第57話 数字のない告知
翌週の火曜の夜。発着場の帳場で、来週の便の荷の割り振りを組んでいた。
先週、手帳に読みを一つ書いた。排水口は必ず開く。ただし形が見えないうちは動かない、と自分で注を付けてある。だから今週やっているのは、告知が来た日にすぐ動ける形を作ることだけだ。荷を軽くし、支度を短くする。
その夜、視界の隅に運営の報せが灯った。
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【お知らせ】大型拠点と造船について
今年の春の終わり、大型拠点と造船を実装します。
クランの拠点を建てられます。外洋を渡る船を持てます。
建設の手順や実装の日取りなど、続報は追ってお知らせします。
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数字が一つもない。日付もない。いつも通りの素っ気ない文面だ。
外の通りが先に沸いた。クランの城だ、自前の船だ、と。酒場の声はもう、どこに建てるかの取り合いを始めている。
掲示板も祭りの側で読んだ。新しい遊び場。攻略の新しい看板。資材の特需——買う話ばかりが流れていく。
俺は、報せを3回読んだ。
大事な報せを3回読むのは、この世界に入った日からの癖だ。蒼海の告知の夜も、閉じかけた指が止まって、三度目を読んだ。あの夜に気づけた分の儲けを、俺はまだ食っている。
三度目で気づいたのは、書いてあることじゃなく、書いていないことのほうだった。
手帳を繰って、冬の告知の写しを並べた。新しい狩場。新しい素材。新しい強敵——蒼海の報せには、その3つが並べてあった。
今度の報せに、狩りの話は一行もない。素材も強敵も出てこない。並んでいるのは、建てられます、持てます、の2つだけだ。
どちらも、こっちが金を出す側の動詞だった。
手帳に書いた。実装には二種類ある。金の湧く場所が増える実装と、金の要る物が増える実装だ。蒼海は前で、今度は後だ。
排水口だ。先週書いた行の、すぐ下に来た。
運営は「金がかかります」とは書かない。書く必要がないからだ。建てると聞けば、みんな勝手に建てる。値段は、窓口で払う日に初めて分かる。
場所も日取りも値段も、書いていない。書いていない欄は、運営がまだ動かせる欄だ。
それから、手帳の後ろに新しい表を作った。運営の行動の記録だ。
蒼海のとき、告知が出て、リーデンの港で桟橋の工事が始まり、それから実装までに何週かかったか。思い出せる日付を全部書き出した。同じ組織が同じ段取りで動くなら、告知から実装までの物差しは、もう手帳の中にある。
明日からは観察を足す。港の資材の動き、人足の募集の貼り紙、役人ふうの姿の出入り。桟橋のときに見えた印を、今度は先回りして見張る。
発着場では、ガロが荷役たちに拠点の話をせがまれていた。現実で建設の現場に出ている男の見立ては、短かった。
「建てる金より、保つ金のほうが長いぞ。屋根も柵も、置いときゃ勝手に傷むんだ。うちの会社が食ってんのは、建てる金じゃなくて直す金のほうだ」
「若いのは城の絵ばっかり描いてやがる」と、ガロは笑って荷台を叩いた。
一度きりの買い物と、終わらない払い。先週「金の消え場所」と書いたときに思い描いた形が、そのまま職人の口から出てきた。
板の隅には、もうひとつ拾い物があった。鍛冶師の書き込みだ。
浮かれてるところ悪いが、3回目を言っておくぞ。拠点ってのは建てて終わりじゃねえ。保つってのは、毎日金を食うって意味だ。膨れた財布にでかい穴が開きゃ、値札は萎む——。
この爺さんの型は、もう知っている。外れたら黙る。当たったら3倍うるさくなる。秋の入札の前に1回、蒼海の前に1回。どちらも、黙る側には回らなかった人だ。
秋の俺は読み流し、冬の前の俺は帳面の隅に写した。今度は写さない。写す代わりに、行動の表の1行目へ、今日の日付と告知の文言を入れた。蒼海のときの表と、同じ書き出しだ。
翌日の市場は、告知の翌日の顔をしていた。
金物と木材の店の前に列ができ、屋台の親方は樽を買い増し、板では拠点のそばの土地の話が飛び交う。うちの棚も、金物と日持ちする飯だけ回転が上がった。
祭りの買いは、受ける。読みが逆でも、目の前の客に売らない理由にはならない。値札は朝に書いた通りで、今日も夕方まで動かさない。
夕方、コウにだけ方針を話した。
「今日から、手元を現金に寄せていく。山は近いうちに全部下ろす」
コウは検算の手を止めた。
「世間は逆へ走ってますよ。拠点の噂で、資材も塩も買いが太くなってます。物で持つのが正解の世の中で、うちだけ金に戻すんですか」
「太い買いが来ているうちしか、山は高く下ろせない」
「売り先は、もう並べてあるんですか」
「半分は。残り半分は、この祭りが並べてくれる。拠点の噂で物を欲しがる奴は、向こうから増える」
「……売り時に祭りをぶつける。買い時に閑散をぶつけた冬の、あべこべですね」
「そうだ。商いの型は同じで、向きだけ替える。読みの中身は、札を書く夜に全部話す」
「なら、それまでは検算だけしています。番頭の仕事なので」
半年あまり前の秋、現金を洗いざらい塩に換えて、競売所の前で笑われた。入札に負けておかしくなった、と。あのときは、金を物に換えて笑われた。今度は、物を金に戻して笑われる番だ。
先に笑われておくのは、そんなに悪い取引じゃない。それも半年前に覚えた。
夜、締めの検算。実入り1万9000、支度の払い4000、積み1万5000。
帳面の頭の目標の下に、方針を1行書き足した。受付までに、現金の比率を上げ切る。
明日は、鉄の売り先の下話からだ。
値札板。塩16、串焼き2本で13、宿代72。
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【行商人の帳面 その57】
・告知は、書いてあることより書いていないことを数える。狩りの話が一行もない実装は、金を配らない実装。
・実装は二種類。金の湧く場所が増えるか、金の要る物が増えるか。運営は「金がかかります」とは書かない。書かなくても、みんな払う。
・方針、現金比率を上げる。物で持てが常識の季節に、逆へ歩く。笑われる席には座り慣れている。
・【資産】現金59万5000、棚8万、山18万、店舗権49万。合計134万5000。受付まで6週。
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