第1話
「なぁなぁ知ってっか? ヤバい噂」
「噂? 全く噂などという不確かなものに現を抜かしおって…」
「いやいやいきなり否定から入るとかひどくね? それにソースもちゃんとしてるしな、これ絶対ガチ情報だって」
今日も騎士団詰め所は騒がしい。
その片隅で武器の手入れを黙々と熟していたネクトにぐいぐい話を持ちかけるのは、キーゼであった。
ミーハーで噂好きなキーゼとは対照的に、そういった話にはまるで興味がないネクトの反応は驚く程冷めたもので。
すると、2人の会話を目敏く聞き付けたユトナが興味津々といった様子で話に割り込んできた。
「つーか何だよ噂って気になるじゃねーか」
「おっ、流石シノアは話が分かるじゃねぇか。…まぁ、あんまドヤ顔で言えるような噂でもねぇんだけどな。結構オカルトじみてるし」
「……? どういう事だよ?」
「いや~何でもさ、ここ最近街を転々とする旅人や行商人が何人も神隠しに遭ってるんだってさ。忽然と姿を消したり、行方知れずになったり。でも、今まで何かトラブル抱えてたって事もねぇし、この辺りで盗賊とかが暴れまくってるって話も聞かねぇし。…な、何かキモい話だろ?」
初めはキーゼの話にまるで耳を傾けなかったネクトであるが、彼の話す内容が尋常では無いと判断したらしく一気に鋭い眼光を放つ。
「きな臭い話だな。それが事実だとすれば、いずれ騎士団にも行方不明者捜索の任務が下されるかもしれん」
「つーか、そいつら一体何処行っちまったんだろうな?」
「う~ん、皆が皆迷子になった訳でもねぇだろうし…一番考えられんのは人攫い的な? けど、攫ったとしてどうするつもりなのかさっぱりイミフだよな」
三者三様の反応を見せてから、雁首揃えてあれこれと思案を巡らせる。
だが、ほとんど情報も得られていない状態で結論が出る筈も無く。
「…ま、おれ達が出来る事と言えば、事態がさらに悪化して上から何らかの指示が出てから、だな」
キーゼの至極真っ当な結論に、ユトナとネクトも頷く事で同意してみせた。
◆◇◆
「キノコ狩り?」
「そうなんだよ~、ごめんねぇアンタ達にお願いしちゃってさ。本当ならアタシが行くところなんだけど、忙しくて店離れられないんだよ」
所変わって、此処は町の一角にある食堂。
食堂を切り盛りしている女将さんと会話をしているのは、セオとレネードだ。
済まなさそうに頭を下げる女将に、セオは穏やかな表情のまま首を横にふるふると振れば、彼の長い水色の髪がゆらゆらと左右に揺れる。
「いいよそんな、気にしないでくれよ。女将さんにはいつもお世話になってるし、このくらい手伝わせてくれよ」
「そうそう、女将さんの料理すっごく美味しいものね。それにあたし達も丁度暇を持て余してた所だったし、お散歩代わりに森を探索するっていうのも悪くないものね」
尖った耳に頭に生えた2本の角、そして背中に生えた黒い蝙蝠のような羽根と悪魔のような尻尾が、レネードが人間では無いというのを示唆していた。
それもその筈、彼女は夢魔と呼ばれる存在なのである。
どうやら2人で食堂に行った所、2人が常連客である事も相まって女将さんが一つの頼みごとをしたようだ。
それは、森に生えている食材のキノコを採ってきてほしい、というもの。
本来ならば女将がいつも森まで出向いているらしいのだが、今日は取り分け忙しい事もあってか2人に救援要請を出したらしい。
さらに、街の近くにある森という事もあって基本安全ではあるものの、もし魔物に遭遇してしまった場合、一般人である女将より騎士であるセオの方が対処しやすい、というのもあるのだろう。
幸いにも、2人は特に嫌そうな顔一つせず、快諾したようであるが。
「とりあえず、この籠一杯に採ってくればいいんだよな?」
「ああ、くれぐれも間違えて毒キノコなんて採らないでくれよ」
「あはは、その辺は肝に銘じておくよ。それじゃあ行こうか、レネードさん」
「うん、じゃあ出発~!」
2人は女将に挨拶をすると、意気揚々と森へと足を踏み入れて行った。




