098 生存
「ダルカル様。討ち死に」
「ゴスター様の部隊後方に撤退。本隊への合流を求めています」
「リョウカ様とクラビラ様。ツラガネ様の部隊と合流。反撃しながら後退するとの事です」
「・・・なかなか厳しいですな」
次々に緊迫した雰囲気の中、届いて来る報告に苦虫を噛み潰したような表情で、呟くレデスにサナーレは無言のまま険しい顔を作る。
今置かれている状況は、かなり厳しいと言える。
前衛の部隊はほとんど崩壊し、いまや敵の先陣がここ本陣に届きそうになっている。
どうしてこうなったのか。内心の不安や動揺を押し隠したまま、サナーレは陣幕内のイスに腰掛け、状況の変化を待つ。
最初は、アンフェルが立てた作戦通りに流れていた。
先陣を務めたリョウカとクラビラの二人は見事にその役目を果たし、相手の中陣を食い破る。
横に長い方陣を組み、こちらの攻撃を包み込むように受け止めようとした、相手の中陣を突き抜けたリョウカとクラビラの後を追うように、ツラガネの部隊も中陣に襲い掛かる。
そして、予定通り中陣に襲い掛かったツラガネ達を囲もうとした相手の左翼、右翼に、それぞれ回りこんだダルカルとゴスターと両軍が突っ込む。
被害が大きくなると考えた相手の将エグゼアが撤退を出し、こちらは追撃を止めさせ、一反兵をまとめようとしたところで、想定外の事が起こる。
散を乱して逃げ出したエグゼアの軍を見て、ダルカルとゴスターの両軍がチャンスだと思ったのか、勝手に追撃を始めた。
何もなければ、それでもよかったのだろう。
だが、追いかけた両軍の前に、突如として現れたカールソンの軍が立ちはだかった。
国境線に布陣し、本来この周囲にいるはずの無い、カールソン率いる三万の軍の突撃を受ける事になった両軍は壊滅。
ダルカルは討ち取られ、ゴスターは生き延びたものの、生き残った部隊は、怪我人が多く、ほとんど用をなさない状況になっている。
ツラガネと合流したリョウカとクラビラは撤退して来ているが、両軍を壊滅させたカールソン軍に、砂糖に群がるアリのように追われ、撤退行動がままならないようになっている。
「なかなか厳しい戦況になってしまいましたね」
仮面の上からでは、その表情がうかがい知れないが、手に持っている杖が小刻みに揺れているところを見ると、動揺しているのか、それとも指示通りに動かなかった二人に憤りを感じているのか、アンフェルはその落ち着いた口調とは裏腹に、ひどく落ち着きが無い。
「サナーレ様。ここは、マディソンまで退きましょう。マディソンの防御を使えば時間が稼げます」
「そうですね。カールソンが来た以上、兵数でも指揮官の能力でもこちらが下回っています。
ここで、時間をかけても犠牲が増えるだけ。
ここは、退くのが常道でしょう」
無言で報告を聞いていたレデスが、サナーレに座ったまま体を向け、マディソン城までの撤退を提案してくる。
そのレデスの言葉に賛成の声を上げると、サナーレの前にある地図を指し示しながら、アンフェルは撤退のルートを確認し始める。
「・・・撤退の指揮は、レデス殿にお任せします」
「サナーレ様?」
アンフェルが指し示す撤退の道筋を一通り聞いた後、サナーレは深いため息をつくと、同じように卓上の地図を見ていたレデスに目を向け、撤退の手引きを一任する。
「私は、後詰として味方の後退を援護します」
「サナーレ様。それはいけません。そのような危険な役目を大将御自らが務めるなど」
大将らしく、ゆったりと腰を落ち着けていたイスから立ち上がり、サナーレは立てかけていた斧槍を手に取る。
そんなサナーレを翻意させようと、レデスがその前に立ち塞がる。
「大丈夫よ。引き上げて来る仲間は、一人でも多い方がいいでしょ」
「サナーレ様達あってのセラム王国です。モンリール様の血筋を失うわけには参りません。
殿は、このレデスにお任せください」
「そういうわけには行かないわ。みな、私のために犠牲になっているのよ。
私のために、これ以上、無駄な犠牲者を出すわけにはいかないわ」
正面に回って押し留めようとするレデスの肩に手をかけ押し退けると、サナーレは陣幕の外で出ようとする。
サナーレとしても、迷いがある。
その迷いは、別に戦場に赴き、死を覚悟するかどうかの迷いではなく、自分が何故、この部隊を率いているかという疑問と、本当にこのまま軍を率いるかどうかと言う迷いだ。
そもそもサナーレが軍を起こしたのは、父親の敵である叔父モンスールを討つためのである。
しかし、当の本人はすでに殺されており、その上、父親の敵として討つ相手は、実はメラーノ王国だったと言う事になっている。
父親達の殺害が、相手の国の謀略によって行われているなら、それはもう単なる戦争だ。
敵討ちならともかく、国同士の争いに加担するのは何か違うのではないだろうかと、サナーレは引っ掛かりを覚える。
身内の恥は身内で雪がなければならないが、それが他国の謀計によるものなら戦争であり、単なる仇討ちだけでは終わらない。
他国との戦争であれば、サナーレが旗頭として戦わなくてもいいのではないか。
敵討ちをする相手が軍を率いていたからこそ、こちらも軍を集め、敵討ちの旗印としてサナーレ自らが立った。
しかし、サナーレ自らにセラム王国を背負うつもりは無い。
それこそ、戦争になるのであればイクスラやクスハ達に任せて、サナーレ自身は神殿に戻る。
叔父に対する敵討ちはしたかったが、セラム王国をついで、王になるつもりは無い。
元々、父親や兄弟、神殿街に住んでいた人達を叔父に殺された事に対する怒りから発した戦いは、その相手が代わってしまった事により、戸惑いが先立って感情が付いて来ない。
ただ、そうであったとしても、サナーレの戸惑いを他所に、いまさら目の前の敵との争いを止める事はできず、よしんば止められたとしても、もう部隊を解体してなかった事にできる範囲は超えている。
走り出したものは、どこにぶつかって止まるしか、止める事はできないのだ。
「行かせてあげてください。レデス殿」
「アンフェル殿ッ!?」
行く、行かないともめている二人に、後ろに残り、席に腰を下ろしたままだったアンフェルが声をかけて来る。
「まぁまぁ、待ってください」
止める気のない、気の抜けた態度に怒りを覚えたのか、腰の剣に手をかけているレデスを、アンフェルがイスから腰を上げながら押し留める。
「このままでは、どの道逃げる事はできません。
それなら、サナーレさんの思うがままにやらせてあげればいいんですよ」
レデスの脇を抜け、サナーレの正面に立つと、アンフェルは言葉を続ける。
「ここで死ぬ人間は、天命を得られない者。天命を得られない者は、使命を果たせません。
サナーレさんが、天に選ばれた者なら、必ず、道が開ける事でしょう」
「そんな事を言って、サナーレ様を見殺しにするつもりかッ!!」
「死ぬ時は、みな同じですよ」
怒りをあらわにするレデスに笑うと、アンフェルは足を引き釣りながら、元のようにイスの上に腰を下ろす。
「別にサナーレさんだけを犠牲にはしません。我々も一蓮托生です。
我々は、軍を引かず、ここで出陣するサナーレさんを見送り、帰陣されるのを待ちましょう。
我々に天運があれば、軍を退かずとも、何とかなりましょう
天運とは、そんなものです」
「アンフェル殿」
イスに腰を下ろし、持っている杖に両手をかけ、この場から動かない事を、自分の体で体現しているアンフェルの姿を見て、レデスが深いため息をつきながら、腰の剣から手を離す。
「アンフェル殿は、それでよく軍学者を名乗れますな」
「詳しく調べれば、調べるほど、戦争と言うものは人の手に余るものと言う事が分かります。
人、一人ひとりが何かしたところで、大きな流れは変わりはしません。
人にできる事は、少しの流れを変えられるか、変えられないか。
その少しの、少しのきっかけになれる者が、英雄と呼ばれる者です。
今日はきっと、サナーレさんが、英雄になれるかどうかの分水嶺なんですよ」
文句を言いながら、自分と同じくイスの上に腰を下ろしたレデスに、解説を加えながらアンフェルは、斧槍を持ったまま立つサナーレに目を向ける。
「だから、すべてを託しますよ。サナーレさん。
私達にぜひ、英雄の誕生の瞬間に立ち合わせてください」
「そうまで言われたら、私も全力であたるしかないわね」
二人の視線を受けて、サナーレは苦笑を浮かべて返す。
正直な話、自分がどうするべきなのか、アンフェルが言っている事が正しいかどうかも分からない。
アンフェルの言っている事は極論であり、半分以上はこの絶望的な状況に対するなぐさめのようなものだろう。
しかし、そうだとしても、今の状況では、そうするしかない。
自分が英雄になれる器かどうかも分からないし、ここで生き残れるかどうかもわからない。
だが、どうせ死ぬなら、仲間のために華々しく死ぬのも悪くない。
ここにいる二人も、そして、戦場で活躍しているリョウカやクラビラ達も命を賭けてくれているのだ。
自分もみんなのために、この命を賭ける。
敵討ちで汲々とするよりも、よほど命を張る価値のあることだろうと、サナーレは思う。
「どうなるかわからないけど。行って来るわ」
自分をここで待つという二人に笑いかけると、サナーレは陣幕を出る。
そして、サナーレが護衛の部隊を率い、出陣した一時間後、カールソンの部隊は撤退を開始した。




