第63話 実装が来る
開札まであと1週の朝、視界の隅に報せが灯った。
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【お知らせ】大型拠点・造船を実装しました。
拠点の権利は各街の管理局で、船の受注は各港の造船所で受け付けます。
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数字は1つもない。いつもの素っ気ない文面だ。値段の話は、これから管理局の窓口で分かる。
今度は予告なしの当日実装だった。段取りは同じでも、蓋の開け方だけ変えてきた。札を書いた夜に勘定へ入れておいた、あの筋のほうだ。
発着場は朝から荷主で混んだ。拠点を構える連中が、資材の輸送の枠を取りに来たのだ。ガロが配車の板を書き換えながら唸った。
「実装さまさまだな。枠、来週まで埋まったぞ」
蒼海のときも、実装の週は運びの枠から先に埋まった。同じ順番だ。
昼過ぎ、アルテガの管理局へ行った。目当ては一つ。この実装で、プレイヤーの金がどれだけ世界から消えるのかを、自分の目で数える。
冬に数えたのは、入ってくる側だった。討伐の報酬と採取の売値で、週にどれだけの金が世界へ足されるか。今日数えるのは、出ていく側だ。
管理局の前には、権利を買う列が通りの角まで伸びていた。窓口の脇に区画の一覧板があって、売れた札を係が裏返していく。値段は札の表に書いてある。俺は向かいの壁にもたれて、30分、その板を見ていた。
拠点の権利は、ひとつ売れるたびに一覧板の札が裏返る。30分のあいだに、11枚裏返った。
値段も板に出ている。街道沿いの大きい区画が60万で1枚。中くらいが35万で4枚。外れの小さいのが25万で6枚。合わせて350万だ。
買っているのは、クランの会計係らしい顔が多い。窓口で金を納めて、権利書だけ持って帰る。納めた金は、プレイヤーの誰の懐にも入らない。管理局の奥へ消えるだけだ。
つまりこの30分で、みんなの財布から350万が消えた。
1日に直してみる。窓口が開いているのは10時間だから、昼と同じ調子が続くなら7000万。ただし朝と夕方の列は昼より短い。控えめに6割と置いて、1日およそ4200万。7日で、3億になる。
数えたのはアルテガの窓口ひとつだけで、他の街の分は入れていない。それでも、この窓口ひとつで、俺が半年かけて貯めた142万のおよそ200倍の金が、毎週この世界から消えていく。
入ってくる側を数えた冬と、数え方は同じだ。違うのは向きだけだ。
夕方、レンから伝言が来て、夜の学食で唐揚げを挟んで会った。
「うちのクラン、街道沿いの拠点を取ったぞ。会議で会計係の顔が真っ白になってた」
権利が35万、船が22万——レンは指を折って数えてみせた。会計係でなくても白くなる額だ。
「維持費は」
週5000、と即答が返った。「……なあ、これ、みんなが払うんだよな。あの金、どこ行くんだ」
「管理局だ。つまり、消える。プレイヤーの財布から出て、誰の財布にも入らない」
レンは唐揚げを口に放り込んで、しばらく黙った。
「……お前が冬から言ってた排水口って、これか」
「これだ。蒼海ができてから、みんな稼ぎが増えて、財布は膨れる一方だった。今日、その金の出ていく先ができた。膨れた財布が、今週から世界中で萎み始める」
「萎むと、困る奴もいるだろ」
「いる。だから俺は先に売った。値札が折れる前に、蔵の塩と鉄を全部金に換えて、その金の使い先まで決めてある」
「お前、ほんとに前から全部決めてるのな。なんか怖くなってきた」
「怖いのはこれからだ。読みってのは、当たり始めてからのほうが忙しい」
レンは唐揚げの最後の1個を俺の皿に置いた。情報料、と言うので、遠慮なく食った。
3日目に、値札が動いた。
リーデンの塩、16が15。半年ぶりの下げだ。塩屋のおやじは、値札を書き直しながら、狐につままれた顔をしていた。
「上がるときは腹が立ったが、下がると今度は薄気味わりいな。……なあ兄ちゃん、これ、どこまで下がる」
「あんたの蔵の塩が困らないところまでは、下がる。仕入れは焦らず、回る分だけにしておくといい」
「上がるときも下がるときも、あんたの言うことは同じだな。焦るな、回せ、だ」
「相場は変わっても、商いの手入れは変わらないからな」
帰り道、相場表の前で客が2人、割り戻しの欄を見ながら首をかしげていた。コウが1.32を消して、1.30と書き直す。倍率が下を向いたのは、この欄を作ってから初めてだ。
パンも串焼きも、週の終わりには半歩ずつ下がった。上がり切って、そこで折り返した。
掲示板の空気は、3日で入れ替わった。
先週まで「増設の角は150万は堅い」と言っていた声が、ぴたりと消えた。代わりに並ぶのは、様子見、という言葉だ。値下がりの始まった世界で、土地に大金を沈めるのは、誰の目にも怖い。
様子見という言葉は便利だ。読めていない、と言わずに済む。
コウが帳場で、遠慮がちに聞いた。
「受付はまだ開いています。札、出し直せますが……142万より低くても、取れる空気になってきました」
「動かさない」
「聞いておきたいです。理由を」
「うちの札は、最初から底の世界の値段で書いてある。実装が来るのも、値札が折れるのも、読みの中だ。読みの中の出来事で札を動かすのは、読んでいなかった奴のやることだ」
「……皆が怖がって削るなら、こちらも削れば安く取れる、とは考えないんですか」
「怖さの分だけ削った札は、読みの結論じゃなくて、ただの欲だ。欲の札で勝つと、なぜ勝てたか分からない。分からない勝ちは、次の負けの種になる」
コウは手帳に、読みの中、と書いた。書いてから、封筒はもう触りません、と付け足した。
「もう一つ。アルカさんの取引所、動きが読めません。札を出したかどうか、噂も立たない」
「立たないのが、あの人の返事だ。読みで来る相手は、開札の日まで静かだ。賑やかなのは、読めてない側だよ」
夜、増設区画の前を通った。
資材置き場の柵の向こうで、杭と縄が区画の形を作っている。俺の読みが当たっていれば、あの角の正しい値段は今週、世界中でうちの帳場だけが知っている。
帰り道、頭の中で自分の札をもう一度だけ読み返した。142万。書き直したい気持ちは、もう来なかった。
札は動かさない。開札まで、あと1週。
値札板。塩15、串焼き2本で12、宿代70。
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【行商人の帳面 その63】
・読みが早ければ、ニュースは追認になる。実装は答え合わせの前半、開札が後半。
・排水口は自分の目で数える。管理局の窓口で30分、札11枚、350万。蛇口を数えた冬と同じやり方。
・怖さで削った札は欲の札。読みの結論は、空気で書き直さない。
・【資産】現金144万、棚8万。合わせて152万。
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