第70話 呼び出し
一等地の角に建てた新しい店は、工事が終わって、あとは棚を据えるだけになった。開店まで、半月ほど。
その夜、いまの店の帳場で店じまいの帳面を締めていると、メッセージが1通届いた。
差出人の名を見て、指が止まった。運営の経済設計、S.K.。この世界の仕組みを作っている側の人間だ。
冬の終わりに、ふた言だけの便りをくれた相手だ。『見ていた 良い商いを』。あのとき俺は返事を書かず、宛先だけ手帳に写した。それきり、向こうも黙っていた。
差出人の欄を、手帳に写した宛先と一字ずつ突き合わせた。同じだった。それを確かめてから、本文に戻った。
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ソーマ様
お話したいことがあります。
三日後の夜、以前の応接室を開けておきます。
もし都合が合わなければ、日時はそちらに合わせます。
お返事をお待ちしています。
経済設計 S.K.
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3回読んだ。大事な報せを何度も読むのは、この世界に入ってからついた癖だ。
用件が書いていない。それが一番の情報だった。
去年の夏、大商隊の道を貸してくれと言ってきたときのメールには、経路も期間も対価も先に全部書いてあった。今回は書いていないのは、きっと書けない事を話したいからだろう。
その場で返信のメッセージを送った。書いたのは1行だけだ。『分かった、三日後に』
三日後、コウには、明日ひとつ大きい商談がある、とだけ伝えた。
「相手は、聞かないほうがいいやつですかね」
「終わったら話す。うちの商いに関わる話なら、隠さない」
「であれば、いつも通りに待っておきます」
3日の間に、用件はなんだろうかと考えていた。
メールで済む話なら、メールで済ませる人だ。会わないと済まない用件が、少なくとも一つある。
会う理由のほうを、向こうの損得から数えてみた。
運営も商売だ。客は5万人。新しく始める人が入ってこないゲームは、静かに客が減って終わる。だから金の消える口は、開くべくして開いた。
自分がこれまでやってきたことと、これまでのS.K.の言動を思い返していく。
大商隊の道を貸してくれと言った時を考えると、利用できるものは利用する人なんだろう。
「前と同じ大商隊の道か、一等地の道か……」
どちらも、ないだろう。
前者は断っているし、後者は運営側で用意できるものだ。
だとすると、目的は、俺自身に関する何か、か。
いまの時点で考えられるのは、このくらいだろう。
三日目の朝、店の帳面を頭から読み直した。便の本数、店の週の実入り、蔵の在庫、預かりの残り件数。どれも指を折らずに出るところまで入れた。
絞ったついでに、出す物と出さない物も先に決めておいた。
出さないのは、うちと組んでいる荷主や職人や荷役、その一人ひとりの帳面と、名前だ。うちの数字は俺の商いだから見せられる。仲間の数字は、仲間の物だ。設計者が相手でも、そこは見せない。
出すのは、俺自身の読みの筋道だ。相場の中では、読みは説明した瞬間に安くなる。だがこの相手は相場に立たない。説明したところで、うちの仕入れ値は1ゼルも上がらない。
現実の昼、学食でレンと飯を食った。
「なんかお前、考え事してんな。相場か?」
「まあ、そんなところ」
運営に呼ばれた、と言えば、こいつは腰を抜かすだろう。冬にふた言の便りが来たときも、そう思って話さなかった。話すなら、全部終わってからでいい。
「ふうん。ま、詰まったらいつでも言えよ。唐揚げ1個やるから」
「詰まってなくても食いに行く」
ログインして、金曜の便の御者台に上がった。ユキハが横目でこっちを見た。
「顔が、計算の途中」
「大きい商談があるんだ。今日の夜」
「護衛は?」
「要らない場所でやる。……でも、聞いてくれたのは感謝する」
「ん」
それきり、詮索は来なかった。
いつも通りの便だったが、考え事をしていたらあっという間に夜がきた。
約束の時間だ。
値札板。塩13、串焼き2本で10、宿代61。
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【行商人の帳面 その70】
・交渉の前に、考えられることを仕分ける。
・一番高くつくのは、知らないことを知っているつもりで臨むこと。
・【資産】163万。動かさない週。
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