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凡人は司書官を求む  作者: ナジャ
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097 対決


 揺らめく陽炎の中から現れたのは、巨大な黒龍だった。


 ライザーはその相手を良く見ようと目を瞬かせて、自分の視界がぼやけているのに気付く。


 それが、自分が吹き飛ばされた時にメガネを失ったせいだと気付いたライザーは、衝撃によって停止していた思考を慌てて呼び起こさせ、今や瓦礫となってしまった周囲を目を細めて見回す。


 思考停止から回復したせいか、急に耳の中に入って来る音も復活する。


 味方兵士の悲鳴や相手兵士の歓声、怒声、巨大な物が動く振動と共に、爆発音が響いて来る。


 激しい振動と共に城壁が揺れ、ライザーの行動を阻害する。


 城壁をえぐり、砦の本丸までの道が押し開かれた攻撃のせいで、魔法障壁も失われたのか、ライザーのすぐそばにどちら側が放ったか分からない魔法が着弾する。


「・・・これは、ひどいな」


 次々に着弾する魔法の光弾や炎弾、水弾などに吹き飛ばされながら、何とか愛用のメガネを拾い上げ、弱い視力をおぎなったライザーは、思わず呻く。


 子供の頃から弱い視力では、朧影にしか分からなかったが、爆風のせいでひびが入ったレンズ越しで見る光景は、味方にとってとても有利とはいえない状況になっている。


 召喚魔法を使える者がいたのか、突如として空間から現れた黒い鱗の巨大な龍は、サラディーナが開発したゴーレムをどこでも造り出すゴーレム核によって生み出された巨大ゴーレムと対峙している。


 龍の持つ強靭な爪や牙や尻尾、その攻撃に晒され、ゴーレムは防戦一方になっている。


 核が生きている限りは、周囲の土を取り込み、自分の体を維持し続ける力があるゴーレムだが、あまりに強力な龍の一撃一撃を受け続ける体は、急速に失われつつある。


 しかし、それでも、まだ持ってくれているだけで、御の字だ。


 元々、この砦にいる兵士の数は相手より少ない。


 一万人以上と言うメラーノ軍の兵士達に対して、こちらの兵力は六千ほどである。


 強固に補修した砦の防御力を生かして、相手の攻撃を防ぎながら、相手の不意を突く奇襲を繰り返して、相手にダメージを蓄積させていく。


 祖父であるアインリッヒは、そう目論んでいた。


 その作戦自体は問題ないだろうが、その作戦を相手に見抜かれていた事は大問題だ。


 相手を誘い出しておいて、相手の裏をかく。


 しかし、さらにその裏をかかれれば、最初から不利な戦いに賭けていたこちらは、もはや何も出来ずに土俵際まで押し切られるしかない。 


 今はまだ、ゴーレムが粘りを見せて、黒龍を押さえてくれているが、その光のブレスで破壊されてしまった城壁からは、メラーノ軍が雪崩れ込んでいる。


 バエン軍も対抗しようとしているが、元々兵士の頭数が違う上に、ライザーと同じようにブレスの一撃で、混乱しダメージを受けている者が多い。


 組織だった反撃ができずに、地べたにはいずったまま、武器を取り落としたまま、メラーノ軍の兵士に討ち取られていく。  

 

「くそっ。厄介事に巻き込みやがってっ」


 右腕の肘先だけを残して消えたアインリッヒに、その祖父を失った悲しみよりも、面倒事を残したまま自分だけさっさと他界した恨みを投げつけると、ライザーは城壁から降りる場所を探す。


 祖父がいなくなってしまった以上、指揮権は上位者に託されるものだが、この混乱している状態では、その指揮権を渡すべき階級上位者が生きているかも分からない。


 アインリッヒの孫ではあるが、ライザー自身は参謀部の下士官であり、爵位も持っていない。


 そうなると、アインリッヒの副官であった人物や、参謀長、部隊長などに引き継がれ、その者達が指揮権を行使するはずだ。


 しかし、現状はそれができているかわからない。


 多少の越権行為だとしても、無為に兵士達が殺されるよりも、組織だって動き、自分達を護りながら、敵からの攻撃を防がなければならない。


 ライザーもレルモース地方の出身であり、バエンに愛国心を持ち、この土地に愛着を持っている。


 同じ土地で生き、同じ土地で育った者は、護るべき同胞であり、共に戦う仲間であり、家族だ。


 そんな者達が何も出来ずに殺されていく姿を見て、ライザーは黙っていられるような性格ではない。


 どうせ戦うなら、みなと共に戦い、どうせ討たれるなら、みなと共に誇りを持って討たれよう。


 それが同じ土地で生きる者であり、また、祖父がしでかした行為に対するけじめのつけ方だろう。


「な、なんだっ!?」


 覚悟を決め、魔法や矢が飛び交う中を身を屈めながら、地上の戦闘に混ざろうとしていたライザーの耳に、派手な轟音が響いて来る。


 音のした方に目を向ければ、砦の北側の城門がゆっくりと砦の中に倒れていくのが見える。


 一瞬、敵が背後に回りこんだのかと、焦りと恐怖を感じたライザーだったが、完全に倒れてしまった城門が上げた土煙が晴れると、その感情は安堵に変わる。


 その目に見えたのは、掲げた旗に描かれた、槍をくわえた飛龍の紋章。

 

「ア、アリス様だ」


「“先駆け飛龍”の旗だ。アリス様。アリス様が来てくれたぞォッ!!」


 土煙が晴れた後、ゆっくりと赤銅色の肌をした巨馬が姿を現すと、その事に気付いた味方の兵士達が、今まで上げていた悲鳴や怒声に変わって盛大な歓声を上げる。


 右手に長い槍を、左手に短い槍を持って馬上の人となっているアリスは、味方の声に答えるように、右手の槍を振り上げると、それを勢い良く振り下ろす。 


 その指示に答えるように、アリスの後ろから大斧を携えたサウスマギア率いる騎馬部隊が飛び出して行く。


 レヴェルがつけた五百騎が、砦に張り込んだメラーノ部隊に襲いかかって行く姿を見送ると、アリスはまたがっていたルベルに足で合図を送る。


 アリスに忠誠を誓う“魔獣”は、自分の胴を内腿で軽く挟む合図を受け取って、一声周囲を圧するような咆哮を上げると、一気に駆け出し、前を走る味方に追いつき、さらにその上を飛び越える。


「これが、アリス様、か」


 地上を走ると言うよりは、空を飛んでいるような速さで駆けるルベルから振り落とされる事もなくまたがっているアリスの姿を見たライザーは、思わず息を呑む。


 長い槍で周囲に群がる兵士を払い飛ばし、短い槍は近づいて来た兵士を串刺しにする。 

 

 かつて噂で聞いてたことがある、無人の野を行くがごとくの勇壮。


 第四王女の行く手に敵は無く、第四王女の行く手には何人も立ち塞がる事はできない。


 その姿は可憐なれど、その剛勇は地を割り、その威風は天に轟く。


 吟遊詩人の戯言のように聞いていた言葉が、今まさに目の前に繰り広げれれば、ライザーもあれは本当の事だったのかと納得するしかない。


 ルベルにまたがり、泰然と進むアリスは、確かに何人たりとも立ち塞がる事はできないだろう。


 槍を振るえば、人並みを蹴散らし、槍を投げれば、人垣を突き崩し、放たれる矢や魔法は、みなその姿を恐れるかのように避ける。


 誰も止められない。止められる姿が想像できない。


 まるで、神話に出てくる戦神のように、縦横無尽に、獅子奮迅に、疾風迅雷の如く戦場を駆ける“魔獣”に騎乗した少女の姿は、味方を鼓舞し、敵を恐慌させる。


「す、すごすぎる」


 敵を蹴散らすアリスを見れば、今まで悲壮な覚悟を決めて、砦と共に玉砕するしかないと思い込んでいたライザーや兵士達は、自分達が助かったのだと言う安堵と、アリスが味方でよかったと言う心からの安堵のため息をつくしかない。


 実際、アリス率いるわずかな援軍で戦線は好転し、味方の兵士は奮い立ち、敵を砦の外まで押し返している。


 アリス一人でほとんどの敵を蹴散らしているが、その部下達もサウスマギアを筆頭に一騎当千の兵達だ。


 アインリッヒが与えられていた兵士達とは、その実力からして違う。


「りゅ、龍が」


 しかし、実力が違うとは言え、それは同じ人種同士の話であり、何十倍も巨大な龍の一撃を受けられる者はそうそういない。


 ゴーレムもついに耐え切れなくなったのか、砦に向って来る黒龍の姿を見た兵士達は、先ほどまでの勢いが影を潜め、振動が伝わるたびに半壊した砦に後退する。


「アリス様ッ!!」


「あれは私の獲物。マギーは、雑魚どもを」


「はい。お気をつけを」


 勢い込んでいた援軍の騎馬達でも息を呑んで足を止める中、大斧を振り回しながら呼びかけて来たサウスマギアにメラーノ軍の始末を任せると、アリスはルベルに合図を送り、黒龍に向って一直線に走りこむ。


 自分に向って来る相手を見て、黒龍は油断する事無く、大きく息を吸い込み灼熱のブレスの準備をする。


 普通なら、自らに向って来る矮小な存在など、黒龍に限らず、龍なら本来相手にしないものだ。


 力強く暴れていたゴーレムにしろ、ただ拳を振るってくる鬱陶しい相手にしか過ぎない。


 ただ力任せに爪や尻尾を振るうだけで、片付けることが出来た。


 しかし、赤銅色の馬型の“魔獣”を駆ける人の女は、自らが身を引き締めなければならないほど危険な相手だと、無意識下の本能が告げてくる。


 そして、実際に、その本能は正しい。


 龍にとっては、人など十杷一からげで、人のように敵味方に区別する事は無い。


 自分を召喚した相手は、契約があるため傷つける事はないが、それ以外の者など巻き込んだところで、意に介するような事は無い。


 そんな自分の足元で争う周囲を巻き込むように、自らに向って来る相手に向かって放たれた高温のブレスであったが、それがアリスに当たる事は無い。

 

 ブレスが放たれる瞬間、ルベルに指示を出すと、アリスは一気に駆けさせ、瞬時にその足元まで近づく。


 周囲を隔絶するルベルの速力ももちろん必要であるが、相手の攻撃の呼吸を読み、攻撃の範囲をすぐさま把握し、その自らの読みを疑いなく信じ、実行できる決断力がアリスをアリスたらしめ、無敵の天才と呼ばれる所以である。


 そのアリスの決断を信じ、疑ず、相手の攻撃を恐れる事無く、生物の頂点といわれる龍に向かって怯む事無いルベルとのまさに人馬一体の信頼関係がなしえる移動方法といえる。


「龍すらも・・・」


 あの黒龍が龍の中でも最弱と言われたとしても、普通の人間では、一人で龍に勝つ事は難しい。


 体の大きさが違う事はもとより、その一撃の威力、強靭さ、耐久力、魔力、そのどれをとっても一個人が一人で勝るものは無い。


 そんな龍が、アリスの一撃で叩き伏せられる。


 そんな光景を見せられたライザーは、龍が倒された喜びよりも、あまりの驚きで思考が追いつかず、リアクションが取れずにいた。


 ブレスが放たれる瞬間に、ルベルと共にその足元に達したアリスは、強靭な足腰を持つ“魔獣”の背にまたがったまま崖を登るかのように、ブレスを放つ黒龍の体を駆け上がらせる。


 そして、頭の上まで駆け上がらせると、その頭蓋目掛けて空間を震わせながらしならせた長い槍を叩き付ける。


 ルベルから降りる事も無く、渾身の一撃を喰らわせたアリスは、満足そうに頷くと、頭蓋骨を砕かれ、口や目や鼻から血を吹き出しながら、全身の骨を失ったかのように力なく崩れ落ちて行く黒龍から駆け下りて来る。


 考えられないくらいあっさりと龍を倒した後、何事も無かったかのようにアリスは、こちらも当たり前だと言う表情で迎え入れたサウスマギア達と合流し、残敵の掃討にかかる。

 

「・・・これが、バエンの姫君の力か」


 頼りのはずの黒龍が一撃の下に討たれる姿を見て、先ほどまでと入れ替わるように恐慌状態に陥ったメラーノ軍を皆殺しにする勢いで追いかけるアリス達の後姿を、ライザーは唖然として見送る。


 そこから数分後に、意識を取り戻すと、生き残った兵士をまとめ、ライザーは残った敵の掃討に参加する。


 こうして、メラーノ軍一万とバエン軍六千の戦いは、アリス率いるわずか五百の援軍によって、その終結を見たのだった。





アリス様のクリティカル率パネェ。

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