↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
81/88

第70話 呼び出し

一等地の角に建てた新しい店は、工事が終わって、あとは棚を据えるだけになった。開店まで、半月ほど。


その夜、いまの店の帳場で店じまいの帳面を締めていると、メッセージが1通届いた。


差出人の名を見て、指が止まった。運営の経済設計、S.K.。この世界の仕組みを作っている側の人間だ。


冬の終わりに、ふた言だけの便りをくれた相手だ。『見ていた 良い商いを』。あのとき俺は返事を書かず、宛先だけ手帳に写した。それきり、向こうも黙っていた。


差出人の欄を、手帳に写した宛先と一字ずつ突き合わせた。同じだった。それを確かめてから、本文に戻った。


―――――――――――――――――


ソーマ様


お話したいことがあります。


三日後の夜、以前の応接室を開けておきます。


もし都合が合わなければ、日時はそちらに合わせます。


お返事をお待ちしています。


経済設計 S.K.


―――――――――――――――――


3回読んだ。大事な報せを何度も読むのは、この世界に入ってからついた癖だ。


用件が書いていない。それが一番の情報だった。


去年の夏、大商隊の道を貸してくれと言ってきたときのメールには、経路も期間も対価も先に全部書いてあった。今回は書いていないのは、きっと書けない事を話したいからだろう。


その場で返信のメッセージを送った。書いたのは1行だけだ。『分かった、三日後に』


三日後、コウには、明日ひとつ大きい商談がある、とだけ伝えた。


「相手は、聞かないほうがいいやつですかね」


「終わったら話す。うちの商いに関わる話なら、隠さない」


「であれば、いつも通りに待っておきます」


3日の間に、用件はなんだろうかと考えていた。


メールで済む話なら、メールで済ませる人だ。会わないと済まない用件が、少なくとも一つある。


会う理由のほうを、向こうの損得から数えてみた。


運営も商売だ。客は5万人。新しく始める人が入ってこないゲームは、静かに客が減って終わる。だから金の消える口は、開くべくして開いた。


自分がこれまでやってきたことと、これまでのS.K.の言動を思い返していく。


大商隊の道を貸してくれと言った時を考えると、利用できるものは利用する人なんだろう。


「前と同じ大商隊の道か、一等地の道か……」


どちらも、ないだろう。


前者は断っているし、後者は運営側で用意できるものだ。


だとすると、目的は、俺自身に関する何か、か。


いまの時点で考えられるのは、このくらいだろう。


三日目の朝、店の帳面を頭から読み直した。便の本数、店の週の実入り、蔵の在庫、預かりの残り件数。どれも指を折らずに出るところまで入れた。


絞ったついでに、出す物と出さない物も先に決めておいた。


出さないのは、うちと組んでいる荷主や職人や荷役、その一人ひとりの帳面と、名前だ。うちの数字は俺の商いだから見せられる。仲間の数字は、仲間の物だ。設計者が相手でも、そこは見せない。


出すのは、俺自身の読みの筋道だ。相場の中では、読みは説明した瞬間に安くなる。だがこの相手は相場に立たない。説明したところで、うちの仕入れ値は1ゼルも上がらない。


現実の昼、学食でレンと飯を食った。


「なんかお前、考え事してんな。相場か?」


「まあ、そんなところ」


運営に呼ばれた、と言えば、こいつは腰を抜かすだろう。冬にふた言の便りが来たときも、そう思って話さなかった。話すなら、全部終わってからでいい。


「ふうん。ま、詰まったらいつでも言えよ。唐揚げ1個やるから」


「詰まってなくても食いに行く」


ログインして、金曜の便の御者台に上がった。ユキハが横目でこっちを見た。


「顔が、計算の途中」


「大きい商談があるんだ。今日の夜」


「護衛は?」


「要らない場所でやる。……でも、聞いてくれたのは感謝する」


「ん」


それきり、詮索は来なかった。


いつも通りの便だったが、考え事をしていたらあっという間に夜がきた。


約束の時間だ。


値札板。塩13、串焼き2本で10、宿代61。


◇――――――――――

【行商人の帳面 その70】

・交渉の前に、考えられることを仕分ける。

・一番高くつくのは、知らないことを知っているつもりで臨むこと。

・【資産】163万。動かさない週。

◇――――――――――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。