて立ち上げ、勝気な赤い瞳を持った長い耳を持った少女、イクスラが調子に乗っているのを見て、長女であるサラスが苦言を呈する。
長女らしく、生真面目で堅物で融通が利かない性格のサラスは、公私の別をしっかりつける。
グラゾフ制圧の報告をサラディーナにしている以上、今は配下としてバエン王国の女王に向う態度を、妹に求めているのだ。
「何言ってんだか。今は家族はしかいなんだからいいだろ?」
しかし、そんなサラスの言葉を鼻で笑うと、イクスラは大げさに両手を広げて、おどけた様子で、その場で回ってみせる。
「確かに。今はな」
文句を付けてもイヤミが無く、逆に場を明るくする稀有な存在のイクスラの言葉に、サラディーナは苦笑を浮かべる。
イクスラの言うとおり、サラディーナの執務室には今は家族しかいない。
従者も部下もいない環境なら、そこは女王と国を支える将軍ではなく、家族の団欒の場所だろう。
「だが、公式の場では気をつけろ。お前は脇が甘いところがあるからな」
「へ~い」
苦笑を浮かべた母親の顔を見て、唇を突き出すようにしてイクスラも不承不承に頷いて返す。
細かい事を気にしないイクスラは、ふいに突拍子もない事をしでかすため、生真面目な性格のサラスに良く怒られる。
実際、公式の場でも意見の対立する相手を殴り倒すなど問題行動もしばしば起こすイクスラは、可愛い娘ながらもサラディーナの頭痛の種でもある。
しかし、調子に乗れば乗るほどその能力を発揮するのがイクスラでもあるので、悪い物は悪いとはっきり言えるサラス以外は対応に苦慮している。
「あは。お姉様。怒られてる。かわいそ」
「アリス。てめぇ」
次女の車椅子を押している四女、アリスが朗らかに笑い出したのを見て、隣に立つイクスラはねめつけるような目を向ける。
「あら。怖い。ダメよ。お姉様。怖い顔をしちゃ」
ころころと笑うアリスは、金髪の髪を肩まで伸ばし、白い小柄なほっそりとした体付きで、天真爛漫な普通の少女にしか見えない。
「アリス。お前も良く頑張ったようだな。グラゾフの王城への一番乗り。
兵士の士気が上がり、戦いが有利に進んだと聞いているぞ」
「あら。お母様のために働くのは、当然よ。お姉様達にも負けませんから」
丸く大きな金色の瞳を輝かせ笑うアリスに、サラディーナもいつもの理知的で冷静な硬い表情を和らげ、笑う。
一番下の娘になるアリスは、その見た目に反して怪力を持ち、頑丈な体をしていて、両手に持った槍で敵陣に突撃し、常に一番初めに敵を落とす。
その脅威のため、グラゾフ戦の後半になるとアリスの旗印である槍をくわえた飛竜の旗を見ただけで、降伏を申し出る貴族もいたほどだ。
「お前達姉妹は私の誇りだ。これからも力を貸して欲しい」
バエン王国の部下達からは、指揮者のサラス、智謀のクスハ、兵術のイクスラ、武勇のアリスと称えられている。
四姉妹がそろって出撃した戦いはいまだ負け知らずで、母親であるサラディーナも娘達の戦いぶりは鼻が高いし、女王としても有能な家臣を持ち、安心して戦いを任せる事ができる。
周りすべてを隣国と接し、厳しい戦いが予想されていたが、自分の予想以上に娘達が活躍してくれたおかげで、余裕を持って敵の一角を落とす事ができた。
「お母様の理想実現のため、粉骨砕身、この身の限り尽力いたします」
「この身が続く限り、誠心誠意努めさせて頂きますわ」
「まぁ、大船に乗ったつもりでアタイに任せな」
「はぁ~い」
それぞれの個性が出た返事を聞いたサラディーナは、満足げに頷くと、久しぶりに家族そろって食事を取る事にした。




