01
「俺の恋人探しに付き合ってくれ」
「……え?」
「俺の恋人探しにつ――」
橙色に染まった放課後の教室に、二つの黒い影が交差し、鋭い破裂音が響く。
言い終える前に、左頬に明確な返事もらった男、吾妻春明は赤くなった頬を擦りながら、もごもごと呟く。
――そりゃあ、こうなるよな。
他には誰もいない教室に、二つの影は動かない。開け放した窓から五月の冷たい夕風が入り、カーテンをなびかせる。運動部の土を蹴る音と金属バットの甲高い音が、遠くに聞こえる。廊下には金管楽器の多々な音が響いている。
二つの影は黙ったままだった。
春明は手持無沙汰になり、頭をぼりぼりと掻きながら、ちらりと相手の顔を覗いた。
春明の頬についた手形の主、霜月沙織は、キッとした表情のまま春明をにらみ続けている。
夕日に塗られた汐織の体を、春明は意識して眺める。
すらりとした細身で背は春明より少し低い。たっぷりと潤った青黒い長髪は、カーテンの動きに合わせて、黒い水面のように波打ち夕陽にきらめく。 陽に照らされた詩織の顔は、整った顔立ちを一層はっきりとさせる。切れ長なまぶたは、怒りで細められ、黒い瞳は潤んでいる。
真白な四肢は動揺で震えている。
汐織は、一つ大きなため息を吐くと、絞り出すように震えた声で言った。
「いきなり何なの…、馬鹿にしてるの?」
「いや、これには込み入った訳があって、その、なんて説明したらいいか…」
春明は、俯いたり横を向いたりして言葉を探す。
「はぁ、何それ。意味わかんない」
汐織は下唇を噛み締め、瞳が一層潤ませる。
「俺が早まっただけで、ちゃんとした理由があるんだ。馬鹿にしてるとかそんな気持ちは―」
遮って、汐織が言う。
「私、大嫌いなの、こういう冗談。わざわざ呼び出して本当に失礼ね」
「申し訳ない…。だけど冗談なんかじゃないんだ。理由を聞いてもらえれば」
汐織は呆れきったように首を左右に振り、大きくため息を吐く。そして、身体を翻して、教室の出口に向かう。
「ちょっと待ってくれ!理由を聞いてくれ、相談できるのは霜月ぐらいなんだ…」
引き留める春明を無視し、汐織は振り向きもせず教室を出る。
廊下に苛立たしげな足音が響く。
春明は呆然と教室の出口を見ていた。
春明は適当に椅子を引っ張りだし、そこに座る。
やっぱ俺なんかには無理なんだ。下から三番目なんてあだ名の俺なんかには。
どうしてこんな事を俺がしなくちゃならないんだ。一番苦手な事を…。
だけど進学の為だ…。俺が変わらくちゃ駄目なんだ…。
頭を掻きながら春明は、思い出す。その原因たる一か月前のある出来事を。